悪霊はミジンコの夢を見るか?
あとがきにミジンコ豆知識を追加しました。
仄暗い揺蕩う水底で、虚無から滑り落ちるように俺は目覚めた。
「ここは……」
何も見えない。何も聞こえない。ただ揺れる感覚が全てであった。
「俺は……」
何も思い出せない。何も覚えていない。
何か使命のようなものを持っていた気がするが、思い出そうとすると頭が痛くなった。俺は次第に思い出そうとするのをやめた。
揺れる、揺れる。俺は揺れる。時折、思い出したように明るくなったり暗くなったりする。長い間それが繰り返される。
だんだんと視界がはっきりしてきた。俺の周りには柔らかい何かがあった。触るとブヨブヨする。その柔らかい何かで俺は外界と隔絶されていた。動くことのできない俺を守っているのだろうと、何となく分かった。
また、時が過ぎた。
動く、動く。
自由に身体が動かせる。
「そうなってくると、このまとわりつくブヨブヨは邪魔だな……」
がむしゃらに暴れまとわりつくブヨブヨからをなんとか抜け出す。
俺は広い広い世界へと解き放たれた。
少し冷たい水の中に俺は生まれた。
「ここは……うおっ」
途端に荒れ狂う水流に押し流されそうになる。
しまった、なんとかバランスを整えなければ……と、思う間もなく俺は二人の大きな身体に支えられていた。
「やあ、君は私達の2番目の息子だよ」
「ええ。元気な男の子で嬉しいわ」
にこにこと、優しい1つ眼を向けてくれる存在がいた。
「あなた達は……」
「君の両親さ。見てご覧。周りはみんな君のお姉さんだよ」
促されて周りを見ると、俺みたいな存在がたくさんいた。数は三十ほどだろうか。
「そして、これが君の兄だ。仲良くするんだよ」
「やあ、弟よ。よろしく頼む」
そこにはキリリとした眼の兄が居た。
俺は兄に挨拶しようとして、さっと彼の腕から視線を逸らした。
兄は腕が一本しか無かったのだ。
「ああ。これが気になるかい?」
「えっと、少し……」
「ははは、これは生まれつきなんだ。気にしないでくれ。これでも、泳ぎは上手いほうなんだぞ。さあ、弟よ。しっかり泳げられるように兄が教えてあげよう」
兄はそう言うと、とても素敵な笑顔を見せる。本当に腕のことは気にしていないように思えて、俺は少し安心した。言葉通り、兄はとても泳ぎが上手かった。
日々を過ごすにつれ、そんな兄を俺は慕うようになっていった。
「兄上、兄上。どうして、俺たちの兄妹は女ばかりなのでしょう」
水草の一葉にて小休止しているときに、俺はふと思った疑問を尋ねてみた。両親から生まれた子供は女が多い。男は俺たち二人だけであった。
「さあな。それは私にも分からない」
「兄上にもわからないことがあるのですか」
「そりゃあ、あるさ。私はお前より1日早く生まれただけなんだから」
そう言って兄は笑った。
「それはね、あなたにはとても大きな使命があるからよ」
俺の疑問に答えてくらたのは母親だった。
「使命……?」
う、と頭が痛くなる。
不思議だ。どうして、痛くなったのだろう。
「そうよ。……以前は過ごしやすかったここも、いつの間にか温度が低くなって随分と生きづらい環境になってしまったわ。だから、新天地に旅立たないと行けないのよ」
「新天地……?」
