ライブ
ライブ当日が訪れた。ライブは仕事の終わった時間帯に、三時間ほど開催される。そのため、ベティさんとアンナも問題なく参加できるとのことだった。
「僕はちょっと用事があるので、後で合流しますね」
クリスくんは俺と準備を終えたレイジーちゃんにそう告げた。彼女の服装は以前クリスくんが可愛いと褒めたものである。手元には猫のようなぬいぐるみも置いてあった。外で俺と会話するときの目印にするらしい。
「えー、後で来るよね」
「もちろん。ソフィが迎えに来るはずだから、彼女と待ち合わせに向かってね。そこにベティ姉さん達がいるはずだから」
口を尖らせる彼女をクリスくんがなだめる。彼女はしぶしぶ「分かった」と頷き、出ていく彼を見送った。
しばらくして、ソフィと護衛の二人がやって来た。今日の護衛はミヤナギさんと、顔は知っているが名前の知らない人だ。黒虎騒ぎのときに皇帝をお姫様抱っこしてダイブした人である。背の高い軍人さんだ。
ソフィ嬢はクリスが遅れることを知ると、「これだからあの子は……。せっかく父様たちに協力してもらってVIPチケットを入手したというのに……」とため息をついた。
「まあ、そのほうがいいんじゃないですかね。一国の姫様がお忍びでライブに行くほうが問題でしょう」
「う……。ギータも父様や兄様たちと同じことを。でもそれは私の信念に反しますの」
「そりゃあ、ソフィ様の信念はご立派です。ですが、守るほうの身にもなって下さいよ。万一、ソフィ様が怪我でもしたら、私達護衛はもとより会場のセキュリティまで責任を問われ、ひいてはリーア様にまで迷惑をかけることになりますよ」
「それはーー、分かって、ますけれど……」
だんだんと声量が尻すぼみになり、彼女はため息をついた。ギータと呼ばれた軍人も「失礼しました」とそれ以上小言を言うことは無かった。
「ごめんね。レイジー。それじゃあ行きましょうか」
「うん」
彼女は笑顔を浮かべると、気を取り直してレイジーと一緒にライブ会場へと向かった。
「え。クリス来ないの?」
「遅刻するってー。はい、これチケットね。クリスから預かってた」
「まったく、しょうがないですわよね……」
「な、なんで姫様がここにー!?」
会場近くの待ち合わせ場所にはすでにベティさんとアンナが居た。そこにレイジーを連れたソフィが合流する。姫様と面識があったのか、ベティさんは驚いたもののすぐに落ち着きを取り戻し、一方でアンナは緊張で硬直している。
「そんなに固くならないで下さいな。確か、クリスのお友達、でしたよね。私、彼とは幼馴染なんですの」
「そ、そうなんですか……。あ、いえ、はい。私はアンナと申します。クリスはそんなこと一言も言ってなかったので、とても驚きました。え、えと、レイジーとも知り合いなんですか?」
「ええ。彼女とは先日お友達になりましたの。アンナさんも私と仲良くして下さいね」
「も、もちろんです」
緊張をほぐそうと姫様が声をかけたのだが、アンナは余計にガチガチになっている。逆効果だな。
「なんだ。誰かと思ったらエリザベスか。久しぶりだな。軍服を着てないから一瞬誰か分からなかったぞ」
「これはギータ副隊長。お久しぶりです。副隊長自らソフィ様の護衛ですか?」
「そうだよ。俺もリーアの生歌が聞きたかったからラインハルトに代わって貰ったんだ」
「……それ、ラインハルトに恨まれませんかね?」
「お土産にサイリウムでも渡せば大丈夫だろ」
はっはっはとギータと呼ばれた軍人は笑う。火に油を注ぎそうなお土産だ。
「最近、よく会うね」
「そうねレイカ。でも、そろそろまた遠征が入るから、しばらく会えないと思うわ」
「そっか。残念」
ミヤナギさんがベティさんも軽い挨拶を交わしている。俺も挨拶をしておこう。
(おっす、アンナ。元気してる?)
「ん? この声……悪霊さんか。ねえ、なんでクリス居ないの? 姫様と同じ席だなんて聞いてないよ」
(用事があるって言ってたけど、詳しくは聞いてない)
「あーもー、クリスの馬鹿ー。姫様と何話せばいいの……?」
(俺も話せないけど割と気さくな人みたいだし、普通に接したら?)
