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異世界で悪霊となった俺、チート能力欲しさに神様のミッションを開始する  作者: 珉珉×打破
第2章 恋のキューピッド大作戦 〜 Shape of Our Heart 〜
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無事な二人と喀血少女

「……悪霊さんも、夢って見るんですね」


 しょんぼりと落ち込む俺の様子を察したのか、クリスくんが優しく声をかけてくれる。


(夢……か。夢にはとても思えなかったんだけどなぁ)


 俺にはまだ肉体があったときの感覚が残っていた。動くたびに服が肌に擦れる感覚。食べ物が喉を嚥下し、鼻の奥まで匂いが突き抜ける感覚。


 それらは夢にはとても思えなかった。


「悪霊さんって夢を見るんですか? 眠れないって前に言ってましたよね」

(うん。この身体は眠ることはできないけど、ときどき気を失うんだよね)

「気を失うって、それってちょっと怖いですね。そのまま死んじゃいそうで」

(そうだな)


 まあ、1回目に気絶したのは死神さんが原因だけど。で、今回気絶したのは、クリスくんとレイジーちゃんが撃たれて死んじゃってミッション失敗が確定……。


 ん? あれ?

 俺はクリスくんを凝視し、顔面スレスレまで近づく。


(クリスくん、なんで生きてるの!?)

「……ッ! ちょ、悪霊さん、うるさいですよ!」

(あ、ごめんごめん。興奮のあまりつい)


 スススと俺は後ろに移動する。


「なんです? 僕が生きていてそんなに嫌なんですか?」

(いやいやいやいや! そんなことないよ! むしろ生きててくれて助かったよ! おかげでーー)


 おかげで、ミッション失敗が確定せずに済んだ! という言葉をすんでのところで呑み込む。


「おかげでーー?」

(ううん! なんでもないよ! いやあ、生きてて良かった良かった!)

「……そうですか」


 クリスくんはちょっと訝しげにこちらを見たが、追求はしないでくれた。


 ふう、危ない危ない。これでうっかりミッションのことがばれ、あまつさえ死神さんの存在が露呈したらミジンコの肉体を受肉するところだったおのれフサカめ。うん? なぜ俺はフサカに敵意を抱いているのだ? まあ、いいや。それよりも、我が娘(仮)レイジーちゃんはどうなったんだろう。クリスくんが無事であることは喜ばしいが、彼女が無事でなかったら元も子もない。


(ところで、レイジーちゃんは? 彼女は……?)

「レイジーは……」


 尋ねると、クリスくんは言葉を濁して顔を伏せた。


(え、嘘だろ、まさか……)

「悪霊さん、実はですね、レイジーは……」


 神妙な顔つきでこちらを見るクリスくん。そんな、まさか……!


「クリスー! おっはよー!」


 バタンと扉を開けて元気よく誰かが入ってきた。


「あ、レイジーおはよう」


 というか、レイジーちゃんだった。平然とクリスくんは彼女に挨拶をする。


(グーリ゛ーズーぐーん゛!)

「え、僕ですか? あ、近い近い」

(ちょっとぉ! レイジーちゃんピンピンしてるじゃないか! 何神妙な顔してるんだよ! 心臓に悪いじゃないか!)

「悪霊さん、心臓あるんですか?」

(ないけど! 心の心臓に悪いんだよ! 比喩だよ比喩! あとさっきまではあったんだよぉ)


 多分。

 

「……? あれ、悪霊さん?」


 レイジーちゃんが俺に気づいたのか、こちらに視線を向けてくる。とても元気な姿である。頭を撃たれたとは思えない。……もしかすると、それすらも夢だったんじゃないかな。


「あ、そうそう。レイジー。悪霊さんが居るみたい」

「わー! 久しぶりー! どこに居たの?」

「どこに居たんですか?」

(炬燵の中)

「こたつって何?」

「暖房器具です。この辺にありましたっけ?」

(炬燵に入ってみかん食べてた)

「何だ、夢ですか」

「みかんって何?」


 俺たち3人がわーきゃーはしゃいでると、開け放しの扉から俺のよく知る人物が顔を覗かせた。


「おーい、クリス、レイジー。そんなに騒いでどうした? そろそろ食事だぞー」

「おっと、もうそんな時間でしたか。アル」

(って、あれ? アルがいる!?)

「……ん? レイジー。いつからそんな野太い声になったんだ?」

「違う、私じゃないよ」

「……ん? クリス。いつからそんな野太い副音声が出せるようになったんだ? 隠し芸か?」

「違いますよ。悪霊さんです」

「ん? 悪霊さん?」

(おっす、アル。元気してた? 悪霊です)

「おお! その声、悪霊さんか! 久しぶりだな。どうしてここに?」

(それはこっちの台詞だよ。アルこそどうして? 故郷に帰ったんじゃなかったっけ?)

「うん、故郷に帰ろうとはしたんだけど、なかなかうまくいかなくてな」


 なかなかうまくいかなくて? どんな帰省だ。


「まあ、それについては話すと長くなるから、ひとまず後にしよう。クリス、レイジー早く行くぞ。みんな待ってる」


 そう言うと、アルは顔を引っ込めてしまった。


(待ってるって?)

