第39夜 最後の自我
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その瞬間、耳を切り裂くような咆哮とともに獣が動き出し――
人々を......前足で踏みつぶした。
「な......」
放心状態になった生存者たち。だったが――
「う......うわぁぁぁぁぁ!!!」
「なんでですかぁあ!! 貴族さまぁぁぁぁ!!」
目の前の人間が踏みつぶされた――という事実を認識し、すぐさま逃げ出した。
何が起こったのか分からない、信じられないというような表情をして......。
「くっ! トモッちの結界じゃ防ぎきれない」
次々と人間を爪で切り裂き、足で踏みつぶしていく......。
まるで薄いガラスだ......。簡単に光の壁を破壊している......。
あの獰猛で凶暴な獣の前では、ただの人間はなすすべがない。
「......サイちゃん! あいつを何とか食い止めてくれ! 俺がヴァンプから3人を守る!」
「あまり持ちませんよ」
「霧生さんが来るまでの辛抱だ! もうすぐ来るはずだ!」
「『もうすぐ』って......時間に対しての抽象的な表現は嫌いなのですが......」
そう言いながらも、時任は獣の方に向かって走り出した。
「なんなんだよ、あいつは! いきなり出てきやがって! 」
あいつが来てから、リナも様子がおかしくなってしまった。
状況も最悪だ――ってことぐらいは、混乱していた頭でもなんとか理解できた。
(俺にできることは......もう――)
「いやぁぁぁあぁぁぁぁぁ!」
「ね......姉さん!!」
姉さんの逃げ惑う姿が目に入った。
あのままでは、獣に殺される――。
(助けに行かないと......)
「やだぁ! 行かないでよぉ!」
助けに行こうと体を動かしたが、怯えたリナがしがみついてきた。
「リナ......頼むから、頼むから......俺の家族を救ってくれ......」
「あきやん、今のリナには何を言ってもむだだよ。 俺たちだけで戦うしかない」
「カイトさん......」
気が付けば、リナの体からは白い光も、青い光も消えていた。
彼女の瞳にも、一切の光が映っていないように見えた......。
「愚民が......僕に近寄るんじゃねぇよ!」
「......っ!」
斬りかかってきた時任に対し、貴族はすばやく剣を抜く――。
黄金に輝きを放ち始めた刀身が、時任の攻撃を受けた。
「......っ!?」
「ん? 何をそんなに驚いている」
目を見開く時任――。
その様子を見て、貴族がニヤリとする。
「何か能力を使いたかったみたいだが、僕の剣には精霊の加護が付いていてね......霊力を無効化して僕を守ってくれるんだ。 そして――」
――消えていた。時任の体から、白い光が......。
「剣を交えれば、相手は霊力を使えなくなるんだよ、ね!」
時任を勢いよく薙ぎ払い、宙に吹き飛ばした。
「......っ! 時任さん!!」
宙に浮いた時任の上に......獣が前足を振り下ろそうとしていた。
「霊力がないと、その機動靴も使えないよねぇ~!」
「サイちゃん!!」
「はぁあああああ!!!」
獣の振り下ろした足に、光の壁が出現した――が、攻撃を防いだのはほんの一瞬だった......。
地面に足が振り下ろされ、地響きが大きく鳴った......。
「召喚された精霊を消す方法は色々あるが、一番手っ取り早いのが召喚者を殺すこと......それが狙いだったようだが......愚民が僕に勝てるとでも?」
「うっ......」
膝をついていた工藤が、地面に力なく倒れた......。
同時に光の壁が消える......。
「あっ......」
――その状況に声が出なかった。
外側にいた大量のシャドウを防ぐ壁が消え、狂気のまなざしと強烈な殺気を直に浴びる......。
持っていた武器が、するっと俺の手から、抜け落ちていった......。
「ヴァンプ、こんなこと計画にはなかっただろ。 勝手に動くなよ」
「別にいいじゃん。 ほぼ完了してるし、最後に好き勝手やりたかったんだよ」
無情にも時任を踏みつぶした獣は......残りの生存者たちの方へ睨みを向けた。
「ボルグ、待てだ」
「お前らも待機してろよ。 後始末は俺がする」
ヴァンプの指示通り、周りのシャドウたちは一歩も動かなかった。
「これだけのシャドウに命令できるなんてな......」
「カイトさん......俺たち――」
「あきやん、死んでも守るよ。 俺がみんなのこと」
力尽きた工藤さん、踏みつぶされた時任さん、怯えるリナ、意識を保つのがやっとの倉持さん......。まともに戦えるのはカイトさんしかいない。
この絶望的状況の中――カイトさんも傷を負っているはずなのに、まだ......諦めてない。
(でも......さすがにこの状況は――)
「あなた人間でしょ!? どうして人の命を簡単に奪えるのよ!」
そう声をあげたのは、姉の美奈だった――。
「なにお前」
「貴族だかなんだか知らないけど、人の命を奪うことはしちゃいけないことよ! そんなの......シャドウと一緒じゃない!」
体は震えていた......。だが、まっすぐ貴族に向き合って、言葉を放っていた。
この状況であの姿勢......さすがは姉さんだ......。
だけど――
(姉さん! それ以上言ったらまずい!)
