秘密3
みんなの視線はレイジーちゃんに集まっていた。
「……本当に、レイジーはガイアから……?」
「と、記録には残っていました」
アンナの疑問にクリスくんが答える。
「正直、僕も地下の記録を鵜呑みにしているわけではありません。けれど、もしそれが事実なら、レイジーが父さんやストークス号を知っていたことに説明がつきます」
「ガイアで隊長達と知り合ったのね」
「そうです。会員証の父さんの顔写真が、一瞬とはいえ記憶を思い出すキッカケになったんでしょう」
ベティさんが「なるほど」と頷く。
「クリス、話がよく見えないのだけれど……」
事情を知らない姫様が首を傾げる。クリスくんは、姫様にアルの無職慰労会での出来事を説明する。
(レイジーちゃん。本当に、ガイアから来たの?)
「うーん、よく分かんない」
その間に思ったことを訊いてみたが、レイジーちゃんは本当に分からない様子だった。クリスくんがレイジーちゃんのことを話題にしたときも、「え、そうなの?」みたいな顔をしてたし、本当にせよ、そうでないにせよ、覚えてないことは確かなようだ。
「えっと、レイジー、何が分からないの?」
「? 何が?」
姫様とレイジーの間にコミュニケーション不全が生じる。
あ、これ、ユリカとノーコちゃんが散々困ってたやつだ。
(すまん、クリスくん。ちょっと同時通訳してくれないか)
「そうか。悪霊さんの声はソフィには聞こえないのか。分かりました。ソフィ、レイジーは悪霊さんの疑問に答えただけだよ」
「え? どういうことですの?」
かくかくしかじかとクリスくんが事情を説明する。
「……なんだか、面倒ですわね……」
姫様がため息をつく。ごめん。俺もすこぶる面倒だと思ってるが、どうすることもできないんだ。なんとかならないか、後で死神さんに相談してみよう。
「まあ、いいですわ。それよりもクリス。あなたの言うことを信じたいのもやまやまですけど、正直信じられないことばかりですわ。レイジーのこともそうですけど、宇宙船の帰還にしたって、気づかないほうが難しくありません? ガイアの観測は継続して行われているでしょうし、テラの周りにも観測衛星が幾つも周っています。いくらなんでも誰かが気づくのでは? それに、もしも宇宙船が帰還を果たしていたとして、それを隠す理由が分かりません。その記録通りレイジー以外が発見されなかったとして、意気消沈はすれども積極的に隠す必要はないでしょう。それこそ、関係者には通達されてしかるべきでは?」
姫様が疑問を口にする。
「……ソフィは本当に、そう思ってる?」
「? ええ。もちろんです」
逆に尋ね返されて、ソフィは眉をひそめる。
「……うん。本当に、ソフィは知らないようだね。まあ、知ってたらとっくに僕は捕まっていたか」
クリスくんは嬉しそうに口角を上げる。
「何の話ですの? 尾行ならさっきも言いましたがーー」
「ううん。違うよ。これは、情報統制の話」
「情報、統制……?」
姫様がお姫様抱っこされたまま首を傾げる。
「うん。僕が思うに、かなりの規模で『宇宙船帰還』の情報は封鎖されてる。その封鎖の内側と外側、ソフィがどっちの立ち位置にいるかが分からなかったんだ。でも、さっきの反応だとこっち側だね。ベティ姉さんとアンナももちろんこっち側」
名指しされた二人が顔を見合わせる。
「……つまり、宇宙船帰還の情報は意図的に隠されていたってことですの?」
「僕はそう思ってる。ソフィは、宇宙船帰還が事実なら隠せないし、隠す必要もないと、そう言ったね。つまり、手段も理由もないってことだ。正直、理由については分からないけど、手段の方はそうでもないよ。やろうと思えばできなくもない」
「それが、情報統制ですの?」
「うん。情報統制もある。観測衛星に関しては、一次情報を受け取る人間は限られてるから、その人物さえ黙らせるか味方に引き入れてしまえばいい」
「……そんなこと、できるんですの?」
「観測衛星は帝国しか飛ばしてないからね。受信設備も帝都にしか無いし、それを管理しているのは帝国軍だ。そして、軍に干渉できる人物なら、ある程度の情報統制は難しくない」
帝国軍。この言葉を聞いて、軍人三人に注目が集まる。
「ベティ姉さんはご存知の通り、父さんのこととなると見境なくなるから知っていたとは考えにくい。さっきの反応も、演技だとしたら女優になったほうがいいと思います。けど護衛の二人は……」
クリスくんはソフィの傍の二人に視線を送る。その意図を察した姫様が口を開く。
「……レイカ、ラインハルト。正直に申しなさい。知っていましたか?」
「いいえ」
「全く」
護衛二人は端的に答える。
「だ、そうよ」
「二人ともこっち側でしたか。とはいえ、本当は向こう側だったとしても、この場はそう答えるでしょうけど……」
クリスくんは二人に疑いの眼差しを向けたままだ。
「私の護衛を疑うの?」
「すみません。疑心暗鬼になってましてね。まあ、護衛任務がメインの第一分隊が、関わっている必然性もないでしょう。気を悪くさせたら、すみません」
