状況整理とか
抜けがありましたので修正しました。
・緑の一族来襲の報せに混乱した民衆の描写を追加.
・緑の一族の表向きの呼称を「ガイアス」とすることを追加.
セイくんの仰天発言に、しばらく間を置いて室内はざわつき始めた。
「本当なの、セイ……?」
「本当か、ユグド?」
彼の言葉を確かめるように、リーシャとアスカがそれぞれのパートナーにそう尋ねる。
「……ええ。『最悪』を考えるなら、少なくとも僕はそう思います。テラに来て僕らは不思議な力に目覚めましたが、それでも彼らとの力の差は大きいかと……」
……まじか。
セイくんの顔つきは神妙そのものだ。冗談でそんなことを言っているわけではないらしい。
えっと、待て待て。ひとまず整理しよう。セイくん達はガイアでは追われていて、追ってきた連中はレジスタンス最強と言われるリズ、リラよりも滅茶苦茶強くて、正体不明の宇宙船はガイアからの可能性濃厚で、とすればセイくんたちを追ってきた連中が乗っているのは必然で、宇宙船のメンバーというのはミッションが確実に遂行できるよう選ばれるものだから、その四人が一人でも乗っている可能性は限りなく高くて……。
……よし。
(ってよし、じゃねえ! 大ピンチじゃねえか! みんな、逃げるぞ! 疎開だ、疎開!! ほとぼりが冷めるまでどこぞの田舎にでも雲隠れするんだ!!)
「逃げるって、どこに逃げるんですか? 連中は〈イヴの欠片〉を探してるんですよ? 逃げてもどこまでも追ってくるに決まってます」
(そんなら宇宙だ! 連中が追ってこれない宇宙の果てにでも逃げようぜ!)
宇宙船はあるんだろ!?
「ありますが、そんな大人数かつ長期間の航行に耐えられるものなんてありませんよ。各国の首都にある宇宙船は古すぎて飛べませんし、今から同じものを作ったとしても出来上がるのは数十年後です」
なん……だと……!?
「あーもー、うるせえな、悪霊。ユグドの声が聞こえずれえじゃねえか、ちょっと黙れ」
(あ、ごめん)
騒がしくしてたらアスカに怒られたので、小声でクリスくんに詳しく話を聞いてみる。なんでも、古い宇宙船の燃料の原材料はガイア特産らしく、テラでは微々たる量しか手に入れることができないらしい。
(そうか。モノはできても飛べるのに時間がかかるのか)
「納得しましたか? 悪霊さん」
(うん、納得した)
クリスくんが懇切丁寧に宇宙船が飛べない理由を解説しくれたので、とてもクリアに納得できた。
非常にスッキリした気分である。
……。
……。
じゃあ、どうすんだよ! 逃げられねえじゃねえか!!
「だから、さっきからそう言ってるじゃないですか」
「お前は一体何に納得したんだ?」
クリスくんとアスカが非常に微妙な視線を俺に向けてくる。
やめて、そんな目で俺を見ないで。
「で、ユグドは何と?」
「ああ、概ねセイと同意見らしいが、それは条件付きみたいだ」
「条件?」
「『正面からやり合った場合は』だとよ」
「そうですか。それならよかった。やりようはあるってことですね」
「そうだな」
クリスくんとアスカはお互いに納得したように頷き合う。
(えっと、正面からやり合って勝てないなら、それは依然ピンチじゃないの?)
「ピンチですよ」
「そうだな」
それが何か? とでも言いたげな表情で、クリスくんとアスカは俺に同意する。言葉とは裏腹に、二人からは悲観的な様子は微塵も見られない。目は希望に満ちていて、心はどこまでも落ち着いていた。
……後ろ向きで、諦めがちな俺とは、大違いだ。
(死んじゃうかも、しれないんだよ……?)
連中に捕まった〈イヴの欠片〉がどうなるかは、未だ分からない。けれど、そうなることも否定できない。
少し意地悪になって問いかけた質問だったが、それでも二人は「そうですね」「そうだな」と平然に同意した。
どうして二人はこんなにも、強いのだろう。
「命を懸けて得られるものは少ないですが、それでも命を懸けないと得られないものはあります。そこに価値が見いだせるなら、立ち止まってる暇はありません」
「もともと死にかけだった俺の命だ。命を惜しむなんて今更としか感じねえな。それよか、こんなところで二の足を踏んでしょぼくれてたんじゃ、俺によくしてくれたヴェルニカの皆と父様、そして――母様に、申し訳が立たねえ。命を懸けるのなんざ最低限だと俺は思ってる」
俺の心の声が聞こえたのか、悩むことなく至極当然とばかりに二人は言いきった。
……きっと、表に出さないだけで常日頃からそんなことを考えていたのだろう。
「まあ、すでに死んでしまった悪霊さんからすると、命を大事にしてほしいというのも分かりますが」
「ははっ、違えねえ」
そう言ってクリスくんは苦笑し、アスカは笑い出す。
そんな二人を見ていたら、なぜだろう。ネガティブな発言をする気が、だんだんと失われてくる。
(……分かったよ。もう逃げるなんて言わない)
頑張ってピンチを乗り切ろう!
