たった一人の見送り
木の陰に、ヒアがたった一人で立っていた。
精霊のフェアリーを従えて、悲しそうな顔をしている。
いざヒアを前にすると、言うべき台詞が何も出てこない。お別れの言葉を言いたくなくて、もう二度と会えないと思っていたヒアが目の前にいることが信じられなくて、いろんな思いがこみ上げて来て頭がぐちゃぐちゃになる。
僕が黙っていると、 ヒアが口火を切った。
「……私が召喚に成功してから、……なんで話してくれなくなった?」
別れの挨拶じゃなかったことが少し意外だったけど、正直な気持ちを告げることにした。
フェアリーがヒアを気遣うかのように、ゆっくりと彼女の周囲を飛ぶ。
「周りの目とかもあるし、僕がおいそれと話しかける存在じゃなくなったから」
「そんな周りの評価はどうだっていい!」
ヒアがこんな大声を出したのを初めて聞いた。
「……周りとか、他の村人とか、理由は他人のことばかり。そうじゃない。エル、私はあなたの気持ちが聞きたい」
「僕も、話したかったよ」
六年ぶりに、僕はヒアに本音を話した。
「昔みたいに、一緒に遊びたかった。一緒に話して、時々お互いの家に遊びに行って、時々一緒に怒られて。そんな生活をずっと、夢見てた」
「……エルは、私が村長の娘だからって慇懃に接したり、逆にいじめたりしなかった。自然体で付き合ってくれる唯一無二の人だった」
「子供で、恐れ知らずで、身の程知らずだっただけだよ」
僕は「周り」が嫌いだった。ヒアは嫌がってるのに明らかに他の子たちと違う扱いして、しかもそれが正しいって空気を作る。そういうルールで動く周りの子が嫌いだった。
だから僕は仲間外れにされてもヒアを特別扱いしないことを選んだ。
でも年を重ねてある程度分別がついてくると、その態度がまずいことが嫌が応にもわかってきてしまう。それがわかった時はもう村の子供たちの中で孤立しかかってたけど。
「それなら、そう言ってほしかった。私はエルに嫌われたんじゃないか、エルが嫌がることしたんじゃないかってずっと気にしてた。何度も聞こうとしたけどすぐにエルは私の目の前からいなくなっちゃって、だから謝ることも事情を聴くこともできなくて」
ヒアは目頭を押さえて、涙をこぼし始めた。
僕はその時、ヒアへの申し訳なさでいっぱいになった。こんなに想ってくれるのに、わざわざこんなところまで追いかけてきてくれたのに、僕は彼女に何もしてあげられない。
「でも。ヒア。僕は君にこんなに思ってもらう資格がないと思う。だって、僕は今日も君の期待を裏切ったし、去年もその前の年も召喚できなかった。君は九歳で始めて召喚の儀に臨んで、成功したのに」
「……そんなことない。もっと小さい頃は私の方が落ちこぼれだった。魔力が少なかったから、村長の娘のくせにって、散々陰口言われた」
召喚できる精霊の強さは魔力の量に比例することが多い。だから魔力にそれほど秀でていなかったヒアは、小さい頃は畏怖の対象ではなかった。
「……でも私が落ち込んでるとき、エルはいつも私の側にいてくれた。私がどんなに長い時間泣いていても、私から離れないで側にいてくれた」
それは、ヒアの側にいたのが僕だけだったからだよ…… そんなに褒められることじゃないんだ。
泣いているヒアに、何もできない。気の聞いた台詞を何一つかけてあげられない。
ヒアは少ない魔力でフェアリーと言うレア精霊を召喚できるほどの力があったのに、僕はこんな時まで無力だった。
また、ヒアが先に口を開いた。
「……エルは優しいね。私が泣きだしても気安い台詞を言ったり、下手な慰めを言ったりしない。ただ一緒にいてくれる」
それからヒアは顔を真っ赤にして、僕をじっと見つめたかと思うと急に視線を反らした。また僕の顔を見つめようとするけど、目が合うとまた視線を反らしてしまう。
胸の前でぎゅっと拳を握りしめて、俯いたままか細い声で言った。
「……だから、好き」