帝都〜レイダース
モンスターに遭遇することもなく、商隊は無事に砦まで辿り着いた。今日はここで休むらしい。
砦は各都市をつなぐ道中に存在する施設だ。城壁よりは小さいものの塀で囲われており、その中には宿泊施設などが揃っている。都市間の移動のために造られた施設であり、主に軍人や商隊が利用する。砦を守るのも軍の役目であるが、その多くが兵役により集められた人員であった。
「うーん。じっとしてるのも疲れますねー」
「だねー」
トラックの隠しスペースに押し込まれていた二人は、凝り固まった身体を伸ばしている。結局、砦まで一度も出られなかったし無理もない。
「クリス、レイジー。目立つとまずいから作業着に着替えて。あと、休むのもコンテナだから。極力二人は砦をうろつかないこと。分かった?」
「分かりました」
「はーい」
ケイトは二人に注意事項を伝える。
「よろしい。ハイデル、キーネ。二人の面倒を見てあげて。私は挨拶回りに行ってくるから」
「へーい」
「了解です、お嬢」
ケイトは二人の従業員に声をかけると、忙しそうにどこかへと行ってしまった。
レグルス商会は各国の特産品をつなぐだけではなく、道中に立ち寄る砦への物資供給の役割も担っている。それもあって、第七分隊が護衛の任についていたらしい。もちろん、帝国総ての砦への供給を担当しているわけではなく、あくまで全体の一部であるが、良い収入になっているようだ。
「さて、お二人。お嬢の友達と聞いておりますが、今はただの輸送品です。それも、公になってはならない輸送品だ。もちろん、こちらでも責任を以てお運びするつもりですが、言う通りにしていただかないのであれば、少々乱暴に扱ってしまうかもしれません。ご注意ください」
「分かりました」
ハイデルと呼ばれた大男は脅すように言うが、クリスくん平然とそれを受け流す。
「……まあ、いいでしょう。クリストファーはこっち。グレイジーはキーネのコンテナで着替えてください。くれぐれも私達の側を離れないようにしてくださないね」
クリスくんとレイジーちゃんは商隊の作業着に着替えると、二人の従業員について砦へと向かっていった。
さて、俺はどうしようかと考えていると、「悪霊さん、悪霊さん」と声をかけられた。そちらに視線を向けると死神さんが居た。久しぶりの登場だ。
(死神さん、よく俺の居場所が分かりましたね。それとも、前みたいに隠れてただけなんですか?)
「いえ。今回は隠れてたわけじゃないですね。ちょっとケイトさんについて、世界を周ってました」
(え。どうしてまたそんなことを)
「あれ? 前に言いませんでしたっけ? このミッションは新たに管理対象となった世界の調査も兼ねてるって。悪霊さんが帝都から離れようとしないから、仕方なくケイトさんについてってたんですよ」
あれ、そんなこと言ってたっけ。……。ああ、前の世界で言ってたなあ、言ってたかも。
ケイトについて周っていたのは、おそらく諸月の時期よりも後からだろう。あまり顔を見せないと思ったら、帝都に居なかったのか。これ見よがしに食べていたものは、おそらく各地の名産品かお土産だろうな。
(そうだったんですか。あ、だから今ここに現れたんですね)
俺がひとりになったタイミングを見計らって。
「ですです。それにしても、びっくりしましたよ。まさかクリストファーさんが、グレイジーさんと逃避行……いえ、愛の逃避行をするなんて。これでまた一歩、ラブラブキッスに近づいたんじゃないですかね」
キャッキャと騒ぐ死神さん。まるでテレビドラマでも見ているかのような反応だ。
(愛のって……。うーん、でも実際かなりピンチでしたよ。クリスくん、下手すると死んでたかもしれないですし)
その流れで俺もミジンコ転生するところだったし。一応、クリスくんには「そんな危ないことは二度としないでくれ」と釘を刺しておいたけど、彼、いざとなったら平気でリスクを負う性格してるからなぁ。俺の言うことに従ってくれるとも思えないし。
「あー、ですよねー。タカヤナギ教授のことは、残念でしたね」
(あれ? 死神さん、そのころ帝都に居なかったですよね。どうして知ってるんです?)