「ええ。水が温かく、餌も豊富。そんな楽園のような場所があるの。あなたは、みんなを率いてそこに向かうのよ。それが、数少ない男の使命なの」
母は兄には目もくれず、じっと俺の目を見て言った。
「えっと、でも、俺より兄上のほうが知識も豊富で、泳ぎも上手くて……」
「ははは。弟よ。俺は片腕だからな。長距離の移動には耐えられない。母上、新天地は遠い遠いところなのでしょう?」
「ええ。場所もはっきりとは分からないわ。ただ、とても遠く、危険な旅路になることだけは確かよ」
「うむ。で、あるならば、弟のほうが適任だ。我が一族の繁栄のためだ。しっかり頼むぞ、弟よ」
そう言って兄は元気に笑ってみせた。けれど、俺にはどうしても、その笑い声が空笑いにしか聞こえなかった。
そして、新天地へ出発する日が訪れた。
「しっかり頼むぞ」
「みんなと協力して、できるだけ数多く生き残るんですよ」
両親や他の大人たちも見送りに来てくれた。
「私達がついています。安心してください」
「うむ!」
母上は「俺が率いて」と言ったが、新天地へ向かう男は俺の他に何人か居た。そのなかで一番歳上の者が俺たちを率いる予定だ。俺は殿で、泳ぎの苦手なものたちをサポートする役割を担った。
しかし、見送りの中に兄上の姿がどこにもないな……。
「母上。兄上は……」
「それが、あの子、今朝から姿が見えないの。あなた達と別れるのが寂しいんじゃないのかしら……」
「そう、ですか……」
最後に別れの挨拶をしたかったのだが仕方がない。そろそろ出発の時刻だ。隊列に入らねば。
俺は隊列の最後尾につく。新天地へ向かうメンバーのほとんどが女だ。俺より身体は大きくとも、泳ぎは俺のほうが得意である。しっかりと導いてやらねばな。
「あ、えっと、あの、よろしくお願いします。私、泳ぐのが少し苦手で……」
おどおどと俺に話しかけてきた女は珍しく俺と同じくらいの大きさであった。
「おう、よろしくな。大丈夫だ。いざとなったら、俺の腕に捕まればいい。二人泳ぎは得意だからな」
そう答えてやると、「はい、ありがとうございます!」と、嬉しそうに女は笑い、俺の腕を掴んだ。その小さな腕に、俺はちょっとドキドキしていた。
新天地への旅は過酷であった。水草の森を抜け、水流の激しい洞窟を潜り、凍えるような日陰をみんなで凌いだ。俺は懸命にサポートに回り、なんとかひとりの脱落者も出さずに旅は進んでいた。
水草の上で休憩していると、隣に身体の小さい女が座った。
「ここ、よろしいですか」
「もう座ってるじゃないか」
「あら、そうでしたね」
そう言って彼女は微笑む。過酷な旅を経て自信がついたのか、おどおどした態度を見せることもなくなっていた。
「もうすぐ、新天地に着きそうですね」
「そうだな」
彼女の言う通り、水温が徐々に暖かくなってきた。日差しもいい感じだし、きっともう少ししたら餌の豊富な新天地が見つかることだろう。
「えっと、あなたはまだ、パートナーは決まって居ないんですか」
じっと、彼女の大きな瞳が俺を見上げていた。
か、可愛い。俺の背中の心臓が早鐘を打つ。
「そ、そうだけど」
「あの、でしたら、私とーー」
と彼女が言いかけた瞬間、「敵襲だ!!」とリーダー叫んだ。
敵襲!? くそ、新天地に迫ったこんなときに――いや、新天地に近づいたから、他の生物も活発になったのか!
