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シャドウズ  作者: saji
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第22夜 異変

この作品に目を通していただき、ありがとうございます!

最後まで読んでいただけたら嬉しいです!

 

 屋上通路を抜け、三階フロアに着くと――そこには、明かり一つない空間が広がっていた。


「うっ……! なんだよ……!? これ……」


 俺はこの臭いを、嗅いだことがあった。


 フロア内に漂うこの臭い。

 思わず顔を歪め、鼻を覆いたくなるほどの強烈な臭気。


 あの時と同じ――血の臭いだ。

 だが、あの時とは比べ物にならないほど、臭いが濃いように感じる。


「ひでぇ臭いだ……」

「いったい……どれだけの人間が死ねば、この広い建物をこんな臭いで満たせるんでしょうかね……」


 他にも嗅いだことのない臭いが混ざり合っていて、少し呼吸をすると、そのたびに臭いが鼻の中を突き上がってくる。


 呼吸の量を調整しなければ、頭痛や吐き気が一気に押し寄せてくるのが容易に想像できた。


「慎重に進みましょう。 私は明希也くんの後ろを警戒しながら探索しますので、三人は前をお願いします」


「りょ~かい!」


「あきやくん、怖かったらいつでも言ってね~。 楽しい話聞かせてあげるから!」


「あ……あぁ」



 工藤たちの持っていたライトが、道を照らしてくれたが、俺はライトを持っていなかったので、彼らの間に入り、できるだけ離れないように行動することになった。


(それにしてもすごい……)


 この暗さと臭いの強烈さは正直俺の予想を遥かに上回っていた――が、衝撃だったのがもう一つ――それは4人の様子だった。


 この暗闇と強烈な臭気の中、俺以外の4人は平然とした様子だったのだ。


 俺みたいに鼻を手で覆うこともせず、暗闇を恐れず、ライトを持って冷静に進んでいる。

 きっと、彼らはこのような状況をなんども経験してきたのだろう。


 対して俺は、臭いに耐え、4人に付いて行くので精一杯……。

 周囲の探索に意識を向けられる余裕が全然ない。


(くっ……俺も頑張らないと……)


