表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷神の七つの心臓  作者: ゆめあき千路


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/7

第七夜:覚醒

 もしも、僕が魔物だったのなら……。

 魔法大学付属学院で過ごした日々も、リリィーナ教官と一緒にいくつか事件を解決したことも、すべて嘘だったのか。

 僕の恋人はローズマリーだ。彼女と一緒に過ごした思い出も、すべて偽りの記憶なのだろうか……?


「サー・トール!」

 リリィーナ教官の鋭い呼びかけ。

 僕は応えられなかった。膝が砕け、目線がいきなり低くなる。ぼやけた視界が急速に狭くなり、リリィーナ教官の姿が見えなくなった。

「いいかげんに目を覚ませ。君はまだ生きているんだ。それは氷神が君の夢を(かたど)って作った氷の形代(かたしろ)だ。操られたのは君の夢の影にすぎない。君は今、どこにいる?」

 どこにいるかって?

 いったい、教官は何を言って……。

 ふいに、暗闇になった。

 再び明るくなった時、僕の視界は、炎のようなオレンジ色に染まっていた。

 呼吸ができない!?

 全身が圧迫される息苦しさは、逆に僕の意識をはっきりさせた。

 僕には五体が揃っている。凍えた手足の感覚は乏しかったが、必死で力を入れた。


「起きろ、サー・トール」

 リリィーナ教官の呼びかけとともに、顔の前で氷が砕けた。透明な氷屑が顔に当たり、僕はギュッと顔をしかめた。

 それからたっぷり一分間はもがいただろう。僕の体の前で氷の壁が崩れた。次に、ガラガラと大きな音を立てて、薪の山が崩れた。僕は散らばった薪の上に倒れてから、右側に転がった。雪の上だ。ここは屋外。顔を左に向ける。目を開ければ、黒いブーツの爪先が顔のすぐ前にあった。

「……リリィーナ教官」


「よく自力で起きた」

 リリィーナ教官は僕を見下ろしていた。右手には銀の長剣を持ち、その切っ先は地面に向いている。多次元管理局の万課員が持つ銀の剣。あらゆる魔をはらう退魔の剣だ。

「僕は、なんで、ここにいるんですか」

 僕は、僕の声で喋っている。気分は、かろうじて生きているという惨めさでいっぱいだった。手足に力が入らない。ついさっきまで溶けていたという、全身が麻痺していたような奇妙な無力感が生々しく残っていた。


「言っただろう、心臓を奪われた氷神は、人間も動物も凍死させることはできないんだ。ヤツの心臓は私の手の内にあった。だから私は、君が死んでいないのを知っていたのさ」


 僕は寝転がったままで、リリィーナ教官を見上げた。

「すみません。僕は……教官の足手間どいになりました……」

 涙でにじんでリリィーナ教官が見えなくなった。後悔と自己嫌悪で頭がどうにかなりそうだった。魔物の仕掛けた罠を見抜けないなんて、未熟にもほどがある。だから実技で追試になったんだ。リリィーナ教官のお供で遠い辺境の地へ来るはめになったのも、補修課題だったというのに。この失敗で、もう単位はもらえないかもしれない。留年したら、ローズマリーの後輩になってしまう。――――もしも彼女に振られたら、生きていけないかも知れない。


「安心したまえ。この程度の失敗なんて、未来の万課員には失敗のうちに入らないさ。ちょっと怖い思いをさせたが、良い勉強だったと考えろ」

 リリィーナ教官はぜんぜん怒っていなかった。僕は希望を持って顔を上げた。だが、あっさり許してくれるのかとおもいきや、

「しかし、この件は報告する。今後の君のためのテスト問題を作成するのに、良い材料になるからな」

 あ、やっぱりそうですか。

 うなだれる僕に、リリィーナ教官は背中を向け、大きく伸びをした。

「では、帰るか。小屋を掃除して荷物をまとめてくれ。報告書をまとめるのは、管理局に帰ってからだ。わたしは先に村に戻って村長に報告してくる」

 リリィーナ教官はさっさと小屋から出て行った。

 小屋に残された僕は一人で掃除をして、荷物をまとめた。

 暖炉の火はすっかり消えて室内は冷えていたが、昨日まで感じていた骨まで凍えるような寒さはもう感じなかった。外の空気も、昨日までとは打って変わった、春のような陽気になっている。

 僕は暖炉の灰を掻き出し、一片たりとも残さず袋に詰めた。

 リリィーナ教官に指示されたわけではない。ただ僕が個人的に、こういった魔術的な儀式の痕跡みたいなものを、普通の村の人が利用する場所に残していくのが嫌だったのだ。

 そして僕は狩り小屋に鍵を掛け、大荷物を抱えて村に向かった。

 その途中で、灰の詰まった袋は大きな川へ投げ捨てた。

 開いた袋の口から流れ出た灰はゆるやかな流れに拡散し、緑の水に灰色のまだら模様を描くと、やがて水に呑まれて消えた。

                                   〈了〉



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