すえた匂いが水中に広がる。この匂いは――。
「みんな! やばいぞ! フサカだ!!」
わっと、周囲からフサカが現れた。俺たちの身体よりも何倍も大きい。ひと呑みにされたら、ひとたまりもない。そんなフサカが群れとなって押し寄せてきた。
「くそっ、逃げるぞ!!」
「キャッ」
俺は彼女の腕を取り、なんとかこの場を脱出しようと懸命に泳ぐ。襲い来る何体ものフサカの顎をかいくぐり、懸命に、これでもかと上を目指す。
「グアーーーーーー!!!」
「リーダー!!!」
悲鳴が聞こえた。声のしたほうを見ると、リーダーがフサカの一体に捕まり、そのまま、ゴクンと呑み込まれた。
「キャー!!」
「クソがー!!」
「逃げろー!!」
みんなはパニックになったように四方八方へ飛び散り始めた。
「みんな、駄目だ! そっちじゃない!!」
俺の指示も聞こえないようだ。狂ったように水中を飛び回った仲間は、次々とフサカに呑み込まれていく。
くそ、せっかく新天地までもう少しだったのに、こんなことになるなんて……。
「キャッ!」
ぐんと、彼女を掴んだ腕が引かれた。
「しまった!」
彼女の身体に、一体のフサカが噛み付いていた。
「あ、ああ……」
彼女の顔が絶望に染まる。彼女は、一瞬だけ躊躇して、ふっと諦めたような顔を見せると、微笑んだ。
「お願い、逃げて」
そう彼女は告げると、掴んでいた俺の腕を離した。
「ふざけるな! 馬鹿野郎!」
離れゆく彼女の腕を、俺はしっかりと握り直す。
「そんな、どうして、あなたまで……」
「お前は俺が助ける! せっかく身体があるんだ! やっと身体を持てたんだ! だから、だから、今度こそ俺が助ける! 俺は無力なんかじゃない!!」
どうしてこんなことを口走っているのか分からない。それでも、この腕は絶対に離しちゃ駄目だと、俺の中の誰かが叫んでいた。
「うおおおおおおおお!!」
それでも。
それでも、彼女を引っ張り出すことができない。あまりにひどい体重差。絶望的な戦力差に、ずるずると、彼女の身体がフサカの方へと引き寄せられていく。
「けっけっけ、諦めな!」
彼女に食らいつくフサカが下卑た笑みを浮かべる。
「お前らは所詮おれたちの餌だぁ! いくら叫んだってお前らは所詮ミジンコなんだよぉ! 餌は餌らしく、大人しく食われちまえ! 二匹まとめて俺が仲良く食ってやるからよぉ!」
「く……ッ」
「お願い、もう……」
「諦めるな! 俺は、絶対に、諦めないからな!!」
ふと、何かが視界を横切るのが見えた。
「弟よ、よく言った!!」
片腕を懸命に振る兄上がそこには居た。一族でナンバーワンの兄上の遊泳速度は俺達の比ではない。そのまま兄上は全速力でフサカの胴体に体当たりをかました。
「ぐあーー!!」
思わぬところからの衝撃に驚いたのか、フサカはようやく食らいついていた彼女を離した。
「兄上! どうしてここに!」
「お前たちのことが心配でな……。一足先に露払いをしていたんだ。だが、俺もやつらには手を焼いてな……」
そう零す兄上は身体中、怪我まみれであった。甲羅も半分ほど失われている。
なんてことだ。故郷に残っていたと思っていた兄上が実は俺達の一歩先にいて、障害を排除していただなんて……。
「お、お前は昨日の……まだ、生きてやがったのか! っけ、けけ。だが、ミジンコ一匹増えたところで何が変わる! お前らの運命はオレたちの餌って決まってるんだよぉ!!」
仲間の叫びを聞きつけたのか、周囲からフサカが集まってくる。
「兄上……さすがにこれは……」
「そうだな……。昨日までの俺だったら、太刀打ちできなかったであろう」
「兄上……?」
兄上の身体はいつもと違っていた。キリリとした眼の上、その頭上には、鈍く光る一本の角が生えていた!