 この人たちに任せっきり――おんぶにだっこ状態ではいけない。

 自分でも、周囲を見回すくらいはしないと、付いてきた意味がないだろう。


 気持ちを入れ直し、俺はようやく暗闇の中に探索の目を向けるのだった。



 ■



 ――日の出ている時間とは世界が違う。


 周りの状況、物、人、構造、道先――ほとんどの情報が絶たれた空間。


 目はなかなかその空間に慣れてくれなかった。

 ある程度の範囲までは見えるようになるのだが、そこから先は何も見えない。



 ――いきなり、シャドウが襲ってくるかもしれないという恐怖。


 その恐怖が進むたび、自分の精神を削っているように感じる。

 あの4人はよくこの環境の中で、黙々と進んでいけるな。


 この暗闇では、ライトの明かりなど、弱すぎて――か細過ぎて無意味に思えてしまうというのに。


 ――知らなかった。

 夜の世界とは、こんなにも恐ろしく、冷たいものだったのか――。



 ――暗い。



 何も見えないということが、こんなにも恐怖を感じさせるのか――。



 ――本当に暗い。



 時々、水たまりを踏んだ時の様に、足元からビチャビチャと音が鳴る。



 ――なんだか気持ち悪い。



 人の悲鳴みたいなものが聞こえてくる――。

 幻聴だろうか……。



 恐い。こわいこわい。


 さっきから、頭も痛いし、イライラしてくる――。


 こんな臭い……もう嗅ぎたくない。外の空気が吸いたい。




 ――なんでこんな苦しいことをしてるのだろう。


 あれ……ホントになんでだっけ。



 なんでここにいるんだっけ――。

 なんで――どうして――



 いや、もうどうでもいいなんでもいいいまはなんでもいいからとりあえずダレカコロ――



「あきやくんってば!!」


 身体がびくりと反応した。


「……え?」

「あ~! やっと反応した~!」

「全く反応がないので心配しましたよ、明希也さん」

「だいじょぶ? 少し休む?」


「……えっ……と」


 ――いつの間にか意識を手放していた。


 どのくらい歩いたのか――全く覚えていない。


 ずっと気を張り詰めていた疲れ――もしくは、暗闇がもたらした恐怖のせいなのだろう。みんなの反応を見るに、俺は正常に行動できていなかったみだいだ。


 俺は今の状況と自分の身体の状態を心の中で整理する――。


 尋常ではない汗をかいている。

 身体も異様に重たく感じるが、ここで弱音を吐いてはいられない。吐いていいわけがない。

 呼吸もなぜか乱れていたが、こんなの自分で整えられる。


 それよりも――俺がみんなの歩みを止めてしまっている。


 とりあえず今は心配させないようにしなければ、俺のせいでさらに時間を食ってしまう。


「す……すみません。 だ、だいじょうぶで――」



 ドクン……。



 強く脈打つ心臓とともに、喉の奥から何かが込み上がってきた。


「うっ……! がはっ……!」


 とっさに手で口をふさいだが、その勢いに我慢できず、込み上がってきた何かを吐き出した。


 激しい胸の痛み――身体が熱い。

 ひどいめまいに襲われ、たまらず膝をついて床に手をつける。


「あきやくん!」

「あきやん! しっかり!!」


 工藤たちのライトだろうか――。

 眩しい光が俺の近くを照らした。


 辛うじて視界に映ったものは――床を濡らす真っ赤な血。


(や……べぇ……)


 心臓が激しく動き、息が思うように吸えない。

 血が肺に入ってしまっているのか、溺れているようだ。


 必死に呼吸を整えようとしていると、またのど奥から血が込み上がってくるのを感じた。


 ――またソレを床にぶちまける。


 止まらない頭痛、手足の震え――。

 なんとか呼吸をしようとせき込んで、空気を必死に吸い続ける――が、少しも呼吸を整えることができない。


 自分の体がどうなってしまうのか――怖くて仕方がない。


 視界から光が消えていく――。


(いや……だ……)


 ――このまま……このまま死ぬのだろうか。


 自分の体に起きている異常が、そう感じさせた――。



「――!」


 次第に薄れていく意識の中で、誰かの声が――深く耳に入ってきた。


「……っ!」



 ――気が付けば、俺は誰かに頭を抱き寄せられていた。


『だいじょうぶ……落ち着いて?』


 自分に語りかける声に意識を向ける――。


 誰かが――俺を優しく抱き寄せている。優しい言葉をかけてくれている。

 こわくない――こわくないよ――と。


 まるで母親が暗闇に怯える子供をあやすような――暖かさを感じる。


 頭をなでる手――抱き寄せている相手の心音――落ち着く。


 激しく脈打っていた心臓がだんだんと、その相手の心臓のリズムと合わさっていくのを感じる。

 ゆっくり――ゆっくりと――。


 ――ごめん、姉ちゃん。おれ……情けないとこばっかりだ。

 自分で何もできないよ。

 今も誰かに寄り添ってもらってるよ。


 でもね――いま――すごく心地いいんだ。

 さっきまで感じていた恐怖が、暖かな気持ちに変わっていってるんだ。



 ――そういやさ、幼いころ、姉ちゃんにもこんな風に寄り添ってもらったっけ。


 あの時のこと――今でもすごい記憶に残ってるよ――。

 あの時の姉ちゃんのしてくれたことが、すごく嬉しかったよ。


 だからさ――もう戻ってきてくれないかな。

 また、姉ちゃんの――元気な姿が見たいよ。

 頼むから――帰ってきてくれないかな。



 明希也の頬を、一粒の涙が静かに――ゆっくりとつたっていった。


読んでいただき、ありがとうございました。

次回もよろしくお願いします。

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