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異世界で悪霊となった俺、チート能力欲しさに神様のミッションを開始する  作者: 珉珉×打破
第2章 恋のキューピッド大作戦 〜 Shape of Our Heart 〜
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狙撃と肉弾戦

「悪霊さん。撃ちますよ。狙いは群れの右にいるリーダーです」

(リーダーって、どれがどれやら分からんのだが)

「一頭だけ餌に喰い付かず、辺りを警戒している黒犬が居ますよね。そいつです」

(警戒……ああ、分かった。あいつだな。いいぞ、いつでも)

「撃ちます。……ふぅ……」


 呼吸を止めて、クリスくんは引き金を引く。爆ぜる炸薬。響く轟音。撃ち出された弾丸の反動で、地面に設置した対物ライフルとそれを支えていたクリスくんの体が揺らぐ。と、同時に狙われた黒犬が倒れ伏した。


(ヒットした。多分、胴体に当たったな)

「オーケーです。次、群れの左端、こちらに視線を向けた黒犬」

(あいつだな。いいぞ)


 再び轟音が響く。弾丸は寸分違わずターゲットに命中し、こちらに腹を向けるように黒犬が吹っ飛ぶ。それを認識した黒犬達は、一頭が恐れるように逃げ出すと、それに導かれるようにして次々と逃げ出していった。


(逃げ出したな)

「そうですね。モンスターと呼ばれてはいますが、命を惜しむ普通の生物です。遠くから群れの数頭を狙撃すれば、普通は逃げ出しますよ。諸月の時期ではありませんし」


 何でもなさそうにそう言うと、クリスくんは立ち上がって俺の方を向く。


「これで、僕の実力は分かってもらえましたかね?」


 彼はちっとばかし小生意気な笑みを浮かべていた。



 時刻は数時間前に遡る。ハイデルさんに教えてもらった中古車ショップで、悪路走行用のゴツい車をクリスくんは買い付けていた。ケイトに渡された身分証が偽造であることを見抜かれることもなく、無事購入は完了した。後部座席は要らないので取り外してもらい、広い荷物用スペースができあがった。


 さて、購入したはいいが誰がこの車を運転するのだろう。そう思った束の間、クリスくんが当たり前のように運転座席へと乗り込んだ。助手席にレイジーちゃんを乗せ、エンジンをかけると、スムーズに公道へと合流した。


(え、クリスくん、運転できたの?)

「できますよ。当たり前……じゃないんですね、その反応ですと。こっちの世界では、僕の歳ならみんな運転できますよ。中等部で習いますから」


 まじか。車の運転を学校で教わるのか。


「悪霊さんの元いた世界では教わらないんですか? 何年も学校に通うんですよね?」

(そうだが、そんなカリキュラムは普通の学校には無いな)

「そうですか。あまり車は普及してなかったんですかね」

(いや、そんなことはないけど、電車とか他の移動手段も発達してたから、必須ということでは無かったんだろう)


 お金もかかりそうだし。

 

「なるほど。こっちでは車は必須ですからね。15歳以上のほぼすべての人間は運転ができます。僕はそれ以前から運転できましたけど」

(そうなのか? オスカーさんに習ったとか?)

「惜しいですね。祖父に習いました。父さんの、父さんです」


 へー。お祖父さんが居たのか。知らなかった。


「まあ、僕としてもあまり思い出したくない人ですから、あまり話題に上げませんでしたけど。その祖父から、車の運転方法と、銃器の取扱を学びました」


 車の運転方法と……、銃器の取扱!? さらっと言ったけど、それクリスくんが何歳の頃よ。


「10歳の頃ですね。初等部を出て、中等部に入る前です」


 中等部に入る前って、ええと確かクリスくんの略歴は、9歳で初等部卒業、12歳で中等部卒業、大学を3年で卒業して、今年就職だったか。初等部と中等部の間の、春休み期間に教わったってことかな。


 そう言うと、クリスくんは「春休みだけなら」どんなに良かったか、と乾いた笑いを浮かべた。


「前にも言いましたけど、僕、大学後半は飛び級してないんですよ。逆に、それ以外は全て飛び級してまして、中等部は僕、1年間しか通ってないんですよ」

(え。ってことは、それを除く2年間は……)

「祖父のもとで、ひたすらサバイバル生活をしてました。……いや、もうほんと、あの人、意味わかんない。あんなところに住み込んで、馬鹿なんじゃないですかね。本当に」


 自分の祖父をボロクソに詰るクリスくん。かなり嫌っているようだ。


(あんなところって……?)