姫様はため息をつく。
「まあ、いいわ。それで? クリスを指名手配した連中が向こう側かしら?」
「あるいは、その上が、だね。末端は知らされて居ないかも」
「……クリスの言う通りだとすると、確かにかなり大規模な情報統制ですわ。一般人では無理。悪党でも難しい。帝国の権力を握る高級官僚……ともすると、大臣が裏で手を引いてる可能性もありますわね。とはいえ、その理由はさっぱり分かりませんが。その人物……あるいは組織は、どうしてそんなことを?」
うーん、と姫様は頭を捻る。
「仮説として考えられることは2つ。1つは宇宙船帰還が知れ渡ると、その人物が損をするから」
クリスくんは人差し指を立てる。
「損って? 具体的には?」
「それが分かれば苦労はしません。そして2つ目は、レイジーの存在を隠したかった。隠して、表に出せない非人道的な実験をしたかった。現に彼女は僕が面倒を見る前に、相当酷い実験を受けています」
クリスくんは次いで中指を立てる。
「……クリス、それは本当なの?」
「ええ。レイジーの特異な回復能力が無ければ、とっくに彼女は死んでいたでしょう。少しですが、その記録も見ることができました。内容はあまり言いたくありません」
「それほどってことですか。胸クソですわね……」
姫様は暴言を吐く。ミヤナギさんがちらっと姫様を見たが、何も言わなかった。
「とにかく、理由は不明ですが、これらのことは隠され、秘密にされていました。僕としては、父さんとレイジーの関係を疑問に思って、ライブ当日の人が出払った隙きを突いて高セキュリティの部屋に侵入しました。何か隠されてるんじゃないかと思いましてね」
(それが、ライブ当日にやらなくてはならなかったことか)
「そうです。実際、先輩もカール准教授もライブに行くと言っていたので、チャンスだと思いました。けれど、まさか、テラ・マーテル号があるなんて思いませんでしたよ」
はははと、彼は空笑いする。
「……それで、クリスは、秘密を探ろうとしているところをタカヤナギ教授に見つかったの? 見つかって……口封じのために、タカヤナギ教授を、殺しちゃったの?」
「それは、半分当たりで半分外れです、アンナさん。教授に見つかりましたが、殺したりはしませんよ。僕の恩師ですよ? むしろ、教授は僕を庇ってくれたんです」
「クリスを庇って……?」
「それは、どういうことかしら?」
悲しそうに彼は語る。
「経緯は違えど、タカヤナギ教授は僕と同じような疑問を思っていたそうです。そして、ライブ当日、奇しくも同じようにチャンスと見て教授も高セキュリティ部屋に侵入しました。そこで僕らはばったりと遭遇したんです。教授に見つかったときは焦りましたが、味方だと判って安堵しました。けれど、僕たちの侵入に気づいた人が別に居たんでしょう。教授は撃たれ、僕は彼に庇われるように研究塔から逃げ出しました。教授が引きつけたのか、僕を追う人間は居ないようでしたが、すぐに追手が来ると思ったので、この秘密基地に隠れていました。すみません。そういうわけで、ライブには参加できませんでした」
彼は目を伏せて謝る。しばらく、みんな黙ったままだった。
静寂を断つように、レイジーちゃんがクリスの傍に歩み寄る。
「クリス。リーアのライブ、すごかったよ」
「……そうですか。それは、良かったですね」
「今度、クリスも一緒に行こうね」
レイジーちゃんはいつものように笑う。そんな彼女の無邪気な様子に、周りの空気が少し軽くなった。
(うん。感動のライブだったな)
「VIP席だったしねー。チケットを貰った張本人がいないのに、すごい楽しんじゃったよ、私」
「そうそう。あ、ソフィ様もVIP席に来たんだよ」
「え、あれだけファンの矜持を主張しておいて、皇族特権を使ったんですか?」
「う゛。……逆よ逆。リーアに迷惑をかけないように、VIP席に収まったの」
「一般席は駄目。警護できない」
「そういうことですか」
「俺も行きたかったな……。ギータ副長め……」
恨めしそうにラインハルトが呟いた。
(秘密基地って行ってたけど、ここって何なの? 確かにここならそう追手はかからないだろうけど)
「父さんが子供の頃に見つけた場所だそうです。帝都探検をしていて偶然発見したんだとか。僕も幼い頃、何度か連れてきて貰ったので覚えていたんですよ」
そうだったのか。
「え! この部屋にオスカー隊長が来てたの! じゃあ、この毛布とかって……」
手に持った毛布をベティさんは見せる。
「え? ああ、それは父さんが昔使ってたやつですよ」
「やっぱり! オスカー隊長の香り! あー、クンカクンカー!」
ボロ布のような毛布で顔を覆い、ベティさんは思いっきり匂いを嗅ぐ。
「それ、十数年間ここに放置されてましたけど……」
ぼそりとクリスくんはつぶやいた。
「カビ臭ーい!!」
途端にベティさんは顔を顰め、毛布を思いっきり布団に叩きつけた。
ク「ベティ姉さんはご存知の通り、父さんのこととなると見境なくなる……」
ラ(え? そうなの?)
レ(あ、ハルっちにバレた)




