7 提供者
路面電車が蒸気を吐き出しながら道を進んでいく。今日もダガーピークの街はエーテルの蒸気で霞んでいた。
フュプナ聖堂通りは第四城壁と第三城壁を結ぶ大通りの一つだ。車輪のスポークのようなこれらの大通りを起点として、無数の路地が網の目のように走っている。
冒険者たちが使命を帯びて路地に潜り込むとき、そこに新たな世界が生まれると昨日魔人は語った。
ドグベリーの説が本当ならば、自分のフェイトは果たしてどのような世界へこの身を導くのか。
これは既にクエストだ。自分は冒険を始めている。働かずして金貨を得るための方法を探る、ひとつの冒険だ――ジャネットはそう解釈した。
ジャネットといえど、完全に動くことなく金貨が手に入るなどと考えているわけではなかった。最低限の労力で、金貨を手に入れるためのシステムを構築する。
隊長が言った計画のための、理想的な技能。
これから始まる出会いは、その獲得の嚆矢となるものなのか。
霞の向こうで時計台が、十二時の鐘を鳴らした。
人波の中から姿を現した人物に、ジャネットは目を奪われた。
魔人ドグベリーや荒くれものの冒険者、人ごみの合間に見える脛に傷のありそうな男たちに比べれば、その男の外見は地味なものだった。
薄汚れた旅装の、街に入ったばかりの旅人に見えた。
しかし、一目見たときから、その人物から目を離せなかった。
彼と自分の運命は、ここで交差するとずっと前から決まっていたように思えた。
「あんた、転生者ですか?」男は不意にそう言い、ジャネットは頷く。
なぜ分かったかと問う前に彼は答えた。
「いや、前にあんたと同じようなフェイトを持つ人と出会ったことがあってね。一目見て分かったよ。そいつは今は、フォーマルハウトと呼ばれている。エルモア・フォーマルハウト、だな。最近モーンブルワークにも転生者が現れたという話は聞いたが、ここにもいたなんてね」
帝国の魔導機械の発明者であるエルモア卿のことはジャネットも知っていた。しかし、確か彼は半世紀ほど前に亡くなっているはずだ。目の前にいる人物は二十代半ばほどに見える。エルモア卿が生きているうちに会ったとしたら、計算が合わない。
もちろん、耳こそ尖っていないが、人間の血の濃いハーフエルフかもしれないし、老化を防ぐ方法、外見を偽る方法はいくつもある。この男も、実際はもっと年長なのかも知れなかった。
「少し話でもしようか。ちょうど昼飯時だ。奢るよ」
もちろんジャネットは甘えることにした。
■
近くのレストランは混雑し始めていたが、座ることができた。男がまずは自己紹介する。
「俺の名前はオーガスト・ナイチンゲール。フリーの冒険者だよ。訳あって一箇所に留まるわけにいかないんでね」
ジャネットは自分が先日、前世の記憶を取り戻したことを話す。
そして、家を追い出されたこと、今後は働きたくないので楽して稼ぐ方法を求めていること。
予見の能力を持つ人物に、今日の出会いを助言されたことを話した。
オーガストは苦笑いし、そういうことなら、自分の技能が役立つかもしれない、と語った。
「ある意味、俺もあんたと近い立場だよ。あんたが前世の記憶に目覚めたように、俺も成人してすぐに技能を獲得してね。切欠? なんだったかな、気づいたら持っていたよ。呪いみたいなもんだな。あんただって、前世の怠惰な記憶が目覚めなければ、平穏に過ごしていたのだろう」
ジャネットは反論する。あのまま成長していたら、間違いなく就職していた。それは毒だと。真理に気づいたのは前世の記憶のおかげだ。これは恵みであるのだと。
オーガストは少しばかり黙考し、エルモア・フォーマルハウトのように、前世での体験を用いて財産を築けるかもしれない、と言うが、ジャネットは学校も途中で行かなくなり、ずっと自室にこもって暮らしていたので、専門知識はおろか社会の仕組みもろくに知らないと、なぜか誇らしげに語るのだった。
「そうかい。じゃあそっちの方向じゃどうしようもないな。なら、俺の技能をその慧眼ってやつで見てみなよ」
ジャネットがそうすると、オーガストはどうやら三つの技能を持っているようだった。
〈放浪者系統技能 漂泊の呪い〉。〈魔剣士系統技能 フェイトの刃〉。〈錬金術師系統技能 フェイト鋳造〉。
最初の放浪者の技能が、オーガストが旅をする理由らしい。
「俺には一箇所に留まることができない呪いがかかっていてね。と言っても、ずっとそこにいても魔界入りした魔人みたく、恐ろしいバケモノに襲われるってわけじゃない――少なくとも、この技能にはそんな効果は無いよ。だけどそれは、ひどく疲れるものなんだ。絶対に回避しなくちゃいけないって思わせる。ちょうど、あんたが働きたくないって思うみたいにね。
幸いだったのは二つ目と三つ目の技能だ。こいつがあれば、少なくともカネの心配は要らないよ。その代わり、冒険者としての運命は極めて深いものとなる。
まずはフェイトの刃だ。ここで振るうわけにはいかないけど、ちょっと見せてあげようか」
オーガストが右手を翳すと、手のひらから白金色の光が僅かに漏れた。
彼は周囲を気にして、すぐにそれを消した。
「俺のフェイトを具現化させて、武器にするんだ。こいつは相手のフェイトを食らう魔剣さ。殺した相手は、死体も残らず消滅する。そこでぷっつりと、運命は途切れるんだ。その時点から先のは、俺のものとなる。
もちろん、人様のフェイトをやたらに背負い込んでいたら、何が起こるかわからない。そこで第三の技能だ」
オーガストが手のひらを握り締めて開くと、そこには一枚のフェイト金貨が握られていた。
「そもそもフェイト金貨は、誰かを雇ったり、何かを買ったり、報酬を受け取ったり、そうした運命が形を取ったものだ。この技能はというと、他の運命を直接金貨に、あるいは『俺が金貨を獲得する』運命に変換できるってわけだ。
話は早いだろう。相手のフェイトを奪い取り、そして金貨へ変換する。いくらでも稼ぐことができるだろう。
魔物にフェイトの刃を突き刺す必要もない。自分の将来の運命を、日銭に換えることができるんだからな。
ただしジャネット、一方通行だぜ、こいつは」微笑んで、放浪者は言う。「一度金貨に換えたフェイトは、もう元には戻らない。死せる運命をも金貨に換えちまった俺は、老いることも死ぬこともなく、さすらい続けるしかないのさ。例えあんたがそれほど愚かでなくても――」
ジャネットの顔を、あるいはその運命を見つめながらオーガストは言う。
「運命神に嫌われる覚悟はあるかい?」