第47夜 君に会えて良かった
この作品を見つけていただき、ありがとうございました。
最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
「えぇ......? 何言ってんの......」
そう聞き返したカイトさんの顔は......引きつっていた。
「冗談にしちゃ笑えないんだけど、それ......」
沈黙が降る......。
何も言わない工藤さんにしびれを切らし、カイトさんは自分の機動靴を触って確認した。
少しして、その動きが止まる......。
「おいおい......うそだろ......っ!」
何かに気付いたのか、今度は自分の手に視線を向けた。
「この感じ......まさか――」
「工藤さん、カイトさん、すみません」
珍しく、時任さんが少し慌てた口調で話に入ってきた。
「さっき助けた少女を......見失いました......。 少し目を離した隙に、どこかへ......」
それを聞いて、カイトは工藤さんに視線を向ける。
「トモッち......何かおかしくない? 」
「......だな」
「さっきまでそこにいたのにおかしいよね。 普通なら俺らから離れるわけがない......。 シャドウに襲われそうになれば、叫び声で気づくし......。 これって、あの子が特殊な能力を持つシャドウだった......ってオチ?」
「弱点であるエネルギーを吸うシャドウ......なんて、存在するんですか? それに、それほど強力なシャドウであれば、今の私たちが攻撃されても、おかしくないのでは?」
あんな結衣と変わらないような女の子も......滝川の仲間かもしれないのか......。
俺には信じられなかった......。
3人の空気が張り詰めていくのを感じる......。そして、表情を見ればわかる。
今、俺たちが相当追い込まれている状況にある......と。
「あの少女のことは後回しです。 いま一番問題なのは、私たちが機動靴、さらには霊力すら使えない、ってことなんですから」
カイトさんが腰に手を置く。
「ほんとだよ......どうすんの、これ」
その表情は、少しイラついていた。
突然、ピッ――という機械音が鳴る。
すると、工藤さんは腕に付けている通信機『フラグメント』を操作した。
「......霧生さんから合流地点の知らせです。 いま全員に送りました」
カイトさんたちもフラグメントを確認する。
「......結構距離あるね」
「今の状況を霧生さんに報告した方がいいのでは?」
「そうですね......」
少しして、フラグメントからコール音が鳴る。
「......こちら工藤、霧生さん応答願います」
その後、少しの間2人のやり取りが続く......。
霧生さんの声はあまり聞こえず、会話の内容は分からなかった。
フラグメントを閉じ、工藤さんは、俺たちに口を開いた。
「保護対象は全員回収したそうです」
(......っ! よかった......2人とも無事だったんだ!)
ホッと安堵の息を漏らす。
「んでどうだった? 霧生さんに助けに来てもらえる感じ?」
「いや、霧生さんとしては、合流地点の近くまで自力で来てほしい――とのことでした」
「私たちの方に助けにくるとなると、おそらく......合流地点に保護対象は置き去りの状態ですからね。 万が一、保護対象の2人がシャドウに見つかれば、簡単に殺されてしまいます」
「たしかに......そう考えるよね~。 もう、どこもかしこもシャドウだらけだもんね~」
「ただ、どのみち合流地点に行かなければ、脱出はできない。 そうと決まれば、急いで移動しよう」
「合流地点に行かなければ......って、どういうことですか?」
「脱出用のヘリを用意してあるんです。 霧生さんが滝川から奪いました」
「へ......ヘリですか!?」
そんなすごいものを用意していたのか......。
話しがまとまったのを見計らったかのように、電話が鳴る。
画面を見ると......やっぱり倉治からだった。
『お困りのようだね』
電話に出て早々、全てを理解しているかのような口ぶり......相変わらすだな。
「......あぁ悪いな、やっぱりお前の力が必要になった」
