第50夜 範囲結界
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天に高くかざされた霧生の刀から、赤い光が放たれる――。
それは瞬く間に夜空を駆け、シスト市の遥か上空へと上がり続けた......。
永遠に上っていくかに思われたその光が、やがて勢いを止め......ろうそくの灯が消えるように、静かに消えた......。
「......っ!!?」
明希也は自分の目を疑った......。
機体の中に差し込んできたのは、優しい日の光。
――シスト市に、朝が訪れた。
まだ日が昇るには早すぎる。昇るはずがない。
しかし、機体の外には朝があった。太陽の光が降り注いでいた。
一瞬にして消えた【夜】の景色、突然現れた太陽......。
何が起こっているのか、明希也では情報の処理が追い付かなかった――だが、これだけは理解できる。
――自分たちは助かった。
もがき苦しむシャドウの大群が窓の外に映っている。
上空を飛行していた黒い影たちが街の中へと落ちていく、退いていくのが見える......。
おそらく、今回も霧生が何とかしてくれたのだろう。
とても信じられないが、霧生一人であの大量のシャドウを退けたのだ。
と、明希也は早々に結論付けた。これ以上、難しい思考で脳が疲れないように......。
機内の壁に背をもたれる明希也。
体の緊張を少しずつ解き、安堵の息をふっと――
「霧生!! まだよ! まだ何か来てるわ!!」
不意に、焦燥感漂う声が操縦席から鳴った。
緩み切った空気が一瞬で張り詰める中、真っ先に霧生が機体から身を乗り出し、周囲を見渡した――。
「あれは――」
遠くから接近してくる【ソレ】を見て、霧生の顔つきが変わる。
――【死】が夜空を飛んでいた。
全身を覆う禍々しい漆黒の外殻。
巨体を浮かす大きな翼が動くたび、巻き起こる突風。
鋭く尖った牙、角、そして爪――見るだけで、心臓を引き裂かれそうだ。
その眼光は、標的に【確実な死】を感じさせる。
――逃げられない。
どこからともなく現れ、初めて目にしたその恐ろしい怪物に、明希也は呼吸を忘れた。
「守護霊か......ったく、仕事増やすなよ。 もう少しで市外に出るってのに」
真っすぐ接近してくる黒竜、その体が後ろに反り返る。
同時に口から深く、長く息を吸い込んで――
「......っ!!」
次の瞬間、凄まじい咆哮が明希也たちを襲った。
「うぐっぅ!! うぁああああああ!!」
とっさに耳を塞いだ――が、それでも耳の奥へと鳴り響いてくる。
鼓膜が破れそうな強烈な叫びに、思わず明希也は苦痛の声をあげた。
小刻みに揺れる機体。上空を飛んでいるのに、地震の振動を直に受けているかのようだ。
明希也は少しでもその【叫び】から逃れようと、体を丸め、身を守ろうとした。
苦しみに耐える最中、平然としている霧生の姿が目に映る......。
(な......なんで平気なんだ。 この人......)
その時、黒竜とは違う鋭い鳴き声が、明希也の耳に微かに入ってきた――。
「エト!!」
霧生の声に応え、上空を飛行していた数十の赤い鷲たちが次々と集まっていく。
互いの体を重ね合わせ、融合していく赤い光......。
それは次第に大きくなっていき――黒竜にも劣らない巨大な鷲へと姿を変えた。
「行け!!」
翼を広げた赤い鷲が、まっすぐに黒竜へと飛んでいく。
収まる黒竜の叫び......。
だが、その口は青い光を蓄えていた。
いっきに距離を詰めながら、鷲が深く......深く息を吸い込む......そして――
張り詰めた空気の中、同時に2体の巨大な生物の口が大きく開いた――。
――鷲の放った波動と黒竜の炎。
標的へと向けられたその2つがいっきに解き放たれ――衝突した。
「うわぁあああ!!」
激しい爆発が巻き起こる。
生じた爆風が、機体のコントロールを奪い、大きく揺さぶってきた。
機体の座席にしがみつくが、機体の底から足が離れ、一瞬体が宙に浮く。
手を離したら――体中が機体内の壁にぶち当たることになる......。
(うぐ......なんて衝撃だ......)
