表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

非通知にはお気を付けを。2

作者: ワカバ タクミ

もしもし? 私メリーさん。今〇〇駅にいるの。これからあなたの家に行くね」


   ブツリ、プー、プー。 


   木曜日の午後八時半。バイトを終え、晩飯も食べ終え、××アパートの9号室で漫画を読んでいた俺のスマホにかかってきた非通知の電話は、こんな内容だった。 

  少し舌足らずな女の子の声で、日常会話のように淡々とした口調。まあ、いたずらだろう。それにしても、こんな時代でまさかメリーさんの都市伝説を聞くことになるとは思わなかった。

  「そんなもんよりたまに部屋に出るGとかチューとかのほうがよっぽど怖いつーの。てか嫌」

  ぼろいせいか、時々出るんだよなあ。箪笥の後ろからちょこっと覗いてた時もあったし。Gの恐ろしさと、〇キジェットの偉大さを初めて感じた、十九の春。

  派手な赤色のスマホを置いて漫画に再び目を落とす。

 くあ、と欠伸が一つ、口から漏れる。まだ早い時間だけど、今日は結構忙しかったせいでもう眠い。寝ちまうか。明日は一日暇だし、とっとと寝てしまって洗濯やら洗い物やらは明日に回そう。よし、寝よう。読んでた漫画を閉じ、布団を敷こうと立ち上がった時だった。


 プルルルルル


 スマホが鳴った。今度は誰だ?スマホを拾い上げて見れば、また非通知。またかよ。こっちは眠いってのに。

「もしもーし?」

「もしもし、私メリーさん。今△△服屋の隣の、青と白のコンビニの前にいるの」


 ブツリ、プー、プー。


 電話はそれで切れてしまった。なに、いたずら? まあいいや。子供の遊びに付き合ってる暇はない。俺は眠いのだ。


 プルルルルル


 イラッ

 ブツリ。←スマホの電源を落とした音。


 プルルルルル


 しつけえ! てかどうなってんの!? ああもう、どうすりゃいいんだよ。 喧しく鳴り続けるスマホを他所に、完全に眠気が飛んでしまった頭を回す。電源落としてもだめなら、向こうが折れるのを待つか、それとも……。

 ふと、アイデアが浮かぶ。いや、さすがにこんなのじゃ……いや、他になんも思いつかないからこれでいいや。名付けて……

「もしもし、どちら様?(裏声)」

「もしも……あれ? え、えっと、小林 日向さんですよね?」

「いえ? 私は佐藤ですよ?(裏声)」

「す、すいません! 間違えました!」


 ガチャリ、プー、プー。


 人違いでした作戦だっっ!!

 そのまんまだね。てかどうやって俺の名前知ったんだろ。


 プルルルルル


 まあいいや、もっかいやろ。

「あん!? 誰じゃいワレェ!!」

「!? ご、ごめんなさい!」

 ガチャン! プー、プー。


 ……ちょっと楽しくなってきた。

 そのまま調子に乗った俺は、

「Hello! Who am I speaking to?(どちら様でしょうか?)」

「……そ、そーりー」

 カチャリ


 何度も、

「はいもしもし! こちら赤犬宅急便です! ご注文でしょうか?」

「……ごめんなさい、間違えました」

 カチャリ


 何度も、

「ハハッ、僕だよ!(高音)」

「……す、すいません」

 ガチャリ


 幼女をだまし続けた。

「もしもし、私花子。今あなたの後ろに……」

「きゃあああああ!!」

 ガチャン!


 そんなことを十回ほど繰り返し、こちらのレパートリーが無くなったところで、幼女からの電話はかかってこなくなった。


 勝 っ た ぜ。


 さあ寝よう。スマホの時間を見れば八時三十五分。そんなに経ってないな。勝利の余韻に浸りながら、布団を広げて、電気紐を引こうとしたそのとき、


 プルルルルル


 再び鳴るスマホ。わお。すごい執念。次はどうしようかなと考えながら、通話ボタンを押す。


 ガチャリ

 ん? 玄関開いたか? 

