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異世界で悪霊となった俺、チート能力欲しさに神様のミッションを開始する  作者: 珉珉×打破
第2章 恋のキューピッド大作戦 〜 Shape of Our Heart 〜
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ソフィの極秘調査2

 翌日。仮病で公務を休んだソフィアは、自室に誰も入らないようエマに頼むと、後宮を抜け出して、シダレ・ミヤナギと一緒に軍病院へと赴いていた。ルドルフ・アークマイネ教授の監視を行うためである。


「私ひとりににまかせて頂いても、全然構わないんですけどね……」

「私が無理にお願いしたんですもの。そんなわけにはいきませんわ。それに……」

「それに?」

「尾行だったり、監視だったり、私とっても興味がありますわ!」


 ソフィアは「こんな経験初めて!」と言わんばかりに爛々と目を輝かせ、一方で監視だけではなくソフィアの護衛もせざるを得なくなったシダレは、「そうですか……」と露骨にため息をついていた。


 レイジー逃亡後、アークマイネ教授はエイビス研究所ではなく軍病院へ通っていた。セキュリティを危惧してか、研究の本丸をこちらに移したらしい。レイジー関連の資料も運び出されたようで、エイビス研究所の地下3階はすでに蛻の殻になっていると推察されていた。


「それにしても退屈ですわね。全然動きがありませんわ……」


 変装のため髪型を変え、眼鏡をかけ、患者衣を着たソフィアはそうつぶやく。彼女と、彼女同様に変装したシダレは軍病院の庭に点在するベンチに腰掛けていた。ここからならアークマイネ教授の滞在する建物の入り口がよく見える。建物の中に入れればよかったが、病棟と違って許可証が居るらしく、彼女たちは仕方なしにここで入口を見張っていた。


「ええ、ええ、そうなんです。監視なんて九割九分が退屈であるにも関わらず、決して居眠りのできない気力と体力と根性が必要な、それはそれは過酷なものなんです。……どうです、ソフィ様。帰りたくなってきました?」

「いいえ。むしろ、エマやシダレ達にそんな大変なことを頼んでしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいですわ。この機会に監視のいろはを覚えてみんなの負担を軽くしてあげたいです」


 シダレは露骨にソフィアを帰宅へと仕向けるが、ソフィアには逆効果のようで、彼女は両手をグーにしてむしろやる気を顕にしていた。そんな彼女の様子を見てシダレはこっそりと舌打ちする。


「ッチ。さすがソフィ様。変なところで前向きですね」

「褒めてませんわね? それと、今舌打ちしましたか?」

「鳥じゃないですかね。近くに広場もありますし。……あ、アークマイネ教授――」

「本当!?」

「――と思ったら、別人でした。教授と同じくぽよんとお腹の出た男性でしたから、うっかり間違えてしまいました。てへてへ」

「それ、五人に一人は間違えるって宣言ですの?」


 建物に出入りする男性の20%は肥満体型であった。朝早くから続けていた監視ではあるが、それが今の所の成果である。

 いやあ失敬失敬、とシダレはおよそ一国の姫に取るべきではない態度でソフィアに謝り、一方でソフィアはまったくもうと半ば諦めるように呟いて、視線を建物の入口に戻す。彼女に気分を害された様子はない。堅苦しい公務ばかりの彼女にとって、シダレのように気さくに接してくれる相手はむしろ気の休まる有りがたい存在であった。


 長い時間同じ場所に居るのは怪しまれると、シダレに促されるままに2回ほど監視場所を変えたが、結局、お昼までアークマイネ教授が建物の外に出ることは無かった。その間、ソフィアは退屈のあまりシダレとしりとりをしていたが(三文字限定、三秒以内に回答しないと負け)、三勝七敗と彼女は大きく負け越していた。


 天高くに太陽が位置するころになって、ようやく眩しそうに手で光を遮りながらアークマイネ教授が姿を見せる。


「よし、やっと動きましたわね!」


 それを確認したソフィは意気揚々と立ち上がり、教授の尾行を開始するのだが、


「お昼だからですよ。食堂は病棟にしかないので」


 というシダレの素っ気ない反応に、「……そうですか」と呟いて、意気消沈するのであった。



 ルドルフ・アークマイネ教授。50歳。帝都のベルガレス大学卒業後、エイビス研究所生命環境部にて生命環境工学の研究に従事。妻と娘との三人暮らしで、住まいは帝都の地下にある、ごくごく一般的な集合住宅。金遣いが荒いなど、悪目立ちするところは特になし。休日に家族で出かけることが多く、家族仲は良好と考えられる。


「……本当に彼がレイジーの研究……いえ、レイジーを研究に?」


 患者衣から見舞客らしい格好に着替え、病棟の食堂にて教授から少し離れたテーブルに座った二人は、横目に彼を見やりつつ、ひそひそと会話する。ソフィアの手には、教授に関する資料が握られていた。


「それについては多分としか言いようがないですね。一応、彼がマグヌス准教授の師であることは分かっていますが。クリストファーさんと、例の……なんでしたっけ? 悪霊さん? とやらの言葉を信じるのであれば、まず間違いなく有罪らしいんですけど」