「え、あー。一応、悪霊さんの周りのことは私の耳に入るようになっているので」
まじすか。っていうか、それって……。
(ストーカー……)
「し、失敬なっ! ストーカーではありませんよ。これは、『見守り』です! 生と死の狭間に居る健気な悪霊さんを、神様が『見守って』いるのです!」
心外、とばかりに声を荒げる死神さん。えー、それにしてはユリカが死んだとき出てきてくれなかったじゃん。バカンスに行ってたじゃん。
「あー。その件はどちらにせよどうしようもありませんでした。管理世界で瀕死の人を救うことは、干渉の制限範囲を超えるので」
神妙な顔をする死神さん。
そうだったのか。
「ですです。すみませんが、干渉範囲を超えることはできませんので……」
(ちなみに、超えてしまったら?)
「えーと、おそらく私はクビになります」
神様の世界にもクビってあるんだ。
「ありますよ。しばらく露頭に迷うことになりそうです」
うーん、だとすると、いざとなったら死神さんに何とかしてもらう作戦は難しいかも。幾つか考えてたんだけどなー。クリスくんを狙うモンスターの命を刈り取ってもらうとか、追跡者を病魔に蝕ませるとか。
「……悪霊さん、割とエグいこと考えてますね」
(え、そうですか? 死神さんなら容易いと思ったんですが……)
「まあ、できないことはないですけど、そんな一発でクビになるような真似はしませんよ」
残念。考えてた作戦は廃棄だな。
「あと、ついでに悪霊さんの現在のミッションも『無かったこと』になります。以降のミッションが開始されるかどうかも不明ですね」
(え? それって下手すると……)
「はい。ミジンコルートまっしぐらですね」
まじすか……。
「と、いうことなんで、私の手助けはありませんので。あくまで、『悪霊さんの力』で頑張って下さいね」
それでは、と言って死神さんは地面に沈んでしまった。
俺の力でできることって、かなり少ないんだけどな……。
しばらくすると、ハイデルに連れられてクレスくんとレイジーちゃんが戻ってきた。ハイデルはクリスくん達の乗っていたコンテナを開ける。少し荷降ろししたため、二人が座り込めるスペースができていた。
「それじゃあ、ここで休んで下さい。くれぐれも、目立つような真似はしないで下さいね」
コンテナの扉を閉めると、ハイデルは去っていった。コンテナ内は灯りで照らされているため、暗いということは無い。
(……なんか、嫌な感じだな)
「おわっ! 悪霊さんですか。びっくりしました。ハイデルさんですか? まあ、僕たちは招かれざる客ですからね。仕方ないでしょう」
クリスくんは苦笑する。まあ、確かにそうなんだけど。商会の会長さん(ケイトの父)は乗り気なんだけど、さすがに従業員全員が乗り気というわけはないか。
「クリス、毛布があるよ」
「あ、本当ですね。準備していてくれたのかな」
むう。そういう気遣いはできるんだな。
「それじゃあ、僕らは休みますね」
「悪霊さん、おやすみー」
(はいはい、お休みー)
「……あれ? 毛布が一枚しかない」
レイジーちゃんが畳まれた毛布を広げる。確かに毛布は一枚だけであった。
お、これは冬山遭難でお馴染みの、同じ布団に二人で包まる高感度アップイベントかな。
「クリス、一緒に寝よ?」
「いや、流石にそれは……。ちょっと僕、ハイデルさんに言ってきますね……」
クリスくんはコンテナの扉を開けようとするが、扉は開かない。鍵がかかっているようだ。
「悪霊さん、すみませんがちょっとケイトに言ってきて貰えませんか」
(……)
「あれ? 悪霊さん?」
俺は黙ったままコンテナを離れた。
すまんな、クリスくん。なんだったらそのままマッサージを始めても構わんぞ。安心してくれ。そういう扱いなら俺は慣れてる。
「クリスー、暖かいよー」
「え、悪霊さんどこかに行っちゃったの……?」
「クリスー、つーかーまーえたっ!」
「っちょ、レイジー、待って待って、ストップ! あ、そこはダメだから!」
「? 何がダメなの?」
俺は何も聞かなかった振りをして砦へと向かった。
おそらく、この一枚の毛布はケイトに差金だ。無事、二人が一枚の毛布にくるまったと、報告をしてやらねばな。
ゴーストワゴンはクールに去るぜ。




