諸月の時期 後日談
お読み頂きありがとうございます。今回で100話目の投稿となります。
2章はまだ前半も終わっていませんが、引き続き地道に投稿していく予定です。
これからもどうぞよろしくお願い致します。皆様の暇潰しになれば幸いです。
結局、8日目の夜はそれ以上の騒動は起こらなかった。新たな黒虎や黒狼が発見されることもなく、黒鼠もすべてが討伐された。ただ、黒鼠の捜索に時間がかかってしまったので、避難勧告が解除されたのは翌日のお昼頃であった。停電はその頃には復旧していた。
俺たちはお城の一角で一夜を過ごした。なぜか知らないが、お姫様はレイジーちゃんに興味津々であった。レイジーちゃんの言動は敬語も礼儀もお姫様に対するそれでは無かったが、逆にそれが気に入ったらしい。帰る頃にはすっかり仲良くなっていた。
クリスくんは、アンナとケイトにレイジーちゃんとの関係を問い質されていた。クリスくんは「詳しいことは言えない」と「そんなんじゃないです」を繰り返し、アンナとケイトは「またまた〜」とか「本当は〜」と前置きしてクリスくんの本音を引き出そうとしていた。ときどき俺も加勢したが、いい加減クリスくんが切れそうになったのでこの話題は終了した。
アルはしばらくトイレから帰ってこなかった。実は怪我を隠しているんじゃないか心配になったので、こっそりと様子を見に行ったら彼は自分のパンツを洗っていた。少し失禁していたらしい。恐らく黒虎に向かい合ったときだろう。俺は彼の秘密を心の奥にしまった。
アンナ達とはお城で別れ、俺達はクリスくんの部屋に向かう。彼は実験塔に直接行こうとしたのだが、レイジーちゃんがクリスくんの部屋を見たいとごねたのだ。レイジーちゃんはひとしきクリスくんの部屋を物色するが、なかなか帰りたがらない。なんとかクリスくんが宥めて連れ帰ろうとすると、「クリスくんの作ったご飯を食べたら帰る」と彼女は言い出した。多分、俺がクリスくんのつくる料理は美味しいと彼女に伝えたせいだな。彼の料理を食べ終えると、ようやく満足したようで、彼女は大人しく実験塔へと向かった。
九日目と十日目の夜は特に事件は起こらなかった。遠くで断続的に大砲の音がしていた程度だ。翌日も同様であった。やがて、欠けた月が夜空に浮かび、照らす光は鈍くなる。
こうして諸月の時期は終わりを迎えた。
帝都の被害状況
・軽傷者 多数
・重傷者 9名
・死亡者 1名
重傷者は帝都に侵入したモンスターによるものがほとんど(1名は大砲に驚き骨折)で、死亡者は避難勧告を無視して家に残っていた男性だ。家にいるところ、運悪く侵入された黒虎に襲われたらしい。
「そのことなんだけどね。特別に裏話を教えてあげよう」
そう言ってベティさんは顔を寄せる。内緒話をしたいようだ。
ここは帝都にあるカフェの一角。ベティさんとクリスくんはテーブルに向かい合って座っている。店内は混み合って人が多い。話を聞かれないよう、俺とクリスくんは彼女の顔に耳を近づける。
「どうやらその男性。モンスターの密輸入をしていたらしい」
(密輸入……? 何のために?)
「モンスター同士を戦わせて見世物にしたり、一方的に嬲るため。昔は黙認されてたんだけど今では禁止されてる」
「なるほど。それでその男性は黒虎を仕入れたんですね」
「その通り。前に私が戦った黒虎は、捕まった黒虎を追ってきたんだと思う」
(追ってきたってことは仲間だったのかな。あるいは家族か)
「黒虎は群れをつくらないし、恐らく家族だろうね。両方共メスだったから、親子か姉妹かな」
「じゃあ、その男性が死んだのも……」
「運悪くじゃなくて、自業自得だね。いい迷惑」
そうか。辺境から追ってきていた黒虎は、家族を助けたい一心でここまで来たのか。
「そうだね……」
テーブルの空気が少し重くなる。そんな空気を取り払うように元気な声が響いた。
「クリス、ここに居た!」
「あ、レイジー」
「レイジー、ちょっと、注文はどうするんですの?」
レイジーちゃんがテーブルの傍までやって来た。カウンターでは姫様であるソフィが大声で彼女を呼んでいる。
「何があるの?」
「いっぱいありますわ。メニューを見て自分で選んでね」
「うん!」
レイジーちゃんはソフィのもとへと向かう。
(まあ、レイジーちゃんが外に出られるようになったんだし、いいこともあったんじゃないか)
「……そうですね。まさか彼女がソフィと友達になるとは思いませんでした……」
クリスくんは苦笑いを浮かべる。
諸月の時期終了後、クリスくんはカール准教授と話をした。
「まさか、皇帝陛下直々に呼び出されるとは思わなかったな……」
