帝都〜レイダース2
俺はケイトを探して砦の中をうろついていた。といっても、ケイトの居場所は友達発見器で分かるので、そこへ向かうルートを見つけさえすればそれでいい。帝都みたいに入り組んでいないので、ケイトのところへはすぐに辿り着いた。
彼女は宿泊施設の屋上で椅子に座り、ひとりで酒を飲んでいた。
(ケイト。俺だ。悪霊さんだ。今、大丈夫か?)
「うわっ、びっくりしたー。悪霊さん?」
彼女はびくっと身体を震わせて、俺の方を見る。
(おう、びっくりさせてごめんな)
「ううん、こっちこそ、びっくりしてごめんね。クリス達の傍にいなくていいの?」
(うん。ふたりの邪魔しちゃ悪いからね)
「お。その様子だと、二人は今頃一枚の毛布でーー」
(ああ。きっと仲を深めあっている頃だな。邪魔しちゃ悪いと思ったからこっちに来た。やっぱりあれはケイトの差金だったか)
「正解! 置いたのはキーネだけどね。そうかそうか。ふふっ。明日の朝が楽しみだねー」
頬に手を当ててケイトはころころと笑う。
(ケイトはひとりで何してるんだ? 酔冷ましか?)
「私? うーん、そんなところ、かな。あ、でもさっきまではもう何人か居たんだよ。ちょっと考えたいことがあってね。星も月も綺麗だし、夜空を眺めながらボーっと考えようかと思ってね」
ケイトは空を見上げる。確かに夜空は綺麗だった。2つの月のうち、片方は満月に近いがもうひとつは三日月である。地上の光が少ないため、地平の向こうまで星が瞬いて見えた。
(考えたいこと?)
「うん。ーーあ、ちょうどいいや。悪霊さんはクリスがどうして指名手配になったか訊いてるよね。それ、教えてもらえないかな」
特に表情を変えずにケイトは尋ねる。
(……えっと、密輸の依頼をするときに聞いたと思うけど、それはーー)
「知らないほうがいいっていうのは判ってる。それでもね、知っておきたいの。大切な友達が困ってる。私より年下の男の子が命がけで頑張ってる。それなのに、私だけ蚊帳の外って言うのは、ちょっとね」
自嘲するようにケイトは言う。
「それに、その理由はアンナも知ってるんでしょ? だから、ね」
お願い、とでも言うようにケイトはじっとこちらを見る。
(……はぁー。分かった。俺が知ってることで良ければ話すよ。でも、絶対に他言無用だからな。クリスくんにも、ケイトが秘密を知ったことを悟られないようにしてくれよ)
「分かってる」
俺はため息をつくと、独り言を漏らすように帝国の秘密をケイトに伝えた。
(……というわけで、クリスくんは帝都を抜け出してレイダースを目指してるんだ)
「……思ったよりも、謎だらけな状況なのね」
はあ、とケイトはため息を付く。
確かにその通りだ。公開されていない秘密の記録をクリスくんは知ってしまった。一緒に秘密を知ったタカヤナギ教授が殺され、クリスくんも指名手配されていることから、『やっかいな敵』が存在し、『その秘密に信憑性がある』ことは間違いない。一応、俺も帝都を脱出する前に、クリスくんの言う高セキュリティ部屋にすり抜けしてストークス号の残骸があることを確認している。なので、秘密の記録が彼の狂言ということはない。
とはいえ、その『やっかいな敵』の正体もわからないし、その意図も不明というのが現在の状況だ。
「その『秘密の部屋』に出入りしていた人物は分からないの? 悪霊さんならずっとそこに居ても怪しまれないでしょ?」
(そうだけど、俺もずっとその部屋に居たわけじゃないんだ。クリスくんとの連絡役もこなしたし。ただ、俺が見張っているときに、ひとりだけその部屋に出入りしていた人物が居たな。研究所のルドルフ・アークマイネ教授だ。カール准教授の師にあたる人物。この人はまず間違いなく黒だろう)
なお、このことはすでに姫様に伝えてある。うまくいけば、ヒモヅル式に黒幕まで辿り着けるかもと、彼女は言っていた。なんとも心強い。ちなみに、カール准教授はグレーらしい。本人は何も知らずに調査だけやらされている可能性があるからだ。
「ルドルフ・アークマイネ教授、ね……。うーん、よく知らないな……」
ケイトは首をひねる。
(とまあ、現状はそんなところだ。この情報を知ったからって、迂闊な行動はしないでくれよ。それでケイトまで死なれるのは、ちょっと、というかかなり嫌だし)
「あら、悪霊さん心配してくれるの?」
当然だ。前の世界みたいに不老不死であるわけでもないし。俺は自分が無力だって分かってるから、心配せずには要られない。
「ふふ、ありがと。勿論、そんなことはしないわ。私もまだ死にたくないしね」
ケイトは目を細めて笑い、手に持ったビン酒を見る。
「でも、クリスはどうなのかな?」
(どうなのって?)
