最後のひとり
■お知らせ
本作品をお読みいただき誠にありがとうございます。
物語の内容に関わる修正をしたときは修正内容を前書きに書くことにします。
修正の前後で内容が変化しない場合や、単なる文章の校正の場合は何も書きません。
以上、よろしくお願いします。
皆様のお暇つぶしになれば幸いです。
「僕も色々予想はしてましたが、まさか樹だとは思いませんでしたね……」
蠢く樹の枝を見て、クリスくんはそう感想を漏らす。
「警察が来たのが分かったのは、この辺り一帯に根を張っているからですか?」
「ああ。密集させた根の上の地面なら人がいるかどうかは分かるんだとよ。ヴェルニカに居たお前らに気づいたのもそこまで根が伸びていたからだ」
なるほど、それが広範囲探知のカラクリか。
アスカがユグドの説明をしていると、ユグドの枝の一端がこちらに伸びてきた。枝の先端は不思議なことに空洞になっている。
――初めま、して。クリス。そして、悪霊。聞こえますか?
驚いたことにその空洞から"声"が聞こえてきた。
(え、何これ……?)
「……もしかして、ユグドの声ですか?」
「ああ。枝の中に空気を通して震わせて発声してるんだとよ。ちなみにユグドは悪霊の声が聞こえねぇ。お前のことを教えたときは静かに驚いててめっちゃ笑えたぜ。ブオーブオー言うのな」
どうやらそのときのこと思い出したようで、アスカはひとりクククと笑いを噛み殺す。
(俺の声は聞こえないのか。残念だな)
「ユグドはお前のこと怖がってたから本人としては都合がいいみたいだけどな」
え、怖がってたの? どうして?
「さあな。単に幽霊が怖かったんだろ?」
アスカが適当にそう答えると
――怖がって、ません。ウソを言わないで。
とユグドは言って、枝を震わせた。ザワザワ、ピキパキという音ともに、空洞を空気が勢いよく通り抜けるブオーブオーという音が聞こえてきた。
「ほらな。ムキになってる」
アスカは口に手をあてて笑いを堪えていた。
――もういい、です。挨拶だけ。クリストファーと、悪霊。彼女を、グレイジーを、ありがとう。みんなと一緒に、私もよろしく。
ユグドはそう言うと、アスカの周りに茂っていた枝と一緒に部屋から(開かれた窓を通って)出ていってしまった。
(……俺って怖い?)
「悪霊さん、自分が一般的に〈幽霊〉にカテゴライズされてるって自覚あります?」
(あるけどさ。もっと俺の内面を見てほしいかな)
こんなにも心はピュアなのに。
(ちなみに幹はどこにあるの?)
「あそこだ。ほれ、窓の向こう」
窓の向こうにはマーテル教会の庭とバラクラードの街並みが映っていた。
「庭のテーブルと椅子の近くに大きな樹があるだろ? あれがユグドだ」
(え……え? あれだったの?)
確かあの下にはガイアから帰還した宇宙飛行士、セドリックさんの遺体が眠っているはずだ。あの大きな樹はその目印くらいの認識しかなかったぞ。
「ユグドにセドリックの遺体を守ってもらってるんだ」
「そうだったんですか……」
クリスくんの窓を見る目が少し遠くなる。おそらくユグドとセドリックさんを通してガイアでまだ生きているかも分からないオスカーさんに思いを馳せているのだろう。
「あ、そうだ。クリス、これを持ってろ」
アスカは机の抽斗から短い棒を2本取り出してクリスくんに放り投げる。
「これは?」
「ユグドの枝だ。根が近くにあるならこれを使ってユグドと会話ができる。骨伝導みたいにな。1本はレイジーのな」
「へぇ、それはすごい」
未知の存在に好奇心がくすぐられたのか、クリスくんは手のひらに収まるサイズのユグドの枝を丹念に観察し始めた。
「ちなみにユグドを介して枝を持つ他のレジスタンスメンバーと会話することもできるぞ。後で使い方を教えてやるよ」
「お願いします」
ユグドの枝に興味津々のまま彼は返事をする。彼はしばらくその枝に夢中になっていた。
しばらくすると、アスカの部屋にアルがやってきた。リーシャとセイくんも一緒である。
「アスカ、警察が来たんだって? アルバートくんからはもう大丈夫って聞いたんだけど……」
「ああ。強制捜査されたが問題ない。ユグドが事前に察知して教えてくれたからな。怪しいものは何も見つかりませんでした、だとよ」
「そう。ならよかったぁ」
リーシャはそう言うと胸を撫で下ろす。けっこう心配してくれたようだ。
「でも、どうして急に警察が来たの? 誰か情報漏らしたりしてないよね」
「してたんならもっと本格的にやるでしょう。手当たり次第、僕とレイジーを探してるのでは?」
「そうだな。クリスの言う通りだ。連中、今は別の場所を強制捜査してるぜ。ヴェルニカ周辺にいるかもとは思ってても、ここに居るとは確信が持ててないんだ。もちろん俺たちレジスタンスの存在もばれてねぇ」
ユグドの探知で知ったのか、アスカはクリスくんたちの質問にそう答える。
(にしても、どうして急に……。クリスくんたちがヴェルニカで追手に襲われてから、結構日が経つよね。『向こう側』の連中、焦ってるのかな?)