「だが、今の俺は違う! この角にかけて、お前たちには負けない!! 弟よ、俺の後に続けぇ!! うおおおおおおおお!!」
「兄上ーーー!!」
叫びとともに兄上はフサカの群れへと突進していった。
激闘の末、俺たちはなんとかフサカの群れを突破すること成功した。俺は、兄上の腕を引いて泳いでいる。彼女も兄上を懸命に支えてくれていた。
「……しっかりしてくださいよ。泳ぎは得意じゃなかったんですか……」
「ああ、流石に疲れたな……」
兄上は力無く答えた。頼みの角も折れてしまい、満身創痍にも程がある状態だ。
「弟よ……。俺はもう駄目だ」
「兄上! しっかりしてください」
「お兄さん!」
「……ふふふ。お前に素敵な伴侶が見つかったようで、何よりだ。いつも、私の背中を追っていたばかりのお前に、な」
「何を言ってるんです兄上!」
「いいか、二人仲良く、力を合わせて、暮らすんだぞ。お前たちなら、それが、できる……。」
「兄上、ちょっと、冗談はよしてくださいよ」
「……」
兄上の腕から、握る力が抜けていった。
「いや、そんなのって……」
「兄上ーーー!!」
それきり、兄上が目を覚ますことはなかった。
新天地へと辿り着いたのは、それから1日経った後のことだった。
新天地に辿り着いたのはごくわずかの仲間たちだけであった。それでも俺は、彼らが生き延びてくれたことが心の底から嬉しかった。
「みんな、こんなに生きて……」
「ああ。……ここに、必ず俺たちの楽園を築く! 散っていった仲間のためにも、ここに俺たちの楽園を築くんだ!!」
俺の宣言に、みんなは力強く頷いてくれた。
■エピローグ
Dear 兄上
兄上が死んでから、もう10日が経過したよ。兄上のおかげで、俺たちは全滅せずに新天地へつくことができた。ありがとう。
そうそう、彼女との子供が生まれたよ。40も生まれた。みんな可愛い娘たちだ。ここはとても暮らしやすいからね。使命を持つ、男は生まれなかったんだ。ここでなら、楽園を築くことができる。だから、見守っていて欲しい。
俺は折れた兄上の角にそう告げると、それを大事に水草の陰にしまった。
「お父さん」「お父さん」「お父さん」「お父さん」
「何してるのー」「何してるのー」「何してるのー」「何してるのー」
「遊んでるのー?」「遊んでるのー?」「遊んでるのー?」「遊んでー」
娘たちがわらわらと集まってきた。
「こらこら、お父さんは忙しいんだから」
「えー」「えー」「えー」「えー」
彼女が嗜めると、とたんに娘たちはぶーたれる。
「ははは、すまんな。娘達のこと、任せたぞ」
「はい。行ってらっしゃいませ」
彼女の見送りを受けて、俺は水草の外へ出た。周りは仲間で溢れていた。
「やや、これは王様。どちらへ?」
「はは、王様はやめてよ。ちょっと、鍛錬場へね」
「そうですか。気をつけて行ってらっしゃいませ」
そう言って、彼女は敬々しく頭を下げた。王様はよしてと言ってるんだけどね。みんな、どうしてもそう呼びたいと言って聞かない。鍛錬場へと辿り着く間に、同じようなことが何度もあり、結局5分もかかってしまった。近場なのに。
「やや、王様。いかがなされましたか?」
「ちょっと様子を見にね。鍛錬の調子はどう?」
「はは、順調であります。我ら、騎士団の数は万を越えました。装備も整いましたし、泳ぎの特訓も、角化の特訓も順調であります。これならば、フサカの奴らにも勝てるかと」
「うん。そうか、それは良かった」
鍛錬の様子を見学してみる。
……うん、これなら戦力として十分だ。
そろそろ、宣戦布告と行こうか。
積年の恨み、一族の恨み、そして、兄上の恨みだ。
今度は俺たちが奴らを蹂躙する番だ。
「それと報告があります。遠くに住む同胞たちが、こちらに居を構えたいと。どうしますか?」
「うん。仲間が増えるのは良いことだ。快く迎え入れる’としよう」
「っは。しかし、住居の数に不安が……」
「ふむ。ならば、俺の家に住まわせよう。皆が言うから豪邸に住んでるけど、正直部屋が余ってもったいないからね……。
「……」
部下からの視線が痛い。
「……なんだ?」
「いえ。また、お子さんが増えるのかと思いましてね」
「いや、そんなことにはならないよ」
「以前もそう仰っていましたが?」
「多分……、きっと……、ぷろばぶりぃ……」
「何を仰っていますやら。奥様のご機嫌は損ねないで下さいね。慰めるのも大変なんですから」
はあ、とため息をついて部下は下がった。
うん、確かに心当たりはある。山のようにあるが、仕方ないじゃないか。男の性ってやつだ。もてる男は辛いんだ。
けど、いつも支えてくれる彼女のほうが、それ以上に大切だ。ここはいっちょう、男の甲斐性ってやつを見せねばなるまい。
俺は彼女へのプレゼントを探しに、仲間の喧騒飛び交う新天地へと泳ぎだした。
「すぅ、
長いわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
(はうわ!!)
