第41夜 足掻き続ける希望
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――ふと、頭をよぎったのは、姉と交わした約束だった......。
「う......うぉぉぉぉおおおぁぁぁあああああ!!」
床に落としていた武器を拾い上げ、貴族に立ち向かう。
ほんの少しの......数秒の記憶。
ただの、何でもない幼いころの約束......。
なぜかは分からない。
でも......それが......それが俺の体を動かした。
「うぁぁぁぁぁあああああ!!」
いま......あの時の約束を果たさないで、いつするんだ。
いま動かないで、どうすんだ。
あの時の俺の方が、よっぽど強いじゃないか。
俺が姉さんを守るんだ。助けるんだ。救うんだ。
斬りかかる明希也に気付いた貴族が美奈から手を離し、立ち上がる。
いっきに距離を詰める明希也とは対照的に、貴族の方はゆっくりと近づいた。
(頼む! 来てくれよ、予知!)
あいつは油断してるはずだ。パージストでもない俺には、何の力もない、と。
だから......あいつの攻撃を避けて、一瞬で決めてや――
「......え?」
急に態勢が崩れ、地面に勢いよく体が倒れる......。
「お前さっきからなに? 彼氏? 友達?」
「くっ......」
立ち上がろうとした――が、足の感覚が全く感じなかった。
「な......何が起こって......!」
足の方に振り向くと――
――両足がなくなっていた。
少し後ろに、転がっている2つの足。
足首から下......両足を斬り落とされていた。
だがおかしい......痛みが感じな――
「うっ!! ぐ、ああぁぁぁぁああああ!!!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――。
「あぁぁああああああ足がぁぁあああ! あしがぁぁあああああああああ!!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い――痛みが絶え間なく襲ってくる。
血が止まらない。息が苦しい。
「明希也ぁぁああ! 明希也ぁぁああ!!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い――。
今まで感じたこともない激痛――出したことのない絶叫が、喉から込み上がる。
身体の痙攣、めまい、吐き気、いつ終わるんだ、この痛みは。
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ――
「お前、シスト市の生まれだろ。 シスト市の市民どもは、俺がどういう存在なのかすら、理解できてないらしい......哀れだな」
「いやぁぁああああ!! 明希也ぁぁぁぁああ!!」
「おっと! 今は行かないでください。 あなたは私のお気に入りなんですから」
明希也のもとへ行こうとする美奈を、ヴァンプが拘束する。
「いま、世界がどういう状況なのかも、知らずに......。 無駄に希望を持ちやがって......」
何が......起こった、何が起こったんだ......。
あいつに斬られたのか。攻撃の動作も、斬られる感覚もなかったぞ......。
思考を巡らそうとしても――脳が......まともに働かない......。
だけど......
「俺の......大切な家族に......触るな」
俺を見て、泣き叫ぶ姉の顔だけは......俺を呼ぶ声だけははっきりと認識できた。
「そんなに家族が大事か?」
俺は這いずった......。
ただ、姉のもとへ――大切な家族だけを見て......。
「最後に教えてやるよ。 お前が深く、暗い絶望の中で死ねるように」
意識が朦朧とする......自分の『死』が近づいてくるのを感じる......。
でも、止まりたくなかった......。
姉を助けるために、ここまで来たんだから......その姉が、もう手の届くところにいるんだ......。
止まるわけにはいかない......。
こんな状態でも......俺の体は、姉のもとへ進んでいった......。
「シャドウは人間の闇だ。 負の感情が具現化して生まれた化け物。 これが何を意味するのか分かるか?」
貴族の問いにも答えず、明希也は必死に姉のもとへ這いずる。
「......人間の数だけシャドウは存在する、ってことだよ!!」
「うぐっ!」
貴族の足が明希也の背中に落ちる。
すりつぶすように、背中でぐりぐりとその足を動かした。
「パージストどもは終わらない戦いを強いられ、死人は増えるばかり! そこからまた悲しみや怒りが生まれれば、さらにシャドウの力は増していく! 圧倒的な闇の力に、『シャドウに人類の命運を委ねろ!』だなんて主張する『シャドウ教団』なんてのもいるって話だ!」
興奮した口調で、貴族は声を上げる。
「......希望なんてねぇんだよ。 この世には。 いくら家族だの友人だの、金だの愛だの、希望だの喚いても! 人間はシャドウに滅ぼされる運命なんだよ」
「お前だって......人間だろうが」
「いいや、俺は人じゃねぇ。 神だ!」
貴族が明希也から足を離す。
今度は前髪を掴んで、明希也の顔を無理やり上げた。