 体を玄関に向ける。

「もしもし、私メリーさん。今、あなたの後ろに……」

 だから、後ろにいた何かに躓いてしまった。

「うわっっと痛てええ!」

「きゃっ痛ああ!」

 背中に痛みと、硬い何かの感触。俺、布団の上何も置いてなかったよな? てか誰の悲鳴?

 体を起こして布団の方を見る。そこには、黒いダイヤル式の電話を待った、腰まである長い金髪の、ゴスロリドレスを着たかわいい女の子がいた。

「え、君誰? てか、どうやって入ったの?」

「……て」

「え?」

「いい加減にして!! メリーをいじめないでよ!」

 なぜだかすごく怒っている。俺こんなかわいい女の子になんかしたっけ。涙目なのが余計かわいい。人形みたいだなーと思っていると、

「何回同じ番号に掛けても違う人にかかるし、おかしいなーって思って無理やり鍵開けて入ったらやっぱり間違ってなかったし、やっと後ろ行けたと思ったら押しつぶされるし。ほんとにもう、お兄さん最低!」

 腕をぶんぶん振りながら、早口でまくしたてる女の子に、俺はしゃがんで目線を合わせて、話しかけてみる。

「もしかして君、本物のメリーさんなの? 今までの電話全部かけてきたのも?」

「そうだよ! 何回もかけたのに、ううー!」

 悲しそうな顔をするメリーちゃん。このままだと俺が泣かしたみたいになるじゃん。それは不本意なので、とりあえず近づいて、頭を撫でてやる。

「ごめんごめん。俺が悪かった」

「うー」

 かわいいなおい。髪めっちゃ綺麗でさらさらだし。白く幼い顔立ちに、大きめの目、宝石のようなブルーの瞳が涙で濡れている。

「ほんとに悪いと思ってます?」

「思ってる」

「二度としませんか?」

「しないしない」

 ガチャリ

 玄関のドアが開く音がする。ありゃ? 今度は誰だ?

 様子を見に立ち上がろうとすると、袖をつかまれる。

「……もう少し撫でてないと、今度は電話掛けずに来ますよ」

「ただの不法侵入だなそれ。いや君も変わんないか」

 再び撫でる。涙目で恥ずかしそうに、少し拗ねたような口調でそんなことを言われてしまえば、それ以外の行動はとれるはずがない。

「……ん」

 恥ずかしそうに、けれどちょっとだけ頬を緩めながらメリーちゃんは撫でられている。あーちょろかわいい。

 ふと、昔の雛を思い出す。撫でてやったらこんな顔してた気がするなあ。昔も今も気が強くてなあ。そんなことを考えていたから、近づいてくる足音をまったく気にしていなかった。

「兄貴お久~玄関あけっぱじゃ危な……」

「あ」

 キッチンとリビングを隔てるドアを開けたまま固まる、ショートヘアに制服姿、気の強そうな眼の妹、雛がいた。

 気まずい沈黙。

 頭をフル回転させ、状況を整理する。

 一人暮らしの男の部屋、そこで布団が敷かれていて、金髪ゴスロリドレスの幼女と十九の男が一人。誰がどう見ても、こう言うだろう。

「何やってんだこのクソゴミロリコンクズ野郎」

 変態、ってあれ違った。もっとひどかった。

 地の底から響くような声で、ゴミでも見るような目で言われた。こんな目、親父もされたことないだろうなあ。

「遺言なら聞く」

「落ち着け雛、話を聞いてくれ。これは誤解だ」

「五回!? 死ね!」

「違ゲフッ!」

 胸に蹴りが入れられた。結構痛い。

 蹴ったな! 親父にも蹴られたこと無いのに! ……あったわ。あんときの親父、なんかに取り憑かれたみたいになってたっけな。

「だ、大丈夫ですか?」

 メリーちゃんは優しいなあ。綺麗な蹴りだろこれ。痛いんだぜ?

「ちょっと、危ないからこっち来て!」

「え、わ、わ」

 心配そうに俺のほうへ来たメリーちゃんの手を引いて、自分のほうへ引き寄せる雛。なんだよ、俺を不審者みたいに扱いやがって。そうだね、雛から見れば俺不審者だね。てか黒電話大事そうに抱えてるメリーちゃん? もとは君の所為だよね? 俺そんなに悪くないよね? 