あまりに強烈な目覚ましに、俺は飛び起きた。
「長いわ長いわ長いわ長いわ長いわ長いわ長いわ長いわ!! 馬鹿か、お主は!! 何を夢の中でミジンコ帝国なんぞ築いておる!! 続きが気になって起こすタイミングを逃してしまったわ!! 阿呆か、お主は!! 」
起き抜けに、キンキンと、耳が痛い。
思わず背けていた視界を、恐る恐る声の主に向けて見た。
そこには、ひとりの狐っ娘がいた。
ぴんと尖った両耳、耳穴から漏れる白い房毛、背中まで伸びた長い茶髪、大きな瞳に口元からは尖った八重歯を覗かせる、そんな可愛い狐っ娘がいた。
(え、ええと、どちら様で?)
「それはこっちの台詞じゃ! 儂の眠りを邪魔しおってからに! 何やら喚く者が居るかと思うたら、唐突に寝言で『ミジンコ冒険記』なんぞを語り始めよって! フサカが喋り出した時は笑ってしまったではないか!!」
ミジンコ冒険記? なんのこっちゃ。
「ん? なんじゃ、お主、覚えてないのか?
(はい、ええ。それはもうこれっぽっちも)
「なんじゃ、つまらん……。それで、お主は誰じゃ? 儂の寝床で一体何をしておる?」
じっと、狐っ娘は眉を顰める。
(え、ええと、それがよく覚えてないんですけど……)
事態がよく呑み込めていなかったが、俺は一通り自己紹介をしてみた。
説明するうちに、徐々に冷静さを取り戻し始めた俺は、ふんふんと聞き入る狐っ娘の格好が気になり始めた。
「ふうん。悪霊とな? 聞かぬ名じゃのう」
(あ、あの、ええと――)
「うん、儂の名か? 名は無い。好きに呼べ」
え、無いって、文字通り無いってこと? 「ナイ」って名前じゃなくて。
「そうじゃ。儂のことを呼ぶものなど誰も居らぬからのう。好きに呼んでいいぞ」
好きに呼んで、か。うーん、じゃあ、
(コンちゃんで)
見た目狐だし。
「……安直じゃのう。まあ、いいか」
コンちゃん、コンちゃんと、彼女は繰り返し俺が付けた名を独り言つ。満更でもない様子だったので、俺はほっと胸を撫で下ろす。
(えっと、コンちゃん。その格好って……)
「うん? Yシャツがどうかしたか?」
コンちゃんはちょっとぶかぶかなYシャツを上半身に身に着けていた。
えっと、それも気になるんですが、それではなくてですね……。
俺はじっと彼女の下半身を凝視する。俺が見紛うはずがない。彼女の下半身には死神さんのスパッツが装着されていた。
(そのスパッツはどこから……?)
「うん? ああ、これか? そこに落ちてたから拾った。暖かいぞ」
わざわざYシャツの裾を広げてスパッツを見せつけてくれるコンちゃん。うん、いい眺めだ。
いや、それはいいとして、そこで拾った、だって?
そのスパッツは死神さんが俺の中に捩じ込んで……。
うん? ということは、ここって、俺の中ってこと?
ミジンコのほうがよっぽどなろう主人公してる件。
コンちゃん登場です。ヒロイン候補です。大分遅いですね。
これからも宜しくお願いします。
■ミジンコ豆知識
水中で生活する微小な甲殻類。横から見ると目が2つあるようにみえるが実際は1つ。心臓は背中側にある。孵化後一週間で親になる。
環境のいい場所ではメスしか産まない(単為生殖)が、水温の低下などの生存の危機が迫ると、オスを産み交配し強い卵(耐久卵)を産むと言われている。耐久卵であれば、一度環境が悪化しても、再び生存できる環境になったときに孵化できる。卵になってから30年たっても無事に孵化した例もあるとか。田んぼで水が引いた後、来年また水を入れるとどこからともなくプランクトンが出てくるのはこれが理由。
マギレミジンコはフサカの幼虫が近くにいると頭がほんの僅かに尖り、尖った個体のほうが生存確率が高い実験結果が得られている(フサカの幼虫を倒せるわけではない)。なお、尖るのには24時間ほど時間がかかる。