「あ、聞いてくれますか、悪霊さん。いや、聞いてくださいよ、悪霊さん。あのジジイ、帝都に住めばいいのに、わざわざ人里離れた山奥に済んでるんですよ。城壁も何もないモンスターも平気で住まう山の奥に、平然と居を構えて暮らしてるんですよ。意味わかんないですよね」

(へ、へー、そうだな。意味わかんないな)

「ですよね! で、そのままひとり死ぬまでそこで暮らしていればいいものを、何を思ったのか『クリスはしばらく儂が育てる。お前は宇宙飛行士の訓練に勤しめ』と祖父が僕を拉致しまして。そうそう、ちょうど、中等部に上がる前日のことでした。いろいろ準備した制服やらなんやらを枕元に置いて床につき、翌日目を覚ましたら見知らぬ天井ですよ。混乱する僕に『お前はしばらくここに住むことになった』と祖父は言いました。僕に人権は無いんですかね!」

(そ、そんなことは無いと思うけど……)

「そして、僕の長い長いサバイバル生活が始まりました。今思うと、こうして生き残れたことは幸運以外の何物でもありません。本当に、何度死にかけたことか……」


 ハンドルを握る手が震え、涙目になるクリスくん。

 ちょっと落ち着いてくれ。交通事故でミジンコ転生は俺やだよ。


(……で、でも、その人から車の運転を教わったから、こうして運転もできるわけだよね)

「まあ、教わったというか、死にたくないから役に立ちそうなものはがむしゃらに身に着けたんですよ。車の運転も、重火器の扱いも、罠の仕込み方や食べられる野草の見分け方も、見様見真似で習得したんです。人を無理やり拉致するような人間が、今節丁寧にモノを教えてくれるわけないんですよ……」


 徐々にクリスくんの声は消え入りそうになる。トラウマレベルの思い出だったか。


「とはいえ、祖父の家でモンスターも何度と無く斃してますから、心配しないで下さい。あ、ここが銃砲店ですね。早速武器を購入しましょう。レイジーも武器要る? 何か欲しいものある?」

「ナイフが欲しい!」


 レイジーちゃんは元気よく答えていた。思ったよりも、道中は安全なのかもしれないと俺は思った。


 武器やら獲物をおびき寄せる餌肉やら変装用のサングラスやらを調達した後、俺達はリーデンベルグを出た。


「用件は?」

「ちょっと一狩り」

「……この歳で猟師か。二人でか?」

「武器の試し打ちをしたいだけなので、無理はしません」

「そうか。十分注意して行くんだぞ。門限までに戻らなければ、捜索隊が出るからな」


 門番の人はそう言うと、あっさりと俺たちを見送ってくれた。


(猟師って?)

「民間のモンスター討伐を生業とする職業のことです。ちょっとお金はかかりましたが、そういう身分証にして貰いました。これなら都市から都市へ移動しても怪しまれませんから」

(猟師、ねぇ。見た目は二人共まだ十代後半だけど、あまり怪しまれなかったな)

「年齢も偽造しておきましたから。二人共、身分の上では22歳です。ま、ギリギリでしょうね」


 サングラスをかけたまま、クリスくんは笑った。これのおかげで少しは大人に見られていたのかもしれない。


 

 そして、時刻は元の時間に戻る。クリスくんはトラウマとともに身に着けた狙撃の技術を披露し、見事黒犬の群れを追い払ってみせた。


「どうです? 僕だって戦力になると思うんですけど」


 イヤーマフを取り外し、数時間前に言った台詞を、今度は自信満々に言い切った。


(そうだな。すごいと思う。これなら大型のモンスターに出くわさなきゃ大丈夫かな)

「まあ、悪霊さんが居ますから大丈夫でしょう。夜目も遠目も利いて、疲れ知らずの悪霊さんなら見張りも十分こなしてくれそうですし」


 そう言って、クリスくんは笑った。俺がいると助かるとは、そういう意味らしい。

 それにしても、見張り番か……。いや、頑張るけどね。夜間はずっと暇で瞑想しかしてなかったし。頑張らせていただきますとも。


観測手(スポッター)って、あれで良かったのか?)

