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シャドウズ  作者: saji
54/55

第50夜 範囲結界

この作品を見つけていただき、ありがとうございます。

最後まで読んでいただけたら、嬉しいです。

 

 天に高くかざされた霧生(きりゅう)の刀から、赤い光が放たれる――。

 それは瞬く間に夜空を駆け、シスト市の遥か上空へと上がり続けた......。


 永遠に上っていくかに思われたその光が、やがて勢いを止め......ろうそくの灯が消えるように、静かに消えた......。


「......っ!!?」



 明希也(あきや)は自分の目を疑った......。


 機体の中に差し込んできたのは、優しい日の光。


 ――シスト市に、朝が訪れた。


 まだ日が昇るには早すぎる。昇るはずがない。

 しかし、機体の外には朝があった。太陽の光が降り注いでいた。

 一瞬にして消えた【夜】の景色、突然現れた太陽......。

 何が起こっているのか、明希也では情報の処理が追い付かなかった――だが、これだけは理解できる。


 ――自分たちは助かった。


 もがき苦しむシャドウの大群が窓の外に映っている。

 上空を飛行していた黒い影たちが街の中へと落ちていく、退いていくのが見える......。


 おそらく、今回も霧生が何とかしてくれたのだろう。

 とても信じられないが、霧生一人であの大量のシャドウを退けたのだ。

 と、明希也は早々に結論付けた。これ以上、難しい思考で脳が疲れないように......。


 機内の壁に背をもたれる明希也。

 体の緊張を少しずつ解き、安堵の息をふっと――


「霧生!! まだよ! まだ何か来てるわ!!」


 不意に、焦燥感(しょうそうかん)漂う声が操縦席から鳴った。

 緩み切った空気が一瞬で張り詰める中、真っ先に霧生が機体から身を乗り出し、周囲を見渡した――。


「あれは――」


 遠くから接近してくる【ソレ】を見て、霧生の顔つきが変わる。



 ――【死】が夜空を飛んでいた。


 全身を覆う禍々(まがまが)しい漆黒(しっこく)の外殻。

 巨体を浮かす大きな翼が動くたび、巻き起こる突風。

 鋭く尖った牙、角、そして爪――見るだけで、心臓を引き裂かれそうだ。

 その眼光は、標的に【確実な死】を感じさせる。


 ――逃げられない。


 どこからともなく現れ、初めて目にしたその恐ろしい怪物に、明希也は呼吸を忘れた。


「守護霊か......ったく、仕事増やすなよ。 もう少しで市外に出るってのに」


 真っすぐ接近してくる黒竜、その体が後ろに反り返る。

 同時に口から深く、長く息を吸い込んで――


「......っ!!」


 次の瞬間、凄まじい咆哮が明希也たちを襲った。


「うぐっぅ!! うぁああああああ!!」


 とっさに耳を塞いだ――が、それでも耳の奥へと鳴り響いてくる。

 鼓膜が破れそうな強烈な叫びに、思わず明希也は苦痛の声をあげた。


 小刻みに揺れる機体。上空を飛んでいるのに、地震の振動を直に受けているかのようだ。

 明希也は少しでもその【叫び】から逃れようと、体を丸め、身を守ろうとした。


 苦しみに耐える最中、平然としている霧生の姿が目に映る......。


(な......なんで平気なんだ。 この人......)


 その時、黒竜とは違う鋭い鳴き声が、明希也の耳に微かに入ってきた――。


「エト!!」


 霧生の声に応え、上空を飛行していた数十の赤い(わし)たちが次々と集まっていく。

 互いの体を重ね合わせ、融合していく赤い光......。

 それは次第に大きくなっていき――黒竜にも劣らない巨大な鷲へと姿を変えた。


「行け!!」


 翼を広げた赤い鷲が、まっすぐに黒竜へと飛んでいく。


 収まる黒竜の叫び......。

 だが、その口は青い光を蓄えていた。


 いっきに距離を詰めながら、鷲が深く......深く息を吸い込む......そして――


 張り詰めた空気の中、同時に2体の巨大な生物の口が大きく開いた――。


 ――鷲の放った波動と黒竜の炎。


 標的へと向けられたその2つがいっきに解き放たれ――衝突した。


「うわぁあああ!!」


 激しい爆発が巻き起こる。

 生じた爆風が、機体のコントロールを奪い、大きく揺さぶってきた。


 機体の座席にしがみつくが、機体の底から足が離れ、一瞬体が宙に浮く。

 手を離したら――体中が機体内の壁にぶち当たることになる......。


(うぐ......なんて衝撃だ......)


