失敗
魔力の奔流がおさまった。召喚の儀式の前は綺麗に生えていた草花が、僕を中心にして嵐の後の小麦畑のような形でなぎ倒されている。魔力を限界まで使ったので体がだるいけど、それ以上の爽快感が僕の体を包み込んでいる。
僕の目の前には…… 精霊はいなかった。
だが僕は慌てず、ゆっくりと周囲を見渡した。精霊は術者の目の届かない場所にいることも珍しくない。ヒアの時はフェアリーがヒアの髪の中に隠れていたし、ゲーリングの時はガイストが影の中に隠れていた。
僕の精霊も、見えにくい場所にきっといるはずだ。そう思って僕は足元やポケットの中を探り始める。村人もさっきの魔力にビビったのか、空を見渡している。飛行タイプの精霊も珍しくない。
周囲はざわめいているが、それは今までのように僕をバカにしたざわめきではなく完全に畏怖が混じったざわめきだ。いままで散々いじめてきた分、復讐が怖いのだろう。
ポケットには…… いない。僕の服の中にも隠れていないか。となると飛行タイプか、地面に潜るタイプだろうか?
空を注視し、地面も掘り返してみたが見当たらなかった。
ざわめきに疑念が混じり始める。
あいつ、また失敗したんじゃね?
そういう類いだ。嘲笑が、侮蔑が、少しずつ飛んでくる。今までの記憶の中のものとまじりあって、心がぐちゃぐちゃにされていく。
そうだ、ヒアだ!
ヒアのフェアリーに探索してもらえればきっと……
微かな望みを込めてヒアの方をすがるように見つめるが、フェアリーを肩に停まらせたヒアは俯いたまま首を横に振った。
それを見て、僕は理解した。理解してしまった。
探索能力にも優れたフェアリーが駄目と言うなら、それはもう駄目なのだ。
僕は、最後のチャンスにも失敗してしまった。
心が真っ暗に塗りつぶされるような感覚。魔力を使い果たした疲労感も重なって、僕はその場に倒れこんでしまった。
「駄目じゃったな」
力を使いはたして身動き一つとれない僕の頭上から、容赦ない言葉が浴びせかけられた。
「心苦しいが、これも里の掟だからなア」
字面とは裏腹の、むしろ嬉しそうな声が僕の右から聞こえる。
僕の周囲を村人が取り囲んでいた。僕を心配して集まったのではなく、今日のこの日に笑い物にするためにあってきたのだ。
村と言うのは閉鎖的な空間だ。
村の掟を順守し、他の村人に従順な人間は暖かに、穏やかに接する。だが村の掟を守らない、守れない者には徹底して排他的だ。
たとえ個人的に同情していても、村の空気を読んで表面上は周囲と同じように排他的に接する。
それが続いていくとやがて排他的に接する方が自分の本心だったと錯覚させられてしまう。
「この村では十五歳になる前に」
「自らのパートナーたる精霊を召喚できなかった者は」
こうして僕を取り囲んで、容赦ない言葉を浴びせている人たちの中にも僕に優しく接してくれた人たちはいっぱいいた。
それが時がたつとともに一人減り、二人減って。
今ではもう誰もいない。
いや、一人だけいた。
ヒアが僕の所へ駆け寄ろうとしている。目に溜まった涙が、幾筋にもわかれて頬を零れ落ちている。僕なんかのために泣いてくれて、ありがとう。
でも。来ちゃ駄目だよ。
僕は目線でヒアを制した。
今だけは周りの空気を読んで。空気に、従って。僕なんかのために、ヒアまで白い目で見られることない。
時間はよく人を裏切る。思い出は色褪せ、情報は劣化し、気持ちは曖昧になる。
「「「「「出ていけ」」」」」」
この日、僕は村を出て行かなくてはならなくなった。