 雛はメリーちゃんに目線を合わせて、優しい声で聞く。

「大丈夫? 酷い事されたりしてない?」

「してねえよ!」

「……酷い事


 ……されました」

「おい!」

「決まり」

 ひどく冷たい声でそう言う。目つきもかなり鋭い。これはまずい。このまま行くと、社会的にも物理的にも殺されてしまう。

「ひ、雛。ちょっと聞いてくれ。一旦話し合おう。これには訳があるんだ」

 ずりずりと後ずさりながら、何とか説得を試みる俺。傍から見れば浮気がばれた夫が必死に妻に言い訳してるようにも見えるだろう。心情的には近いものがある。

「断る。とりあえず」

 俺の言葉をぴしゃりとはねつけ、指をぽきぽき鳴らしながらゆっくり近づいてきて、続ける。

「タマ潰す」

「女の子がそんな言葉使っちゃダメ! てか性別変わっちゃうから! というかメリーちゃんもなんか言ってくれない!? 俺真面目に危ないんだけど!」

「姉貴うるさい! 黙って潰されて!」

「まだ兄貴! てか嫌に決まってんだろ! 痛いじゃすまないからな!?」

「え、えっと……」

 どうしていいかわからずにおろおろしてるメリーちゃんかわいい。じゃなくてこのままだと女にされちゃう(物理)から、何とか雛を止めねえと! 

「メリーちゃん! 頼むから一から十までこの雌ライオンに説明してやってくれ! 俺が(男として)死ぬ!」 

「誰が雌ライオンよ!?」

「うう、こ、怖いよお」

「ほらクソ兄貴が話しかけるから怯えてんじゃない! おとなしく生まれ変わって謝罪しろ!」

「どんだけ都合いい頭してんだよお前!? お前に怯えてるに決まってんだろこの雌ライオン!」

「また言ったなこのクソ兄貴! もう謝っても許さないからね!」

 ギャーギャー騒ぎ合う俺たちを宥めるように、メリーちゃんがおずおずと口を開く。

「ふ、二人とも、一旦落ちついてください。私そういうことは何もされてないですから」

 それを聞いた雛がじろりと俺を睨む。なんで? それから雛はメリーちゃんのほうに近づき、

「大丈夫だからね? そう言えって言われたの? 私が来たからもう大丈夫だから」

 とまた優しい声で言った。お兄ちゃんをなんだと思ってるんだよこの妹。

「お前俺の信用無さ過ぎだろ」

「元からあんまりなかったけど、数分前に全部無くなった」

「そうかよ、雌ライオン」

「ああ?」

「あ、あの」

 メリーちゃんが口を開く。

「わ、私の話を………」

 ちょっと涙目になっている。さすがに少し落ち着いたのか雛は、

「ああもうわかった。話聞いてあげるから、兄貴一旦外出てて」

 と言った。いい案ではある。確実性が高い。

「却下」

 だが俺は即答した。二人がびっくりしたようにこっちを向く。

「兄貴やっぱりそういうことしてたの!?」

 俺に対して敵意を向けながら、雛が叫ぶ。

「違うって言ってんだろ」

「じゃあどうして……!」

「雛、聞け」

 自分でもびっくりするくらい低い声で言う。

「っ……何?」

 少しだけひるみながら、雛が聞き返してくる。

「信じなくていいから聞け。まず俺はその子を連れ込んだ来たわけじゃない。そして、結論から言えばその女の子は都市伝説のメリーさんだ。二人きりにするのは危険すぎる相手なんだよ。だから却下だ」

「……は?」

 信じられないという風に俺を見る雛。だろうな、それが当然の反応だろう。構わず俺は続ける。

「その子は、俺のフルネームも電話番号も家も知っていた。その子からの電話は電源を落としても掛かってきたし、なぜか分からんけど鍵まで開けて入ってきた。しかもその子は電話で最初〇〇駅にいるって言った。そして俺の部屋にいたのはその五分後だ。」

