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NODUS カルドランドの冒険者  作者: 澁谷晴
クエスト1 影泥棒と異界人
7/17

7 待機時間

 祓魔屋ギルドの〈霊柩車〉に乗ってヘリュとクロフォードは環状線を走っていた。蒸気の向こうに時計台と、教会の尖塔が見える。

 墓を抜け出してぶらついていたゾンビは、遺族の依頼で回収された後祝福され、再び土の中に納まった。たいていのゾンビはのろくて襲ってこないから、楽な仕事だ。

 魔界の入り口付近じゃこうはいかない。穢れたマナを垂れ流したり、毒を持っていたり、あるいは生者への憎しみを強く持っていたりする。

 一度、ヘリュも逃亡した悪霊を追って魔界へ進入してしまったことがあるが、二度と入ろうとは思わない。

 都市そのものをモチーフにした、歪み、際限なく続く悪趣味な迷宮だ。


 魔の神ダールの領域に自分から足を踏み入れるのは、狂人、無謀者、そして尋常ではない冒険にしか居場所がない腕利きたちだ。黎明隊の精鋭カルラ・アンブローズ、魔界生まれの放浪者フレキ、〈静寂のセーレ〉、〈黄泉還りのエッカルト〉、第一ギルド魔界支部、そして悪名高い既決囚人隊コンデムンド・コープス

 彼らは魔界に逃げ込んだ手負いの魔物に止めを刺し、奥底から湧き出てくる危険な怪物が、都市に入り込まないように押しとどめている。

 彼らの「冒険」に比べれば、街の中で行われるのは安全で日常的な「作業」だ。もちろんヘリュもクロフォードもそれを望んでいる――この霊柩車の後ろに自分が横たわるような破目に陥るのはごめんだ。


「なんだ? 妙に混雑してんな? どうなってる」ハンドルを握るクロフォードが言った。黒い正装に身を包んだこの帝国人は、祓魔屋にも関わらず潔癖というか迷信深く、霊やアンデッドに相対することを嫌悪している。仕事の場所に向かうときは常に憂鬱そうで、帰りはリラックスした表情だ。今回ものんびりした顔で運転していたが、どうやらすんなりとは帰れないようだ。


「事故か、あるいは怪異渋滞ではなかろうか」ヘリュはそう言った。彼女は他のドヴェル女性と同じく、髪を極端に長く伸ばしており、その小さな体躯を覆い隠さんとするばかりだ。男性が髭を伸ばすのと同じく、これはドヴェル族の基本的なたしなみだ。


「ラジオつけてくれ。何か情報が入ってくっかも知れねえ」


 ヘリュがそうすると、やはりこの先で何やら魔物が出没したらしく、そのためにしばし閉鎖されるとのことだった。


「街なかにモンスターが湧いたってのか? 珍しいな」


「確かにな。あるいは、誰かがやらかしたのやも知れぬ。先月も、酒だか薬をやった召喚師がクラーケンを街中に出現させたではないか」


 故意だろうと過失だろうと、魔法で人や建物を傷つけるのはもちろん犯罪だが、近年、特に酩酊して魔法事故を起こした者への処置が厳罰化された。それでも月に一度はなんらかの深刻なアクシデントが起こっている。


「あんときは大変だったな。あんなエグいぐにゃぐにゃが市民生活を蹂躙するなんて、最悪な悪夢だよ。ヨナタンや〈吝嗇家〉の野郎は『うまそう』とかほざいてやがったがな」


「彼らはフレーメの出身じゃろ? 向こうじゃタコもイカも食べるからの」


「俺にゃあ考えらんねえな。ま、誰かがやっつけてくれるまで一休みだ」


 車はまったく動かなくなった。パトカーや救急車のサイレンが聞こえてくる。にわかにものものしい雰囲気が通りを包んだ。

 ラジオのニュースが怪物の詳細を伝える。どうやら闇のマナから生まれた魔法生物らしく、物理的な攻撃が通用しないそうだ。

 警察に何かの事情で拘留されていた冒険者がいて、その人物からなんらかの「盗品」を押収していたところ、怪物が突発的に出現したそうだ。詳細は明かされなかったが、やはり魔法事故のようだった。


「ちょいとばかし、厄介かもなあ。魔法使いの先生がたが頑張ってくれりゃあいいけど」


「誰かがどうにかするじゃろ。冒険者街も近い」


 生粋の王国人であるヘリュはのん気に言った。王国の人間は総じて横着で、自分の仕事だろうと極力手を抜きたがる。それが他者の仕事であると判断したのなら、まず動くことはない。


 誰か、ねえ。とクロフォードがふと窓の外を見ると、「はい、すいませんね。はい、通りますよ。どーも」という呟きが、脇を通り抜けていった。窓から顔を出して前方を見ると、黒いサーコートを纏った騎士の背中が見えた。車の脇をすり抜けて前方へ向かう人物が誰か、クロフォードにはすぐに分かった。あの衣装を着ている〈フェイト騎士団〉の人間は全員、魔剣の使い手だ。しかし、あの騎士は剣を帯びていなかった。彼がうっかり得物を忘れたのでなければ、騎士団で唯一剣を持たない人物が出てきたことになる。


「ありゃ、ソードレス・イシュメールだ。怪物も終わりだな。しかし、相変わらずの重役出勤じゃねえか。渋滞ごときどうとも思ってねえな」


「人命に関わらぬと判断したのじゃろう。彼らはいつもそうじゃ。我々の代わりに頑張ってくれるのだから文句は言えぬがな」


「もっともだ。じゃあ、俺は動くまで寝るよ。終わったら起こしてくれ」


 言うなり、クロフォードは背もたれを倒して目を閉じる。


「おいおい」


 ヘリュは呆れて相棒を見る。この男にはゆっくり休んでもらうために、車の「後ろ」に寝てもらったほうがいいかも知れぬな。

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