「無茶言わないでよー」
アンナは眉根を寄せてため息をつく。「どうしました?」とソフィさんが訝しがるが、「何でもないです」と彼女は誤魔化していた。小声で話していたが聞こえてしまっていたか。
「さて、人も集まったようですし、そろそろ向かいましょうか。もう開場していますし、クリスは席で待ちましょう」
ソフィ嬢の号令で俺たちはライブ開場へと向かう。だんだんと道に人が多くなる。ほとんどがライブ開場へと向かうのだろう。
「けっこう、知人が居ますわね」
「そうですね。まあ、歌姫リーアの生歌が聞けるのであれば、大枚叩いてでもって人も多いでしょう。あ、あそこにアキレス軍団長が居ますよ」
「え、ギータさん、本当ですか。ちょっと見えないように影に入らせて下さい」
「それは難しいんじゃないかな……」
ベティさんは身を屈めて、ギータさんのそばに移動する。ただ、いくらギータさんの背が高いとはいえ、平均より高身長のベティさんの身を隠せているか甚だ疑問であった。
俺に知り合いは少ないけと、確かに見知った人が何人も居た。エイビス研究所に務めている人も多い。名前を知っている人だと、コバヤシ先輩とカール准教授が居た。ふたりとも女性と一緒だ。あ、あの女性、この前ラブハリケーンでスカート捲ろうとした人だ。
ライブ会場は巨大なホールだった。皇帝が演説をする場でもあるらしく、収容人数は数万人を上回る。俺たちが通されたVIP席は上方よりステージと一般席を見下ろすことのできる特別席だ。ここまでのルート含めて一般席とは隔絶されており、場所も専用の部屋である。
「すご……こんないい席で、いいのかな?」
「構うことはありませんわ。私達が座らなければ、どうせ誰も座らない場所ですのよ。私も、最終的には『VIPの知人』ということでここに入れましたし」
「そ、そうなんですか」
「うわー。人がいっぱいいるー」
「レイジー、窓に近すぎよ。額がくっついてるから……。ああ、痕になってる」
「これは、一般席での護衛は無理ですな」
「そう、ね……」
みんな口々に感想を漏らす。
「お気に召して頂いて何よりです。何かありましたら申し付けください。」
そう一礼して笑顔の案内人は出ていった。VIP部屋は人数分のゆったりとした席と、小テーブルが置いてある。案内人に言えば飲み物や軽食も持ってきてくれるらしい。下の一般席とは随分と違う。一般の最前列でもここまでの待遇はされていない。本当に天と地ほどの差があった。
「こんな席を確保した張本人が遅刻とは……。本当に、間に合うんですの?」
腕時計を確認して姫様が言う。
「分からない。ごめんね、ソフィ」
「ああ、謝らないで、レイジー。あなたは別に悪くないわ。全部クリスが悪いのよ」
しゅんとなるレイジーちゃんを姫様は慌てて宥める。
「それにしても、レイジーはいつの間に姫様と仲良くなったの?」
「ときどき、遊びに出かけたよ。ね、ソフィ」
「ええ。レイジーは手のかかる妹みたいで、一緒に居て楽しいですわ。クリスとは大違い」
「ああ、クリスって生意気なところありますもんねー」
「ええ、全く」
レイジー、アンナ、ソフィの三人娘がかしましくなる。アンナの緊張も解けて来たようで会話は弾んでいった。
そうこうしているうちにライブ始まる時間となった。会場のライトが徐々に絞られ、会場全体は暗闇と包まれる。困惑の声が静寂になった瞬間、軽快な音楽が響き始めた。
「あ、始まった」
レイジーちゃんの一言とともに、スポットライトがステージを照らす。そこには着飾ったリーアが居た。マイクを片手に観衆へと手を振っている。どよめきと喝采がステージを震わせ、それを合図にリーアのワンマンライブが始まった。
そこからの三時間は感動の嵐だった。響く強烈な歌声。音と光の魅力的な演出。息をもつかせぬ連続パフォーマンスに、観客は瞬きするのも忘れたようにただただステージへと見入っていた。
VIP席のみんなも同様であった。もはやクリスの存在は意識の片隅へと追いやられ、姫様は感涙し、レイジーは音楽に合わせて身体を動かし、それ以外の面々はただただ圧倒されていた。ライブが終わったそのときには、俺を含め全員が放心状態になっていた。
「はー、すごかった、ね」
「……うん。想像の何倍もすごかった」
(はー。思わず息するのも忘れてたわー。……あ、俺、死んでるんだった)
「良かった……。ラインハルトと交代していて本当に良かった……」
「……う、ぐすん、……ほんほうに、ふごかった、れすわね」
レイジーちゃんの一言をきっかけに、みんな口々に感想を漏らす。姫様に至っては感動のあまり呂律が回らなくなっていた。
「これは誘ってくれたクリスに感謝しないと、だねー」
