6 魔人
隊長からアイデアを頂戴して疲れたのでジャネットが帰宅しようとすると、入り口から誰かが入ってきた。先ほど出て行った長身の少年や隊長よりもさらにその背は高い。漆黒の鎧を身に纏い、双眸は赤く光っている。頭には二つの角が生えていた。
ジャネットはその外見に一瞬威圧されたが、この偉丈夫が魔人であると気づいた。
魔人は魔の神ダールが、魔物の長として神代の時代に作り上げた兵士だ。その肉体は強く、そしてかの神にとっては誤算であるが、その精神は古の物語の騎士のごとく誇り高い。だから、その恐ろしい外見に最初怯えることはあっても、誰もが彼らを重宝する。
ほとんどの魔人は冒険者であり、この男も三番隊の一員なのだろうとジャネットは解釈し、一礼した。
「ドグベリー、あんたにしちゃお早い出勤じゃないかい」ネーヴェが魔人に言った。
「妙な運命を感じたものでな」魔人は低くよく通る声で応答する。「そこなお嬢さんがその源であろう。隊長、彼女はこの支部の新人か?」
「加護持ちとウィリーが紹介してくれたもので、はじめはそうするつもりだった。だがこのジャネットはこともあろうに、働かずに金銭だけを得たいとほざく最低の人間だったのだ」
「今も昔も、人の夢は変わらぬものよ」呟き、渋面のタピルとは対照的にドグベリーは笑った。「不労所得。なんと甘美な響きか」
「夢ばかり見ては生きていけん。ウィリーは多くの時間を眠りに費やすが、それはフュプナとの対話のため。エリスとシャルルも馬鹿話をとめどなく繰り返すが、仕事だけは一応まともにこなしている。しかしこの小娘は、労働を拒絶して先日家を追い出されたという。おまけにその続きをこの支部で始めようという心積もりだ。こいつに加護を与えたハルミナの苦悶はいかほどか」
「詐欺師の神が加護を掠め取られるとは皮肉な――おっと、罰を当てられてもたまらぬな。いや、案外彼女のような気質の者こそ、ハルミナの加護に値するのやも知れぬぞ。
では、我が後輩よ、我から助言を与えようではないか。まずはそなたの話を聞かせてくれ、ジャネット」
まだ入隊したわけではないぞ、とぼやく隊長を尻目に、ジャネットは己の技能を語った。
それを聞き終えると魔人ドグベリーははじめに、運命についての話を始めた。
人々の、特に冒険者の運命は複雑なものだ。
一説によれば、この世界は無数に枝分かれしたうちのひとつであり、冒険者が冒険に出るとき、それはさらに幾重にも分かれるのだという。
「この世界は、ばらばらの断片だ。まだ冒険者ではないそなたには分からぬかも知れぬが、我々冒険者には、依頼を受け、それに取り組む中で、日ごろの風景とは街が違って見えることが多々ある」
行方不明のペットを探す路地裏。
魔物を狩りに降りた下水道の暗がり。
あるいは、依頼人より話を聞く酒場。
いつも何度も通っているはずの道や馴染みの店が、冒険の間だけ、まるで異世界のように様変わりして見えるのだ。
これは、冒険者たちのフェイトが、冒険という世界の〈断片〉を、当てはまるべき場所へ収めるための過程であると言う者もいる。
とりわけ、古い種族――魔人やエルフの古老、ドヴェルたち、そして高位の聖職者が、時折この説を口にするようだ。
技能もまた、どこかの遠い世界で、見ず知らずの役柄を演じた者のフェイトの欠片であるという。
「そして我らの糧であるフェイト金貨だ。これはフレイムとは異なり、国家が作り出したものではない。文字通り、運命が形を成したものなのだ。依頼をなすべき定めにある者の手にそれは握られ、冒険を成し遂げた者の手に渡る。流動する運命そのものだ。
そなたは特異な運命を持ち合わせているな、ジャネット。隊長が言うように夢物語などではないかも知れぬぞ、冒険をなさずに金貨を得るというそなたの願望はな」
「こうした愚か者を甘やかすんじゃない、ドグベリー。あのデコボココンビが入隊したときだってあんたは……」
「まあ待ちたまえ、隊長。説教は彼女への助言を終えてからだ。よいかジャネット、そなたがこの時に神の加護を携え、この支部へやって来たのは偶然ではあるまい」
ジャネットがドグベリーの頭上、角の先端あたりに浮かぶ雲を注視すると、彼の技能が明らかになった。
〈予見者系統技能 運命感知〉。恐らく今もこの技能を用いて、ジャネットの未来を予見しようというのだろう。
「明日だジャネット。そなたは明日の正午、薬師横丁とフュプナ聖堂通りの交差点で、ある人物と出会うであろう。その人物こそ、そなたが夢に向かい、大きく運命を進める鍵となろう」
魔人の赤い双眸が、未来を見通すかのように輝いた。
怠惰なる少女はそれに、力強い頷きで答えた。