ショッピングモールで電話をした時、力を借りたくなったら、いつでも電話をしてくれ――という話をしていた。今俺から電話をかけようとしたんだが、さすが倉治......先を越されてしまった。
『おーけー! 約束通り、僕が君たちを導いてあげるよ! 電話は切らずにそのままね~』
俺は工藤さんたちに事情を説明した。
友人の倉治が安全なルートで目的地まで案内してくれることを......。
カイトさん、時任さんは半信半疑だったが、倉治と話をしたことがある工藤さんは、倉治の協力を承諾してくれた。
「決まりですね。 明希也くんの妹さんの方はどうしましょうか」
「結衣、移動できるか?」
俺は結衣に優しく語りかけた。
「え!? う、うん......」
まだ震えが治まってない様子だ......。
無理もないか......。
あの家でシャドウに襲われないように、ずっと息を殺して隠れていたようだし。
その時感じた恐怖は、簡単にはけせないよな......。
この先、走って逃げる場合もあるかもしれない。その時、結衣はちゃんと逃げられるのだろうか。
「......もしもの時は、俺が背負って移動します。 大丈夫です」
「......分かりました。 では、私たちは明希也くんたちを囲む形で守りながら、移動しましょう」
■
街は生気を失い、人の形をした化け物たちが、うなり声をあげて巡回している......。
どこを歩いても血生臭いにおいが漂うようになってきた。
黒煙を上げ、激しく燃え盛る街......。
空気が熱い。街の全てが灰になる勢いだ。
被害の大きい都市の中心部はできるだけ避け、物陰に隠れ、極力シャドウの巡回が少ない場所を移動する......。
しかし、無残な死体、飛び出た臓物......それが移動中に何度も、何度も目に映る。
吐きそうになりながらも、それらのそばを通るたび、俺は結衣の目をふさいでやった。これ以上、不安を与えたくない一心で......。
ただ、ずっと耳をふさいでいるわけにもいかず、鳴り止まない人々の悲鳴や絶叫からは、結衣を守ることはできなかった......。
――見つかれば、殺される......。
身を隠しながらの移動は、一歩一歩が神経――というか命を削るようだ。
それは俺だけじゃない。ここにいる全員がそうだ。
息を殺し、周囲の警戒と状況把握に集中し続け、足を進めていく......。
音を立ててはいけない......移動に遅れてないようにしなければ......。
その重圧と緊張、そして死の恐怖が、ずっと俺に重くのしかかっていた。
こんな調子で目的地までたどり着けるのか......と、心配になっていたが、倉治のナビゲートは完ぺきだった。
敵の位置、敵の死角、隠れる場所、それから飛び出すタイミングさえも、携帯越しに指示を出してくれた。
シャドウの群れに遭遇しそうになる危険な場面が多々あったが、倉治がいれば、なんとか乗り切れる――そう感じることができた。
次第に街の中心である市街地へと入っていく......。
かなり危険なルートが多くなってきたが、目的地にはたどり着くには、避けては通れないようだ。
「さすがに都市の中心部ともなると、シャドウの数が多いですね」
物陰から周囲の様子を見る......。もはやどこを見ても、視界にシャドウが映っていた。
もう隠れて進めるルートはないように感じる。
「だけど、合流地点までもうすぐだよ!? ほんっとすごいよ! 電話の向こうのきみ!」
と、小声でカイトさんは倉治をほめた。
『あざますー! そろそろ僕のナビも終わりが近づいてきたみたいだね~。 ただ最後にみんなに質問があるんだけど......』
「なんでしょうか?」
『僕が今考えている2つのルートで好きな方を選んでほしいんだ。 僕にはどっちが君たちにとって正解のルートか分からないからね~』
少し身構えた......。
今までずっと倉治がルートを決めていたし、こんなことを聞いてくるということは、2つとも相当難しいルートなのだと思ったからだ。
「分かりました」
