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NODUS カルドランドの冒険者  作者: 澁谷晴
クエスト1 影泥棒と異界人
8/17

8 魔剣製造者

 イシュメールは長らく、魔界付近の地区で前線に立ち続けていた。

 彼はいつも大量のなまくらな剣――錆びたり、刃が潰された練習用のものだったり、あるいは半ばから折れていたり――を大量に携えて仕事に臨んだ。

 この男の一振りは強烈極まりなく、刃のない剣だろうと一撃で、どんな敵をも両断した。

 しかしその代償として、すべての剣は一撃で敵とともに砕け散ってしまうのだった。

 イシュメールも周囲の冒険者も、この力を「呪い」だと思っていた。

 なまくらと言えどいくつもの剣を毎回買いなおすのは、彼にとって大いなる負担だった。


 あるとき、魔界にひとりの犯罪者が逃げ込んだ。それだけならばよくあることだ。しかし、その罪人は魔界への立ち入りを禁じられている〈魔人〉だった。

 魔人は神代の昔、魔の神ダールが他の神との戦いのために作り出した兵士で、すべての魔物を統率する宿命を持っていた。しかし、彼らはダールに従うのではなく、反攻に出た。神とはいえ、強き兵である魔人たちの軍勢にダールは無様な敗走を余儀なくされ、それ以来魔界には魔人が立ち入らないよう、強力な呪いがかけられた。魔人が立ち入ると、怪物たちは凶暴さを増し、侵入者を排除しようと襲い来る。


 だから、魔界には魔人の立ち入りは禁止されている。しかし、そのときの犯罪者は名うての盗賊であり、警備をすり抜け、魔界へ逃げ延び、そしてダールの呪いによって怪物たちに捕食され息絶えた。


 罪人は没したが、猛り狂った魔物たちは魔界から溢れ出、イシュメールたちのいる防衛線に殺到した。

 ほどなくしてイシュメールの剣は尽きた。魔物に囲まれ、もはやこれまでか、と思いながら、未だ彼は闘志を捨ててはおらず、無造作に怪物の一体を鷲づかみにすると他の怪物に叩きつけた――武器がないなら作ればよいのだ。

 振るわれた魔物はまばゆい光を放った。それは彼が振るうなまくらの剣と同じように、恐るべき破壊をもたらした。彼はこのとき、手に持つ武器は何でもいいことを知った――彼が手に持てば、それが強力な魔剣となるのだ。魔物であろうと、そこらの棒切れだろうと――このとき初めて、彼の技能スキルは開花したのだ。

 

 それ以来イシュメールは剣を持つことをやめた。この〈魔剣士の掌握〉ですべての敵を文字通り手玉に取っては、他の敵に叩き付けてきた。

 やがて彼がフェイト騎士団へ入ってからもその流儀は変わらなかった。


   ■


 解呪師カトレア・クルーガーはその日、警察から依頼され、盗まれた影の解呪を行った。

 犯人は〈日陰者アリシア〉と名乗る猟兵で、王都から任務を帯びてこの都市へ来て、「影の上しか移動できない」という制約を乗り越えて移動するために他者の影を盗んでいた。


 解決に至ったのは調査を担当していた驟雨兵団の上等兵ネンボが、第一ギルドの冒険者から情報提供を受けたためらしかった。被害者のひとりアンドリューはカトレアに、早く自分の影を元に戻せと詰め寄り、ネンボに制止されていた。彼がうるさかったので、早いとこ済ませようと、カトレアはアリシアの足元にくっついている複数の影を解呪した――まずは、彼女の影との結合を解除する必要がある。闇のマナを中和し引き剥がそうとしたら、突然アリシア本人の影がぶくぶくと沼の水面のように泡立ち、そこから恐るべき怪物が生じた。


 小柄な少女の影に潜んでいたとはにわかには信じがたいサイズだった。身の丈は三メートル半かもっとある。細長い体躯は節くれだっていて、両手には鋭い爪が備わっていた。ねじまがった人型のそれは、影が立体になったように全身真っ黒だった。

 即座に警官が発砲したが、怪物をすり抜けてしまい壁に穴を開けるだけだった。周囲の人々をなぎ倒し、怪物は警察署内を蹂躙した。


 カトレアや、その場に居合わせた魔術師が魔法で応戦したところ、怪物は外に逃げ出してしまった。

 白昼の往来、眩しい陽光の元で怪物は大きさを増していく。強い光の下では影はそれだけ濃くなる。どうやらまずい状況だった。

 エルフの妖術師ソーサラーが青い顔をして蹲る。あの怪物からは強い闇のマナが溢れ出ていて、それに当てられてしまったようだ。


 ネンボが魔弾を撃ち込んで弱った隙に、アンドリューが瓶に入った液体を投げつけた。護身用に持っていた麻痺の魔法薬だった。

 弱った怪物は停車中のバスの影に逃げ込んだ。

 これでは手が出せない。その場にいた冒険者たちは、バスを取り囲んで怪物が出てくるのを待つ。

 どうやら怪物は、回復するまでその場でやり過ごすつもりのようだ。

 カトレアは、せめて太陽が雲に隠れてくれれば、と空を仰ぐが、折り悪く雲ひとつない晴天だ。


「はい、お待たせしてすいませんね、どーも」


 間延びした声が聞こえた。黒いサーコートを纏った騎士が一人立っていた。

 増援が来たのだ、と一同は安堵し、影から出でた怪物を追い詰めたが、バスの影の中に逃げ込まれてしまったことを伝える。

 騎士は「なるほど」と頷くと、道端の植え込みから細い木の枝を拾って来て、バスに近づく。


「そんなら影をなくしちゃえばいいだけの話ですよね」


 騎士が小枝を振り下ろすと、まばゆい光が放たれ、バスは巨大なプレス機に潰されたように、ばらばらに砕け散った。

 影から怪物が引きずり出されたところで、物理的な攻撃はそいつには通じない、とカトレアが叫ぶ前に、騎士はそいつを鷲づかみにする。


「おっと参ったな。的がない。まあいいか」


 騎士は無造作に、怪物を路面に叩き付けた。

 再び激しい光と、爆発的な破壊。

 路面に大穴が穿たれ、怪物は跡形もなく消え去っていた。


「お前のフェイトはここまでだったな」


 既にいない怪物にそう呟いてから、騎士は何事もなかったかのように歩き去った。

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