帝国軍第零軍団
150話です。
お読みいただきありがとうございます。
えっと、ちょっと待って。
少し口汚い男の子、リズの能力《岩乗構造》は、物体の硬度や建築物の強度が目に見えて分かる。
謝ってばかりいる女の子、リラの能力《代替生成》は簡単な物体の生成・加工ができる。
クリスくんとアスカは口を揃えてこの2つの能力の「組み合わせ」がヤバイと言うが、そんなにヤバイのだろうか。いや、確かにトンネル掘ったり地下施設造ったりできるのはすごいのだが、容易く国家転覆できるとまでは思えないんだけど……。
「……その様子ですと、まだ納得していないようですね」
(うん、もう少し説明してくれる?)
「分かりました。そうですね……、悪霊さん、ダイナマイトって知ってます?」
クリスくんは少し思案したあと、聞き覚えのある単語を口にする。翻訳先生がそう言っていることだし、おそらく元の世界のダイナマイトと同じものと思って良いんだよな。爆発するやつ。
(知ってるけど。それがどうしたの?)
「ああ、それは良かった。異世界でも共通なんですね。悪霊さんがダイナマイトを知ってるなら話は早いです。リラの《代替生成》はダイナマイトを生成できます」
(……はい?)
ダイナマイトを、生成できる?
(生成できるのは簡単なものって言ったじゃん!!)
「ダイナマイトは簡単ですよ。方法さえ知っていれば誰でも作れます。その一歩手前までなら大学の授業でも作りますし」
平然と言い切るクリスくん。おいおい、学校の授業でダイナマイト作るのかよ……。やべえな。
……うん? そういえば、俺も高校の授業でニトログリセリンは作ったことあるぞ。ピペットでポトポトと黄色の粘った液体を垂らした記憶がある。もっとも、今ではすっかり作り方を忘れてしまったけれど。クリスくんの授業とやらもそれと似たようなものなのかな。
「昨日、作業しているときにどんな物を作れるか聞いてみたんですよ。他にも(というよりダイナマイトに必要な材料からしてすでに)ヤバイのはありましたが、分かりやすいのはダイナマイトですね。悪霊さん、想像してみてください。帝都の王城に手ぶらで侵入した人間が、ダイナマイトを生成し、王城を支える幾つかの主要な柱に設置して、王城から出たタイミングで全てを同時に起爆させたら、いったいどうなると思います?」
俺はクリスくんの言った通りに想像してみる。崩壊し、ペシャンコになった王城が頭に浮かんだ。
「少なくとも、執務室にいた皇帝と大臣らは全員死亡。しばらく政治・行政の中枢は麻痺します」
「それだけじゃねえぞ。この方法なら各都市の居住区も同様にペシャンコにできる。なんせ、そのほとんだが地下に存在するからな。王城崩落と同じことが各都市で起こる、なんて噂が広まった日には、あらゆる場所で恐怖信仰が巻き起こるわけだ。末端まで軍も警察も行政も麻痺する。事態の収集をつけようと、各属国の軍事組織が動き始めるが、先に事態を収拾した国が当然その後の覇権を握るからな。我先にと進駐して、ますます混乱に歯止めが効かなくなるだろうぜ。国家転覆の騒ぎで済むといいなぁ」
苦々しく笑いながらアスカが言う。
(……そんなことが起こったらまずくない? そんなことが可能なリズとリラってヤバくない!?)
「そうだよ、ヤバイんだよ」
「納得していただけたようで何よりです」
うんうんと二人は頷く。
「まあ二人の名誉のために言っておくが、連中はクリスと違ってそんなことをする気は毛頭ねえぞ。リズは地下施設を頑丈にすることしか頭にないし、気の小さいリラは謝ってばっかだしな」
「なんですか、僕と違ってって。僕も思いついただけで実行はしませんよ。そっちこそ、やけに詳しくその後の過程を語っていましたけど、レジスタンスはそんな計画を考えてるんですか? 正直、下策も下策ですよ。計画の修正を求めます」
「アホか。そんな計画、レジスタンスが立てるわけねえだろ。数十年前に反逆を企てたどこかの属国の作戦だよ。もっとも、実行する前に帝国の第零軍団にバレてポシャった計画だけどな」
ああ、同じようなことをしようとしていた連中が過去に居たのね。で、それをアスカは知っていたのか。
「……第零軍団って、それ前にも聞きましたけど、本気で言ってます?」
「本気も本気だよ。なんだ、まだ疑ってるのか? お前らを追っていた連中も、ヴェルニカを滅ぼした連中も、おそらく大元は同じ第零軍団だぞ?」
帝国軍第零軍団。アスカとクリスくんの口にするそれが、どうやら俺達の敵らしい。クリスくんはその存在を疑っているようだけど……。あれ?
(帝国軍て確か第一が帝国で、第二〜第六が各属国の駐留軍だったと思うんだけど、第零軍団なんて居たの?)
