コンタクト
瞬く間に時は過ぎて、いよいよガイアスたちがテラに到着する日がやってきた。
あれから結局ベスティーの手がかりは見つからず、ベータさんは一旦アジトに戻ってきた。彼はしばらくクリスくんと戦闘訓練をしたり、作戦会議に参加した後、またどこかへと行ってしまった。色々とお忙しいらしい。
居残り組レジスタンスメンバーも、皆いつもより多忙な日々を送っていた。教会の雑務をこなしてくれていたタウとカーパの負担がそのまま残ったメンバーに回ってきたのである。シータちゃんの父親が代わりを務めてくれたものの、二人が抜けた穴を埋めることはできず、さらにアスカとユキトがマーテル教会のお偉いさんのところへ通うようになってしまったので、帳尻としては余計にマイナスだ。クリスくんは作戦立案に集中していて、レイジーちゃんもクリスくんから離れようとしないので、残ったメンバーは家事、子供たちの世話、マーテル教会の業務に追われていた。俺も人知れずお掃除だけは手伝っていた。
アスカたちが教会に通っている理由は教えてもらえなかった。けど、どうやら何か良からぬことを企んでいるのは間違い無さそうで、質問するたびアスカは意地悪な笑みを浮かべて答えをはぐらかしてきた。まったく、一体全体、何を企んでいることやら。
アスカとアルの関係は傍目には何も変わっていないように見えた。が、アスカには少々変化があったようである。衝立があるとはいえ異性のいる部屋で平気でぽいぽい服を脱いでいた彼女だったが、検診の際に部屋から男性を追い出すようになったのだ。恥ずかしそうに部屋から野郎ども追い出すアスカを、俺とイータさんとシータちゃんはニヤニヤしながら眺めていた。その一方で、保護者役のユキトの顔には、嬉しい悔しい憎たらしいという三面相が張り付いていた。「常日頃自分の言ってきた説教を聞き入れてくれたのは嬉しいが、どうやらそれはアルバートの告白が原因らしく、悔しくて憎たらしい」ということらしい。ちなみに一緒に定期検診できなくなったクリスくんはこの件について心底どうでもよさそうであり、「そうですか」の一言で終わった。クリスくんは精神がおじいちゃんだからな。仕方ない。
そんなクリスくんは一時期、なぜか知らないが不機嫌であった。みんなが寝静まったある夜に、彼は突然部屋の壁をぶっ叩いたのである。見張りをしていた俺が急いで彼の部屋に向かうと、部屋の壁が破壊されており、隣の部屋が丸見えになっていた。幸い隣はレイジーちゃんの部屋で、彼女に怪我は無かったのだが、彼は「すみません、ストレスが溜まってまして……」と彼らしくない感情的な理由で謝罪していた。
壁についてはアスカが「直せば許す」と言ったので不問になったのだが(クリスくんはリズにリラの力を貸してくれるよう必死に頼んでいた)、物にあたるなんて彼らしくないと思った。アスカじゃあるまいし。
その事件以降、彼はしばらく不機嫌だったのだが、今はもういつものクリスくんに戻っている。何かあったのは間違いなさそうなんだけど、突っついて藪蛇になっても嫌なので、ちょっかいは出さないでいる。
そんな感じにあれから色々あったのだが、過ぎ去りし日は光陰矢の如し。ガイアス達がテラに到着する日は、あれよあれよという間に今日になってしまった。
「……よいしょっと、これでいいですかね」
「ああ。エイジャからの中継だな」
「着陸予想地点がエイジャの首都フォウリンの近海ですからね。そこから送ってるんでしょう」
俺たちは今、アスカの部屋でテレビの中継を眺めている。ガイアスの到着を生放送しているのだ。
「さて、どうなりますかね……」
「さあな。鬼が出るか蛇が出るか。はたまた大穴、英雄が出るか……」
(英雄?)