「そう。じゃあ有罪ね。まったく、人は見かけによらないって本当ね。家族思いの優しそうな人じゃない」

 

 ソフィアはそう悪態をつくと、丸い身体を揺すりながらはふはふと熱そうな麺をすする男性を苦々しげに見る。一考することなく断罪するソフィアの態度に、シダレは軽く目を瞠った。


「……驚きましたね。そんなに彼らを信頼しているので?」

「彼ら、じゃないわ。クリスだけ。その悪霊さんとやらは私もよく知りませんもの。レイジーが懐いていたし悪い人じゃないんだろうけど……。それにクリスのことも信頼はしてませんわ。ただあの子が嘘をつかないこと知っているだけ。長い付き合いだしね」


 そう言って、もそもそとソフィアは手に持った菓子パンを口に運ぶ。「あら、甘くて美味しい」と彼女は何事も無かったように呟き、一方で主人とその幼馴染の妙な絆を見せつけられたシダレはどう返答したら良いのか分からないまま「そうですか……」と口にするのであった。


 教授はソフィアたちが一息する間もなく食事を終えたらしい。休憩する気もないようで、彼はトレーを持って立ち上がると、足早に食器の返却口へと向かった。


「な、もう食べ終わったんですか! シダレ、急いで食べなさい! 私も……むぐぅ!」

「ソフィ様、水、水!」


 ソフィアは菓子パンの残りをすべて口の中に押し込み、一気に飲み込もうとしたのだが、慌てたせいか喉に詰まってしまった。シダレから渡されたコップの中身を飲み干して、彼女は盛大に息を吐く。


「はぁーー! 死ぬところでしたわ」

「やめてくださいよ、一国の姫の死因が『パンを喉に詰まらせて』とか。そんな証言するの、私嫌ですからね」

「それは私も嫌ですわ。それより、早く教授を追わないと――」

「あ、姫様。ストップです!」


 シダレは機敏にソフィアの背後に移動すると、立ち上がろうとするとソフィアの肩を抑えて、彼女の動きを止める。


「シダレ!?」

「姫様はお疲れのようなので、少々休憩しましょう。その間、私がひとりで教授を見張るので、ソフィ様はここにいてください。ここなら安全でしょうし」

「嫌ですわ。私も教授を見張るのです! 疲れてなどいません!」

「姫様あんまり大声出さないで下さい。バレちゃいますよ」

(私も教授を見張るのです!)

「小声にしても駄目です。ここで大人しくしていてください」

「嫌です。ここに置いていかれたとしても、シダレについていきますわ」

「……」

「……」


 二人はしばらくにらみ合い、ややあって折れたようにシダレがため息をついた。


「……はぁ。わかりました。けれど、休憩はしてもらいますよ。監視と休憩を同時にこなしましょう」

「同時に?」

「ちょっとここで待っててください。すぐ戻ってきますから」

「あ、ちょっと、シダレ」


 シダレはそう言うと、食器の返却口から建物の外に向かう教授へと音もなく近づいていく。そして、二人の影が重なったと思った途端、シダレは緩やかにターンして何事も無かったようにソフィアのもとへと戻ってきた。


「……シダレ、何を?」

「はい、ソフィ様、こっちどうぞ」


 ソフィの質問に答えることなくシダレはそう言うと、ソフィに手のひら程度の大きさの機械を渡してきた。機械はその大部分が表示モニタであり、その周りにボタンが数個ついている。


「これは?」

「受信機です。今、教授に発信機つけてきました。どうせ建物から出て来ないと思うんで、教授の仕事中はそれで監視しちゃいましょう。どうせ中には入れませんし、位置だけ分かってればいいでしょう」


 シダレはもうひとつ受信機を取り出し、画面を表示して見せた。画面には地図と移動する赤い点が映っている。これがアークマイネ教授の位置を示しているのだろう。


「……よく気づかれずに発信機を付けられましたね。シダレ、すごいです」

「まあ、これでも『ミヤナギ』ですからね。教授も全然周りを気にしてませんでしたし、大したことありませんよ」


 謙遜したようにシダレは言うが、彼女の頬は少し緩んでいた。あまり褒められなれていないのだろう。

 気を取り直して彼女は画面の赤い点に注目する。地図から察するに、教授は建物に戻ったのだろう。しばらくそこから動く様子も無さそうである。もう自分の仕事に戻ったのだろうか。


「一応、建物から出たら音が鳴るようにしておきますね。これで、気張って画面とにらめっこする必要もありません。……よし、これでオッケーです。さて、ソフィ様、休憩しましょう。すぐそこにうってつけの広場があるんですよ」


 シダレはそう言いながら、手慣れた様子で機械を操作してみせる。


「すごいですわね、それ。シダレはいつもそんなもの持ち歩いていますの? まるでスパイみたい」

「やだなぁ、ソフィ様。今日だけですよ。それに、スパイだなんて私には似合いません。そうですね……、ここはミヤナギらしく『(しのび)』みたいと言ってください」

 

 感嘆とするソフィの視線を受けて、シダレははにかんだように笑っていた。

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