「次勝手に口開いたら殺すから」
恐ろしい圧力だ。向けられていない俺でさえ、恐怖心が込み上がる......。
言われた通り、ぎゅっと口をつぐむ美奈――
「......っ!?」
だったが、彼女は貴族に向かって中指を立てて見せた。
「......死ね」
横に大きく剣が振られた。
弧の形をした鋭い何かが、美奈の方に飛んでいく――。
それが何なのかは分からない......だけど、それに当たれば、姉が死んでしまうと容易に想像できた。
「せっかく助けに来てくれたのに......ごめんね、明希也」
――やめろ。やめてくれ......。
「みなぁああああああ!!」
「行くな! 明希也!」
カイトに腕を掴まれ、助けに行くことさえできない。
そんな俺の目に、容赦なく命を奪う斬撃が、美奈の体を斬り裂く――
「......え」
その光景が映る......はずだった。
「はなこ......ともえ?」
美奈の前に現れたのは――明希也と倉持が戦った2体のシャドウだった。
(浄化しきれていなかったのか!? でもなんで......)
――シャドウが人間を助けた。
その信じられない事実に明希也の頭は混乱していた。
「は、花子ぉ! 友江ぇ!」
自分をかばい、静かに地面へと倒れた2体のもとへ駆け寄る美奈。
「花子! はなこぉ!」
友人の名を必死に呼び、2人の体を揺する――が反応は返ってこない。
「み......な......」
「......っ! 花子ぉ!」
遅れて返ってきたその声に、美奈はすぐ反応した。
涙を流しながら、瀕死になった友人を抱き寄せる......。
「うそ......こんなの......うそよ」
「ごめ......んね」
美奈はその時気づいた。その友人が人の目を取り戻している、ということに。
「珍しいな~、シャドウ化しても自我が残ってたなんて」
貴族の男は、興味深そうに倒れた2体を見ていた。
「3人でずっと一緒にいよう......って言ってたじゃない......」
「みなは......あったかいね」
「え......?」
「ずっと......寒かったの......苦しかったの......死にたい......ってかんがえちゃうくらい」
「そんなこと......言わないでよ」
「でも......」
目が見えていないのか、焦点がはっきりしていなかった。
それでも、その友人は美奈の声を辿り、視線を合わせようと顔をあげる。
「最後に......みなの声が聞けて、よかっ......た」
声はそこで途切れた......。
「はなこ......?」
首に手を当てる......もはやその体からは、生を感じることができなかった。
友人の体を強く抱き寄せた彼女は声をあげて......泣いた。嘆き悲しんだ。
そのまま目を開き、微笑みを少し残した表情――まだ生きているよね、と尋ねたくなる。
しかし、体に触れている美奈自身が一番感じていた。
友人がもう、永遠に動くことはないことに......。
読んでいただき、ありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。