「あのメッセージが偽物で、今回の宇宙船にはクリスの父ちゃんが乗ってるっつーハッピーエンドだな」
「まあ、それはないでしょう。そうだとしたらどんな手段を使ってでも父さんはコンタクトを取ろうとしてきますよ」
「冗談だよ。悲観的だな」
「すみませんね、性分でして」
「冗談だとしても、アスカたちにとってはそれが一番嬉しいよな」
「そうですね……」
まだしばらく到着には時間がかかりそうだが、みんなは固唾を呑んで成り行きを見守っている。
と、そんな最中に俺は「悪霊さん、悪霊さん」と声をかけられた。この声には聞き覚えがある。振り返るとそこには死神さんが居た。彼女は「来い来い」と俺に向かって手招きをしている。俺は彼女のそばにスススと近寄ると、小声で彼女に話しかけた。
(どうも、お久しぶりです、死神さん。いいんですか? こんな人前に来て)
「大丈夫です。認識阻害発動してますから。ちょっとお話、いいですか?」
久しぶりの登場にも関わらず、のっけから死神さんは神様スキルを発動していた。了承しないわけにもいかないので、俺は死神さんと一緒に廊下に出て部屋から少し離れたところまで移動する。誰かに聞かれるのはまずいと思ったからだ。
(今、ちょっと大事なとこなんですけど……。というか、すごい久しぶりですね)
何ヶ月ぶりだろうか。ここしばらく死神さんに会った記憶がない。最後に会ったのは、俺がガイアスの驚異を知る前の頃だと思う。
数ヶ月前、逃げることが無理だと悟った俺は、どうせ何の役にも立たないだろうけど、ガイアス相手の秘策でも聞き出せないかと死神さんを呼び出そうとした覚えがある。実際のところはコンちゃんを起こして何とかしてもらおうと思ったついでだったのだが、結局コンちゃんは目を覚まさず、死神さんからの反応も皆無であったので、どちらが主目的かはこの際どうでもいい。荒野でひとり死神さんやコンちゃん相手に愛を叫ぶ俺の姿は、とても人前には晒せない、寂しく、物哀しいものであったことだろう。
(で、そんな死神さんが今更どうしたんですか?)
もうガイアス来ちゃいますよ。
「なんか随分と言葉に棘がありますね……。まあ、いいです。えっと、それに関してというわけでもありませんけど、最近来れなくてごめんなさいということと、これかもしばらく来れなくなりそうなので、そのご連絡にまいりました」
(来れなくなりそうって……。何かあったんですか?)
聞き返すと、死神さんは途端に首をかしげて悩ましげな表情を見せた。
「んー、そうなんですよ。あったんですよ。……悪霊さんはこの前の事件覚えてますよね?」
(事件?)
事件と言われても、色々ありすぎてどの事件のことだかさっぱりだ。
「コンちゃんがこの世界に来たときのことですよぅ。課長含めて四人の神様が来て、剣神さんと闘神さんがコンちゃんにやられてこの世界から強制退去させられたじゃないですか」
あー、あの事件か。千里眼でコンちゃん vs 神様ズの戦いを覗いていたら、訳の分からないまま剣神さんと闘神さんが消えてたやつ。
(あれ? でも結局ふたりは無事だって聞きましたけど)
「もちろんふたりは無事でした。けど、上がですね。事態を重く見ましてですね。管理責任うんたらかんたらで、どうやら課長、更迭されそうなんですよ」
更迭! ……更迭? 更迭ってなんだ? 元学生だからよく分からんぞ。
「あー、わかりやすく言うとですね。課長、飛ばされそうになってるんです」
強制人事異動ってやつです、と死神さんは付け加える。
(え、それってわりとヤバイやつじゃないの?)
なんか事件起こしたりしたときになるんじゃないの? 不祥事とか、犯罪とか。
「まあ、そこまで重くはないですけど、わりとヤバいのは確かですね。で、私も悪霊さん監視メ――ゴホンゴホン。悪霊さん見守り隊も、その件に関して事情聴取とかあるらしくて、あまり本業の方に時間を割けなくなりそうでして。そんなわけで、しばらく来れなくなりそうです」
(しばらくって……どれくらい?)
「さあ? なにぶん、私も初めての経験でして」
(……まあ、ラブラブキッスの回数はようやく二桁に到達した程度なのでミッション達成にはまだ時間かかると思いますけど、その前に下手すると二人が死んじゃうかもしれませんよ?)