もはや、外の様子を見る余裕はない。明希也たちは、揺れに体を投げ出されぬよう、耐えるので精一杯だった......。
ふっ――と揺れが収まったのは、それからしばらくした後だった。
「大丈夫か......明希也」
ふらふらと立ち上がる快斗。
「あぁ......なんとかな」
差し伸べられたその手を借り、ゆっくりと立ち上がった。
(結衣......結衣は――)
目に入った結衣の様子を見て、ホッと肩を落とす......。
シートベルトを上手く使い、時任がしっかりと結衣を守ってくれていた。
だが、体に受けた傷の影響からか、顔色が悪くなっているのが分かる。
応急処置はしてもらったみたいだが、早く病院で治療してもらわないと手遅れに――
「そ......んな......」
外を見ていたカイトが、目を見開いていた。
その表情を見て、俺も恐る恐る窓の外を見た......。
黒竜の吐いた青い炎――それが霧生の鷲を包み込んでいた。
「霧生さんのエトがあんな簡単に......」
鳴き声もなく、鷲が真っ逆さまにシスト市へと落ちていく――。
自分たちを守っていた大きな存在の敗北――朽ち果てる姿。
それが、次に自分たちが辿る結末を、容易に想像させた......。
「何なのあれ!! めちゃくちゃじゃない!!」
何事もなかったかのように、黒竜が再び、その眼光を機体に向ける。
「やばいですよ霧生さん!! どうにかしてあれを止めない......と――」
いつの間にか、白い煙が機内に漂っていた。
(え......これって――)
「ふぅー」
という吐息が聞こえた......。
いつの間にか、【煙草】を口に加えている霧生を見て、乗組員一同、顔をポカン――とする。
「......霧生さん!?」
たまらずカイトが声を上げる。
「ん?」
「気づいてないんですか!!?」
「何が?」
「霧生さんの守護霊がやられたんですよ!!」
「......え? エト死んだの? マ?」
自分の仕事はお終い――と思っていた霧生は、その顔をしかめた。
「どうすんですか!? このままじゃ俺たち殺されますよ!!」
ドアから顔を出した霧生。
そこでやっと黒竜がまだ倒されてないことを知る。
「......マジじゃん」
黒竜が巨大な翼を動かす――。
ヘリとの距離がいっきに詰まる。
「出し惜しみしてる余裕ねぇな......」
霧生が煙草を吐き捨てる......と――
「【淡く微笑め、光の霊神たちよ――」
ぼそぼそと何かを唱え始めた。
「霧生さんそれ間に合うんすか!!? 間に合いますよね!!?」
「【目覚めの時――我が呼びかけに応える時が来た――」
カイトの焦りに対して、霧生は淡々と口を動かしている。
「カイトさん......何が――」
「クラレスさん! 後ろ開けてください! 一秒でも足止めしないと!」
いま自分の質問に答える暇はないのだろう。
急いで双剣を取り出したカイトの表情を見て、そう感じた。
「分かったわ!」
重い音とともに後方のハッチが開き始める......。
すき間から風がぶわっ、といっきに入り込んできた。
全開まで開いたハッチの向こう――あの黒竜の禍々しい姿が目に入った。
「明希也さん、妹さんを頼みます」
並び立つ時任とカイト。
理解の追いつかぬまま、結衣のもとへと駆け寄り、2人の背中を見守った。
(いったい、何を......)
大きく開いたハッチ――黒竜に向かって二人が武器を構える。
「断罪する雷電」
「放出浄爆」
同時に放たれた攻撃――それがまっすぐに飛んでいき、黒竜へと直撃した......が、
「くそ......俺もサイちゃんも霊力は使えるようになってるみたいだけど、まだ全開まではいかないか......」
二人の攻撃が全く効いていないのか、黒竜の動きは止まる気配がない。
「【盟約に従い、今こそ汝らの神聖なる権能をもって――」
連続で技をくり出す2人。
攻撃は当たっている、確実に......。出した技全てが直撃しているはず――なのに、黒竜を抑えられない。
(あの2人でも足止めできないなんて......)
それでも......2人は止まることなく、技を出し続けていた。
「【日の絶えぬ大地を――夜明けの光を――」
黒竜との距離が迫っていく。
「この地へ呼び起こせ!】」
あと数メートル――俺は結衣の手をぎゅっと握りしめ、息をのんだ......。
「【絢爛朝笑・太明神域】」
霧生の唱えていた声はもう聞こえない......。
たぶん、霧生が声を発しなくなったのと同じタイミングだと思うが、目の前から......黒竜の姿が......消えていた......。
「......な――」
「よかったぁ~! 間に合ったぁああああぁぁぁぁぁぁぁ~」
ドサッ、とカイトが床に倒れた。
時任もふっ、と息を吐いてしゃがみ込む。
「何が......起こったんですか。 黒竜は――」
「あきやん、外見てみ」
「へ? 外? ......っ!!?」
――目に映った外の世界は、赤く染まっていた。
まるで火の中――いや、太陽の中にでもいるかのように、赤い赤い世界が広がっていた。
その景色に包まれたシスト市――からそびえ立っていたのは神々しい神殿。
そんなもの、この都市に建っているわけがない......のに、周囲には炎をまとった神殿がいくつも、いくつも建ち並んでいた......。
だが、それらよりも真っ先に目に入ったのは――鎧を身にまとった巨人たちの姿だった。
ヘリからでも顔が見えないほど、巨大な人型の者たちが複数出現していた。
(あれはっ......!!)
