コンちゃん vs 剣神と闘神と創造神と課長3
「剣神……、闘神……?」
上司さんは不可解といった様子で消えた二人の名を呼ぶ。
「ヒッヒッヒ。二人はもう居らんよ」
コンちゃんはそんな彼を嘲笑い、その反応を見て上司さんの眉根が僅かに寄る。
「……ふたりをどこへやったのですか?」
「さあて、どこかの? まあ、少なくともこの世界には居らんよ。家主である儂自ら追い出してやったわ。はーはっは」
眼のない顔で、彼女は笑う。虚無の上半分に笑う下半分。なぜだか俺は昔見たアンガマの面を思い出した。
「にしても、これは鬱陶しいのう。あのメガネ女のスキル、じゃったか? 見えないからそっちの様子がさっぱり分からん。が、動きを封じた程度で儂が止まると思うなよ、小童どもが」
「く……」
首だけの見猿状態となったコンちゃんが、五体満足であるはずの上司さんを威圧する。と、そこへ創造神さんが近づいてきた。上司さんの加勢だろうか。そう思っていると、創造神さんが上司さんへ話しかけた。
「■■■■、悪いな急用が入ったから私は戻る。剣神と闘神は一応は無事だから、あんたはなんとかこの事態に収集つけな」
「それは、どういう意味で……?」
訝しがる上司さんに、二言三言、創造神さんは囁く。小さすぎて内容は聞き取れなかったけど、情報を伝え聞いた上司さんは力無くため息をする。あまり良くない知らせのようだ
「……分かりました。尽力しましょう」
「お願いね。それじゃ」
別れの挨拶を告げた創造神さんの身体が薄っすらと光り出す。そのまま彼女の身体は光に紛れて消えて行き、最後はその光すらも小さな点となって消えてしまった。
「……まさか、これほどとは思いませんでしたよ。完全に見誤りました」
上司さんは再びため息をついてコンちゃんに近づく。
と、そこでコンちゃんの身体に異変が起こる。創造神さんのスキルで目無し踊り首となっていた彼女だが、ポンという軽い音とともに、身体が復活したのだ。Yシャツとスパッツも元通り再現されている。
「ふむ。あのメガネが帰ったせいで、スキルとやらの効果が切れたようじゃの。さて、お主。残りはお主ひとりになってしまったが、それでいいのかの?」
「創造神は自分の仕事に戻りました。そちらも急な案件でしてね、残念ですが、私ひとりでお相手しましょう」
「そうかの。一体何があったんじゃろうな〜」
「またまた、お戯れを」
「さて、何のことかさっぱり分からんのう」
コンちゃんはニヤニヤと笑い、上司さんはさっきと同じようにやれやれとかぶりを降る。しかし、その顔に笑みは無く、少々疲れているように見えた。
「お主もお得意のスキルとやらで首以外とは言わず、儂の身体を全てを滅してみるか? もっとも、それで儂が止まると思わんほうがいいがの」
「……忠告痛み入ります。が、その心配はありません」
「ほう?」
「こちらとしては非常に残念ですが、あなたとの交渉は諦めました。あとは死神に任せるとしましょう」
そう言って、上司さんは指をパチンと鳴らす。
「へ? あれ?」
という死神さんの間抜け声とともに視界共有が解除される。
(あれ?)
戻った俺の視界に映ったのは、遠くに居たはずのコンちゃんと上司さんであった。周りを見渡すと、攻撃の余波で黒く穿たれていたりパッチのようなモザイクが走っている。いったい、いつの間に移動したんだ?
「死神と悪霊さんをこちらに呼びました。お望み通り、後のことは死神と相談していただきたい」
しれっとそんなことを言う上司さん。おそらく、さっきの指パッチンで俺と死神さんをワープさせたのだろう。はいはい、もう何があっても驚きませんよ。驚くのに疲れちゃった。
「え、ちょっと課長! そんな勝手な!」
一方で、厄介事を押し付けられたと思った死神さんが反抗を示す。
「すみませんね、死神。あとは任せましたよ。安心してください、骨は拾います」
「それ、どっちかというと私の仕事なんですが……」
イケメンスマイルで死神さんに仕事を押し付ける上司さん。当初、死神さんは嫌そうにしていたが、ボーナス上乗せ、査定アップを上司が約束した途端に「やります!」と力強く宣言した。神の世界も金次第ということか。死神さんといい剣神さんといい、俺の世界の人間より物欲が激しいのではないだろうか。
「さて、コンちゃんさん。こちらから突っかかってきて大変虫のいい話とは思いますが、今回のことは大目に見ていただきたいのです」
「別に構わんよ。儂としても、これから一眠りしようと思うとったとこじゃからの。まあ、良い気分転換になったわ」
くはぁ、と欠伸をするコンちゃん。そういえば、さっきも欠伸していたな。夢の世界でも眠りたいみたいなこと言ってたし、眠るのが好きなのかな。
「……いいのですか? こちらとしては、少々の融通を利かすつもりでしたが……」
肩透かしを喰らったように目を瞠る上司さん。
「……ふむ。まあ、けじめはつけないといかんからのう。そうじゃの、強いて言えば儂のしでかして不始末の尻拭いをしてもらおうかの。多分、そのほうが主らにも都合がいいのじゃろ?」
「あなたの不始末……?」
訝しがる上司さんを見て、コンちゃんは俺に視線を向ける。え、俺?