 もはや、外の様子を見る余裕はない。明希也たちは、揺れに体を投げ出されぬよう、耐えるので精一杯だった......。




 ふっ――と揺れが収まったのは、それからしばらくした後だった。


「大丈夫か......明希也」


 ふらふらと立ち上がる快斗(はやと)


「あぁ......なんとかな」


 差し伸べられたその手を借り、ゆっくりと立ち上がった。


(結衣......結衣は――)


 目に入った結衣の様子を見て、ホッと肩を落とす......。

 シートベルトを上手く使い、時任(ときとう)がしっかりと結衣(ゆい)を守ってくれていた。


 だが、体に受けた傷の影響からか、顔色が悪くなっているのが分かる。

 応急処置はしてもらったみたいだが、早く病院で治療してもらわないと手遅れに――


「そ......んな......」


 外を見ていたカイトが、目を見開いていた。

 その表情を見て、俺も恐る恐る窓の外を見た......。


 黒竜の吐いた青い炎――それが霧生の鷲を包み込んでいた。


「霧生さんのエトがあんな簡単に......」


 鳴き声もなく、鷲が真っ逆さまにシスト市へと落ちていく――。


 自分たちを守っていた大きな存在の敗北――朽ち果てる姿。

 それが、次に自分たちが辿る結末を、容易に想像させた......。


「何なのあれ!! めちゃくちゃじゃない!!」


 何事もなかったかのように、黒竜が再び、その眼光を機体に向ける。


「やばいですよ霧生さん!! どうにかしてあれを止めない......と――」


 いつの間にか、白い煙が機内に漂っていた。


(え......これって――)


「ふぅー」


 という吐息が聞こえた......。

 いつの間にか、【煙草(それ)】を口に加えている霧生を見て、乗組員一同、顔をポカン――とする。


「......霧生さん!?」


 たまらずカイトが声を上げる。


「ん?」


「気づいてないんですか!!?」


「何が?」


「霧生さんの守護霊がやられたんですよ!!」


「......え? エト死んだの? マ?」


 自分の仕事はお終い――と思っていた霧生は、その顔をしかめた。


「どうすんですか!? このままじゃ俺たち殺されますよ!!」


 ドアから顔を出した霧生。

 そこでやっと黒竜がまだ倒されてないことを知る。


「......マジじゃん」


 黒竜が巨大な翼を動かす――。

 ヘリとの距離がいっきに詰まる。


「出し惜しみしてる余裕ねぇな......」


 霧生が煙草を吐き捨てる......と――


「【(あわ)く微笑め、光の霊神たちよ――」


 ぼそぼそと何かを唱え始めた。


「霧生さんそれ間に合うんすか!!? 間に合いますよね!!?」


「【目覚めの時――我が呼びかけに応える時が来た――」


 カイトの焦りに対して、霧生は淡々と口を動かしている。


「カイトさん......何が――」


「クラレスさん! 後ろ開けてください! 一秒でも足止めしないと!」


 いま自分の質問に答える暇はないのだろう。

 急いで双剣を取り出したカイトの表情を見て、そう感じた。


「分かったわ!」


 重い音とともに後方のハッチが開き始める......。

 すき間から風がぶわっ、といっきに入り込んできた。


 全開まで開いたハッチの向こう――あの黒竜の禍々(まがまが)しい姿が目に入った。


「明希也さん、妹さんを頼みます」


 並び立つ時任とカイト。

 理解の追いつかぬまま、結衣のもとへと駆け寄り、2人の背中を見守った。


(いったい、何を......)


