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異世界で悪霊となった俺、チート能力欲しさに神様のミッションを開始する  作者: 珉珉×打破
第1章 働かなくてもいい世界 〜 it's a small fairy world 〜
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集会2 

「よっしゃー!」

「待ってましたー!!」


 何人ものニンゲンが声を挙げ、男の方へと殺到する。


「お、私も行かなきゃ」


 ばっと、セミルは立ち上がり他のニンゲンたちと同じように男の方へ向かう。


(いったい、何が始まるんです?)

「んー? 戦争だよ、戦争」

(せ、戦争?)

「まぁ、見てれば分かるって。血も涙も誇りもない、ニンゲンの尊厳を無視した闘いだ。悪霊さんはニンゲンの愉悦と絶望を同時に観ることが……いや、何も感じない悪霊さんですら絶望を味わうこととなろう……」

(そんな、セミルさん、表情や口調まで変わって……)


 扉の向こうへ行くと、男の周囲には人だかりができていた。集まっているのはほぼここにいる全員のようだ。ライゼの話の比じゃないくらい人が集まっている。


(戦争とは一体……)


 大柄の男は一人だけ広い高台に立っており、彼と向かい合う形で大勢のニンゲンが集まっている。しかし、誰も言葉を発していない。全員が目の前の男の、一挙一動に集中しているようだ。


 それは、さながら異様な光景であった。ついさっきまで楽しそうに好き勝手に振る舞っていた数十人が、まるで歴戦の軍人かの如く、真剣な眼差しをしているのだ。本当に戦争でもおっ始めるつもりだろうか。


 ……ス、と男はおもむろに手を挙げた。腕は丸太のように太く、拳は固く握られている。そのまま振り下ろしたら自身が乗っている高台ですら容易に壊せそうだ。


 向かい合っている大衆の何人もが、ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。息が荒くなる者や、唸り声を上げるものさえ居る。全員が全員、ひたすら何かに耐えているかのような、強い緊張感を放っていた。


 そして、機は熟した。

 

 男はカッと双眸を見開き、声高に宣言した。


「さーいしょーは、グー!!  ジャーンケーン……、ポーン!!!」


 男の手はパー。

 

 一瞬の静寂のあとに、木霊する絶叫。


 大衆のおよそ三分の二が絶望に打ちひしがれ地面に膝を付き、残る三分の一が手を突き上げ狂乱の雄叫びを上げていた。


(えぇ……。なんじゃこりゃ……)

「第五十二回、テツジン料理争奪杯さね」

(うわ! びっくりしたー……)

 

 いつの間にか、隣にはマダムが居た。マダムはやれやれといった感じにため息をつく。


「はぁ、いつものことだが、もう少し感情を抑えたらどうさね」


 マダムの視線の先にはソーンがいた。地面を拳で殴りつつ大声でマジ泣きしている。一体何が彼をそこまで……。テツジン料理争奪杯とはいったい……。


「あそこの大男はテツジンといってな。すごく料理が得意さね」

(ほう)

「テツジンの作る料理はそれはそれは美味くての。食べたものがあまりの美味さにそのまま昇天したという話も珍しくない」

(え、昇天しちゃうの? しかも、珍しくないの!? 料理漫画のリアクション芸かよ!)

「ふむ、リアクション芸とは?」

(ああ、美味いものの表現のひとつに「まさに、天にも昇るような〇〇」というフレーズがあるんだが、それを表現ではなく文字通り形にすることだな。もちろんフィクションの話だ)

「左様か。しかし、テツジンの料理を食べて昇天したという話、は表現だの比喩だのそんなちゃちなもんではないぞ」

(と、言うと?)

「テツジンの料理を食べたものはな、そのあまりの美味さに心地よすぎて、死んでしまいたくなるのじゃ」

(ん? 言っている意味が良く分からんのだが)

「ん? ……ああ、そうか。お主は寿命のある世界の住人じゃったな。つまりじゃ、我らは寿命がない故に常に死に方を模索している。ああ、死にたい、こう死にたいと退屈しのぎに考えるわけじゃな。して、多くの住人が幸せのまま死にたいと考えるわけじゃ」

(……ああ、そういうことか。自分が死ぬに足る幸せを見つけたことで、ハッピーターンエンドとなるわけだな)

「そうじゃ。ゆえに、テツジンの料理を食べたものの死因は全員自殺じゃ」

(わーぉ……)


 マダムの話は半信半疑といったところだが、目の前の天国と地獄を見ていると本当にありそうで困る。ほとんどのニンゲンが理性を失っているじゃないか。


「しゃー! おらー! ヒャッハー!」


 誰かと思えば、あそこで世紀末の雄叫びを上げているのは、我が友セミルではないか。まるで虎になりそうな勢いだ。今のところ俺の一番の友だちだし、死んだらどうしよう。まじで困る。


