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第二夜:境海世界と混雑する文化

 森の奥の狩り小屋は、僕の出身世界である第七次元の地球の日本と比べれば不便きわまりない環境だった。

 そもそもこの国のある世界全域が、近代以前の文化程度なのだ。街のホテルもそうだったが、室内装飾や家具調度品は、僕の知る二十世紀初頭の英国風アンティークを連想させた。唯一の救いは、それらの使い勝手がそう悪くはないことだ。

 狩り小屋もそうで、元は別荘として建てられたものだったから部屋の間取りはそこそこ大きく、簡素ながらトイレや浴室が建物内に造られていたこともありがたかった。

しかし、だ。

 地球で生まれ育ったこの上なく一般的日本人の僕が、こんな所に不思議探偵と一緒に来るなんて、二年前には夢にも思わなかった。

 僕の本名は里藤(さとふじ)(さとる)、今年十七歳になる。今では少し背が伸びて百七十五センチを越えたが、地球に居た頃は特に女の子にモテるわけでもなく、どちらかといえば目立たない、ごく普通の中学生だった。僕は、ごく普通に学校に通い、ごく普通の日常を送り、ごく普通に高校入試を受験した。

 その帰り道、突然現れた不思議探偵リリィーナに「君、魔法使いにならないか」と声をかけられるまでは。

 まさに運命の分かれ道。

 そのまま僕は、境海世界の第ゼロ次元にある街『白く寂しい通り』に連れて来られた。

 僕は、魔法大学の敷地内にある校舎の一角で、簡単な試験を受けて無事に合格した。

 ここには二つの学び舎がある。

 魔法大学と、魔法大学付属学院だ。

 僕らは二つを合わせて簡単に『魔大』と呼んでいる。十代半ばから一年生として入学する者は、魔法大学付属学院で教養課程から学び、三年から四年かけて境海世界の基本知識を習得する。その後、専門過程へ進む者はエスカレーター式に、魔法大学の専門課程へと移行するのだ。

 僕は、二年前、魔法大学付属学院の生徒になった。

 リリィーナ教官は魔法学と剣の指導教官だ。先生でも教授でもなく『教官』な理由は、臨時で教鞭を執っているからだ。

 僕らの入学した年は生徒数が非常に多い。リリィーナ教官の他にも、魔法大学付属学院専属の教諭だけでは手が回らないので、魔法大学から専門学の教授連も指導に来てくれている。僕ら生徒は、先生方を呼び分けるのがけっこう大変だ。ありがたいのは個性的な人物ばかりで、覚えやすかったことだろう。

 魔法大学もその付属学院も、つきつめれば、境海世界の司直である多次元管理局が経営する局員養成所だ。

 つまり僕は、未来の多次元管理局員候補生なのである。


 白く寂しい通りでの生活は、僕の出身世界である二十一世紀の地球の、先進国と呼ばれる都市での文化程度にほぼ等しい。

 多くの文明と文化がひしめく境海世界では、中央圏である第ゼロ次元から距離が離れるほど、文化が後退していく傾向にある。地球の文化レベルで例えると、中央圏から一つの世界分だけ遠ざかるごとに、百年分くらいずつ、人々の生活様式は古めかしくなっていく。

 それだけでも日本人の僕から見ればすごすぎる異世界観だが、もっと、ずっと遠く離れた境海世界では、地球の中世暗黒時代さながらの生活を営む世界もあるという。……と、魔法大学の授業で習ったその日は、一日中信じがたい気分でいたことを、よく覚えている。


 境海世界は、多次元世界とも呼ばれている。それは多くの世界と次元が微妙に重なり合った構造だ。例えて言うなら、重ねたトランプのカードのようなもの。カード一枚が一つの文明世界であり、世界と世界は、水のようで水ではない境海に隔てられている。

 境海世界では、境海を渡れば、どの世界へ行くのも自由だ。世界は無限に在り、その様相そのものが宇宙である。その宇宙もまた、無限大だという。

 つまり、境海世界は果てしがない世界ということだ。


 さて、と、僕は鉛筆を握って、手元のレポート用紙に目を移した。僕がここへ来た最大の理由はこれを書くことだ。なのに、暖炉の前で毛布にくるまり火の番をしているだけでは文章がさっぱり浮かばない。

 魔法大学付属学院では年に四回、試験がある。

 先週は春の試験だった。そこで僕は、得意科目だったはずの魔法学の実技試験で不合格になってしまった。

 親友曰く、恋人のローズマリーとデートをしすぎたせいだとからかわれたが、落ちたものは仕方がない。僕は補習と追試を受けることになった。補習内容は、指導教官の出した課題に沿って、魔法学に関連したレポートを作成すること。魔法を使う実践内容がそのまま追試試験にもなる。

 今回も、僕の追試試験の担当は、白く寂しい通りに探偵事務所を構える不思議探偵のリリィーナ教官になった。


 リリィーナ教官には何度かアルバイトを世話してもらった恩がある。

 僕は本来、成績優秀な学生だ。なので、学校側も承知で、不思議探偵リリィーナの助手として使ってもらっている。さらに優等生の特点で、リリィーナ教官と一緒なら、魔法学の実践授業として多少の遠出も認められていた。

 だから、リリィーナ教官からの、補習と追試と助手のアルバイトを兼ねた今回の調査旅行の申し出は、まさに渡りに船だった。――――まさか本当に、本物の帆船で行くとは思わなかったが。

 境海世界での文化の浸透は、世界によってさまざまだ。第ゼロ次元の街と交流があったとしても、先進技術を採り入れているとは限らない。

 目的地である国への、境海の移動手段は帆船型の船しかなく、陸上での移動手段は石炭を燃料にした初期型の蒸気機関車みたいな乗り物で、その線路がやっと国中に敷かれたばかりだった。

 


 そういったわけで、第ゼロ次元から馬車と帆船に揺られること三日と半日、到着したのは、予想以上にアンティークな風景の街だった。人人の服装もアンティークで、女性のスカートは足首まで隠すほど長い。男性には背広ネクタイという動きやすい服装が普及していたが、それもやっぱりクラシカルで、地球の歴史上に例えれば、ヨーロッパ大陸での十九世紀末的な文化レベルになったばかり、という雰囲気がしっくりくる。

 これらの事実だけでも、生活や旅行をする不便さが予想できそうなものだが、僕は初めて境海を越える旅の興奮で少々浮かれていた。

 この狩り小屋に到着するまでは、不思議探偵リリィーナが境海を越えてまで調査に来た仕事に、魔法の物語みたいな憧れと期待を抱いていたのだけど…………。


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