 大きく開いたハッチ――黒竜に向かって二人が武器を構える。


断罪する雷電(エクス・ボルト)


放出浄爆(パージ・レイン)


 同時に放たれた攻撃――それがまっすぐに飛んでいき、黒竜へと直撃した......が、


「くそ......俺もサイちゃんも霊力(シン)は使えるようになってるみたいだけど、まだ全開まではいかないか......」


 二人の攻撃が全く効いていないのか、黒竜の動きは止まる気配がない。


「【盟約に従い、今こそ(なんじ)らの神聖なる権能をもって――」


 連続で技をくり出す2人。

 攻撃は当たっている、確実に......。出した技全てが直撃しているはず――なのに、黒竜を抑えられない。


(あの2人でも足止めできないなんて......)


 それでも......2人は止まることなく、技を出し続けていた。


「【日の絶えぬ大地を――夜明けの光を――」


 黒竜との距離が迫っていく。


「この地へ呼び起こせ!】」


 あと数メートル――俺は結衣の手をぎゅっと握りしめ、息をのんだ......。


「【絢爛朝笑(けんらんちょうしょう)太明神域(たいめいしんいき)】」



 霧生の唱えていた声はもう聞こえない......。

 たぶん、霧生が声を発しなくなったのと同じタイミングだと思うが、目の前から......黒竜の姿が......消えていた......。


「......な――」


「よかったぁ~! 間に合ったぁああああぁぁぁぁぁぁぁ~」


 ドサッ、とカイトが床に倒れた。

 時任もふっ、と息を吐いてしゃがみ込む。


「何が......起こったんですか。 黒竜は――」


「あきやん、外見てみ」


「へ? 外? ......っ!!?」



 ――目に映った外の世界は、赤く染まっていた。


 まるで火の中――いや、太陽の中にでもいるかのように、赤い赤い世界が広がっていた。


 その景色に包まれたシスト市――からそびえ立っていたのは神々しい神殿。


 そんなもの、この都市に建っているわけがない......のに、周囲には炎をまとった神殿がいくつも、いくつも建ち並んでいた......。


 だが、それらよりも真っ先に目に入ったのは――鎧を身にまとった巨人たちの姿だった。

 ヘリからでも顔が見えないほど、巨大な人型の者たちが複数出現していた。


(あれはっ......!!)