「お、その意気その意気」
「成長しましたね、悪霊さん……」
クリスくんはそう言うと、目元にハンカチをあてる。俺のオカンか、おのれは。
「とはいえ気合だけでどうにかなるわけでもなし。ユグド、セイ。追ってきた連中の詳細を教えろ。ベータ、オメガ、作戦を考えるぞ。シータ、リズとリラに声をかけてここまで引っ張ってきてくれ。『ガイアから追手が来る』と伝えれば、多分くるだろ」
アスカは矢継ぎ早にそう指示を出す。皇帝誘拐作戦がポシャったショックはもう忘れてしまったようだ。もっとも、彼女が暴れたところの掃除はまだ終わっていないが。
(そういえば、クリスくんのお母さん的なベティさんは大丈夫かな。オスカーさんのニュースはベティさんも見てるでしょ?)
「誰が僕のお母さんですか。ベティ姉さんは――どうでしょう。ニュースになってないので、暴れてはいないと思いますが……」
(判断基準そこなのね)
「僕が思ったくらいだし、ベティ姉さんも偽物の映像だと思っているとは思いますけど……」
(……なんかそれ、逆に暴れそうじゃない? 『本当のオスカーさんはどこ!』とか、『オスカー様の名を騙って嘘八百語りやがって!』的な……)
「話しているうちに、僕もそう思いました……」
そう言って不安そうな顔になるクリスくん。気のせいか、追手がリズリラよりも強いと判ったときよりも神妙な顔つきである。
ベティさん、大丈夫かな……。
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前皇帝死亡の発表から二週間後。軍病院から戻った新皇帝カミエルは、執務室で行われている定例会議にて報告を受けていた。
「――以上、皇帝皇女誘拐殺人事件とガイアの人類、通称『ガイアス』のものと思しき宇宙船の確認により発生した各国の混乱は収まりつつあります。第二級厳戒態勢に伴う食料・日用品の配給制移行に関しても同様です」
「分かった。思ったより早く収まったな」
「これも陛下のご手腕かと」
「よしてくれ。皆のおかげだ」
執務室にいるメンバーは、帝国の中枢ばかりである。皇帝カミエル、宰相ギルベルト、各行政大臣に、軍を統括する元帥と、警察組織の長官もこの会議に列席していた。
「さて、今後の話だが……ダグラス元帥。例の宇宙船に変化は?」
「特にありません。依然としてこちらに接近しています」
「そうか。ならば、以前から話していたが、ガイアの人類対策用の特殊軍を編成したい。仮称は――そうだな、有名なフィクションにあやかって『第零軍団』とでもしようか。かの英雄オスカーが驚異と見なすほどの連中だ。第零軍団には軍の逸材をピックアップして編成したい」
「それはよろしいかと。ただ、既存の防衛に穴が空くのはよろしくない。特別に新規人材を募っても?」
「そうだな。それは構わない。……ところで『第零軍団』の隊長の一人には英雄オスカーの愛弟子、帝都第七分隊隊長のエリザベスがよいと思っているのだが、彼女はまだ?」
「ええ。例の映像を見たショックで、寝込んでいるようです」
「そうか。貴重な『先祖返り』だ。ケアを頼む」
「承知しました」
定例では様々な議題が話されるが、目下彼らが集中してリソースを当てているのは正体不明の宇宙船への対策である。現在、様々な手段で交信を試みているが、未だ彼らから返答らしき返答は返ってきていない。そのため、帝国としても最悪を考慮しての対策案が、多岐に渡り検討されていた。
「――では、そういうことで。確認事項は以上で――よろしいですね?」
「よし。では今回の定例はこれで終了とする」
カミエルの合図で定例会議は終了となった。が、仕事はむしろこれからである。皆が足早に出ていく中、カミエルを含む数人が執務室に残った。
「すごいですね、カミエル陛下。皇帝を引き継いだばかりだというのに、随分と手慣れた様子ではありませんか」
「当然でしょう、アウグスト。陛下は以前から実務に携わっていたのですから」
そうカミエルに声をかけてきたのは、ルイ―シア王国第3王位継承者、アウグスト・フォン・ルイ―シアと、オーストニア公国法定継承順位第2位の公子、アドルフ・フォン・オーストニアだ。
二人は現皇帝カミエルの、代理の代理である。カミエルと宰相ギルベルトに不慮の事態があった場合に統制を取るため帝都に召喚されており、今はもしもの事態に備えてカミエルの仕事すべてに彼らも参加しているのだ。
「そうだな。もし僕に何かあれば、代わりを頼むぞ」
「それは構いませんが。うーん、私に陛下の代わりが務まりますかね。久しぶりにカミエルくん……おっとっと、申し訳ありません。カミエル様の仕事ぶりを拝見しましたが、随分と、その……」