ふと目に入った1体の巨人――そいつが持っている槍のような武器の先に、あの黒竜の姿が見えた。
貫かれた黒竜の巨体。
すでに息絶えているのか、ピクリとも動かない......。
それを見てようやく、今度こそ――本当に助かったのだと、実感することができた......。
どこかで鐘の音が鳴っている――。
この世の暗闇を浄化していくような、心地よく、綺麗な音だ。
自分の心も清められていくような気持ちになる。
その空間はとても神秘的で、俺は目が離せなかった......。
「市外へ抜けるわよ」
シスト市を囲むようにそびえ立つ市壁を超える......。
シャドウの侵入から都市を守る役目をになっていたそれ。
今の明希也には、今まで逃げられないよう、自分たちを閉じ込めていた檻のように見えた。
不思議と、シスト市の外へ出ると、また【夜】の景色に戻っていた。
あの神秘的な空間はシスト市の中だけに広がっているのだろうか。
さっきまで神殿やら、巨人やらが見えていたのに、一瞬にしていなくなった。
遠のいていく自分の住んでいた街......。
市壁の上からもれている赤く燃える炎の明かりが、次第に小さくなっていく......。
それを眺めていると、様々な思い出が明希也の頭の中に浮かんで――来るはずだった。
情報の整理に追われている今の状態では、少しもシスト市での思い出に、浸ることができなかったのだ......。
明希也は壁に背をつけ、ゆっくりと腰を下ろした。
これからどうすればいいのか......。
影を喰われた美奈のこと、負傷した結衣のこと......。
快斗たちにも、何て説明すればいいのか......。
住む場所、生活するお金の問題もある。ずっとシスト市という場所で生きていたのに......いきなり外の世界に出ることになるなんて......。
外の世界でやっていけるのだろうか......。
生きていけるのだろうか......。
不安で......不安で不安で不安で不安で不安で不安で不安で不安で......仕方がなかった......。
生きていく術が、自分にはほとんどないのだから......。
――地獄からの脱出。
滝川たちの支配していた恐ろしい都市から逃げられたのに......素直に喜ぶことができない......。
今日一日で、失ったものがあまりにも多すぎたせいだ......大きすぎた......せいだ。
快斗が隣に座ってきた。
座ったまま膝を抱え、俺と同じように体を丸くした。
「明希也......これ......何なんだよ」
その声は少し怒っているようだった。
「......ちょっと待ってくれ......俺だって......俺だって、まだ頭の整理......できてねぇんだよ」
――上手く説明できる気がしなかった。
何を言えばいいんだよ......。
何から話せばいいんだよ......。
どう説明しても、快斗が納得する姿が想像できなかった......。
唇を強く噛み、頭を抱える......。
視界にも、もう何も入れたくなくて、ぎゅっと目を閉じる......。
耳に入ってくる機体の羽音――それがだんだん――だんだんと、小さくなっていくのを感じた......。
■
男はガラスの窓越しに、外を眺めていた。
「2人ともお帰り。 よくやってくれたね」
暗闇から出てきた2人が、その男の前に姿を現した。
「あれ......すごい力でしたね」
「アモン様! あの少年何なんですか!!?」
「......君たちには、まだ少し秘密だ」
2人の方に振り返って、アモンは人差し指を口の前に当てた。
「えぇええ~! そんな~! 焦らさないでくださいよ~うぅ」
「それより、こっちの方もなかなか面白かったよ。 さすが元十光。 A級があれほどいてもまるで歯が立たない。 僕の守護霊でも仕留められなかったよ」
「えぇー!? 十光いたんですか!!? うわぁあ~生で見たかっです~!!」
「アモンさんの守護霊でも駄目だったんすか? 十光ってそんなに強いんですね」
「いつの間にか、街全体に細工されていたようだ。 あの規模の範囲結界を展開されては諦めもつくさ」
「あっ! 急に朝になったり、神殿できたり......あれって十光の技だったんですかぁあ!!? キャハハ! すごーい!!」
少女はせわしなく、パチパチと手を叩いた。
「それよりも、ヨナ。 あの少年に触れた感想は? どうだった?」
「もうさいっっっこうに痺れました!! 思わず漏らしちゃうくらいですぅぅ~!!」
体をくねらせ、顔を火照らせながらじゅるっ、と口から出そうになるよだれを飲み込みんだ。
「あ~~~今思い出しただけでもゾクゾクしちゃうぅ~!! 漏れる! 興奮しすぎてお漏らししちゃうぅうう~!! ......漏らしていいですか?」
「いいわけないだろ、まったく......」
「あはははは! ヨナは面白いね」
「そんなことより......なぜわざわざ逃がしたんです? 周りにいた奴らを殺せばもっと早いと思いましたけど」
「あぁ、覚醒の話かい? まぁまぁ、焦ってはいけないよ。 いきなり100%の力を引き出してしまったら、器が壊れてしまうからね。 あれくらいがちょうどいい。 そのことに関しては、君たちは完ぺきに仕事をこなしてくれたよ。 ありがとう」
「アモン様に褒められるなんて!! 光栄ですぅぅうう~!」
「さ、私たちも早くここを出よう。 貴族の方たちにも、彼のことを報告しなければ」
「は~い!」
「分かりました」
3人はその場を後にし、暗闇の中へと消えていった。
「時間はある。 これからゆっくり目覚めさせていこう」
読んでいただき、ありがとうございました。
おそらく、次回で第一章が完結すると思いますので、次回もよろしくお願いします。