 こうやって状況を整理してみると、本当にこの子オカルトだな。

 動揺と困惑の入り混じった眼で説明を聞く雛。メリーちゃんのほうを見れば、黙って俯いていた。

「まあ、どれもカラクリがあれば解決できそうなもんだし、手段はいくらでもあるだろうな。まあそれは割愛。問題なのは……」

 雛の腕を引いて、俺のそばへ引き寄せる。

「俺たちがじゃれついてる間に逃げなかったこと、そして、その重そうな黒電話をずっと離さない理由は何だ? ()()()()()?」

 びくりと、金髪を揺らす。驚いたように雛は、メリーちゃんの方を見る。

「おかしいとは思ってたんだよ。なんであんなにしつこいかったのか。出ていかなかったのかってな。とっとと片づけたい理由があるのか、俺が狙いなのか。まあ、たぶん後者だったんだろうけどな。一回失敗しちまった俺じゃなくて、やりやすそうな雛にターゲット変えたってところか?」

「……」

 黙ったままのメリーさん。図星か。

「まあ、結果として俺ら無事だからいいけど、もしてめえ本気で雛を、俺の妹に手ぇ出すつもりなら……潰すぞ?」

 ありったけの敵意を込めて、そう言い放つ。念のため、雛を俺の後ろに下がらせる。

「私は、そこまでするつもり、なくて、その」

 メリーちゃんは震える声で、ポツリ、ポツリと、話し始めた。

「ただ、日向さんが構ってくれたのがうれしかったのと、撫でてくれたのがうれしかったから。あと、ルールとして、姿見られた相手は()()()()()いけないから……」

 そんなことを言った。

「「……ルール? 脅かす?」」

 華麗なるシンクロ。うれしいもんだな。 

「う、うん。この仕事はそういう感じになってて」

「「仕事!?」」

 まじかよ。メリーさんって仕事だったのか。

「だ、だから、もう日向さん達には近づきませんから……」

 涙目で、そんなことを言うメリーちゃん。てか話を聞いた感じだと、もしかして、もしかしなくても、俺結構恥ずかしいことしたんじゃ……?

「兄貴、カッコ悪いし最低」

「うぐっ」

 ぐうの音も出ない。俺の妹とか言っちゃったよちくしょー! ま、まあいい。俺は過去を引きずらない男だから。

 それよりまたメリーちゃんが涙目になっちゃってる。今日何回この子涙目になってんだろう。泣き虫ちゃんかな? 

 ……よく考えれば全部俺の所為だけど。仕方ない。俺はきっちり自分のやったことに対して責任を取る男だ。

 メリーちゃんにそっと近づき、袖で涙を拭って、頭を撫でる。

「まあ、その、あれだ。こっちも結構びっくりしたけど、結果としてなんもなかったから、別に、気にしなくていいよ。」

「……ほんと?」

「本当に。俺メリーちゃんに嘘ついたことないでしょ?」

「……いっぱいある。三十分くらい前に」

「あれはほら、そのあれだよ、言葉の綾ってやつ」

「堂々と嘘つきましたよね……」

「まあ、それは置いといて、メリーちゃんは気にしなくていいからね?」

「兄貴、ごまかせてないから」

「どっからどう見ても完璧でしょ。某バーローでも気付けねえよ?」

「小五郎でも解けそう」

 平和な談笑を終え、ふと、時計を見れば、九時半を回っていた。

「お前ら、そろそろ帰ったほうがいいんじゃないのか? もうこんな時間だぞ?」

 壁にかけてある時計を指さす。

「そ、そうですね。メリー、そろそろ帰ります」

 立ち上がるメリーちゃん。金髪がサラサラ揺れて、綺麗だなーとか思ってしまう。てか自分のことメリーっていうのか。性格がかわいいからかわいい。

「りょーかい。玄関まで送るよ。雛はここでちょっと待ってな」

「? 了解」

 不思議そうにしている雛をリビングに置いて、メリーちゃんと玄関まで歩く。玄関ドアの鍵は、派手にぶっ壊れてたりはしなかった。念力みたいので開けたんだろう。ドアの前でメリーちゃんが俺の方を向いて、

