思考伝播
BM登録ありがとうございます。125話にて後編スタートと書きましたが、中編になりそうです。
「……ここは……?」
「クリス、ごめんねっ!」
「わっ」
床で寝ていたクリスくんの目が覚めたらしい。そばでずっと心配そうにクリスくんを看ていたレイジーちゃんは、そう謝ると彼に抱きついていた。上体を起こした彼であったが、レイジーちゃんの重みに負けて再び背を床につけてしまう。
いいぞ、レイジーちゃん。もっとやれ。そのままキスをするんだ。
「えっと……、ああ、思い出しました。僕らは負けたんですね」
「また、守れなかった……」
「いえ、相手を侮り過ぎました。僕のミスです」
「なんだ、分かってるじゃないか」
目覚めたクリスくんに気づいたのか、ベータさんたちがこちらに近づいてきた。
「ふむ、傷跡はない……の。何か変わったところはあるかの?」
「えっと、大丈夫ですか?」
「ふははは! 思い知ったか、クリスゥ!」
「これに懲りたら二度と生意気な口を聞くんじゃねえぞ!」
「うるさいぞ、二人共」
ガンマさんはクリスくんを軽く触診し、シータちゃんも心配そうな顔をクリスくんに寄せる。一方でカーパとタウはマウントを取るヤンキーみたいな台詞を吐いて、ベータさんに頭を叩かれていた。この二人の小物っぷりは面白いな。見ていて飽きない。
「……なんだったんですか? あのコンビネーションは。人間の動きじゃーー普通の先祖返りの動きじゃありませんでしたよ」
「ほう、それが分かっただけでも大したもんだ。仮想、第一分隊だからな。戦闘に不慣れな三人を考慮してのプラスアルファだ。これで実力は連中とトントンといったところだろう」
「すまんのクリスくん。儂等ちょっぴりズルをしたんじゃ。……うん、大丈夫じゃろ」
特に問題ないと判断したのか、ガンマさんはクリスくんから離れる。
「《少数派の最大派閥》、思考伝播。分かりやすく言うと、近距離テレパシー能力だ。十の目、十の耳、十の腕に十の脚を持つ一匹の生物と闘った感想はどうだ? クリス」
「……予想以上に面倒くさいです」
アスカの問いかけに、クリスくんはひどく嘆息していた。残念だが、ブロードはビームではなかったようである。
クリスくんは一枚の翼を広げ、羽を逆立たせる。先手必勝と言わんばかりに、彼はそのまま五人に向かって翼を振るう。しかし、クリスくんが翼を振り切る前に五人は動き出す。全員が全員先祖返り並の力を持つ彼らは、シータちゃんですら一足で数mは跳躍できる。カーパ以外の四人は別方向に飛び羽攻撃を回避。カーパだけはクリスくんに突っ込んでいく。
自然、狙いがカーパに集中するが、彼は羽織っていた上着を脱ぎ、それを振るって羽を逸らす。無傷のカーパはそのまま距離を詰め、羽の手薄になったクリスくんの右側へと回り込み、携えていたスタンロッドを振るう。クリスくんは羽の残る1枚でガードするが、電撃で痺れたためか一瞬彼の動きが止まる。そのスキをついて正面からイータさんがマグナムを撃ち込む。狙いはクリスくんの頭と、カーパ同様右側へと回り込んでいたタウ迎撃用に構えられた翼の根本。頭狙いの弾丸はレイジーちゃんのオート防御で防がれるが、元より防ぐ必要のない弾丸はそのまま命中。衝撃で翼が少々押されたことで、狙いがそれてタウ迎撃に失敗する。身体を低くして潜り込んだタウが、両腕でぐるりと2枚の翼を根本から囲い、動きを封じる。
クリスくんはスタンロッドを振動翼で切断。さらに、翼を抑えるタウをも羽を振動させて振り払おうとするが、枚数の少ない根本部分では威力が低いのか、切り刻まれながらもタウは翼を離さない。
右の2枚はタウが封じ、1枚はカーパと相対。左の3枚のうち、1枚はイータさんのマグナム弾を弾き、1枚は左側に回り込んだシータちゃんを牽制。彼女は開始当初から左側に回り込み、ずっと牽制を続けている。残る1枚でタウを引っ剥がそうと、翼が動き出したその瞬間、甲高い金属音が地下空間に響き渡る。
今まで静観していたガンマさんが、何かを床に落としたのだ。次いでクリスくんに向かって柄付き手榴弾が投じられる。ヤバイと思ったのか、クリスくんが回避しようとするが、タウに加えてカーパまで翼にまとわりつき、さらにはイータさんの牽制弾が飛んでくるため回避行動に移れない。
仕方なしに彼は全ての翼で防御体制を取る。タウとカーパも巻き込まれるが、二人は身体の殆どを外側に露出している状態だ。二人を爆風に晒すことで、戦闘不能にする算段なのだろう。翼が絡んでいるため、彼らからはクリスくんを攻撃できない。
しかし、爆発はしなかった。
視界全面を翼で覆ったクリスくんがその違和感に気づく間もなく、シータちゃんは防御力の弱い箇所ーー、初手クリスくんが羽を放った翼で覆われた部分と、巻き込まれたタウとの境目を、ナイフと先祖返り並みの膂力で思い切りこじ開け、
