クリスの決意
クリスは地下に設けられた部屋の中にいた。迷路のような地下水路の奥の奥。そんな誰からも隠されたような場所である。薄暗く、湿気の多いその部屋は、人が長い時間過ごすには随分と不向きであった。
床に置いた携帯式の灯りで部屋は照らされている。部屋には彼以外誰もいない。粗末な寝床と机があるだけであった。
「……寒いな」
知らず知らずのうちに、彼は独り言を呟く。もう一週間以上も彼はこの環境で暮らしていた。寝床の毛布を引っ張っりだすと、それにくるまる。
ライブのあった日の夜から、彼はこの部屋に居た。好き好んで、というわけではない。追手から逃れるため、仕方なく彼はここに避難したのだ。
「僕に父さんみたいな力があったらな……」
この言葉には、多くの意味が含まれていた。もしも、クリスに『先祖返り』の力が備わっていたらーー。
父親と一緒にガイアへ行っていたかもしれない。
ラインハルトのように、帝都を襲うモンスターたちを撃退していたかもしれない。
そして今、こんなところに身を隠して居ないかもしれない。
彼は自分の腕を見る。研究者の細い腕がそこにはあった。ぐっと力を込めるが、こんな力では黒虎はおろか、黒鼠にすら対抗できないだろう。
彼は父親ではない。どれだけ父親に似ていようと、彼に『先祖返り』は発現しなかった。
「それでも、僕は僕なりの最善を尽くすーー」
彼は決意を口にする。指名手配されたその日、とある事実をーー帝国が隠していたその事実を知ったときから、彼は決めていた。そのためにもまずはーー。
「この国から脱出しないといけない」
そう呟いた直後、部屋の外に人の気配を感じた。慌ててクリスは灯りを消して、息を潜める。
(追手か!? どうしてここが分かった!? ……ともあれ、居場所が割れているなら選択肢は二つに一つ。潔く諦めるか、それとも……)
彼は懐から武器を取り出す。スイッチを入れると、火花が散った。スタンガンである。
(戦うか)
唯一の出入り口である扉の影に、できるだけ物音を立てずに移動する。動向を伺うために、彼はそっと壁に耳を当てた。
「ーー」
「ーー」
くぐもった人の声が聞こえる。内容は分からないが、会話しながらこちらに近づいているらしい。追手がこんなにうるさく近づいて来るだろうか、とクリスは訝しがる。
「ーー、もう少……」
「う……。匂が……」
「あ……。レイジー。待っ……」
(うん? レイジー?)
聞き慣れた名前に彼が反応を示した瞬間、
「クリス! 見つけた!」
勢いよく扉が開き、レイジーが部屋へと飛び込んできた。彼女は部屋の中央で立ち止まり、キョロキョロと辺りを見回す。
「……あれ、クリスどこ?」
「レイジー、ちょっと待ってって……」
次いで、息を切らせたアンナが入ってくる。
「アンナ、クリス、居ないよ?」
「え? どういうこと、悪霊さん」
(ちょっと待って……。あ、アンナ。扉の後ろ)
「扉の後ろって……あ」
アンナが確認すると、扉と壁に挟まれて、クリスは失神していた。
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このペースなら三章の終わりまでには達成できそうです。
これからものんびり投稿していきます。