「あの、今日は、すいませんでした」

 また謝った。

「もういいって。俺が許した。はい、この話しゅーりょう!」

「……はい、ありがとうございます」

 ちょっとびっくりした様子で、だけどちょっとはにかんで、お礼を言った。

 けど、メリーちゃんはまだ何か言いたげだった。

「どうしたの? 何でも言ってみ?」

「ひゃ、あ、あの日向さん、えっと、もし迷惑でなかったら、その……」

 耳を真っ赤にして、黒電話で顔を隠しながら、

「……また来て、なでてもらってもいいですか?」

 ぽしょりと、そんなことを言った。かわいいかよ。

「いつでもバッチこいだよメリーちゃん。君なら大歓迎」

「えへへ、ありがとうございます」

 はにかみながら、お礼を言って、ドアノブに手を掛け、ドアを開ける。

 初秋の風が、少し冷たかった。


 バタン


「さてと、次は」


「そろそろ、あんたも帰ったらどうだ? さっきも言ったとおり、雛とか俺の周りの人間傷つけるようなら」

 一呼吸置いて。

「潰すぞ、()()()()()?」

「っ!」

 全力の殺意を込めた声で、そいつに釘を刺しておく。まったく、新人の監視ってところか? いらねえっての。

 一瞬、恨めしそうな視線の後に、そいつの気配が消える。さて、雛も家に返すか。


 リビングのドアを開け、雛に声をかける。

「おーい雛、お前もそろそろ帰れよ。送ってってやるから」

「え、今から? もうすぐ十時なんだけど」

「まじ? うわまじだ」

 スマホを見れば九時五十三分。さすがにこの時間女の子が一人で帰るのは危ねえな。

「雛、親父かお袋に連絡して迎え来てもらったほうがいいぞ?」

「いや、メール送ったけど二人ともだめっぽい」

「まじかよ。タクシーは高えし、バスは……この辺バス停無いからなあ」

 いろいろ考えても良案が思い浮かばない。どうしたもんかな。

「兄貴」

「ん? どした? なんかいい案思いついた?」

「泊まるってのは、無し?」

「……無しじゃねえけどお前さあ、明日学校だろ?」

「明日祝日」

「あ」

 そういやそうだった。だけど、問題はそれだけじゃない。

「布団どうすんだよ。さすがに俺に床で寝ろはちょっと厳しいから無しな。それとも、昔みたいに一緒に寝るか?」

 この時期に、この風通しがいいボロアパートで床で寝たらさすがに風邪をひくだろう。予備の布団はないし、タオルで代用はちょっと厳しいしなあとか考えていると、

「……そうしよっか」

「……え?」

「だから、一緒の布団で寝ようかって言ったの」

 顔がちょっと赤くなっている。いや、さすがに十五の妹と寝るのはまずいような気がするんだけど。

「文句ある?」

「いや、まあ、お前がいいならいいけど」

「ん」

 解決しちゃったよ。これでよかったのか? いやまあ、本人からの提案だし、まあいいか。他にいい案も思い付かないしな。あとは、服か。そう考え、箪笥を適当に漁って、赤パーカーと黒のルームウェアのズボンを引っ張り出す。

「ほい、これ。洗ってあるから、今晩はそれで我慢しな。じゃ、俺歯磨いてくるから、その間に着替えちまえ」

「あ、ありがと」

 ちょっとだけ驚いた様子で服を受け取る雛。そのままキッチンへ向かおうとすると、雛に声を掛けられる。

「兄貴」

「どした?」

 これでも嫌とか言い出したらどうしようか、とか考えていると、

「覗かないでね」

「覗かねえよ、そんな寸胴ボディブフ!」

 うん。実に思春期の妹らしい反応。

 リビングとキッチンを隔てるドアを閉める。シンクまで行き、歯を磨き始める。

 ……ちょっと見ない間に、結構大人びてたなあ。最後に会ったのは、夏だから、ざっと三、四ヵ月は会ってなかったんだなあ。大学や私生活が忙しかったせいで全然会えなかったし。そりゃあ、雰囲気も変わるよな。まあ、しょうがないよな。……胸はまだっぽいけどな。

 口をゆすぎ、冷たい水で顔を洗う。さて、五分くらい経っただろうか。さすがに着替え終わってるだろ。棚から少し前に買っておいた新品の歯ブラシを取り出し、ドアを開けリビングに入る。