「いえ、居ませんよ。ベティ姉さんにも確認しましたが、間違いありません。もっとも、『第零軍団』という名前は非常に有名ですが」
うん? 居ないのに有名とはこれいかに。
「『帝国軍第零軍団』は小説のタイトルです。つまり、第零軍団は架空の存在。フィクションなんですよ」
『帝国軍第零軍団』。皇帝直属の部隊、「第零軍団」が帝国存亡の危機を解決していく物語。第零軍団は決して表には出ず、闇に紛れて秘密裏に帝国の敵を打ち倒している。大量発生したモンスターを駆除したり、世界征服を企む謎の組織を撃退したり、空より襲来した宇宙人を追い返したりなど、実に様々な活躍をしている模様。出版開始から三十年経過してもなお、新作が出るたびに売り切れ続出となる人気作。
「実写化、コミックス化もされていて、更には有志によりOVA化もされています。僕も大学の友人に見せられたことがありますが……」
ちらとクリスくんはカーテンの向こうにいるアスカを見る。カーテンの仕切りの向こうではアスカが診察を受けているのだ。クリスくんの診察が終わったので、次はアスカの番ということらしい。なお、ガンマさんに呼ばれたアスカは、そのまま上裸になろうと服を脱ぎ始めたのだが、俺とガンマさんとクリスくんが止めた。クリスくんはレイジーちゃんに目隠しもされていた。
サイズ? 控えめといったところ。
「隠れ蓑、ということですか?」
「そうだな」
カーテンの向こうでアスカが肯定する。
「クリスに軍属の知り合いが居るようだが、こっちのメンバーにも軍人は居るんだ。『第零軍団』が表向き存在しないことは分かっているさ。だが、『第零軍団』は確かに実在する。俺達だって2年間ただ何もしてなかったわけじゃない。どこにも所属しない軍団があると仮定して調査すると、まあ、存在するとしか思えない痕跡がけっこう出てきたぜ」
「そのうちのひとつが、さっき言ってた反逆計画ですか」
「そうだ。随分とお粗末な計画だったな。実行していたとしても、初期に発覚して被害軽微ってオチだったろうぜ。まあ、つまるところ帝国に仇なす存在を秘密裏に消していく奴らが居るってこったな」
なるほどね。でも、そんなにうまくいくのかな。そういうのって大抵バレちゃうと思うんだけど。火のないところに煙は立たないっていうし。
「だから、わざとフィクションを流布したんだろ。煙が立っても問題ないように。噂話を聞いてもただの作り話と誤解するようにさ。意図的に自分たちのコードネームを『第零軍団』にしてるんだよ、連中は」
「そういうことでしたか。……アスカ、作家にコンタクトは?」
「取ってみたがシロだった。作者は完全に無関係。第零軍団につながりは無いな」
(無いって、わざと流布したんじゃないの?)
「それがどうやら『第零軍団』と似たような作品は年に数冊は世に出るらしくてな。秘密組織が世界の危機を救うっていうのは物語のテンプレだから仕方ねえけどさ。だから、連中が『第零軍団』作って広めたんじゃなくて、隠れ蓑になりそうなフィクションを選んで、流行らせたんじゃねえかな」
なるほど、そういうことか。
「第零軍団と情報統制は無関係ではないでしょう。であれば、ひとつのフィクションを人気作にするくらい訳ないでしょうね」
合点がいったようにクリスくんは頷く。
「ということは、次に僕たちが取るべき行動はーー」
とクリスくんが言い掛けたところで部屋の扉が開く。
「お嬢様、こちらにいらっしゃいましたかーー。クリス、ここで一体何をしている?」
「? アスカと会話していただけですが」
扉の先にはユキトが居た。彼はツカツカと足早にクリスくんに歩み寄る。
「お嬢様は診察中です。出ていってください」
「え、でも仕切りがーー」
「出ていってください」
有無を言わせぬ態度でユキトは詰め寄ると、そのままクリスくんを部屋の外へと放り出してしまった。慌ててレイジーちゃんが彼を追って部屋を出ていく。
仕切りがあるとはいえ、アスカの付き人としては思春期の男性が半裸のアスカと同じ部屋に居ることを見過ごせなかったようである。話が尻切れトンボになってしまったが仕方ない。俺も出ていくとしよう。俺がここに居るのが分かったら、また面倒くさいことになりそうだ。
ユキトは二人が部屋から居なくなるのを見届けると、はあとため息をついていた。
「なんだ、ユキトか。クリスはどうした?」
「追い出しました。お嬢様、日頃から言っておりますが領主の娘という立場を今一度自覚してーー」
ユキトの説教を背後に聞きつつ、俺はそっと部屋を出た。
「あ、クリス。ちょうどいいところで会ったな。ちょっと訓練に付き合え」
廊下に出たら、クリスくんはベータさんに絡まれていた。
「え、嫌ですけど」
「駄目だ、付き合え。レイジー無しの状態でもある程度戦えないと話にならん」
ベータさんはクリスくんの襟元を引っつかむと、そのまま引きずるようにして彼を地下まで連れて行こうとする。それを阻止すべくレイジーちゃんがベータさんに襲いかかるが、彼は片手で攻撃をいなすと関節を決めてレイジーちゃんを抑え込んでしまった。
「……ベータさん、模擬戦では手を抜いてました?」
「さてな。対人相手は経験が物言うこともある。お前にも叩き込んでおかないと、実践では使いものにならんからな。大人しくついて来い」
こうして二人はベータさんに地下へと拉致されてしまった。




