第43夜 悔いなき選択
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今までの俺は、教科書の知識をただ鵜呑みにしていただけだったのかもしれない――。
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「いやー助かったぜ、あきや」
明日は学校の期末テスト。
勉強のできない快斗にテスト範囲を教えるため、明希也と快斗は勉強会を開いていた。
「まだ助かってねぇよ。 二時間しかやってねぇじゃねぇか」
明希也の部屋で黙々と勉強を進めていたが、しびれを切らしたのか、シャーペンを置いて寝そべってしまった。
「まぁまぁ、赤点にならなきゃいいんだから。 この辺にしとこうぜ」
楽観的な考え方をする快斗に明希也はため息をつく。
「とりあえずは、一日目の科目でやばいのを教えていってるが......まだ手を付けてないのは......英語と数学I、あとシャドウ学だな」
「シャドウ学......か」
むくっと状態を起こす快斗。
テーブルに肘を付け、シャドウ学の教科書をぱらぱらとめくっていった。
「......なぁ明希也」
「ん?」
「シャドウに影を喰われたら......喰われた人間は助からないのか?」
何やら急に真剣な雰囲気を出してきた快斗に、明希也は少し間を置いてから答えた。
「いや......パージストがそのシャドウを倒す――浄化すれば、影は取り戻せる。 完全に助からない、ってことはない......けど――」
明希也も快斗とともに教科書のページをめくる。
「シャドウに関してはまだ謎が多い。 影を喰われてから、いつまでに取り返さないといけないとか、他に取り込まれた影と影が混ざる危険はないのかとか......な」
「さすが明希也、めちゃくちゃ勉強してんな」
「シャドウ学に関しては、かなり読み込んだからな」
「そんなにシャドウ学できるなら、パージストにもなれるんじゃないか? ほら、パージストの試験ってシャドウ学の配点比率大きいだろ?」
うーん、と少し考えてから明希也は答えた。
「まぁ、筆記試験は通れる自信はあるが、実技はどうかな~。 バイトばっかで体鍛える時間なんてないからな。 それに――」
「それに?」
「......家族といられる時間が減るだろ。 俺がいないと、男手がいなくなるし、姉さんと結衣だけじゃ不安だ」
「明希也......俺の知らない間に、立派になって......」
ウソ泣きし始めた快斗の頭に軽い、手刀をくらわせる。
「ほら、雑談はこれぐらいにして、さっさと残り片付けるぞ」
「えぇぇぇええ~」
勉強を再開しようとした二人の耳に、コンコンッ――とドアを叩く音が聞こえてきた。
「どう~? 勉強進んでる~?」
ドアを開き、顔を覗かせたのは明希也の姉――美奈だった。
「あっ! 美奈のお姉さん! 今日もお綺麗ですね!」
「ふふっ、ありがと。 快斗くんは今日うちに泊まるんだよね?」
「はい!」
「じゃあ晩御飯用意しなきゃね! 私が作ってあげる!」
「えぇ!? 美奈さんの手料理食べられるんすか!!」
嬉しそうにする快斗、とは反対に明希也は冷汗をかいた。
「あ、あれぇ? ねねね姉さん? 今日は結衣が料理当番のはははず......だろ?」
「結衣なら、友達の家でお泊りしてるわよ? テスト近いから、今のうちに一緒に対策しとくんだって」
「き、聞いてないぞ!! あいつ、はめやがったなぁ!!」
「え? はめるって何を?」
とっさに明希也は口をふさいだ。
――姉の作る料理は想像を絶するほどの不味さ。
その事実を美奈は自覚していない。それどころか、自分が料理を作るのが上手いと勘違いしている。
昔、明希也は何度かその事実を面と向かって話していたが、姉は受け入れようとしなかった。
怒りを露わにし、包丁を持って追い掛け回されるだけだったのだ。
何度言っても無駄......。
事実を言って、怒らせるぐらいなら、我慢して穏便に解決しよう――と結衣と密かに決めていたのだ。