 ……いい。俺のチョイスはなかなか良かった。上も下もぶかぶかなのが実にいい。やはり雛はかわいい。

「ほい雛、これお前の歯ブラシ。見ての通り新品だから安心して使っていいぞ」

「あ、ありがと」

 お礼を言って、キッチンのほうへ行く。

 さてと、俺は布団でも整えとくか。

「兄貴」

「おう。じゃ、寝るか」

 数分後、きっちり布団を整えたところで雛が戻ってくる。布団に入って、壁側に寄り掛け布団を上げた。

「さあ遠慮なく来い」

「……うん」

 恐る恐るといった感じで、布団に入ってくる。

「安心しろ、昨日干したばっかだからそんなにくさかったりしないから」

「そっか」

 俺と少しだけ距離を開けて、布団に入る。

 ふわりと、ラベンダー系のちょっといい匂いがする。俺とちょっと緊張気味の雛の上に掛け布団を掛ける。

「んじゃ、電気お願い」

「了解」

 ぶかぶかのパーカーの袖越しに紐を二度引く。カチ、カチ、という音と共に、僅かな白熱電球の明かりを残して、部屋は暗くなる。

「んじゃ、お休み雛」

「おやすみ兄貴」

 くああと、思わずでかい欠伸が出てしまう。今日は色々あったな。それにしても、雛と一緒に寝るなんて何十年ぶりだろうか。俺が小学高の低学年くらいだったか? 物思いに浸っていると、雛がにやにやと笑いながら聞いてくる。

「でっかい欠伸して、そんな疲れたの?」

「そりゃあお前、今日は店で悪質なクレーマー相手して、家でメリーさんの相手して、お前の相手までしたんだから、疲れない方が無理だっての。俺めっちゃ頑張ったよ? そんなお兄ちゃんを褒めてくれたっていいんだよ?」

「はいはい。ごくろーさん」

「雑、心がこもってない。やり直し」

「きゃーお兄ちゃんすごーい」

「さっきより酷くなってんじゃねえか」

「わがままだなぁもー」

 めんどくさいと言わんばかりの態度。だが、ころっと表情を変えて、

「お疲れ兄貴。守ってくれて、ありがとうね」

 にひひと、照れながら笑ってそう言った。

「……お、おう」

 俺の妹がこんなに……やめとこう。怒られる。てか、俺ちょろ過ぎ。

「どうしたお前。いつの間にそんなに素直になったんだよ? ちょっと前までバリバリ反抗期だったのに」

 俺が問うと、

「……まあ、心境の変化」

 顔をそらしながら、複雑そうな表情でそういった。

「? 何があったんだ……ふあぁ」

 聞きたいことも話したいことも沢山あるのに、睡魔には勝てそうになくて、またまた欠伸が漏れてしまう。

「やっぱいいや。明日聞く」

「どっちにしろ教えないもーん」

 べー、と舌を出して、子供みたいに言い返してくる。ああ、これは教えてくれないだろうなあ。そういう反応だということは、経験から知っていた。

「まあいいや。今度こそおやすみ、雛」

 そっと、左手で頭を撫でてやる。

「んう。おやすみ、兄貴」

 ちょっと気持ちよさそうな声を出して、目を閉じる雛。

 俺が見てない間に、ちょっと大人っぽくなったと思ったけど、まだまだそんなことはなさそうで安心した。

 雛の頭を撫で続けていると、すうすうと、規則正しい寝息が聞こえてきた。ちょろいのは遺伝かな? 安心しきった顔をみると、自然に口元が緩んでくる。まったくかわいい妹だ。十五とはいえ、まだまだ子供だな。

 このまま雛の寝顔を見てるのもいいけど、さすがに瞼が重いので寝ることにしよう。

 頭から手を放して、そっと、俺より少し小さい雛の右手を握ってやる。

「ひなたにい……」

 寝ぼけているのか、手が握り返された。さらに口元が緩むのを感じながら、優しく、雛の頭を自分の胸に抱き寄せる。伝わる温度が、とても心地良い。瞼を閉じれば、あっという間に意識が落ちていく。


 ……雛

 三年後、お前は俺より、症状が軽いことを祈るよ。


 大切な家族の温もりを久しぶりに感じながら、俺は眠りについた。


                      ~HAPPY END~


どうも、ワカバです。

気軽に感想やコメントなどしてくれるとうれしいです。

では、また別の作品でお会いしましょう。

バイバイ!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