第6夜 許された日常
シャドウズ第6話目です!٩('ω')ﻭ
最後までお楽しみ下さい!
「規律、礼、ありがとうございました」
クラス委員長の号令の後に、周りの生徒たちも同じ様に挨拶をした。
午前中最後の授業が終了し、開放感で溢れかえる教室。 授業で緊張していた空気がいっきに和らいでいく感じがする。
「ふぅ〜今日の授業終わりっと! 明希也、食堂行こうぜ〜」
「お前早いよ! ちょっと待ってくれ!」
開放感を感じる間ぐらいは与えて欲しい――と思いながらも、授業中に使った教科書などを急いで鞄にしまった。
「いや〜今日から文化祭の準備で授業が午前中だけとか、楽でいいよな〜」
「お前、今度はしっかり働けよな。 何かしら行事があると、すぐ準備とか片付けとかでサボるんだから」
「わかってるよそんなこと。 ほら、さっさと行こう行こう! もう腹減ってヤバイんだよ」
肩を掴み、体を揺すってくる快斗。
それを「やめろ」という意味合いを込めて、手で追い払った。
支度も整え終わり、快斗と食堂へ行こうと椅子から立ち上がると――
「あきくん、はやとくん、ちょっと待って」
動作の途中で、自分たちを呼び止める声が聞こえてきた。
声のした方に顔を向けると、何か言いたそうな表情をして立っている彩華がいた。
「どうした彩華ちゃん? 何か用がある感じ?」
快斗の質問に対して少し間を置き、彩華は丁寧な口調で話し出す。
「ふたりとも、今日付き合ってくれる?」
「「えぇぇぇ!?」」
明希也と快斗は何を思ったのか、彩華の言葉に動揺し、思わず声を上げた。
肝心の彩華は二人が驚いた理由が全く分かっていない様子だった。
「もうすぐ文化祭の準備が始まるじゃない? 私たちのクラスの出し物で使う物を買っておきたいと思ってて......」
それを聞いて俺たちは、静かに胸に手を当て、冷静さを取り戻した。
しかし、落ち着いてくると今度は逆に、先ほどの自分たちの行動が恥ずかしく思えてきて、俺も快斗も顔に苦笑がこぼれてしまった。
「お金はみんなから集め終わってて、ふたりさえ良ければ、放課後に買い物を手伝ってくれないかな? 荷物も多くなりそうだし」
「あっ......そういう事ね。 てっきり堂々とした二股告白かと」
「お......俺は気づいてたけどな! 彩華はしっかり今日っていう言葉付けてたし」
自慢げに言う俺を見て、快斗が飽きれるように、「思いっきり動揺してたじゃねぇかよ、彩華ちゃんの言葉に」と言葉をもらした。
俺たち三人は食堂で昼食を済ませ、午後に少し文化祭の準備をした。そしてこれから近くのショッピングモールへ買い物に行く。
「ほら、明希也、置いてくぞ!」
「だから、お前早いんだよ!」
急いで下駄箱から靴を取り出し、学校用サンダルと履き替える。
放課後になり、文化祭の準備をしていた生徒たちは作業を中断して続々と下校していた。
生徒たちの会話や作業を行う物音で溢れかえっていた学校にもだんだんと静けさが戻っていく。
しっかりと靴を履き直し、快斗と彩華の待つ所へと走っていった。
「俺と同じ時間に作業終わったのに、なんでそんなに早いんだよ」
少し息を切らし、快斗に文句をぶつける。
「女の子ひとりで待たせちゃ寂しいし、退屈だろうと思ってな! 少しばかり帰り支度に気合入れてみたんだよ」
「気合入れる所がおかしいぞ! 文化祭の準備に入れろ! 準備に!」
俺は快斗の頭を右の小脇に抱え込んで軽く首を絞めた。
「ぐるじいって」と言いながら、まだ余裕の笑みを顔に浮かべている快斗を見て、空いていた左手で快斗の髪をぐしゃぐしゃにしてやった。
そんな二人のふざけ合う姿を見た彩華は、面白かったのだろう。右手で口を隠しながら、くすくすと静かに笑みを浮かべていた。
「二人とも一緒に来てくれてありがとう。 それじゃあ、行こうか」
彩華の言葉を聞いて、俺たちはふざけ合うのをやめる。
まだ明るい空の下は、日当たりが良く、太陽の光が肌を優しく温めていた。
目的地のショッピングモールへとしばらく歩いていく。気付けば、三人がいつも通っている大通りの中だった。
「今は16時......か」
腕時計を確認し、買い物の時間、帰る時間を計算していると、快斗が突然、話題をふってきた。
「しっかし、俺らこんなことしてていいのかね〜?」
「急にどうした?」
腕時計に向けていた視線を快斗に移す。
「だってほら、こんな世の中じゃん? 改めて考えてみると俺たちだけ楽しいことしてていいのかな〜ってな......まぁ、こんだけ楽しいとさ、考えちゃうんだよ」
「お前は特に楽しいだろうよ。 準備もろくにやってないんだし」
少し意地悪な言い方で快斗にそう言う。だが、いつもなら言い返してくるはずの快斗が苦笑いをしているのを見て、珍しく真剣であったと読み取れた。
「そうかもしれないね。 私たちの親や先生、ううん、それだけじゃなく大人の人全員が私たちのこと、自分の家族のために遊ばず働いているんだもんね。 私も......そう思うよ」
彩華も少し俯いてそう言った。
楽しく買い物をするはずであった三人の中に暗く深い空気が入ってくるーー。