「十分です。どうしても狙撃は視野が狭くなりますから、当たった当たらないの判定だったり、周囲の見張りをしてくれるのはありがたいんですよ。イヤーマフ(これ)をつけてても悪霊さんの声なら聞こえますし」


 そういうもんか。まあ、力になれるのであれば嬉しいぞ。悪霊さん頑張る!


「さて、弾が当たったとはいえ、徹甲弾では黒犬はまだ生きているでしょう。レイジー、トドメを刺してきて下さい」


 隣で「おお〜」と感嘆符を漏らしていたレイジーちゃんに、クリスくんは指示する。


「もう動けないと思うけど……」

「それでも、です」

「……分かった」


 レイジーちゃんは頷いて、自分の装備を確かめる。結局、彼女はナイフの他に篭手と安全靴、防具用にジャケットなども身に着けていた。


「うん。ただし、手負いですから十分注意して。一応、こっちでも注意しておく。いざとなったら撃つから」

「ん、大丈夫。任せて」


 レイジーちゃんは微笑むと、小走りに倒れた黒犬へと近づいていった。


(大丈夫かな、レイジーちゃん。ちょっと、躊躇ってたけど……)

「だから、ですよ。モンスターを殺せないようであれば、レイジーは車でじっとして貰わないといけないので」


 そういうことか。クリスくんは、レイジーちゃんが戦力になるか見極めるようだ。彼は双眼鏡を取り出して、レイジーちゃんの方を観察する。俺は視力が良いので、そのまま彼女を目で追っていた。


 レイジーちゃんが倒れている黒犬へと近づく。その事に気づいたのか、二頭とも慌てたように逃げ出そうとするが、うまく走ることができない。このままだと容易にレイジーちゃんが追いつくだろう。クリスくんは双眼鏡を置いて、寝そべり、スコープを覗き込む。


 レイジーちゃんが、黒犬へと近づき、躊躇いつつもトドメを刺そうとナイフを振りかぶったとき、突然、全力で彼女に駆け出す黒い何かが見えた。


(レイジーちゃん、逃げて!)

「悪霊さん!?」


 一匹の黒狼が、レイジーちゃんに体当たりしていた。潜んで機会を伺っていたらしい。

 レイジーちゃんがいくら重くても、黒狼は人間より二回りは大きい。不意をついたその突進には、さすがに彼女もふっ飛ばされて、ふっとば……されて……。


(ふっ飛ばされて、ない?)

「っちぃ、黒狼ですか! 数は……1? 逸れですね。仕留めます!」


 慌てて照準を合わせるクリスくん。しかし、その前に、体当たりをしたはずの黒狼は、進行方向とは逆方向にふっ飛ばされていた。


 次いで、視界からレイジーちゃんが消える。そして再び吹っ飛ぶ黒狼。地面に引きずられるようにして動きは止まり、それきり、黒狼は動かなくなった。


 そのあんまりな場面を目撃した黒犬は、まるで自身が瀕死の重傷であることを忘れたかのように、脱兎のごとくこの場から逃げ去ってしまった。周りに動くものの気配が無くなると、俺たちは慌ててレイジーちゃんの傍に駆け寄る。


「レイジー、無事!」

「あ、クリス! ごめんね、黒犬は仕留め損なっちゃった」

「それより、黒狼は……?」

「この子? 多分、仕留めたと思うよ」


 ばんばんと、嬉しそうに黒狼の頭を叩くレイジーちゃん。当の黒狼は、白目を浮かべてピクリとも動かなくなっていた。

中等部の姫様「な、なんで今頃クリスが入学しますの……!?」

1年後の姫様「また抜かされるなんて……」

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