「ああ、そういうことですか。そうですね、分かりました。少々、歪になりますが修正しておきましょう」
「うむ」
そういって二人はお互いに納得する。え、俺の話なの? 俺だけ置いてけぼりなんだけど。
「それじゃあ、私はこのへんで。この度は大変失礼いたしました。なにか御用の際は、死神を通じて連絡ください。それでは」
挨拶とともに光りだす上司さん。やがて、上司さんは創造神さんと同様に光りに包まれて消えていった。
そして、この壊れかけた世界に俺とコンちゃんと死神さんが取り残される。
「なんだか、嵐みたいな奴らじゃったのう」
かっかっかとコンちゃんは笑う。潰れてバラバラになって擦り切れて目潰しされていたにも関わらず、特に疲れた様子もない。
(というか、コンちゃん大丈夫なの? すごい酷い目にあってたけど)
「なんじゃ、心配してくれたのか、悪霊。うい奴じゃのう、このこの」
わしわしと俺の頭を撫でるコンちゃん。うん、心配する必要はまったく無さそうだ。
(それにしても、この惨状、本当に大丈夫なの?)
神格が争ったせいで、バグまみれの世界みたいになっている。ミッション達成できなきゃ世界がやばいと上司さんは言っていたらしいけど、己等の手で壊しかけてるじゃないか。
「大丈夫ですよ。戻ります」
自信満々に宣言する死神さん。本当に? と思う間もなく、闘神さんが空けたであろう黒い穴が塞がり始めた。
(……本当だ。世界が治っていく)
「まあ、こんなものはお茶の子さいさいです」
えへんと胸を張る死神さん。あんた何もしてないだろうが。
それにしても、いったい誰が修復してるのだろう。
「多分、課長ですね」
(あ、上司さんでしたか)
戻ってすぐ仕事とは大変だな。
「ふむ、さて、死神とやら。世界も戻るようじゃし、儂の話をしとこうかの」
「は、はい!」
コンちゃんが話しかけると、死神さんは途端に居住まいを正す。どうしたのだろう。スパッツを取り合っていたときはそんな関係じゃなかったのに。そういえば死神さん、いつの間にかコンちゃんを呼ぶとき「コンちゃんさん」って敬称をつけるようになっていたな。
「いや、課長がさん付けで呼ぶ相手を、私が呼び捨てにできるわけないじゃないですか」
いやいやと手を振る死神さん。
うん、それはそうだろうけど、ちゃんにさん付ってどうなのだろう。上司さんには突っ込めなかったけどさ。
「……そういえば、主とはやり合わなかったの。まだ時間停止しているようだし、お主も少しは遊んでおくか?」
「め、滅相もありません!」
いやいやの手が更にスピードを増す。
(そういえば、死神さんはバトル系のスキルって持ってないの?)
物体透過とか千里眼とかは知ってるけど。あ、火の玉もあったか。
「火の玉は弱すぎてコンちゃんさんの相手にもなりませんよ。一応、得意スキルはあるにはありますが……」
語尾がしりすぼみになる死神さん。得意スキルって?
「レベル5デスです」
デスですって、ギャグかな。
「残念、5点じゃ」
(というか、レベルって(笑))
「ギャグじゃないです! それと、レベルのない世界でもちゃんと機能するんですよ! でも、コンちゃんさん、剣神さんにバラバラにされたのにすぐ復活したじゃないですか。私達みたいに死んでもすぐ復活する相手には無意味なんですよ……」
はあ、とため息をつく死神さん。なるほどね、相性が悪いということか。生命のある相手には有効なスキルなんだろうな、きっと。
「というわけで、コンちゃんさんと争うつもりはありません! どうぞ、相談をギブミープリーズ!」
「別にさんは要らぬぞ。あいつは嫌いじゃからさん付けで呼ばすがの」
おっと、コンちゃんが毒を吐いたぞ。そして死神さん、どう呼ぶか迷ってる様子。コンちゃんと呼べば上司に無遠慮でありり、さん付けで呼べばコンちゃんの配慮を無碍にしてしまう。さあ、どう呼ぶ社会人?
「……二人でいるときはコンちゃんと呼ばせていただきます」
「そうかの」
さすが社会人。中庸を取ったか。
「それで、コンちゃんの話とは何なんですか?」
「なあに、実に簡単なお願いじゃ」
コンちゃんの目がキラーンと光った。
「簡単な、お願いですか?」
ゴクリとつばを飲み込む死神さん。創造神さん達の猛攻を余裕で耐えた化物が簡単と呼ぶのだ。言葉通りに受け取ってはいけないと思っているご様子。
「ふふふ。儂の願い、それはの。たくさんの貢物を儂に献上することじゃー!!」
コンちゃんは決めポーズを取って、死神さんへ貢物を要求するのであった。
■レベル5デス
発動者の範囲内におけるレベルが5の倍数の生命すべてのライフをゼロにする。即死耐性無効。
レベルのない世界では、生きた秒数を5で割った余りがゼロの生命が死亡対象となる。
つまり、1秒に1回、5秒連続発動すれば範囲内すべての生命が死亡する。ただし、効果範囲には発動者自身も含まれるので注意が必要。