「そうですね。それもあるでしょうけど、最近、食料が配給制になりましたからね。都市に潜んでるならそれで炙り出せるはず、という思惑が外れて、誰かが匿っていると思ってこんなことをしてるんでしょう」
「っは。正解だが不正解だったな。レジスタンスの存在と能力までは把握できてないって自ら吐露したもんだ。心配する必要は特にねぇ」
アスカは自信満々にそう結論づける。クリスくんたちも特に反論はないようで、この一件はこれでお終いらしい。
「クリス。さっきから気になったんだけど、君が持ってるその枝って……」
「ユグドのですよ」
「そっか。やっと正体を明かしたんだね」
(その口ぶりだと、リーシャはユグドが樹だってこと知ってたの?)
「もちろん。セイに教えてもらったもの」
あ、そうか。本来ならガイアから来た人たちはみんな知ってておかしくないのか。
「ちなみに俺も知ってるぞ。盗賊騒ぎのときにタウさんに教えてもらったんだ」
「なんだ、アルも知ってたんですか」
クリスくんはアルを見てため息をつく。前に聞いたときははぐらかされたんだとか。「だって口止めされてたし」とアルは言い訳を始めた。
「アルバートのときは止める前にタウが言っちまったんだよ。その反省も兼ねてできるだけユグドの存在は隠そうとしてんだ。生命線なのは代わらねえからな。クリス、レイジー、それに悪霊も、知ったからってやすやすと吹聴すんなよ」
「もちろん」
「うん」
(了解だ)
安心してくれ。俺の口は固いことで有名なんだ。
「さて、帝国はこちらに気づいてないからいいとして、ガイアス相手の戦力が不足してることは心配ですね。アスカ、ユグドの捜査網で最後の〈イヴの欠片〉は見つからないんですか?」
クリスくんはユグドの枝を懐にしまうとそう尋ねる。先日からリズ、リラも交えて作戦会議しているが、まだいい作戦ができていないらしい。
「ああ。ここに本拠地を置いてからずっとユグドが根を伸ばしてるんだが見つからねえ。ヴェルニカからそう離れたところには居ねえと思うんだがなぁ……」
そう言うとアスカは悩ましげに頭をガリガリかく。
「リーシャ、セイ、この間の巡業でそれらしいのは居なかったのか?」
「私たちが見つけたのはクリスたちだけだよ」
ね、とリーシャがセイくんに話しを振ると、彼は同意するようにうんうんと頷く。
「だよな……」
「ですか……」
「本当にね……」
三人はそう言うと揃ってため息をついた。
(ちなみに最後のひとりの名前はなんて言うの?)
外見がユグドみたいにテラの人たちとかけはなれてたら、都市に隠れ住んでいたりしても噂とか聞こえてきそうだけど。
「名前はベスティーって言います。僕と同じくらいの男の子で、少し褐色の肌をしていて……」
とセイくんは最後の〈イヴの欠片〉の特徴を教えてくれるが、レイジーちゃんやセイくんと同じように、テラの人間たちとあまり変わらない見た目のようだった。
「孤児でそんな見た目のやつをベータ達に探させるしかねえかな……」
「でも絶対それ面倒くさいよ。人数の少ない私達じゃ何日どころか何年かかるか。そもそもグレイジーちゃんを見つけられたのだって、たまたま帝都にライブ巡業に行って、たまたま彼女の居る軍病院の近くを通りがかったから気づいただけだし……」
アスカとリーシャは眉根を寄せて悩ましげにそう言うが、クリスくんふと何かに気がついたように顔を上げた。
「……リーシャ。すみません。今なんて言いました?」
「え? グレイジ―ちゃんを見つけられたのはたまたまだって……」
「その詳細です。レイジーを『軍病院』で見つけたと、言いましたか?」
「え、う、うん。そうだけど……」
(え?)
リーシャは、それがどうしたのと言いたげな様子でクリスくんを見ている。アスカやセイくんもそうだ。けれど、俺とクリスくんとレイジーちゃんは違う。クリスくんが気づいたことに俺も気づいた。
「違うんですよ、リーシャ。観光案内をしているときレイジーは軍病院にはいませんでした。軍病院から少し離れた、エイビス研究所にいたんですよ」
「え……え? それ、どういうこと? てっきりあの反応がレイジーだと……」
「あのとき、僕の仲間たちがレイジーの他にも居たってことですか!?」
「おそらく。……というか、そうか。そうだったのか。だとすれば、今年の諸月が変だったのも説明がつく……!」
クリスくんは急に興奮したように早口で喋りだす。
(諸月って、モンスターの?)
「そうですよ、悪霊さん。今年の帝都を襲ったモンスターは例年と違うとベティ姉さんが言ってましたよね。肉食獣と草食獣が仲良く轡を並べて城壁へと突進する。複数のモンスターが共謀して帝都に侵入を果たす。最後には群れが瓦解するように共食いを始めた。そして、黒虎に咥えられていたにも関わらず傷一つ無い状態で保護された衰弱していた子供の存在。これが何を意味するのか分かりますか? 悪霊さん」
――そうか。
クリスくんが何を言わんとしているのか、俺にも察しがついた。
それならおそらく、時期的にも、地理的にも整合性は取れている。
「黒虎に咥えられていたその子供。おそらく彼が最後の〈イヴの欠片〉ベスティーです。そして帝都に侵入したあの黒虎がベスティーのパートナーで、能力を使って群れを率いて帝都を襲撃した可能性が高い」




