第二都市リーゼンベルグ
国境超えから数日後。商隊は無事、レイダースの第二都市リーゼンベルグへと辿り着いた。
レイダースは帝国の東に位置している。リーゼンベルグは帝国の国境とレイダースの首都との間にある都市だ。首都はここよりさらに東に進んだ場所にあるらしく、ケイト達は首都へと進み、俺達はここより北にあるヴェルニカ都市跡を目指す。彼女たちとはここでお別れだ。
(道中、それほど大きなモンスターは出てこなかったな。黒虎とか黒猪とか)
「定期的に軍が討伐するから、道沿いは割と安心なのよ。念のため、彼らの嫌う超音波も出してたし」
ケイトは商隊を先導していた護衛車両を指差す。その車両に超音波を出す装置が搭載されているようだ。
「まあ、アルみたいな不幸体質者が居なければ、大型モンスターに襲われることは滅多にないわね」
そう言って、ケイトはクスリと笑う。
であるならば多分大丈夫だな。クリスくんには神様の加護がついていることだし。
(……そういえば、目下絶賛不幸体質のアルは無事故郷にたどり着けたのかな。何か聞いてる?)
「さあ? 私は世界中を周ってたし……」
「ライブ前の時点では、故郷に着いたという便りは来てませんね」
聞き耳を立てていたクリスくんが答える。
(……どう思う?)
「まあ、便りのないのはよい便りと言いますし……」
「そうね、多分大丈夫でしょ。多分……、多分……」
二人はそっぽを向いて答える。心なしか声の大きさもさっきより小さい。二人共、自分の言葉に自信はないようだ。アル、無事だといいな……。
レグルス商会の直営店で、クリスくんとレイジーちゃんはトラックより降ろされた。ここで、商隊のみんなとはお別れらしい。見送りに来てくれたのは、商会長とケイト、それに何かと二人の世話をしてくれたハイデルとキーネの四人だ。
「見送りが少なくてすまんな。皆と一緒に盛大に見送ろとしたのだが、こいつに怒られてな。ついでにリーゼンベルグの美味い飯でもご馳走しようと思ったが……」
「クリス達はお忍びなんだから、目立っちゃ駄目でしょ」
「いえ、お気持ちだけで十分です。ありがとうございます。お世話になりました」
商会長さんはケイトに怒られている。ケイトの父親である彼は細目のマッチョさんだ。陽に焼けた黒肌に、整えられた髭、短く固そうな髪は空に向かってツンと立っている。娘に甘く、社員に厳しい性格だ。どことなく、前の世界のグランさんに似ていた。
「クリストファー。旅に必要な荷物はまとめておいた。確認してくれ」
「ありがとうございます。助かります」
ハイデルは持っていた大きなリュックをクリスくんに渡す。
「足はあるのか?」
「これから調達します」
「そうか。新車ならこっち、中古ならこっちの店に行くと良いだろう」
地図を片手に説明するハイデルさん。実に面倒見がいい。最初にキツく当たっていたのは、クリスくん達を心配してのことだったのかな。
「キーネ、ばいばい」
「レイジー、元気でね。それは後で食べてね」
キーネさんはレイジーを愛称で呼ぶようになっていた。いつのまに仲良くなったのだろう。二人は手を振って別れの挨拶をしている。レイジーちゃんの手には先程キーネさんより渡された手提げ袋があった。餞別を貰ったらしい。お菓子か何かだろうか。
「クリス、あとこれも」
「……ああ、これは大事ですね。助かります」
ケイトがクリスくんに渡したのは2枚のカード。クリスくんとレイジーちゃんの顔写真がそれぞれに付いている。
(それは?)
「レイダースにおける身分証ですよ。偽造してもらいました」
(え……。レグルス商会って、そんなこともしてるの?)
「うちじゃないわよ。仲介しただけ。こっそりとね」
しーっと、ケイトは人差し指を口に当てる。いや、誰にも喋らないけどさ。何で偽造屋と繋がりがあるんだろうな。不思議不思議。
「悪霊さん。世の中には、知らないほうがいいことが沢山あるんだよ……」
にこにこと彼女は笑う。うん、よく知ってますよ。現に今、秘密を知ってしまったクリスくんが指名手配されてるもの。
「それじゃあ、皆さん、お世話になりました」
「うん。また何かあったら言ってくれ。力になるぞ」
「クリス、無茶しないでね」
「クリストファー。お前に何があったか知らないが、負けるなよ。グレイジーはお前が守ってやれ」
「レイジー、元気でね」
「うん。キーネも」
こうして、俺達はレグルス商会の面々と別れた。これからは、クリスくんとレイジーちゃん、それに俺だけでいろいろと対処しなくてはならない。見知らぬリーゼンベルグの道を俺たちは地図を頼りに進み始めた。
(なんか、ちょっとだけ心細いな)
「悪霊さんはケイト達についていっても別にいいんですよ?」
(バカ言え。二人のことが心配だからついていくよ。大したことはできないだろうけどさ)
「はは、ありがとうございます。でも、大したことできないこともないと思いますけど。正直、悪霊さんが居てくれるだけで随分と助かると思いますよ」
またまた、そんなこと言って。おだてても風しか出ないからな。
「いや、本当に」
「クリス、私も頑張るからね」
ふんと鼻息を張り上げて、レイジーちゃんが俺と張り合う。
「はいはい、レイジーも頼りにしてますよ」
クリスくんがそう言うと、えへへーと彼女は嬉しそうに笑った。
(でも実際どうなんだ? ヴェルニカ都市跡まで子供二人だけで行くのは、かなり危ないんじゃないか?)
「悪霊さん、ここは悪霊さんの元いた世界とは違うんですよ。15歳はもう立派に大人です。就職だってしていましたし」
う。多分そんな意図はないんだろうけど、クリスくんが俺の無職歴を煽ってくる。
(でもさ、ケイト達みたいに護衛の人を雇うのもありだろ? 幸い、お金に余裕はあるみたいだし)
「うーん、賢明じゃないですね。誰から僕たちのことが漏れるか分かりませんし、頼る人間は最小限にしたいです。それに、行き先は立入禁止区域のヴェルニカです。護衛を依頼しても誰も引き受けてくれないでしょう」
さようでござるか。でも、だったらモンスターはどうするんだ? モンスター避けの装置はあるとしても、それで全て対処できる訳ではないし……。
「私が全部倒す?」
小首を傾げてレイジーちゃんが尋ねる。冗談を言っている……ようには見えないな。
「レイジーはモンスターを斃したことあるの?」
「ないけど、黒虎程度なら多分倒せる」
平然と彼女は言い切った。ためらいも気負いもない。レイジーちゃんは黒虎と相対した経験がある。そのときに、アルを庇って彼女の左腕は潰されていた。それでも、その経験があっても、なお自信満々に彼女は言い切った。実際、どれくらいレイジーちゃんは強いんだろう。
「……まあ、レイジーは最後の手段としましょう。っていうか、みんな酷くありません? 僕だって戦力になると思うんですけど……」
ははは、何を言ってらっしゃる。兵役経験無し、城壁を登っただけで息の切れるクリスくんに何ができますやら。
「む。僕だってモンスターを斃した経験くらい、あるんですからね」
(え? 本当に?)
正直、信じられない。
「……分かりました。論より証拠ですね。いいでしょう。今日は物資の購入だけして休もうと思ってましたが、予定変更です。自動車を買ったら銃砲店に行きましょう。武器を調達して、既存戦力を把握しましょうか」
お互いに、と彼は自分とレイジーちゃんを交互に指差すのであった。




