マイノリティ・マジョリティ
「……まあ、こんなもんだろう」
「ハァ、ハァ。くっ……。レイジーと一緒なら負けないのに……」
二人を拉致したベータさんは、地下施設でクリスくんと組手を始めた。戦闘訓練ということらしい。対人制圧技能を身につけることと、対人制圧に長けた人間への対応を身につけることが、訓練の目的だ。そのため、レイジーちゃんはクリスくんと合体せずに、彼をひたすら応援していたのだが、残念なことにクリスくんはベータさんに完膚なきまでに叩きのめされてしまった。
(二十連敗だな、クリスくん。お疲れ)
「悪霊さん、数えてたんですか? まったく、意地の悪い……」
眉根を寄せてこちらを睨むクリスくん。こんなにボロボロな彼を見るのは初めてかもしれないな。
「いくら先祖返り並みの力を持っていても、うまく扱えなけりゃどうにもならん。俺達は帝都の第一分隊……いや、それ以上の相手とも戦う可能性だってある。足手まといになるなら連れて行けんぞ」
「実践では常に合体していると思いますが……」
じっとクリスくんはベータさんを睨む。この訓練は無駄なものと言いたげな様子だ。
と、そこで地下施設の扉が開く音がした。
「ベータさーん。居ますかー?」
「シータか。どうした?」
現れたのはシータちゃんだ。ヴェルニカ崩壊に巻き込まれた商人父娘の娘さんで、なし崩し的にレジスタンスメンバーになってしまった女の子である。年齢はクリスくんのひとつかふたつ下といったところ。レジスタンスで一番若いらしい。大人組と同じように調査任務をさせるわけにもいかないため、組織の裏方業務に徹している。茶髪でショートカットの地味なーーもとい、目立たない女の子である。ちなみに料理が得意で、教会の食事はほぼ彼女が作っていた。
「ちょっと倉庫の在庫のことで聞きたいことがありまして」
「ああ、分かった。……ちょうどいいな。シータ、レイジーと合体したクリスと戦えるか?」
「……はい?」
ベータさんの突然の提案に、シータちゃんは小首を傾げて瞬きしていた。
「いったいどうしてこんなことに……」
「私は別に構いませんが……」
「争い事なんぞ、ヴェルニカ脱出以来じゃのう……」
「よっしゃあ! クリスをボッコボコにしてやるぜぇ!」
「おうよぉ! ベータの旦那! チャンスをくれてありがとうございます!」
上から順に、シータちゃん、イータさん、ガンマさん、それにカーパとタウの台詞である。みんなベータさんに呼ばれて地下まで来たのだ。カーパとタウは俺が食堂で挨拶をしたとき、クリスくんの前に座っていた二人組。この二人がクリスくんに口喧嘩でボロ負けした連中のようで、戦う前からすでに滾っているご様子。
「……5対1ですか?」
すでにレイジーちゃんと合体したクリスくんがベータさんに尋ねると、翼の一枚がペシンとクリスくんの頭を叩く。
「すみません、5対2ですか?」
クリスくんはレイジーちゃんを勘定に入れ忘れていたらしい。
「そうだな。カーパとタウ以外はほぼ非戦闘員だが、問題ないだろう。クリス、あいつらを制圧してみろ。気絶させるのは構わんが、頭部を破壊するのは禁止だ。カーパ達はクリスを制圧、あるいは気絶させたら勝利だ。カーパ達は頭部を破壊しても構わん」
「それ、僕かなり不利じゃないですかね」
「実践なんだろ? 仮想敵は、帝都の第一分隊。俺達は基本的に人を殺めたりしないが、連中は俺達を遠慮なく殺そうとしてくる。だからだ」
「そういうことですか。……分かりました。にしても、仮想敵、第一分隊ですか? 役者不足じゃないですかね。ベータさんも入ったほうがいいと思いますが……」
居並ぶ五人を見てクリスくんは言う。
クリスくんの言うことにも一理ある。彼ら全員、先祖返り並みの力を持っているようだが、非戦闘員が三人、うち一人は老人で、もうひとりはクリスくんより歳下の女の子だ。《少数派の最大派閥》の能力を持っているとはいえ、勝負にならないんじゃないかな。