「チェックです」
同時に移動を終えたイータさんが、その僅かな隙間に弾丸を撃ち込んだ。弾丸はクリスくんの身体で弾け、抵抗する暇もなく彼は意識を失った。
元の身体に戻ったレイジーちゃんは、その身一つでクリスくんを守ろうと防御体制を取るが、ベータさんはこの時点で戦闘終了の合図を出していた。
「……割と不死身ありきの闘い方じゃありませんかね?」
訓練の反省会でクリスくんは言う。
「身を挺して皇帝を守ろうとすることもあるだろう。『敵がそんな手段を取るわけがない』と思うのは危険だぞ、クリス。『どんなことをしてでも』って奴らは必ず居るからな」
「……そういうもんですか」
「そうだぞぉ! クリスゥ! ……でも、かなり痛かった。服もボロボロになったし」
「先生、俺達の扱いちょっと雑じゃないですかね? 囮と肉盾ばっかりで」
「君たちにしかできんことじゃからな。戦闘に不慣れな儂等ではとてもとても。頼りにしてるぞ、二人共!」
「……そこまで言われちゃぁ」
「仕方ねえなぁ」
主に囮役をやらされていたカーパとタウはガンマさんに褒められると、まんざらでも無さそうな表情になっていた。あまり褒められ慣れていないらしい。
「シーちゃん、手大丈夫だった?」
「はい、大丈夫です。カーパさんとタウさんはタフで力持ちで、すごいですね……。私、あれが精一杯でした」
イータさんが最後に翼をこじ開けたシータちゃんの手を心配し、シータちゃんは二人を褒める。二人の鼻は高々と伸びていた。
「手榴弾は囮だったんですね。あの金属音は? ピンを落とした音かと」
「小銭じゃよ。もとより爆発させる気は無かったからの」
「そうですか。やられました」
彼は苦々しげな顔になった。騙されたことが悔しかったらしい。
「クリス。もし同じ状況にーー、お前だけが気を失う状況になったら、お前を抱えて逃げるようレイジーに言い聞かせておけ。ヴェルニカと同じようにその場でクリスを守っても、事態は好転しない」
「そうですね。レイジー。いざとなったら僕を連れて逃げてね」
「うん、分かった」
「で、どこが悪かったと思ってる?」
「初手ですね。まとめて制圧しようとしたのがまずかった。今思うと、第一分隊に黒虎の鱗飛ばしは通じていませんでしたし、ひとりひとり行動不能にするべきでした」
「よし、分かってるな。それでいい。二回戦いけるか」
「勿論です」
どうやら戦闘訓練はまだ続くらしい。クリスくんはやる気満々……というより、やられっぱなしは性に合わないといった様子で、再びレイジーちゃんと合体する。
「あ、私は食事の準備があるので失礼したいのですが……」
「儂もあと2,3回で止めておこうかの。メインは身体が楽じゃが、頭が疲れる。久しぶりだと少しキツイわい」
「お、じゃあその後は俺がやろうかな。ユキトも入れ」
「お嬢様、しかしお身体が……」
「大丈夫だって、メインだけにするからよ。何かあってもガンマが傍に入れば問題ないだろ」
「であるならば、まぁ……」
シータちゃんとガンマさんは継続を拒否するようだが、代わりにアスカとユキトが参戦するらしい。ユキトは渋々といった様子であるが、アスカの参加を許可していた。
……ん?
と、そこで俺は気づく。階段の手すりから、覗き見るようにこちらに視線を向ける人影があることに。
(あの体格は……)
俺はそっとその人影に近づく。そこには、こっそりとクリスくんたちを見るアルが居た。
(アル? そんなところに隠れてどうした?)
「うひょぉあ!」
突然声を掛けられたからだろう、アルは変な叫び声を上げた。
「アル?」
「どうした、アルバート。何か用か?」
叫び声が聞こえたため、彼の存在にみんなも気づいたようだ。アスカがアルに声をかける。
「い、いや、何でも無い! ……それじゃあな!」
アルはその大きな体で、ぶんぶんと顔と手を横に降るとそのまま階段を駆け登ってしまった。ガコンと地下施設の入り口が閉じられる音がする。
「なんだ、あいつ? トイレか?」
「さぁ……?」
クリスくん達は首を傾げてアルの出ていった扉を見ていた。
(ふむ。これは何かありそうだぞ……)
あの挙動不審なアルの様子。ほのかに立ち上る恋の気配を、恋のキューピッド大作戦で培った俺のラブラブセンサーが感じ取っている。これは尋問せねばなるまい。
戦闘訓練をする皆を置いて、俺をアルの追跡を始めた。
■クリス教会到着後 〜 悪霊目覚める前の話
アスカ「……というわけで、生まれつき欠損を抱えたこの身体は、回復しきってもいつ爆発するか分からない、そんな欠陥品でしかねえんだ」
クリス「え? そんなんでリーダーなんてやってけるんですか? 何だったら、僕が代わりにやりましょうか?」
κ「は?」
τ「はぁ!?」
兎「はああああああああああん!!?」




