挑戦
翌日の朝、朝特有のひんやりとして澄んだ空気を吸い込んで、僕は目を覚ました。部屋に備え付けてある甕に貯めてある水で顔を洗い、水を鏡代わりにして髪を整える。
成功できなければ村を出て行かなくてはならないので旅に出られるように荷物をまとめてあった。野営に必要な道具一式とあるだけのお金、それに筆記用具として羽ペンと羊皮紙、一冊の本。ただそれだけをザックに詰める。
僕がいなくなれば家は無人になるので、残った荷物と家は村長にすべて寄付するように話がつけてある。その時の話の進み方が、まるで僕がいなくなること前提だった。
家から召喚の儀式の場所まで行く足取りが、重い。
今日が最後のチャンスだけど、成功させればいいだけだ。そうすればこの村にいられる。だけど成功するイメージがわかない。
初めから失敗するってわかってるのに、無理に挑戦しようとしているみたいで気が重い。
いままで成功したことが無かったから。自分と同い年の子や、もっと年下の子が成功する姿を見てくやしくて惨めな思いをしたことしかなかったから、成功するイメージがわかない。
自分でも失敗することばかり考えて、それへの対応ばかりしている気がする。
練習は嫌になるほどやってきたのに。
ネガティブな気持ちをなかなか振り払うことができない。
「でも、ヒアに会えなくなるのは寂しいから頑張るしかないか」
昨日の去り際のニアの顔を思い出すと少しやる気が出た。
召喚の儀式の場へ辿りつく。儀式の場は村はずれの川のそばで、ちょうど川が滝になっている場所だ。岩が転がっている清流はどこまでも澄んでいて、周囲の木々とも相まって神秘的な雰囲気を感じさせてくれる。川に落ちる水しぶきが風向き次第では近くにいる人間の方に向かってくるので体が濡れそうになった。
ここで召喚を行なうのは魔力が溜まりやすい場所であることと、ここが精霊の住む世界と人間の住む世界をつなぐ門のある場所だかららしい。
だが、なぜ精霊が人間の呼びかけに応じて力を貸してくれるのか。それは未だにわかっていない。なにしろ、精霊が言葉をしゃべらないから調べようがない。
ただし、精霊は召喚された時大体は召喚者の側に寄り添うような動きをしているので、精霊にとっても嫌な話ではないのだろう、と言うのが統一見解の一つだった。
川の周りには多くの村人が見物のため集まってきていた。
本来は新たな精霊を一目見ようとやってくるものだけど、ここ数年は僕を笑い物にするための儀式と化している。
僕より年下の子供までがにやにやと嫌らしい笑みを浮かべながらこっちを見ているし、年長者は「無能者が……」と呟きながら僕を睨んでいる。ゲーリングに至っては失敗する前から時々げらげらと笑い転げている始末だ。
「ははは! こんな小さいガキにまで見下されてやがんの」
ゲーリングに至ってはこんな煽り文句だ。
うるさいよ、黙ってろ。
「シュナイデ。準備はいいか?」
白虎を従えた村長が歩み出て、僕に開始を促した。村長は罵りはしないけど、威圧感のある瞳からはどことなく敵意のようなものが伝わってくる。
ああ、はいはい、こんな僕は村のお荷物なんですね、わかりますよ。
村長は空を見上げて、宣言した。
「ではこれよりエルンスト・シュナイデの精霊召喚の儀を取り行なう!」