「本当に、そうですね。……あれ、結局、クリスは?」
アンナは当たりを見渡すが、クリスくんの席は空席のままだ。
「誰も、来てないよ」
案内人にも確認したミヤナギさんが、そう答える。
「本当にクリスはまったく……。リーアのライブよりも重要な用事ってなんなのかしら」
「クリス、可愛そうー」
「そうね。せいぜい彼に『リーアの歌声はすごかった』と自慢してあげましょう」
姫様は微笑んでレイジーちゃんに言う。
「あの、先に退出なさいますか? 一般チケットの皆様より先に出ることもできますが……」
案内人が声をかけてくる。これ以上遅れると混雑に巻き込まれるということだろう。
「そうね。そうしましょうか」
姫様の一言で皆、帰り支度を始める。
(あ、アンナ。俺ちょっとリーアに挨拶に行ってくる。顔見知りだし)
「そっか。たしか、悪霊さんもクリスと一緒にチケット貰ったんだっけ。了解。レイジーとベティさんに言っとく」
(頼んだ)
俺はみんなと別れて、リーシャの楽屋を探し始めた。
(あ、見つけた)
リーシャはホールの裏手にある一室でソファにうつ伏せに突っ伏していた。近くには化物マネージャーとセイくんもいるが、会話はない。大分お疲れのようだ。
(リーシャ。お疲れ様。ライブすごかったね)
「……。その声、悪霊さん?」
(そう。挨拶に来たんだけど……今、大丈夫? お疲れなら帰るけども)
彼女はソファの上で器用にぐるんと回ると俺の方を見た。
「……マネージャー。ちょっと疲れたからセイとふたりきりにしてくれる? ついでに飲み物でもお願い」
「リーシャ……? そうね。分かったわ」
そう言ってマネージャーは外へ出て言った。
「セイ。聞こえた?」
「ええ、聞こえました」
(あれ? 君にも俺の声が聞こえるの?)
「はい」
セイくんは肯定する。そっか。じゃあ、彼にはあの日の最後の挨拶が聞こえていたんだな。
「リーシャ、再び会って確信しました。僕の知り合いに悪霊さんのような人は居ません」
「……そっか」
(はっはっは。俺のような存在はそうそう居ないよ)
「ふふふ、そうだね」
リーシャは疲れからか、ぎこちなく笑った。
「悪霊さん来てくれてありがとねー。どうだった? 私の歌」
(もう、すごかった。身体がない代わりに、心が震えたね)
「ふふ。ありがと」
(あと、クリスくんなんだけど、ちょっと用事があったらしくて来れなかったんだ。ごめん)
「そっか。それは残念。わざわざ伝えに来てくれたの? ありがとね」
残念と口にしつつ、彼女に堪えた様子は見られない。売ってもいいと言っていたし、こんなものか。俺たちは来れなくなった知人の代わりらしいし。
それから二、三言葉を交わして、挨拶の済んだ俺は帰ろうとする。
「あ、悪霊さん。クリスに伝えて欲しいんだけど」
(ん? 言伝か?)
「うん。『もし困ったら、バラクラードまで来て』って。私、そこが本拠地だからさ。何か困ったことがあったら力になるよ」
そう言って彼女は笑う。
(力になるって……。そんなにクリスくんのことを気に入ったの? あ、それとも恋でもしちゃった? ダメだよ。クリスくんには先約が居るもの)
「あー、そういうことじゃないんだけど……。まあ、頭の片隅にでも入れといてよ、私とセイのことを、ね」
セイくんの方を見ると、彼もうんうんと頷いていた。
(よく分からないけど、伝えればいいんだな。分かった。伝えておく)
「よろしくね」
そう言って彼女は手を振る。俺は今度こそ二人と別れ、ライブ会場を出た。外はまだ人がごった返しているが、すり抜けのできる俺には関係ない。スススと移動して、俺はクリスくんの部屋へと戻った。
彼はまだ部屋に帰っていなかった。まだ用事が終わっていないのだろう。リーアのライブをすっぽかすほどの用事とはどんなものなのかな。聞いておけばよかった。クリスくんも、当日まで何も言わずに「用事がある」だもんな。前もって言ってくれたら良かったのに。まあ、彼が帰ったら聞いてみよう。ついでにリーシャのライブを自慢しまくろう。黒猪のときのお返しじゃ。
俺はライブの自慢話を考えつつ、彼の帰りを待つことにした。
しかし、翌日になっても彼は戻ってこなかった。なぜならば、俺の知らない間に彼は大きな事件に巻き込まれていたからだ。
エイビス研究所では、タカヤナギ教授の死体が発見され、重要参考人としてクリストファー・レイネットが指名手配されていた。
もう一本連載を始めます。全部で二十話程度になる予定です。
お暇つぶしにでもどうぞ。
『グッドラック ステータス』
https://ncode.syosetu.com/n2433fd/
■追記
ステータスはエタリ中です。悪霊を書ききったら続きを書きます。