「楽しみだな~美奈さんの料理!」
以前、美奈の手料理を食べているはずだが、そのことを快斗は覚えてないようだった。
経験したことのない味を味わった彼の脳は、その時の記憶をシャットダウンしたのだろう。
「快斗......どうやら、赤点は避けられないみたいだ......」
明希也は小さく、そう呟いた。
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「明希也、お前がこれまでシスト市で得てきた知識はほとんど......滝川たちによって作られた都合のいい『ウソ』だ」
「......っ!」
シャドウは人間の影を喰らう。
喰らった分だけ、より力を増し、人類にとって脅威となる。
しかし、光の力を持つパージストと光兵器であれば、シャドウを浄化――倒すことができるのだ。浄化をすれば、そのシャドウが今まで喰らってきた人々の魂が元の体に戻る。
空になり、動かなくなった肉体に、また命が返ってくる。
そう......教わってきた......。
だが、霧生の言葉で、俺は滝川との会話を思い出していた――。
そうだった......。
あいつの計画の内容は、シスト市をシャドウで満たし、支配すること。
それが外に漏れないように、自分たちの都合のいいようにシスト市の情報を改変していたんだ......。嘘でこの都市を満たしていたんだ......。
あの時感じた衝撃が、頭の中によみがえる......。
俺は悔しさと怒りで、拳を強く握りしめた。
「そんな......じゃあどうやって......どうすれば姉さんを救えるんだよ!!」
「今は無理だ!」
「どうして!! やっぱり霧生さんでも、こいつには勝てないってことかよ!!」
「違う! 今はまだ――」
突如――鉄を強く叩いたような重い音が、身体全体を小さく揺れ動かした......。
「......時間だ。 クハハ」
シャドウの動き、うなり声が止み、沈黙が訪れる......。
また聞こえてきた......。鐘のような大きな音だ......。
どこで鳴っているのかは分からない――が、ゴーン、ゴーンとシスト市全域に鳴り響かせるかのように、その音は聞こえてきた。
「良かったなぁお前ら。 最後に地獄が見られるぞ?」
そう言うと、ヴァンプは耳障りな笑い声を上げた。
「何を始めるつもりだ」
霧生はヴァンプの胸ぐらをがしっ、と掴み寄せた。
「虐殺さぁ! もうすぐシスト市に潜んでいたシャドウ全てが、一斉に動き出す!」
「っ......!」
「今なっている鐘の音がその合図。 この都市はもう終わりなんだよ! クハハハハハハハハハハ!」
「なんだよ......それ......」
一斉に動き出すだと......そんなことになったら、街の人たちが――
「明希也! 早くそれを履け!」
胸ぐらを掴んでいた霧生が、無造作にヴァンプを打ち捨てて立ち上がった。
「一刻も早く、この街から脱出する」
焦燥感を漂わせながら、俺の方へと近づいてくる。
「で、でも姉さんがまだ――」
「今は諦めろ」
その言葉に思わず、霧生を睨みつけた。
「そ、そんなことできるわけ――」
「俺が必ず取り返してみせる! だから今は......俺を信じろ」
霧生の目は冗談を言っているような目ではなかった。
肩に添えられた手が大きく、力強く感じる......。
不安だった。とても恐ろしかった――。
もう姉さんと会えない......。
その考えがずっと拭えず、俺の判断を迷わせた。
本当なら、すぐそこにいるヴァンプを浄化してほしかった......。
霧生ならすぐに浄化できると思っていたのに......今はできない、と言ってきた......。
なんで――なんでなんだ。
どうしてヴァンプにとどめをささないのか、どうして姉さんを救えないのか。
何がなんだか分からなかった......けど、霧生は明らかに、貴族と戦っていた時よりも焦った表情をしている。
分かっている......。霧生の言うことに従うほかはないのだと......。
