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異世界で悪霊となった俺、チート能力欲しさに神様のミッションを開始する  作者: 珉珉×打破
第2章 恋のキューピッド大作戦 〜 Shape of Our Heart 〜
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アルの不幸な帰郷

 俺の名はアルバート・フォン・ブレイゲル。親しい友人からはアルなんて愛称で呼ばれている。オーストニア公国生まれ、マルステラ帝国育ち。実はちょっとだけ家柄が良かったりするのだが、それは今回の話にはあまり関係ないので割愛しよう。


 さて、諸月の時期も無事に……とは言わないが、なんとか終わることができたため、俺はかねてより両親から要請されていた帰郷を果たそうとしていた。


 呼び出された理由はなんとなくだが察しがつく。帰省するたびに「良いお嬢さんとは知り合えたのか?」とか、「私が元気なうちに孫が見たいものねぇ」という小言が耳につくのだ。今回の帰郷もそれに関する小言か、あるいはたんまりと用意されたお見合い写真を見せつけてくるのだろう。正直、かなり気が重い。


 別に結婚願望が無いわけではない。良い人が居るのならば結婚するのは吝かではないし、生涯の伴侶が見つかるのならばそれ以上の幸せはないと思う。


 けれど、今はまだそのような相手は見つかっていないし、正直に言うと独身貴族を満喫していたいという思いもある。そんなわけで、両親からそのような話題を振られたら聞こえなかったふりをするか、持ち前の不幸体質を盾にして逃げ切ろうと思う。「せっかく生涯を共にしてくれる相手を俺の不幸に巻き込むわけにはいかない……! 俺の不幸体質が改善されるまで待ってほしい」とでも言っておけば、きっと大丈夫だろう。


 そんなことを考えつつ、クリスたちに見送られて俺は帝都を出発した。故郷であるオーストニア公国は帝国の北に位置している。そこまでは各都市間をつなぐ護衛付きの乗り合いバスで移動することとなる。道中はモンスターや盗賊なんかも出るため、個人の自動車で移動する人間は滅多にいない。帰郷のたびに何度も通る経路だし、今回も特に問題ないだろう。国境を抜け、帝国最寄りの都市で休憩するまで、俺はそんなふうに思っていた。



「財布をスられた」



 両親の機嫌を取るために、大通りにて土産でも買おうとぶらついていたその帰りである。服をひっくり返しても、バックの底を漁っても、お土産屋のオバちゃんに聞いても、どこをどう探しても財布が見つからない。警察にも届けられておらず、仕方なしに被害届を書いて、俺はとぼとぼと格安宿を探し歩いた。こんなことなら土産なんて買おうと思うんじゃなかった。


 財布を盗まれてしまったのだ。これでは帰郷もできないと思うだろう。だがしかし、俺は不幸体質の男。物心ついたときより抱える自身の不幸を甘く見るわけがない。靴、服、バッグの裏地。もしものときに備えて、様々な場所にお金は忍ばせてある。かき集めればギリギリ帰郷できるだろう。リーズナブルな帰郷になってしまうが仕方ない。ひとっ風呂浴びて気持ちを切り替えよう。

 俺はためいきをついて、共同風呂屋へと赴いた。



「服を盗まれた」



 共同風呂屋で俺は服を盗まれた。風呂からあがったら籠に俺の服がなかった。びっくりした。正直、かなりびっくりした。これは俺も初めての経験だ。ムサイ俺の服なんて盗んでも仕方ないだろうに。売れるにしても二束三文だぞ?


 そんなことを裸一貫で受付に居た風呂屋の旦那に話した。あいにくというか当然というか、保証なんてものはなく、呼んでもらった警察に事情を話し(「またあんたか」と警察の旦那と顔見知りになった)、風呂屋の旦那に借りた服を来てなんとか宿へと辿り着いた。


 

「帰郷できない」



 服に仕込んだお金を失ったため、どれだけリーズナブルな帰郷であっても予算が足りなくなってしまった。移動できないし、当面の宿泊費も危ういから両親に連絡してお金を送ってもらうこともできない。どうしよう、日銭稼ぎのバイトでもするかな……。


 交渉の末、雑用を条件に乗合バスに格安で乗せてもらえることになった。……のは良いのだが、一般座席ではなく後ろの荷台部分にである。荷物扱いで俺は運ばれるらしい。たまたま荷物の少ない団体が居たようで、そこにお邪魔することになったのだ。正規料金よりもかなり少ない値段まで値切ったのだから仕方ない。故郷につくまでの数日の辛抱だ。出発は明朝。もう夜も遅いし早く休まねば。日銭稼ぎのバイトの疲れもあってか、俺はすぐに眠りに落ちた。


