4 薬師横丁三番隊
支部は薬師横丁の脇道にある、二階建ての建物だった。
中に入ると、昨晩出会った風生まれの女性が歓迎してくれた。彼女はネーヴェと名乗った。
ネーヴェは暗殺者系統の技能〈影からの一撃〉を所持していた。
血なまぐさいこの技能をジャネットは己のものとするつもりはなかった。
同行していた青年――ウィリアム・ダウニングの方も見たところ、〈申し子〉系統の技能〈フュプナの加護〉と、〈夢想家〉系統の技能〈夢うつつ〉〈予知夢〉という三つの技能を持っていた。これもあまり手を出さないほうが良さそうだったので複製しなかった――ハルミナの加護を受けながら、フュプナの影響下にあると思われる技能に手を出すのはまずそうだとジャネットは思ったからだ。
奥からネ―ヴェが、厳しい顔のエルフを連れて来た。彼はこの三番隊の長、タピルと名乗り、ジャネットへの勧誘を始めた。
曰く、神の祝福を受けたジャネットは、冒険者として大成する運命にあるということだった。
隊長は冒険者を英雄視する、この街のエルフにありがちな、ともすれば古い価値観の人物のようだった。
「タピル隊長。私の今の気持ちを申し上げてよいでしょうか」
「ああ、もちろんだとも」快く頷く隊長。
遠慮なくジャネットは思いの丈を述べる。「私は労働が嫌です。ゆえに、冒険者としてこの支部でも、あるいは他のどこでも働くつもりがありません。しかし、無体なことに、働かなければ金銭を得ることはできないので、ご協力をお願いしたい。つまり、私が働かずとも暮らせるように寄生させていただきたく存じます。なにとぞ」
タピル隊長は愕然とした顔になった。
「何を言っているんだ。働かないのに対価を与えるなど、できるはずがない」
「できなくてもしてほしいのですが。なにしろ私は神に祝福された存在です」
「馬鹿なことを言うんじゃない。ああ、やはりウィリーが言ったとおり愚妹めに唆されたのだな」
隊長の言う愚妹とはハルミナのことだろう。眠りの神フュプナとハルミナはどちらも月神ノティスの娘だ。詐欺神がフュプナやノティスを出し抜く話が数多く残っていることから、これらの神の信者の中にはハルミナを快く思わない者が多い。ただでさえその性質上、ハルミナは誤解されがちな神だ。本来は単に詐欺や窃盗を働くようにけしかける神ではなく、賢く、時にずるがしこく、人を見る眼を養い、注意深く生きよと教える神なのだ。
「ハルミナは関係ありません、隊長。私の鉄の意志であります」
「甘えるならばご両親だけにしておくんだ」
「先日家を追い出されたばかりです」
「わたしが君の親でもそうしただろう」
深くため息を吐くタピルに、支部の奥から男女の笑い声が聞こえた。
「面白ぇ新入りじゃねえか、隊長。歓迎しなよ」
「人生ラクして楽しく」
「そこまではっきり言うなんてジャン、お前こそ神の子」
「奇跡の産物」
「オレらももう働かないからカネだけくれ」
「スネ齧り」
「極潰し」
「薔薇色の人生」
「ああ、この阿呆のデコボココンビめ。お前ら、馬鹿を言ってないで仕事のひとつでもこなして来い」苦々しい顔で隊長は彼らに言った。「巨人虫が湧き出た下水道に潜って、討伐するんだ。あるいは一生そこで暮らして来い、馬鹿ども」
忌々しげな隊長の声で二人は立ち上がる。
「臭いものに蓋、青菜に塩」
「猫に小判」
「厄介者は日の当たらないところへ隠せってか」
「行ってきましょう。アタシらは従順」
「素直」
「アタシらが帰ってくるまでにジャンを説得できるか見もの」
「無理な方に百フェイト」
減らず口を叩きながら、入り口近くにやって来た彼らの姿が見えた。片方は切れ長の目をした、かなり長身の少年だ。年齢はジャネットと同じくらいか。金髪を長く伸ばし、後ろで無造作に束ねている。
もう片方は赤銅色の髪をしたエルフだ。相棒の少年や、同種の隊長とは対照的に背は低く、ネーヴェより少し高いくらいだ。ローブのフードを深くかぶって、顔ははっきり伺い知ることができないが楽しそうに笑っている。
二人はジャネットがこの世界で始めて出会った、彼女への賛同者だった。