「では続いて2回戦……」


 高台のテツジンの声に、場は再びしんと静まり返る。泣き叫んでいた敗北者達ですら、固唾を呑んで成り行きを見守る。あと、唸り声は腹の虫だったのか。


「ジャーンケーン……、ポーン!!!」


 男の手はチョキ。


 そして再び訪れる阿鼻叫喚。一回戦で負けたものは、仲間が増えたことを大いに喜んでいる。


 あ、セミルが崩れ落ちている。手はパーだ。そしてそのまま動かない。おお、他の連中のように泣き叫ばないのは見事なことだ。ようやく我に返ったのか。


「いや……」


 マダムの眼が光る。

 ん? まさか……。


 俺はセミルの前に移動する。そして、気づいた。


(こいつ、気を失ってやがる……)


 そこまで、絶望していたのか……! 何だろう、眼がない俺でも涙が出てきそうだ。

 

「い゛よっしゃーー!!!」


 高々と拳を突き上げ、野太い声を上げる勝利者がいた。小柄の女性で、なんとそれはユリカであった。勝ち残っていたのか。


 十名に満たない勝者はテツジンに促されるまま高台に上がり、傅くように項垂れる敗者を睥睨する。そして、テツジンは勝者を引き連れ、高笑いをしながらどこかへと去ってしまった。


(連中はどこへ行ったんだ?)

「調理場はこことは別でな。勝者はそこでテツジン自らフルコースが振る舞われるんだ」

(へー。そうなんだ)


 しかし、なんだろう。こんなにも大勢がたかが料理のために一喜一憂している光景を目の当たりにすると、なんだか俺も食べたくなってしまうな。んー、そんなにか。そんなにテツジンの料理は美味いのか。しかし、残念ながら俺には体がない。舌がなければ味覚もない。くそう、なんてことだ! 味覚がないことがこんなにも辛いことだなんて! 絶望した!


「お主も食べてみたかったか?」

(ああ、口がないのが残念だ。マダムは食べなくていいのか?)

「私はもう十分たべ……おっととと、ゲフンゲフン。今更若者たちと競い合ってまで食べなくてもいいさね」

(ん? 十分たべ……?)

「なんでもないさね! ほら行くよみんな。家に帰るよ」


 強引に話を打ち切って、マダムは大勢引き連れて建物から出ていった。なんか怪しいな。


 その後、立ち直った人々も続々と帰路に着くようだ。セミルもなんとか復活して、絵を軽トラに運んでいる。ユリカのゼウスさんは乱雑に放り込まれた。ユリカはテツジンにとともにどこかへ行ってしまったし、放置しないだけ優しいか。ユリカが帰るのは翌朝になるようなので、俺とセミルはライゼと別れの挨拶をして、二人で帰路についた。



 翌日。幸せそうな顔のユリカが帰ってきた。俺とセミルにフルコースの自慢すること自慢すること。頭にきたセミルがユリカの頭を抑えてデコピンするまで、それは続いた。


(昨日はあんな調子だったのに、よくデコピンで収まったな)

「えー。まぁ、昨日はお祭りみたいなもんだからみんな羽目を外すし、それに二度と食えないわけじゃないからね」

(大人だな、セミルは)

「まあね。……というわけで、今日の料理はテツジンのフルコースに決定!」

「イェーイ! 2日連続!」

(え、テツジンの料理は集会限定とかじゃないの?)

「何言ってるのよ悪霊さん。私達にはこれがあるじゃない」


 そう言って、セミルは端末を指さした。


 

 地面から湧き出るように現われるテツジンのフルコース。それをテーブルへと運び、かぶりつく二人。


 まさか、個人の制作物まで、ほぼ同質のものが湧き出るとは思わなかったぜ……。


 二人は幸せそうにフルコースを頬張る。


 それを黙って見るしかできない俺。


 やがて俺は、絶望の味を噛み締めながらしばらく遠出することを決めた。少なくとも二人がフルコースに飽きるまでは戻ってこないだろ。

第五十二回、テツジン料理争奪杯結果発表


○愉悦組

勝者  (8名)

マダム (テツジンとは旧知。料理を手伝う条件に、味見でフルコース堪能済み)

テツジン(自分の一挙一動に他人が一喜一憂する様を楽しむ外道)


○絶望組

敗者 (37名。翌日、全員フルコース堪能済み)

悪霊 (唯一フルコースを食べてないが、この程度では彼の精神は壊れない)


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