信じるしかないじゃないか......。
だって、俺にもはっきりと伝わってきたのだから――その表情から、これから起こる事がどれほどのものなのかが......。
「......家にまだ、妹が。 それに一緒に逃がしたい友達も」
「......救いたいのかその全員を」
「家族と同じくらい大切な存在なんだ!」
それを聞いて、霧生は俺から手を離し、少しの間考え込んだ......。
「......2人だ」
「え?」
「助けたいやつを2人選べ、それ以上は無理だ」
2人......助けたい人で、真っ先に頭に浮かんだのは、妹の結衣、友達の快斗と彩華だった。
でも、俺にはもう一人助けたいやつがいた――倉治だ。倉治も助けたかった。
2人じゃ......全員助けることはできない......。
選べるわけがない......2人だなんて......俺には選べない――
「......っ!」
急に鳴り出す携帯――ポケットから取り出して、画面を見る。
それは倉治からだった。
「もしもし? どうし――」
「今、外やばいよ~!! この都市まるまる地獄に転送されちゃったと思うぐらい! こりゃ早く逃げないと手遅れになるって~!」
俺が聞く前に、倉治は次々に情報を垂れ流してきた。
「な、何が起こってるんだ!?」
「簡潔に言うと、大量のシャドウが現れて、街じゅうの人間片っ端から殺しまわってる感じ。 もう悲鳴と絶叫と逃げ惑う人々で溢れかえってるよ! なんか、映画見てるみたいだね~!」
焦り、恐怖、倉治の口調からはそんな感情は全く感じ取れなかった。
もし本当に、そんな状況になっているのだとしたら、そんな楽しそうに話す人間はいないだろ。人の心を持ってないのか、お前は。
むしろ、この状況を楽しんでいるようにさえ感じる。
「お前......なんでそんなに嬉しそうなんだよ! ホントに外やばいんだろうな!?」
「......明希也くん、僕の勘違いだったらごめんなんだけど、僕のことを救おうとしてくれてるなら、心配ないよ」
「え!? お前、さっきの会話聞いてたのかよ! しかも、心配ないってどういう――」
「だって......僕だけの秘密の抜け道知ってるもんね~! 1人専用だから、明希也くんたちには教えてあげないよぉ~! あっははは!」
「なっ!! 倉治、おまえ――」
「だ・か・ら!」
俺の言葉を遮るように、倉治は続けた。
「余裕を持て余してる僕が、君たちの脱出を手伝ってあげるよ。 だいじょうぶ、僕なら君たちの脱出を見届けた後にだって、逃げられるから」
さきほどの興奮気味の口調とは違く、今の倉治の口調からは、真剣な様子が感じられた。
「......ホントなんだな?」
「僕なら心配らないよ~。 あっ、あと僕から一つアドバイスをば」
「なんだよ?」
「与えられた選択肢が全てじゃないよ。 後悔したくないなら、自分が選びたい方へ進みなよ」
「......っ!」
「だいじょうぶ! 天才の僕が付いてるんだから!」
――倉治には、全部お見通しってわけか。
今までの霧生との会話はもちろん、俺が助けたい人を決められないのも、その中に倉治も含まれていることも、全部ぜんぶ......。
いけ好かないやつだけど、これまでたくさん、俺の手助けをしてくれた頼りになる存在だった。俺の中で、信じたいと思える人間になっていた。
そして今も、あいつの言葉が......俺に決断する勇気を確かに与えてくれた。
ホントに......不思議な奴だよ、おまえは......。
「......ありがとう。 おかげで決心がついたよ」
電話を耳から離し、霧生の方に目を向ける。
「助ける2人は決まったか?」
その問いに、俺は力強く頷いた。
「今から2人の友達の家を教える。 霧生さんはその二人を。 どうしても助けたいふたりだ」
「......妹はどうする」
「......俺が......俺が連れていく」
読んでいただき、ありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。