 ふと目に入った1体の巨人――そいつが持っている槍のような武器の先に、あの黒竜の姿が見えた。


 貫かれた黒竜の巨体。

 すでに息絶えているのか、ピクリとも動かない......。


 それを見てようやく、今度こそ――本当に助かったのだと、実感することができた......。



 どこかで鐘の音が鳴っている――。


 この世の暗闇を浄化していくような、心地よく、綺麗な音だ。

 自分の心も清められていくような気持ちになる。


 その空間はとても神秘的で、俺は目が離せなかった......。


「市外へ抜けるわよ」


 シスト市を囲むようにそびえ立つ市壁を超える......。


 シャドウの侵入から都市を守る役目をになっていたそれ。

 今の明希也には、今まで逃げられないよう、自分たちを閉じ込めていた檻のように見えた。


 不思議と、シスト市の外へ出ると、また【夜】の景色に戻っていた。


 あの神秘的な空間はシスト市の中だけに広がっているのだろうか。

 さっきまで神殿やら、巨人やらが見えていたのに、一瞬にしていなくなった。



 遠のいていく自分の住んでいた街......。

 市壁の上からもれている赤く燃える炎の明かりが、次第に小さくなっていく......。

 それを眺めていると、様々な思い出が明希也の頭の中に浮かんで――来るはずだった。


 情報の整理に追われている今の状態では、少しもシスト市での思い出に、浸ることができなかったのだ......。


 明希也は壁に背をつけ、ゆっくりと腰を下ろした。



 これからどうすればいいのか......。

 影を喰われた美奈のこと、負傷した結衣のこと......。

 快斗たちにも、何て説明すればいいのか......。

 住む場所、生活するお金の問題もある。ずっとシスト市という場所で生きていたのに......いきなり外の世界に出ることになるなんて......。


 外の世界でやっていけるのだろうか......。

 生きていけるのだろうか......。


 不安で......不安で不安で不安で不安で不安で不安で不安で不安で......仕方がなかった......。

 生きていく術が、自分にはほとんどないのだから......。



 ――地獄からの脱出。


 滝川たちの支配していた恐ろしい都市から逃げられたのに......素直に喜ぶことができない......。

 今日一日で、失ったものがあまりにも多すぎたせいだ......大きすぎた......せいだ。



 快斗が隣に座ってきた。

 座ったまま膝を抱え、俺と同じように体を丸くした。


「明希也......これ......何なんだよ」


 その声は少し怒っているようだった。


「......ちょっと待ってくれ......俺だって......俺だって、まだ頭の整理......できてねぇんだよ」


 ――上手く説明できる気がしなかった。


 何を言えばいいんだよ......。

 何から話せばいいんだよ......。


 どう説明しても、快斗が納得する姿が想像できなかった......。



 唇を強く噛み、頭を抱える......。

 視界にも、もう何も入れたくなくて、ぎゅっと目を閉じる......。



 耳に入ってくる機体の羽音――それがだんだん――だんだんと、小さくなっていくのを感じた......。





 ■





 男はガラスの窓越しに、外を眺めていた。


「2人ともお帰り。 よくやってくれたね」


 暗闇から出てきた2人が、その男の前に姿を現した。


「あれ......すごい力でしたね」


「アモン様! あの少年何なんですか!!?」


「......君たちには、まだ少し秘密だ」


 2人の方に振り返って、アモンは人差し指を口の前に当てた。


「えぇええ~! そんな~! 焦らさないでくださいよ~うぅ」


「それより、こっちの方もなかなか面白かったよ。 さすが元十光(クロスロード)。 A級があれほどいてもまるで歯が立たない。 僕の守護霊でも仕留められなかったよ」


「えぇー!? 十光いたんですか!!? うわぁあ~生で見たかっです~!!」


「アモンさんの守護霊でも駄目だったんすか? 十光ってそんなに強いんですね」


「いつの間にか、街全体に細工されていたようだ。 あの規模の範囲結界を展開されては諦めもつくさ」


「あっ! 急に朝になったり、神殿できたり......あれって十光の技だったんですかぁあ!!? キャハハ! すごーい!!」


 少女はせわしなく、パチパチと手を叩いた。


「それよりも、ヨナ。 あの少年に触れた感想は? どうだった?」


「もうさいっっっこうに痺れました!! 思わず漏らしちゃうくらいですぅぅ~!!」


 体をくねらせ、顔を火照らせながらじゅるっ、と口から出そうになるよだれを飲み込みんだ。


「あ~~~今思い出しただけでもゾクゾクしちゃうぅ~!! 漏れる! 興奮しすぎてお漏らししちゃうぅうう~!! ......漏らしていいですか?」


「いいわけないだろ、まったく......」


「あはははは! ヨナは面白いね」


「そんなことより......なぜわざわざ逃がしたんです? 周りにいた奴らを殺せばもっと早いと思いましたけど」


「あぁ、覚醒の話かい? まぁまぁ、焦ってはいけないよ。 いきなり100%の力を引き出してしまったら、器が壊れてしまうからね。 あれくらいがちょうどいい。 そのことに関しては、君たちは完ぺきに仕事をこなしてくれたよ。 ありがとう」


「アモン様に褒められるなんて!! 光栄ですぅぅうう~!」


「さ、私たちも早くここを出よう。 貴族の方たちにも、彼のことを報告しなければ」


「は~い!」

「分かりました」


 3人はその場を後にし、暗闇の中へと消えていった。



「時間はある。 これからゆっくり目覚めさせていこう」


読んでいただき、ありがとうございました。

おそらく、次回で第一章が完結すると思いますので、次回もよろしくお願いします。

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