「俺はなぁ、俺と同じ形をした貴様らみたいなゴミが、我慢できないんだよ! 貴様らゴミを一掃して、王家の血を引く者たち――つまり俺たち『神』だけの世界を作る! シャドウと組んでるのも、人間の殲滅に関して利害が一致しているだけだ。 目的が果たせたら、ペットぐらいにはしてやるよ! 」
「すぐそばにシャドウがいるってのに......よく言うねぇ。 クハハ」
「......俺に見つかったのが運の尽きだな。 苦しまず、楽に死ねたかもしれねぇのによぉ。こんなところに来なければ、姉が犯される姿を見ることもなかったってのに! くくっ......あっははは!!」
上を見上げ、頭を抱え、興奮が爆発したように貴族は笑う。
「なにが......滅ぼされる運命だ」
明希也は拳を強く握りしめた。
「約束したんだ......必ず連れて帰るって......。 守るって......」
「あきや......」
――思い出したんだ。
結衣だけじゃない。姉さんとも大切な約束をしたことを......。
「外の世界がいま......どうなってんのかなんて、知らねぇよ。 だって、出たことないからなぁ。 見たことないからなぁ。 でも――」
薄れていた意識が、明希也の中で次第に戻ってきた。
「外から助けに来てくれた人たちがいたんだ。 こんな地獄から救い出そうとしてくれた人たちがいるんだ。 俺に......希望を与えてくれたんだ!」
「......っ!」
貴族の腕を掴み返す。
「俺は最後まで、諦めねぇ......足掻いてやる! 家族も、希望も失わないように。 最後まで足掻いてやるよ!」
その意志を示すかのように、掴んだ手に力を込めた。
「そんな状態で何言ってんだぁ! ゴミが!!」
反抗心を見せる明希也の顔を、貴族は床に強く投げ捨てた。
「あーあ、予定変更だ......ヴァンプ、その女の影を喰え」
「え? あんた、さっきまで犯す気満々だったんじゃ――」
「何が何でも、こいつを絶望させたくなった。 それに関しちゃ、お前の方が適役だろ。 もう犯る気分でもねぇし。 とっととやれ」
「りょうか~い」
「な、なにするの!」
ヴァンプが美奈の顔を掴んだ。
「今から最高の時間を味あわせてあげますね、美奈さん」
すると、黒い靄のようなものが次第に流れ出て――
「いっ......あぁぁぁぁぁあああああああああ!!!」
ヴァンプの手が紫色に光り始めた瞬間、美奈の苦痛に満ちた絶叫が鳴る。
「やめろ......何してんだ!!」
「何が起こってると思う!? あの女の頭ん中で何が起こってるか想像できるか!? 」
這いずりながら、美奈へ伸ばす明希也――だが、その手が貴族によって踏みつけられてしまった。
「友人、恋人、家族が殺される瞬間か? それとも逆か? 大切なやつが人を殺してる瞬間かもな。 恐怖、怒り、悲しみ、後悔、苦痛、嫌悪、失望、孤独、嫉妬......人間の負の感情があの女の頭の中で、絶え間なく流れているんだよ!」
「みなぁぁあああああああああ!!」
「楽しい記憶が流れる! でも、それを壊される! どんどん希望も、夢も、楽しい記憶も遠ざかり、最後には絶望しか残らない! それを何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度もぉ! ......体験させられてるんだよ」
「やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてぇぇぇえぇぇええええええ!! こんなの見たくないぃぃぃぃいいいい!!」
「あぁああ......なんて素敵なんだ。 あなたの綺麗な心が黒く染まっていく――それを強く......強く感じますよぉおおお! クハハハハハハハ!!」
「ヴァンプ! 頭の方掴んで喰いやがれ! 顔が見えねぇだろうが!」
貴族の指示通り、ヴァンプは美奈の顔から手を離し、頭を掴んで影を喰らっていった。
貴族は満足そうに笑みを浮かべ、苦しむ美奈と、絶望を浮かべている明希也の顔、それを交互に見ていた。
「やはり私の目に狂いはなかった! 美奈さん! あなたは私が今まで喰らってきた人間の中で、一番いい表情で絶望してくれている!! あぁ! あぁああ! 気持ちいぃいいいい!」
「ほら、見ろよ。 あんなの女のしていい顔じゃねぇ! やっぱ犯すより、こっちの方が見てて気持ちがいいぜぇぇええ!!」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!」
鳴り止まない絶叫。苦しむ姉の顔――明希也は怒りを露わにし、自分の手を踏んでいる貴族の足を振りほどこうとした。
しかし、すでに明希也の体には、力を入れる余力がなくなっていた。
「いやぁあああああああああああ......ああぁ......あ......」
鳴り止んでいく絶叫......。
どうすることもできない......。
自分の無力さに、血が出るほど唇を嚙み締めた。
「あはははははははは!!! ぶっははははははははは!! 人間が絶望すんの、何度見てもさいっこうだなぁぁああ!!」
「......あき......や」
「......っ!」
美奈の表情が次第に変わっていく――恐怖の色に染まっていた顔の筋肉を無理やり動かして、今できる精一杯の微笑みをして......