「俺が入ったら弱いものいじめになるだろうが。安心しろ、万が一にもお前は勝てん」
しかしベータさんは気にする素振りを見せずにそう答える。かなり自信があるようだ。
「……僕達に負けておいてよく言いますね。いいでしょう。完膚なきまでに制圧してみせます」
クリスくんは鼻息を荒げて闘いの場へと進む。
「……なんか、勢いで『やります』って答えましたけど、今からでも誰かと代わって来ましょうか?」
「大丈夫だ、シータ。遠慮なくクリスをボコってやれ」
「そうだぞ! シータちゃん! クリスの野郎を一緒にボコろうぜ!」
「ひぃ」
「阿呆、怖がらせるな」
ベータさんはそう言うが、シータちゃんは自信なさげである。自信をつけようしたのか、滾っているカーパが顔を近づけて鼓舞するように腕を振るが、割と強面な顔つきのせいか逆効果の様子。シータちゃんは悲鳴を上げてイータさんの影に隠れてしまった。
「して、ベータくん。わざわざ五人集めたということは、ブロードを使うんじゃろ? 誰がメインを担当するんじゃ?」
「そうですね。……ガンマ先生お願いできますか? この二人だと万が一にも負けそうで」
「よしきた。楽できるわい」
「えー、ベータの旦那。俺達やる気満々ですよ!」
「そうですよぉ!」
「お前らは少し頭を冷やしとけ。ブロードに影響するかもしれん」
「……私は最初から選択肢に無いんですね」
「イータはまだ不慣れだろう。もう少し慣れてからだ」
「はい……」
作戦会議を始めるレジスタンスメンバーだが、聞き慣れない単語が混じっていたな。ブロードとはなんぞや?
「ブロードは《少数派の最大派閥》の能力のひとつだ。前に言ったろ? 俺達の能力は集団でないと無意味だって」
俺の疑問に答えたのは、ガンマさん達と一緒に降りてきたアスカだ。何やら面白そうなことが始まりそうなのでついてきたらしい。ちなみにユキトも一緒だ。
(つまり、集団戦で効力を発揮する能力ってこと?)
「そうだ。見逃すなよ、悪霊。勝敗は一瞬でつくからな」
一瞬でって、まじかよ。一体どんな能力なんだ? ……ビーム? もしや、戦隊モノおなじみ、5人集まると撃てる合体技的なビームでは!?
「じゃあ、そんな感じでの」
「了解です」
「頼んますよ先生、俺達に日頃の恨みを晴らさせてください」
「阿呆、口喧嘩は口喧嘩で返さんかい」
「そいつは無理ですよ。あいつ、ムカつくほど口達者ですもん」
「が、がんばります」
打ち合わせが終わったようで、5人はクリスくんの待つ場へと歩みを進める。野郎二人とイータさんはベータさんと同じような装備をしている。シータちゃんはベータさんが自分のナイフを渡していたが、それだけだ。ガンマさんに至っては白衣に手ぶらである。ブラックジャックよろしく、メスかダーツでも衣服の内側に忍ばせているのだろうか。
「……ずいぶんと長い作戦会議をしてましたね。準備は大丈夫ですか?」
「クリスくん、お手柔らかにの」
「クリスゥ、覚悟はいいかぁ!!」
「けちょんけちょんにしてやるぜぇ!!」
「……」
「よ、よろしくおねがいします」
両者は一定の距離を取って向かい合った。こちらにまで緊張感が伝わってくる。俺もビームへの期待感で、無いはずの胸がドキドキし始めたぞ。
「よし、準備はいいか。……始め!」
ベータさんが戦闘開始を告げた。
「初手で決めます。レイジー」
クリスくんは翼を一枚広げ、羽を逆立たせる。
「ほっほ。血気盛んや良し。《少数派の最大派閥》」
「「「「「思考伝播」」」」」
一方で相対する五人は集団でないと使えない特殊能力、ブロードを発動する。
そこから先の展開は、片方が片方を蹂躙する、一方的なものであった。