 翌朝。予定より早くに集合場所へ俺は辿り着いた。まだ、誰も来ていない。


「寒……」


 帝都より北にあるオーストニア公国はかなり寒い。しかも早朝であり、時期のせいもあってか寒風著しい。どうにも我慢できなくなった俺は、なんとなしにバスの荷台スペースの扉を開けようと力を込めた。予想に反してロックはかかっておらず、ぐわりと扉は開いてしまった。


(……まじかよ、不用心だな。とはいえ、この寒さはヤバイ……。怒られるかもれしれないが、しばらく中に入らせて頂こう。ロックしていない会社が悪いのだ)


 俺はいそいそとバス後ろに設けられた荷台スペースに潜り込み、扉を締める。外と違ってバスの中は温かい。風が無いだけでも十分ありがたかった。


「荷物、結構あるな……」


 事前に荷物だけは運び入れていたのか、荷台スペースはほぼ満載であった。だがヒト1人が入るスペースは何とかなるだろう。俺は荷物を押しのけてできたスペースに収まると、冷える身体を温めようとさらに自前の薄毛布に包まり、人が来るのを待つことにした。


 しかし、いくら待っても誰も来ない。昨夜十分に眠れなかったこともあり、やがて俺は睡魔に襲われ、微睡みに落ちてしまった。



「……だから、大丈夫だって言っただろ?」

「はあ、ユキトが聞いたらどう思うか……」

「書き置きも残したし、ユグドも一部持ってきてるんだからよー。それに、俺だってたまには外に出ないと干からびっちまうぜ」

「まったくもう……」

 

 目が覚めたのは、小さな口論が聞こえてきたからだろう。振動音が床から伝わってくる。車はすでに移動しているらしい。


(しまった! 寝過ごしたか! しかし、未だに起こされていないのはどういうことだろう。誰も俺に気づいていないのか?)


 おれはこそりと毛布を取り、そっと座席のほうを覗いてみる。口論しているのは前の方に居る女性二人か。他にも大勢が乗っているな。男が多いみたいだが。……ん? あそこに居る人、短銃を構えてないか? はは、まさか、モデルガンだよな。ってその隣の人、なんでナイフの手入れなんかしてるの!? ここ、車内だぞ!?


「それに、大分古いとはいえヴェルニカと似たようなケースなんだろ? だったら俺もこの目で見ておきたい。何か分かるかもしれないからな」

「……そうですか」

「お、納得してくれたのか、先生」

「諦めただけです。それと、もう先生じゃないからそう呼ぶのはやめて」

「はいよ。……本当に先生やめてまで、俺達の仲間にーーレジスタンスになるのか? 今ならまだーー」

「ストップ。それ以上の問答は無意味よ、アスカ。私の覚悟は、もうとっくに決まってる」

「……そっか、分かった。……じゃあ俺のことはちゃんとボス扱いしろよ。皆に示しがつかないからな」

「示しがつくような言動をアスカがするなら、そう扱いますけど?」

「……相変わらずだなぁ」


 小さな笑い声がバスに響く。


 ……どうやら誰も俺のことには気づいてないらしい。毛布被っていたからかな。それにしても、今さっき聞こえた「レジスタンス」とはどういう意味だろう。第零軍団って言っていたし、小説の話? あ、乗り合いの団体って『帝国軍第零軍団』愛好会とか? うん、きっとそうだろう。決して本当の意味のレジスタンスではないはずだ。そうに決まっている。そうに違いない。そうだと信じたい。信じたいけれど、どうしよう。今更声を上げてこの輪に入っても大丈夫だろうか。不安しか無い。


 そのときちょうどカーブに差し掛かったのか、車が大きく傾いた。勢いに押され荷物がぶつかる。さらにはうず高く積まれた他の荷物がバランスを崩し、ドスンと俺の腹に降ってきた。


「ぐぇ!」


 ……思わず悲鳴を漏らしてしまった。どうしよう。聞こえませんように、聞こえませんように。


「ん?」

「なんか変な声がしなかったか?」


 静まり返るバス内。

 気づきませんように、気づきませんように。


 そして再びハンドルが切られる。身を伏せている俺の頭に、転がり落ちた荷物がヒットした。だが、今度は口を塞いででも我慢する。絶対に声は出さない。


「……荷物が落ちた音だろ」

「そうみたいだな」


 どうやら気づかれなかったようだ。思わず安堵の息を漏らす。


 そんな俺を、自慢の不幸体質が嘲笑う。


 ぽとりと頭に何かが落ちてくた。反射的に掴み取る。


 黒光りする昆虫が、手の中でしきりに蠢いていた。


 悲鳴を上げて、思い切りそれを投擲する。


 昆虫は空中で華麗に羽ばたくと、座席スペースへと向かっていった。


 車内は阿鼻叫喚に包まれた。

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