「クリスってさ、結構向こう見ずに行動するじゃない? しっかり考えてるようで、どこか抜けてるところもあるし、誰かに相談する前に危険な行動をとったりさ。私にとって、クリスは弟みたいなもんだからさ。そういう、自分を大切にしないところが、お姉ちゃん心配なんだよね」
そう呟いて彼女はビンを呷る。
「だからさ。今回頼られたの、ちょっとだけ嬉しかったりしたりして、ふふっ。でも、これから先、私がクリス達についていくのは迷惑にしかならないんだよね、きっと」
それは、多分その通りだ。クリスとケイトの仲が良いことは、おそらく警察も掴んでる情報だ。ケイトが商隊から離れたと知られれば、訝しがられるに違いない。クリスくん達の居場所がばれる確率も高くなるだろう。
「だから、悪いんだけど、悪霊さん。クリスのことよろしくね。レイジーちゃんだけじゃなくて、クリスのことも気にかけてあげてね」
(勿論だ)
俺の返事に彼女は安心したような表情を見せると、「ありがと」と礼を言って宿泊施設の中へと戻っていった。
彼女に言われるまでもなく、クリスくんは死なせるわけにはいかない。ただ、ケイトは俺の心配対象が娘似であるレイジーちゃんだけと思っているため、わざわざ念を押したのだろう。彼女の後ろ姿は少しだけ寂しそうであった。
翌朝。コンテナからクリスくんとレイジーちゃんが出てきた。レイジーちゃんはいつも通りの様子だが、クリスくんは酷く眠そうだ。目の下にクマもできている。
(二人共、おはよう。昨夜はお楽しみでしたね!)
「……悪霊さんですか何言ってるんですか昨夜はどこに居たんですか! こちとら全然眠れませんでしたよ!」
わあ、クリスくんがちょっとキレてる。
(二人の邪魔しちゃ悪いと思ってな。砦に居た)
「今夜は絶対にコンテナに居て下さい」
はっはっは。お断りだ!
「それからケイトさん。毛布、一枚しかないんですけど」
「あ、ごめんねクリス。毛布、それしかないから」
「増やせませんか?」
「ごめんねー」
「おいこら、荷物。お嬢を困らせるな。黙ってコンテナの中で大人しくしてろ」
ハイデルはクリスくんの襟首を掴むと、ひょいと彼をコンテナの中へ放り投げた。慌ててレイジーちゃんがコンテナに移動し、彼をキャッチする。
「クリス、大丈夫?」
「あ、うん。レイジー、ありがと」
クリスくんはお礼を言うと、少しだけ赤くなって彼女から視線を逸らし、一歩距離を置いたところに座り込んだ。レイジーちゃんがさりげなく座ったまま近づくと、彼は悟られないようにそっと距離を離す。
(お、ケイトさんケイトさん。これはもしや……)
「ええ、悪霊さん。いい感じになってきたんじゃないですかね」
げっへっへと、下世話な二人はこっそりと成果を共有する。
「……お嬢、誰と話してるんで?」
ハイデルさんはいつもと違うケイトを不思議そうに見ていた。




