5︰魔力と命の危機
そう言えばこの家から外へ出るのは初めてだった。書庫にうず高く積み上げられた本を読み切るのは並大抵の努力では無かったから。
「こっちじゃ、この根に座るとよかろう」
そう言って師匠が指さしたのは幹が半ばから二股に分かれた大きな木の地面からせり出した根の部分だ。適当に落ち葉を払って腰掛ける。
「まずは己の魔力を感じるところから始めるとしよう。魔力は全身に存在する。目を閉じて、心を穏やかにするのじゃ」
目を閉じる。瞼を通して感じる光を意識の外へ、静かに、静かに心を落ち着けていく。すると耳につくのは葉擦れの乾いた音、鳥の鳴き声、穏やか流れる空気。
「体は何で出来ておる?」
細胞、骨、血液、心臓が脈打ち、巡る。それと別に満たされるナニカを感じた。冷たく、暖かく、
「魔力が動いたな、感じ取れたか?意識して動かしてみよ」
こくりと頷く。ゆるりゆるりとぬるま湯を混ぜるように、だからだろうか?手応えが薄い、水を掻いているようだ。
「心の臓を思い描け。流れを作るのだ。心の臓は水車、魔力は水ぞ。混ぜるだけでは足りぬ」
言われたように水車を思い描く。まだ回転は緩やかで、軋んでいるようだ。魔力の流れを水路に見立てて道を作っていく。巡り始めるソレは、次第に錆び付いた水車からサビを落としていく。...?...分水路ができている。行き着く先は...
「目に集まり始めたぞ、散らせ。破裂するやもしれんぞ」
慌てて新しい水路を作る。回り道をして元の流れにつないだ。
「そうじゃ、その調子で流れを作っていけ。指の先、髪の毛先まで密に。...腕の封印具を外してみなさい」
手首の内側の留め具をパチン、と外す。途端に未開通の場所があちこちに見つかるから、水路を作って水を流してやる。
「外に出せるか?外にも道を繋げてみよ、あるはずじゃ」
水門を見つけた。でも流れない、しかしそれは詰まっているだけだ、流れで押し流せる。
ブワッと内側から風が吹いた。
驚いて思わず目を開けた。
「師匠、これは」
周囲の落ち葉を巻き上げながら水...魔力が外へ流れ出るのを唖然と見る。
「自然に出るうちは余剰魔力じゃ。出し切れ」
えぇー、
「本来なら自然に出ていく魔力を溜め込んでおったのじゃ。〝腐る〟前に出せてワシとしてはひと安心しとるところじゃぞ」
「え゛、ホントですか?」
「大真面目じゃ。封印具は感覚を鈍らせるからのぅ、自覚はしとらんかも知れんが...普通じゃったら手足が動かん程に澱み始めておった。自己再生のギフトのお陰で気がついておらんようじゃが、そこまで行ったら痛みで暴れ回る者もおるからのぅ」
これで安心して眠れるわい、
ほけほけと笑いながら受けたカミングアウト。ぇ、もしかして命の危機でした?
気が付かないうちに己の魔力に蝕まれていたとは...。自己再生のギフトで破壊される度に再生していたから気が付かなかっただけとか...笑えねぇ