第四夜:氷の魔物の正体と不思議探偵のプロファイル
それにしても。
僕は炎の中できらめく水晶細工のような心臓を、じっと観察した。
三日も火の中でがんばるなんて、なんつー、しぶとさだ。氷なんだから、いいかげん溶けてなくなりゃいいのに。
心で思ったことを呟いてしまったらしく、リリィーナ教官が吹き出した。
「なかなか肝が据わってきたじゃないか。魔物の心臓を目の前にしてびくつくどころか、ぼやくとはね」
「そりゃ、先生が良いんですよ。局員になるつもりなら、このくらいでいちいち驚いたらいけないでしょう」
びびって引いてばかりじゃ、リリィーナ教官達や、魔法大学の個性的な教授連とは、とても付き合っていられない。どうやら機会あるごとに、生徒に多様な経験と試練を与えて鍛えるのが、魔法大学という学園の校風らしいのだ。
「はっはっは、なかなか言うようになったね。君は万課志望だったな。最終学年の指導教官が誰になるか楽しみだね」
楽しげにいう当のリリィーナ教官は、魔法大学でも講師として教壇に立つ資格を持つ。
どの生徒に誰を指導教官に付けるのかは、魔法大学付属学院でその生徒を担当した教諭と指導教官が相談して決めるという。
僕の場合、運命の方向は、リリィーナ教官の旨一つだ。リリィーナ教官が引き続き僕の担当をしてくれるのは一向に構わない。でも、もっと性格の良い教官は他にたくさんいるし…………いや、別にリリィーナ教官が嫌なわけじゃないんだ。
なんだか話が嫌な方向に行きそうだと感じた僕は、話題を強引に変えた。
「七回焼き尽くせば、氷神は死ぬ。……ということは、昔、誰かがやったんですよね、同じ方法で、同じ魔物退治を。なのに、どうしてまた、まったく同じ氷の心臓を持つ『氷神』という魔物が現れたんですか」
だいたい、初めて見つけた魔物の退治方法をどうやって発見したのかも怪しい。あんがい、魔法使いとかシャーマンが魔法で破壊する方法を占っただけかも知れないが。
「良い質問だ、さすがは優等生だね、『サー』が付くだけはある」
『サー』は、地球の英国で、準男爵や騎士の名に付ける敬称だ。
「やめてください、それは違いますから」
進路指導の追求が逸れた代わりに、別のネタを浮上させてしまったようだ。
「優等生がどうして実技で不合格になるんですか」
「はは、わたしたちには発音しやすいし、おもしろいと思うけどね」
リリィーナ教官や外国出身の学友には発音しやすくても、僕の名前は『悟』なのだ。
あれは僕が、魔法大学付属学院に三か月遅れで編入した初日の事だった。
日本人の留学生は僕ひとり。
外国人の級友どもは「さとる」というのが発音しにくいため、「サー、トー、ル」なんてぎこちなく呼び始めた。それが呼びやすいというので、すっかり定着して、『サー・トール』は僕の魔法大学付属学院での公式名称になった。
ちなみに『サー・トール』という呼び名を、しっかり印象づけて定着させてくれるきっかけを作った学友の一人とは、同学年にいるローズマリーという美少女のハートを巡って競い合い、絶交寸前の険悪な雰囲気にまでなった。だが、僕が彼女のハートを射止めたことで一件落着し、現在では一番の親友になっている。
リリィーナ教官は熱いコーヒーを一口飲んでから、氷神の話に戻った。
「氷神は、自然界のもの、闇に属する氷雪の精なんだよ。条件が揃えば凝結して育生されるんだ。きみに馴染みあるふうに解説すれば、退治した妖怪が、陰の気を浴びて何度も復活するみたいな感じだね」
「日本文化に詳しいですね」
リリィーナ教官は日本人ではない、と思う。もっとも、多次元管理局には、人種どころか、地球人と同じ種類の人類かどうかすら判断できない局員がいるから悩むだけ無駄だ。
リリィーナ教官の経歴は、ものすごく謎めいている。
一度、不思議探偵リリィーナを自由研究の題材にしてやろうと思って、局内で手に入る限りの資料を調べてみたが、極秘扱いのファイルが多すぎた。ことに、リリィーナ教官が局員として関わった事件は、学生には閲覧不可能なものばかりだったのだ。