『おけー。 ます一つ目は、目の前の大通りに飛び出して、右にまっすぐ全力疾走! このルートはシャドウに確実に見つかるけど、君たちの足次第で戦闘は避けられそうだよ。 もう一つは、狭くてなが~い道になる。 こっちはシャドウの数はある程度少ないけど、確実に戦闘になる箇所がいくつかあるっぽいね。 どっちにする?』
――どっちが......どっちが正解なんだ。
「後者のルートは狭い。 そこでの戦闘は圧倒的に不利だ。 今の自分たちでは戦闘が長引く場面も多いだろう。 そうなるとシャドウが集まる。 囲まれて終わり――」
ふと聞こえてきた小声に視線を移す......。
頭に浮かんだ考えを整理するかのように、工藤さんが1人で呟き続けていた。
「......私は前者を選びます」
「えぇ!? トモッち正気? 目の前見てみろよ! シャドウめちゃくちゃいるんだけど!?それに、俺たちはともかく、妹ちゃんの足で逃げ切れるの!?」
「どのみち、今の私たちでは一回でも戦闘が起きれば、囲まれてやられる確率が高いです。
ここはB級も多く見られますし。 それなら一か八か、最後の力を振り絞って全力で逃げた方がいいと考えます」
「工藤さんがそう言うなら、私は従います」
2人とも冷静だ。
カイトさんは開いた口がふさがらない――という感じだった。
結衣は......顔を真っ青にして涙を流してしまっている。
「無理だよ......私なんか、すぐ追いつかれちゃうよ......」
「結衣......」
諦めきった表情......。
無理もない。俺もシャドウが大勢いる中を、走り抜ける自信がない......。それでも――。
「 あ、あきにい......?」
結衣の手をぎゅっと握る。
「離さない。 置いて行ったりもしない。 大丈夫だ......目的地に着くまで、離さないから。 一緒に逃げ切ろう」
完全に結衣の不安を消すことなんてできない――それは十分わかっている。
けど、結衣の顔色が少し戻ってきたように感じる......。
少しだけでも、不安を取り除けたのであれば良かった......そう思う。
もう失うわけにはいかない......。
これ以上、大切なものを奪われたくない......。
――自分を犠牲にしてでも、結衣を逃がす。それぐらいの覚悟を持つんだ。
涙を袖で拭く――結衣はこくんと縦に首を振ってくれた。
『......決まりだね! じゃあ、もう僕の案内はいらないね! まっすぐ進めばいいわけだから!』
その時、電話の向こうでドンッ――というような物音が聞こえてきた......。
また、聞こえてきた。
ドアを思いっきり叩くような音――それも壊す勢いだ。
「おい倉治、それ何の音だよ」
不思議に思い、音について質問する。
『ん? あぁ気にしなくていいよ。 すぐ止むから』
ドアを激しく叩く音が大きくなっている。
ミシッ、ミシッ――という何かが軋む音も聞こえてきた。
「倉治!? なんなんだよその音――」
『いいから! それより、時間がないから僕の伝えたかったことを手短に言うよ。 明希也くん』
倉治は俺の問いには答えず、鳴り続ける大きな音を背に話を続けた。
『外の世界は君が想像しているよりも広く、自由で楽しいものだ。 夜になっても外に出歩ける街もある。様々な色で光るたくさんの街灯も、それが生み出す夜景も、夜空に浮かぶ綺麗な星もある。 あっ、海も見たことないんだったね。 ありえないくらい広いぞ~海は――』
突拍子もない話題だった......。思わず苦笑いが浮かぶ。
「はぁ? な、何の話だよそれ」
俺は混乱したまま、平静を装うために少し笑みの感情を声に含ませた。
『だけど、外の世界はそれだけじゃない。残酷で理不尽で希望を失ってしまうことだってたくさんある。 でも君なら大丈夫だよね。 君はこの地獄を乗り越えられたんだから。 どんな絶望だって乗り越えられるはずさ』
「だから、何の話してんだよ......。 お前、本当に逃げられるんだよな? 俺らを逃げした後でも、余裕で逃げられるっていってたもんな? な?」
倉治は沈黙した......。その沈黙が、俺の胸をぎゅっ、と締め付ける。
ドアを叩く音......いや、今はもうドアを壊そうとしている音に聞こえる。
この音はまさか――。
「......ごめん明希也くん、あれは嘘なんだ」
「......っ!?」
次の瞬間――何かが爆発したような音が鳴った――。