乾いた声でそうカールさんは呟いたそうな。なんでも、彼は呼び出された席でレイジーちゃんの研究について一通り説明した後、皇帝から彼女を外出させるにはどうすればいいか聞かれたらしい。もちろん彼は危険だからとやめたほうが良いと進言したそうだが、しかし皇帝はめげずに「第一分隊隊員に準ずる者の監視下ならば」という妥協案を提案してくる。
結論ありきの議論だと悟った彼は、「そこまで仰るなら」と合意したらしいが、「どうして皇帝が彼女にそこまで執心するのだ?」という疑問はついに聞けずじまいだったらしい。その理由をクリスくんにも尋ねたらしいが、彼は曖昧に答えたという。
「まさか、『姫様がレイジーを気に入ったから』だなんて、答えられないよな……」
「あら、何か言いました?」
クリスくんの独り言に、トレーを持った姫様が答える。ケーキとコーヒーがひとつずつ載っていた。背後にいるレイジーのトレーにはケーキが3つとコーヒーがひとつ載っている。
「いえ、何も。ソフィ様とまた話せる機会が来るなんて思いませんでしたよ」
「ソフィでいいと言ったはずです。オスカーさんの息子と呼びますよ?」
「失礼しました、ソフィさん」
「敬語」
「……失礼、ソフィ」
「ふふ、それでいいのです」
「ソフィも敬語じゃないか」
「私はもう染み付いてしまっているので。このほうが喋りやすいんですの」
ソフィは笑顔を浮かべると、ベティさんの隣に座った。クリスくんの隣にはレイジーちゃんが座る。
「どもっす」
「久しぶり。引き継ぎね」
姫様の護衛二人がベティさんに挨拶する。ラインハルトとミヤナギさんだ。
「言葉遣い。お前はヒラ」
「おうふっ!」
ミヤナギさんの拳がラインハルトの脇腹に当たる。すごい音がした。彼は懸命に苦痛に耐えている。表情が変わるだけで、姿勢が崩れたりしないのは立派だ。
「す、すいませ、ん。エリザベス隊長。お久しぶりです」
彼は何とか言葉を絞り出す。
「ハルっち久しぶりー。私は休み中だから敬語じゃなくていいよ」
ベティさんは気さくに答える。二人は顔見知りなのかな。
「だってよ、ハルっち」
「ミヤ姉さん……俺、殴られ損じゃないですか?」
「後輩を躾けるのは先輩の役目」
「……」
ラインハルトは苦虫を噛み潰したような表情で黙ってしまった。
「ミヤナギさん。レイジーがご迷惑をおかけしませんでした?」
「ん。大丈夫だった」
「そうでしたか。それは良かった」
午前中、レイジーとソフィさんは二人(+護衛二人)でショッピングへと出かけていたらしい。レイジーちゃんの服は新しくなっているし、髪も綺麗に切り揃えられている。
「クリス。そんなことより、レイジーに言うべきことがあるんじゃないかしら?」
ソフィさんはクリスくんに目配せする。
「ん? ああ。レイジー、服似合ってるね。髪もそっちのほうがいいね」
「……いい?」
「うん。いいね」
「……可愛い?」
「……う、うん。可愛いよ」
えへへーと彼女は嬉しそうに笑う。
「……惜しかったわね」
「うるさいな」
クリスくんは顔を背けてコーヒーを飲む。
「ソフィ様。そろそろ」
「あら、もうそんな時間かしら。ちょっと待ってね、あとケーキ一口」
ミヤナギさんが時計を示しつつ声をかける。ソフィさんは慌ててケーキを口の中に入れ、コーヒーで流し込んだ。
「それじゃあ私は行くわ。レイジー、また遊びましょう。クリス、ちゃんと彼女の面倒見てあげなさいよ」
そう言って彼女はお店を出ていった。ミヤナギさんも彼女に続く。ラインハルトは「これ荷物です」とレイジーちゃんのものと思しき大きな買い物袋をベティさんに渡し、二人の後を追っていった。
(お姫様、やけにクリスくんに親しげじゃなかった?)
「あれ、言ってませんでしたっけ。僕と彼女は幼馴染ですよ」
そうだったの? まあ、英雄の息子と皇帝の娘だし、接点がないことも無いか。
(それにしてはお城に避難したとき仲良さそうに見えなかったけど)
「まあ、実際仲はあまり良くないですから」
(幼馴染なのに?)
「それ、関係あるんですか?」
あると信じている。俺に幼馴染はいないけど。
「あのときはレイジーの怪我もあってソフィも動転していたようですよ。それでも、それなりに会話はしていたんですが……。ああ、そういえば彼女と話しているとき悪霊さんはアルの様子を見に行ってましたね」
あ、なるほど。俺が居ないときにお姫様と話してたのね。
そうかクリスくんはお姫様と幼馴染だったのか。
(ーーん? これ、もしかするとお姫様ルートあるのでは?)
「無いですよ。彼女、許嫁がいますから」
俺の意図を察知したクリスくんが答える。
(そうなんだ)
「相手は属国の王子らしいです。もう少ししたら結婚するんじゃないですかね」
ほうほう、それならクリスくんとレイジーちゃんの邪魔になることはないな。
「結婚って何?」
クリームて口元を汚したレイジーちゃんが不思議そうに尋ねた。