ガイアスとか皇帝のせいで。
「あー、それに関しては頑張ってくださいとしか……。大丈夫です、愛のパワーは無敵ですよ」
そう言って、控えめにガッツポーズを決める死神さん。その愛のパワーへの無限の信頼はどこから来るんだ。
(……はぁ。まぁ、頑張りますけど)
俺はため息をついて、控えめにそう宣言する。
クリスくんやレイジーちゃん、それにアスカやリーシャ達と、俺はたくさん同じ時間を過ごした。知り合いという枠を超えて、俺の中ではもう彼らは友人という位置づけになっている。必死になって抗っている友人たちを放っておけるほど、図太い神経を俺は持ち合わせてない。
「その意気です。あ、それとこれ。コンちゃんへの貢物の追加です」
そう言って死神さんは四次◯ポケットから貢物を取り出すのだが、どうしたことか、彼女は片手で鼻をつまんでいる。
「はい、じゃあ入れますからね」
(それはいいんですけど……どうしたんですか? 鼻)
「あ、これ、すごく臭くて……」
すごく臭くて!? そんなもん俺の中に入れようとすんな!! コンちゃんキレるぞ!!
「あ、大丈夫です。お酒のアテみたいなもんですから」
(アテって……。え、じゃあ、何? これ、発酵してんの?)
「はい。ケイトさんについて行って、この前までエイジャに行ってたんですけど、あそこヤバいですね。発酵食品、昆虫食、珍味に下手物、勢揃いですよ」
(えぇ……。わざわざそんなもの貢物にしなくとも……)
「もちろん普通に美味しいものも入れますけど、これがまたエイジャのお酒にすごく合ってましてね……。これは是非お勧めとして悪霊さんの身体の中にいれとかなきゃいけないなと使命感に駆られまして」
そんな使命感は是非ドブにでも捨てて欲しい。大丈夫だよね、俺臭くないよね? 臭くなってないよね?
「スン、スン……。大丈夫です。無臭ですよ」
(よかった。……ていうか、死神さんエイジャに行ってたんですか)
今、ガイアスの件で話題沸騰の国ですよ。
「そうみたいですね。なんか色々大変そうでした。ケイトさんたちも早々に用事を済ませると、すぐに帝都に戻って行ってしまいましたし。とはいえ、あそこはすごいですよ。私達が行ったのは首都のフォウリンってとこなんですけど、これぞまさに文明の坩堝って感じでしたね。古今東西あらゆる文化が煮込み煮込まれくんずほぐれつ。新体験の雨あられって感じでした。一度、悪霊さんも行ってみるといいですよ」
(へぇ、そうなんですか。それは行ってみたいですね)
色々と諸問題が片付いたらクリスくんに連れて行ってもらおう。
と、そんなことを考えていると、死神さんは俺に貢物を詰め終わったようで、「それじゃ、また来ますね」と挨拶してきた。
(はーい。……あ、そういえば死神さん。ミッション失敗したらこの世界はヤバイって奴。あれって――。ああ、もう行っちゃったか)
振り返ると死神さんの姿はもうそこには無かった。神の国とやらに帰ってしまったのだろう。
このミッションの始めに死神さんは、「課長曰く、『このミッションが失敗に終わったら、この世界はヤバイな』だそうです」と言っていた。それが今回のガイアスたちと関係あるか聞こうと思ったんだけど……、まあ、すぐに分かるか。
関係があってもなくても、クリスくん達は最悪を見越して精一杯やってたし、関係あるって分かっても、なんか今更な気がする。……ただ、まぁ、心の準備をしておきたかったというのはあるけれど。
俺はスススと移動して、みんなが生中継を見ている部屋に戻る。
まだガイアスたちは到着していなかった。よかった、見逃さずに済んだ、とほっとして俺は皆と中継を見始めた。
その後のことは、今でもよく覚えている。それらを知った後で俺が思ったのは、その、心の準備をちゃんとしておけば良かったな、という後悔であった。
死神さんをふん捕まえてでも、俺はしっかりと心の準備を済ませるべきであり、『世界がヤバい』という言葉の意味をもう少し正確に理解しておくべきだったのだ。
宇宙船はブレーキをかけなかった。
パラシュートを展開せず、かといって速度が収まるまで上空を待機することもせず。
勢いをそのまま光熱へと変え進路を変更。エイジャの首都フォウリンに、その身を投げ出すようにして、大質量の宇宙船は激突した。