『君に会えて良かった......どうか元気で――』
倉治の声をかき消す獣のようなうなり声が無数に聞こえてきた。
その直後、電話が切れ、ツーツー、と定期的に機械音が鳴る......。
「倉治!? 倉治!!」
返事は、もう返ってはこなかった......。
もっと早く気付くべきだった......。
もしかしたら、あいつはずっと逃げずに俺たちの案内をしていたのかもしれない......。
でもどうして......どうしてそんなことができる。
「『君に会えて良かった』ってなんだよ......。 俺らはまだ、会ったことすらないはずだろ......」
電話が切れる直前に聞こえたうなり声は、シャドウのものだろう。
電話越しで聞こえた音で、状況はだいたい分かってしまう。
おそらく倉治は......シャドウに殺されてしまったんだ。
「明希也くん......」
工藤さんが肩に手をかざしてきた。
「彼の分まで、逃げ切りましょう」
心が苦しかった。直接会って、礼の一つでも言ってやりたかった。
今日話したばかりの俺に、ここまでしてくれたあいつの顔を見てみたかった......。
でも、それはもう叶わない......。進むしかないんだ。
命がけでここまで案内してくれたあいつの協力を......無駄にしちゃだめだ。
「ありがとな......倉治」
――なにがなんでも......ここから出るんだ。
顔を上げる。そして、俺は工藤さんに深く頷いた。
「......私の合図とともに、全員で飛び出します。 前はカイトと時任、真ん中に明希也くんたち、最後に私が後ろから付いて行く形を取りましょう。 いいですね?」
強い緊張がいっきに込み上がってくる......。
「3......」
全身に力が入る......。
「2......」
震える結衣の手......。俺はそれを握る手によりいっそう力を入れた......。
一緒に......絶対に逃げ切るんだ。
「1......ゼロ!」
カイトさんと時任さんが一斉に飛び出す――。
そのすぐ後に、俺は結衣とともに大通りに飛び出した。
「走れ走れ走れぇええええええ!! 止まるなぁああああああ!!」
通り過ぎていく景色――。
死体を切り刻んでいたシャドウたちの横を全力疾走で通り過ぎる。
後ろから聞こえてくるうなり声――追ってくる足音、荒い息遣い。
他のものに気を取られていた奴らも、絶対こっちに反応して追いかけてきてるはずだ。
追いつかれたら、殺される――。
少しでも遅れれば、死ぬ――。
酷い景色と臭いだ――。
そこらじゅうから聞こえる人の悲鳴と燃え盛る炎の音が体力だけじゃなく、精神まで削ってくる。
汗が止まらない......。震えが止まらない......。
足もがくがくだったが、懸命に動かす。転ばないようにと、必要以上に力が入る。
その足で、地面に転がる死体を1つ、2つと踏み越えていく――。
つまずけば、終わりだ......。
「カイト! 時任! 前方だ!」
「分かってる!!」
カイトさんと時任さんが、前に立ちふさがるシャドウを斬り倒すのが見えた。
進む道が開かれる......が、まだまだ前方にゆらゆらと接近してくるシャドウが見える。
(くそっ、まだか!? まだ付かないのか!?)
「きゃっ!!」
急に結衣の体が動かなくなった――。
「あぁああああ、助けてくれぇ!」
「......っ!」
結衣の足元――血だらけの男が結衣の足首を掴んでいた。
急いでぐっ、ぐっ、と引っ張るがその男は離そうとしない。
「死にたくないぃい! 死にたくないよぉおお――」
「いやぁああああああああああ!!!」
「あ......」
その時初めて、俺は後ろの光景を目の当たりにした――。
狂気に満ちた紫色の目が無数に広がり、波のように押し寄せてくる......。
人間の形をしているが、中身は殺戮衝動に支配された怪物たち――そいつらの赤い血で染まった手が、すぐそこまで差し迫っていた。
結衣の叫び声が遠くに聞こえる......。
俺は止めてはいけない足を止め......放心状態に陥ってしまった。
読んでいただきありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。




