黒き聖獣の物語
ある嵐の夜。
一つの家に迷い込んだ一匹の黒き獣。
漆黒の牙に、漆黒の体毛。
そのものはただの動物ではなく、魔物であった。
誰が予想できただろう。
雷に打たれ震えるその子犬の様な獣が、世界を恐怖で震え上がらせ、人々を襲い続けている魔物だなどと。
後に朝の騎士となる少年に見つけられ、その小さな腕に抱きあげられた動物が、嬉しげにその頬をなめる子犬が、邪悪の化身であろうなど誰が想像できただろう。
それからの月日。
黒き獣は少年の傍にいつでも寄り添い、共に日々を過ごして成長した。
けれども、魔物と人との仲は認められず、良き日々は長く続かない。
数年と経たぬ内に、黒き獣と少年の絆は、周囲にいた者達によって当然の様に引き裂かれてしまう。
黒き獣は夢を抱いていた。
大人になって騎士となった少年のその傍に立つという……決して叶わぬ夢を。
成長するにしたがい、黒き獣の心の内では、人々への敵意と憎悪が膨れ上がる。
そしてその内に、抑えきれぬ感情の奔流に従い、求めるがままに暴力を振るうようになってしまったのだった。
騎士の隣で振るわれる事を夢見た牙で、幾百もの人々の命が儚く散っていき、幾千もの犠牲が出た。
けれどそんな獣の前に、成長した少年が立ちはだかる事となる。
その隣には、白き聖獣を従えて。
叶わぬ願いを抱きながら少年の手にかかった獣は、自らの牙を砕いて聖獣に差し出した。
魔物の力のこもったそれを、自分の代わりに傍に置いて欲しいと。
少年は涙ながらにその牙に誓った。
永遠に傍に。
すると白かった聖獣の体は、見る見るうちに夜よりも濃く黒く変化していった。
白き聖獣は黒き聖獣になり、その隣には少年だった朝の騎士が並ぶ。
それはまるで、黒き獣がいつか抱いた夢の光景そのものの様だった。
そうして、魔物の力を受け取った黒き聖獣は、その力を振るい長く少年の傍に寄り添い続けたのだった。