「ついてくれば分かりますよ。レイジー、行こう」

「うん」


 そう言うと、二人は部屋を出ていってしまった。慌てて俺も二人についていく。


(ここは……?)


 石造りの廊下を抜けると広い大広間へと出た。2階の窓から差し込まれた光が、部屋を白く照らし出している。部屋には木製のテーブルが縦長、二列に置いてある。その上には、暖かな朝食がところ狭しと並べられていた。食卓を囲うのは老若男女の人間たち。子どもも何人か見受けられる。


「もー遅いよー」

「ごめんごめん」


 文句を言う子供にアルは笑って答えていた。クリスくんとレイジーちゃんは黙ったまま入り口の傍の席へと座る。


「おし、揃ったな」


 と、二人が座ったタイミングで一番奥に座っている女性が口を開く。


「ユキト」

「はい。主の慈しみに感謝してこの食事をいただきます。わたしたちの心と体を支える糧となりますように」


 ユキトと呼ばれた男性が祈りを紡ぐ。

 しんーーと。大広間に静寂が降りる。数十人は居るはずの空間が、その瞬間だけ切り取られたように音が光となって消え失せた。


「よし。食うか」


 やがて、奥の女性の一言をきっかけに、賑やかな食事が始まった。



(なあ、クリスくんここって、教会か?)


 食事中のクリスくんに俺は尋ねる。ステンドグラスもなく、豪奢とはいえない内装だったが、どことなくそんな雰囲気を感じたのだ。


「そうですよ。ここは教会です」

(やっぱり)

「バラクラードの」


 とクリスくんは付け足す。バラクラードって、確かリーシャが言ってた場所だよな。


「そうです。悪霊さんはどこまで覚えてますか?」

(どこまでって?)

「僕たちが撃たれたこと(・・・・・・)は知っていますか?」


 撃たれた、と彼ははっきり俺に告げた。じっと彼は俺を見ている。冗談を言っている風には見えない。じゃあ、やっぱりあれは夢ではなくてーー。


(クリスくんたちは、撃たれていたんだな)

「ええ」

(でも、今はピンピンしてる。どうして助かったんだ?)

「ああ。ここの皆さんに助けられたんですよ」

(え? そうなの。ここのみなさんってーー)

「おい、クリス。さっきから誰と話してるんだ?」


 と、ここでクリスくんは目の前に居る男に苦笑気味に尋ねられた。隣に座っている別の男性も、訝しげな様子を見せている。どうやら彼らには俺の声が聞こえていないようだ。


「……聞こえませんか?」

「何がだ?」


 やや引き攣った笑みで男は答える。


「まあ、仕方ありませんね。ここにはアルも居ますし、後からリーシャも来るから大丈夫でしょう。悪霊さん、自己紹介をお願いしても?」

(えー、俺大人数の前で挨拶するの苦手なんだけどなー)

「いいから、お願いしますよ」


 えー、もうしょうがないなー。無視されるのは慣れてるけど、心が傷つかないわけじゃないんだぞ、まったく。

 俺はスススと大広間の端に移動する。ここならみんなに俺の声が通るだろう。さて、なんて挨拶しようかな。パンツは封印したし、ここは奇をてらわずにいってみよう。


(えー。コホン。あー、マイクテステス。えー、みなさん初めまして。(わたくし)、悪霊と申します。クリスくんとレイジーちゃんーー、それにアルバートとは旧知の仲でございます。彼らがいつも皆様のお世話になっているようで、ありがとうございます。また、皆様方はクリスくんとレイジーちゃんの命の恩人と聞き及んでおります。悪霊、誠に感謝の念が絶えません。どうか彼らともども、私のこともよろしくおねがいします)


 ふう。何とか挨拶が済んだぞ。

 俺は周囲を見渡してみんなの様子を確認する。挨拶中はそんな余裕なかったのだ。


 アルはぽかんとこちらを見てるな。レイジーちゃんは手を振ってる。クリスくんは、何を下向いて……あ、あいつ笑いを堪えてやがる。無茶振りに答えてやったのに。根回しが足らんぞ、根回しが。


 さて、他にも視線を感じるな。珍しい。何人かに聞こえていたか。……大丈夫だよな。ちゃんと、恥ずかしくない挨拶できてたよな。あ、一番奥の女性もこちらを見ている。彼女も俺の声が聞こえたのか。ちょっと感想を聞いてみよう。


 俺はスススと女性の前に移動する。

 あれ、遠目からじゃ気づかなかったけど、この女性若いな。リーシャと同じくらいの年格好だ。ツンと尖った目つきの黒髪ロングの痩せた女性、いや少女と言ったほうが適切か。少女は無地の地味なワンピースを身に着けていた。


(えっと、すみません。悪霊です。よろしくお願いします)


 よし、ちゃんと挨拶できたぞ。

 その挨拶に答えるように、少女はツンと尖った目をこちらに向ける。そして、何か言葉を出そうと口を開いた瞬間ーー。


「おべ」


 と、俺の眼の前で少女は喀血した。

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