「どうした、アドルフ。言葉を濁して。『人が変わったよう』か?」
「……そうですね。そう思いました。お気分を害されましたら、申し訳ありません」
そう言ってアドルフは頭を下げる。
「なに、構わないよ。僕もそう思ってる。……父さんの『立場』や『責任』を引き継いだんだ。そうなるのも仕方ない、とでも思っていてくれ」
「陛下……」
「その口ぶりですと、引き継いだら俺たちも陛下みたいな仕事魔になるんですかね……。俺はやだなぁ」
一方でアドルフは冗談を吹聴するようにそう言って、露骨に顔を歪ませた。
「あはは。まあ、その時が来れば分かるさ」
「その時、ですか?」
「その時、ねぇ……」
来ないことを祈りますよ、と二人は冗談めかして笑っていた。
「ところで、ソフィアちゃんの手がかりはまだ?」
「ああ、全然だ。二人は何か知らないか?」
「知らないねぇ。つい先日までオーストニアに居ましたし」
「私も知らないです。あの、誘拐された例のミヤナギから辿れないんですか? 何か情報を残しているかもしれませんよ」
「ああ、それについては――」
と、そこで執務室の扉がノックされる。カミエルが許可を出すとジィが扉の向こうから現れた。
「陛下。例のお二人がお見えです」
「そうか、入れ。――それについては、この二人が教えてくれるだろう」
「この二人って――」
「まさか――」
アウグストとアドルフは入ってきた二人を目にした瞬間、目を瞠った。あまりに有名なその二人だが、直接会うのは二人も初めてだったのである。
身の丈を超える大男。くたびれた軍服、胸まで届く顎髭。齢60を超える精悍な顔には、深いシワと目を覆いたくなるような深い傷が刻まれていた。
「どうも、カミエル陛下、お久しぶりです。前元帥、ウォルター・レイネット、参上いたしました」
細面の美青年。エイジャ固有の流れるような礼服、肩までとどく髪。きれいな顔とは対象的に、礼服から除く指先は、まるでつい先程返り血浴びたかのように赤黒く変色している。
「ご無沙汰しております、カミエル陛下。ヴィルヘルム前陛下のご逝去、心からお悔やみ申し上げます。ミヤナギ一族頭首、ウンリュウ・ミヤナギ、推参いたしました」
ただそこに居るだけで威圧感を放つ二人に、アウグストとアドルフは気圧されたように尻餅をついてしまう。
そんな二人はカミエルを見据えると、声を揃えて
「「ご用件は?」」
と問いかけた。
■そのころのエリザベス(ベティ姉さん)
暗い室内でエリザベスはモニタを見ながらぶつぶつと何事か呟いていた。
「この部分は、12年前のインタビューのとき……。この部分は8年前のTV出演時……。そして、この部分が――」
モニタには例のオスカーから送られたと思しき映像が映っていた。鬼気迫るようにメッセージを送る彼の姿を、エリザベスはひとつひとつ確かめるように、自身の記憶と、彼女がコレクションしていた秘蔵のオスカー記録集の映像と照らし合わせる。
そしてすべての照合が終わり、送られてきた映像のすべてが既存の映像を加工・編集して作成されているのだと、彼女の中で証明された瞬間、エリザベスはひとり喝采を叫んだ。
「はっはーーー! コンプリート達成!! 私の勝ちだーー!!!」
暗い室内で、彼女は見えない何かと戦っていた。
■アスカの生い立ち
出産の際に母親が死亡。生後数ヶ月生死をさまよい、一命をとりとめるも運動のできない身体になる。医者からは大人になる前に余命が来ると宣告される。
父親から溺愛されて育つも、母方の祖父母はアスカが自分たちの愛娘を殺したと思っており、幼少期に遠回しに母親を殺したことを告げられる。自分のせいで母親が死んだことを知ったアスカは、自分の命と引き換えに母親を生き返らせる方法を探すも結局見つからず諦める(悪霊に魔法のことを聞いたのはこれが理由)。
幼少期、苦しく辛い治療と、運動と食事の制限された日常を送り、泣き言を父親に零すも、その泣き言を伝え聞いた祖父母がなぜか父親を詰る姿を目撃する。また、娘が辛い思いをしているのだと、自分に隠れ悲しむ父親の姿を目撃する。それ以降、アスカは「泣き言を言ってはいけない」、「そのような素振りも見せてはいけない」のだと強く強く自分を戒めるようになる。その頃から自称が「私」から「俺」に変わる。
13歳でヴェルニカの悲劇に遭い、現レジスタンスメンバー以外のほとんどの知り合いが死亡する。ユグドとパートナーとなることで、余命が伸びる。母方祖父母の親戚にマーテル協会の偉い人が居て、そのコネで今の立場に収まる。その親戚は祖父母と違いアスカに親身になってくれた人で、今も彼女に味方してくれている。
15歳で、クリスや悪霊、アルバートと出会う。