まぁ、二人の抱えてる気持ちは分からなくもない。
とはいえ、このままの雰囲気では買い物どころではなくなってしまうと思い、自分の考えを示すために、俺は口を開いた。
「じゃあ、周りに気を使って、楽しさも喜びも感じない文化祭にしようってのか?」
その言葉に反応して、二人は俺の方に顔を向けた。そうじゃない、そう言いたそうな顔だ。
「やっとさ、少しずつだけど平和になってきてるんだよ。 この街もこの世界も。 俺たちの親とかの時代には文化祭みたいな楽しい行事なんて無かったのかもしれない。 けどさ、今はこうして俺たちがこういう事ができるのに、それを蔑ろにするのはおかしいって思うよ。 それに――」
俺は少し間をおいてから、自分の一番伝えたいことを言った。
「楽しくない文化祭をしている俺たちを見たら、親はどう思うんだよ」
こんな言葉を並べたところで二人の抱え込んでいる暗い思いを、どうこうできるとは思ってはいなかった。
それでも、友人が思い悩み、苦しんでいる姿は見ていて耐え難い。
――少しでも、少しだけでも、二人の気持ちが楽になってくれればそれでいい。
そう思い、俺は正直に自分の考えをぶつけた。
二人に視線を移すと、思い詰めて固まっていた表情が少しだけ緩んでいる気がした。
いつものように優しく、暖かな表情とまではいかなかったが、自分の言葉が少しでも、効いてくれたのだと実感する。
「そう......だよね。 やっぱりそうだよね! 私たちがこんな風になってちゃダメだよね! そんなの親に不安とか心配をかけるだけだし、暗いことなんか考えちゃダメだよね!」
「そうだな! 明希也のいう通りだぜ。 俺たちの親やそれよりも前の時代の人たちが積み重ねてくれた平和のおかげで、こんなに楽しい事ができるんだってことを見せていかないとな! 何か悪いな、暗い雰囲気にしちまって」
前向きな答えが返ってきた。少し無理をしているような感じに聞こえる。
だが、さっきまでの 暗い空気をかき消すように快斗は満面の笑みを浮かべ、彩華は優しく笑いかけてくれていた。
――大丈夫、心配ない。
と二人の心の声が聞こえてきそうな表情だ。
その光景は俺に、自分たち三人がそろえば、何が起こっても乗り越えられるだろう――という気持ちを感じさせてくれた。
「さぁほら、さっさと買い物済ませて、帰ろうぜ!」
快斗の呼びかけに俺と彩華はうなずき、歩みを進めた。
■
目的地のショッピングモールは最近新しくできたもので、三階建てで、横にも縦にも大きな作りになっていた。
出入り口には、次々に人が行き交い、その様子と人々の楽しみと期待に溢れた表情だけで、中が非常に賑わっていると分かる。
「おっ! アイス屋台があるぞ!」
ショッピングモール前のでかい駐車場まで来ていた俺たちは、アイスを販売しているキッチンカーを近くに発見した。
「彩華ちゃん、俺たちがアイス買ってくるから先に入り口で待ってて! ほら、あそこにベンチあるから座ってて!」
「え? でも、私お金ないし......」
「いいよ! 俺と快斗で奢るから! 遠慮はしなくて――」
「ワカリマシタ、ワタシはチョコアイスでオネガイシマス」
「はっ......なんという早い反応......」
「あはは、冗談だよ! 二人ともありがとう~。 じゃあ、あっちで待ってるね!」
彩華はそう言って、ショッピングモールの方へと歩いて行った。
「......守りたいな、あの笑顔」
「だな」
俺たちは、謎の熱い気持ちを持ちながら、冷たく美味しそうなアイスを売るキッチンカーに向かうのだった。
■
「二人とも優しいな~。 甘えちゃいけないって分かってるけど、ついついやっちゃうよ~」
「すみませーん、お嬢さん、ちょーっといいですか?」
「は、はい?」
駐車場の中を歩いていた彩華に、若い男性が車の中から声をかけた。
「お兄さん、この辺りあんま詳しくなくてさ。 少しだけ一緒に乗ってもらって、道案内をお願いしたいんだけど」
「あ、でも......すみません。 人と待ち合わせしてるので......」
「えぇ~、今ほんっとに困ってんだよね~。 もう何回も色んな人に断られちゃって。 大事な用事なのに、このままじゃホントにヤバいんだよ~」
「でも――」
「この近くのはずなんだよ。 ホント頼むよ~! じゃあ、地図渡すから、このペンで行先だけ書いてもらうだけでいいから!」
「そ......それなら」
「マジ! ちょ~助かるわ~! じゃあ、立たせたまま書いてもらうのもあれだし、いったん、乗って乗って!」
(まぁ、危なくなったらすぐドア開けて逃げればいいか......)
彩華は若い男の車に乗り、地図とペンを受け取った。
「......え? あの、これ白紙ですけど......っ!」
プシュッという音と共に、何かを顔にかけられる。
「ちょっ......と......なに......」
突発的に出てきた激しい眠気を抑えられず、彩華は後部座席にぐったりと倒れた。
「......ククク......アハハハハハ!」
その様子を見て、男は不気味な笑みを浮かべ、声を上げて笑った。
「マジでちょろ過ぎだろ......はは!」