――
発声することもできなくなった美奈の口が、その言葉を形作った......。
「ねえちゃん? ......ねえちゃん!!」
ヴァンプの腕を掴んでいた美奈の手が、だらんと下へ落ちる......。
「おや? もう吸い尽くしてしまいましたか......。 かなり、ゆっくり吸っていたんですけどねぇ」
ヴァンプが美奈の頭から手を離した――。
床にべたりと倒れ込む身体......。
顔は涙と鼻水で濡れ、目を開けたままピクリとも動かない。
俺の想像もつかない絶望の中で、姉は魂を喰われてしまった......。
最後に、また笑顔を俺に向けてくれた......。
ホントに最後まで......優しくて、カッコよくて、家族思いで、暖かくて強くて勇敢で......大好きだった姉......。
それなのに......そんな大切な存在を......目の前で奪われてしまった......。
「うそだ......うそだうそだうそだうそだうそだうそだぁああ!!!」
今までの姉と過ごした記憶がよみがえる......。
これからも、結衣と3人で普通に暮らして、一緒にご飯を食べて、今は機会も減ったけど買い物に行ったり、遊びに行ったり、姉のひどい手料理をどう回避しようか結衣と作戦を立てたり、些細なことで喧嘩する時もあるけど、すぐに仲直りしたり......そんで――暗くて少し恐い夜が明けたら、「おはよう」って......挨拶して......。
いつか......いつか平和な世界になったら、綺麗な星空の下で、夜に散歩してみたかった......いっしょに......。
姉がいる生活が当たり前だった。姉ちゃんがいない生活なんて考えられない......。
これから先の......姉との未来を奪われた――その悔しさと悲しさで、涙をこぼした......。
「これで分かっただろ? こうやって人間はシャドウに喰われ、滅亡する......」
何度も拳を床に打ち付けた。
もはや力を込めることもできなくなった拳を......何度も何度も何度も何度も......。
「安心しろよ。 お前の残りの家族も、あそこで寝転がってる仲間も殺しておいてやるから、なっ! ぶっふははははは!!」
「――やろうが......」
「あぁ? なんて言ったんだ?」
「クソやろうぅがぁああああああああああ!!」
そばに立っていた貴族の足に、怒りを露わにして掴みかかった。
「うるせぇよ」
「うぐっ......!」
貴族の剣が明希也の心臓へと真っすぐに突き刺さった――。
1回、2回、3回と貴族は続けて、引き抜いては刺してを繰り返し――自分の足を掴む少年の手が離れても、容赦なく剣を体に刺し続けた......。
「ちっ......あんまりうぜぇから、殺しちゃったじゃねぇか。 もう少し煽りたかったが......」
もう明希也の目には、影を奪われた美奈と同じく、光がなくなっていた......。
「まぁ、なかなか楽しめたし、帰るとするか」
貴族は剣を鞘に戻し、明希也に背を向けた。
「......ごふっ......がはっ!」
「......はっ?」
後ろから聞こえるはずのない、せき込む音――貴族は振り向き、首をかしげた。
「いやいや......いま確かに殺したよな? なんでまだ生きてんの?」
「これはこれは......驚きましたね......」
「はぁ、はぁ、はぁ、う......うぅ......」
殺したはずの人間が、自分の方へ這いずってくるその光景に、貴族は後ずさりした。
「返せ......姉ちゃんを......返せ」
「......っ! き、気持ちわりぃんだよ!」
剣を引き抜き、はや足で明希也へと近づいていく。
「なんだか分かんねぇが、全身細切れにすりゃさすがに死ぬだろ!」
明希也の目の前で立ち止まり――
「......終わりだ」
首に向かって剣を振り下ろした――。
「......っ! 」
横からくる攻撃の気配――それを瞬時に察知し、向かってきた刃を受け止める。
「......誰だ? おまえ」
貴族に斬りかかった男は、黒いコートを羽織っており、口にくわえた煙草から、ゆらゆらと煙を立ち昇らせていた。
「 通りすがりの元パージス――いや......ただのヤニカスだ」
読んでいただき、ありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。




