第16夜 ふざけんじゃねぇ
16話てす。それでは、どうぞ〜!
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滝川はもともと落ちこぼれの政治家であった。
しかしある日、一人の男が話しかけてきて、とある計画を持ち出してきたという。
それは、シャドウを利用してシスト市を支配すること。
いや、シスト市だけでなく、他の都市をも巻き込んでの大規模な侵攻計画であった。
最初は胡散臭いと感じ、話半分で聞いていたが、その緻密な計画性と、成功時の自分に対しての利益や報酬の話を聞き、滝川は首を縦へと動かした。
その後は、話を持ち出してきた男の命令を聞き、ただ真っ当な政治家の振りをするだけで権力と自由で裕福な暮らしを手に入れていた。
滝川が命令されたことは、大きく三つ。
一つ目は、ルミナの除去である。
街灯や照明、パージストたちの武器、護身用に配布される懐中電灯、それらにはシャドウに対抗できるルミナというエネルギーが施されている。それを改良と称して、ただの明かりへと変えたのだ。
「ルミナは、改良した物を実際にシャドウに試して効果的だということを一度示してやったら、馬鹿みたいに信じるパージストが多かったな。 それが偽装で、実戦では役に立たないとも知れずに。 使った奴らは、どんどん死んでいったよ」
二つ目は、情報改変・偽装であった。
まず、シスト市のシャドウによる侵攻が悟られないように、外に出る情報はできる限り制限した。どの都市とも交流しない状態では疑いを持たれるため、他の都市との交流を最低限にしつつ、侵攻対象の都市とだけ交流を深めた。
また、シスト市は市民に与えられるほとんどの情報に、嘘を混ぜて報道していた。
市外の情報はもちろん、市内のシャドウによる襲撃情報、シャドウ対抗政策などは、不信感を与えない程度に改変していった。
学生に対する教育にも、内容に虚偽の知識を付け足す、必修であった科目を意図的に削る、他の都市では義務化されている戦闘訓練を無くす、といったことを行っていたようだ。
「『新しく変わった』『新しく発見された』と口にすれば、知識や情報などいくら変えても、馬鹿は信じる。 違和感に気づく利口な奴らがいても、殺して黙らせればいいしな」
外出時間の制限という規則も作ることで、シャドウが裏で動きやすいようにしていた。人間を襲いやすくなり、都市の侵攻計画もしやすくなる。
パージストたちはシャドウとの戦闘を行ってはいたが、それすらも偽装であったのだ。
戦闘映像を記録し、市内に流すことで、市民はパージストが役割を全うしていると安心感を抱く。
「他の都市を乗っ取るのにも、これが役に立った。例えば、映像を見せ『強力なシャドウの出現』と称して他の都市に支援要請をし、パージストを送ってもらう。すると、武器が役に立たない都市で彼らは戦うことで、簡単に排除していける」
もちろん、侵攻計画に反抗したパージストたちは大勢いたようだが、身内や大切な人を人質に取り、強制的に従わせることで、彼らは順調に計画を進めていったのだ。
最後の三つ目は、裏切者や不審な動きをする者たちの報告である。
外に情報を漏らそうとする者、計画について探りを入れようとする者、彼らにとって都合の悪い人間たちは、無慈悲に排除されていった。
もうシスト市のラディウスは機能していない。自分たちを守る政府も組織も、いつの間にか、とてつもない深い闇に飲み込まれていたのである。
「報告するだけで邪魔な奴らを消してくれる。 これほど楽な仕事はなかったよ」
こうして、他の都市を巻き込んだ大規模な侵攻計画は行われていた。約2年ほど前から計画は進められ、今まで対シャドウ組織『ラディウス』に尻尾をつかませず、徐々に――少しずつシャドウを増やし、都市を支配していったのだ。
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「これでよし......っと。 録音データ、霧生さんたちにも送っておきます」
金髪の男が腕時計のような機械を手慣れた様子で操作する。
「......なんだよ、それ」
かくいう俺は放心状態だった。冷汗が止まらなかった。
滝川の話は、おれの予想をはるかに上回る内容ばかりで、それを素直に受け入れることなんてできなかった。
だって――それが本当だったら――全部本当の話なら――
「......じゃあなにか? 俺ら一般人は、シャドウにいつでも襲われる環境で、力も知識も――何もかも制限されて、お前らのいいように動かされてたってことかよ......」
「明希也くん......残念ですがこれが真実なんです」
ガクン、と膝が折れ、地面に座り込む。そのまま地面の底に沈んでいくかのような感覚。
身体も――心も――何もかもが深い闇へと落ちていくようだった。
ふと、ズボンのポケットに入っていた物の存在に気づく。
取り出してみると、それは結衣からもらった懐中電灯だった。
これにも、ルミナの光が使われているのだと――シャドウから身を守ってくれる物だと、ずっと思っていた。
でも――それも全部、全部間違いだったなんて――
「こんな話、信じろっていうのかよ......」
懐中電灯が手から滑り落ちる。
何もなくなった手で頭を抱えこんだ。
手が震えているのが分かる。
信じられない。信じることができない。
こんな恐ろしい計画を考えていた奴らが、ずっとシスト市を支配していたなんて......。
シャドウが平気で街を徘徊しているなんて......。
おれら市民が、情報操作されていたなんて......。
姉の美奈も、妹の結衣も、友人の彩華、快斗、学校の奴ら、街で話す人たちもみんな――
いつ死んでもおかしくない籠の中で、普通に暮らしていた......。
そんなの、信じられるわけがないだろ。
――こんなことがあっていいのか
「でも良かったじゃないか」
「......よかった、だと?」
滝川のその言葉に、反応せずにはいられなかった。
「お前がシャドウに殺される前に救助が来て。 このままシスト市で生活していれば、間違いなく死んでいただろう。 本当に、今まで生きていられたのは奇跡だな」
「黙れ」
「とはいえ、お前の家族や友人、親しい人間は本当に無事なのかね? こうしてる間にもシャドウに殺されているかもしれないぞ? あぁ、それか、もうすでにシャドウとして貴様の近くで人間の真似事をしてるやもしれんなぁ~?」
「黙れよ!」
「正直、私も日々の生活で恐怖を感じずにはいられなかったよ。なんせあのシャドウという化け物がどこにでもいる街で暮らしているんだ。 街から逃げたいと何度思ったことか。 しかし、そんなことをすれば私もこれまで消してきた人間と一緒になってしまう。 従うしかなかったよ。 だが――」
滝川は不気味な笑みを浮かべながら明希也の方を向いた。
「次第に私の中で生まれた優越感は、私の本能を高ぶらせたよ! 苦しむ人間たちを安全な位置から支配する快感は何ものにも代え難いものだった! あぁ、思い出すだけで気持ちがいいぞ! それに、ククッ。 お前らでは想像できまい! 人間を殺そうとする怪物が近くにいるかもしれないというのに、平和面したバカどもが安心しきって生活する姿ときたら! あれはもう、食用で殺されるというのに、何も知らず与えられたエサだけを摂取するカチ――」
「ふざけんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
湧き上がる怒りを抑えきれず、滝川に殴りかかった。
強く握りしめた拳が滝川の頬肉にぶち当たる。
胸ぐらをつかみ、滝川の顔をこちらに向けさせた。
「なんでそんなことすんだよ! なんでそんなことができんだよ! 人を人とも思わないクズ野郎がぁぁ! じゃあ、お前の家族や友人がお前のやっていることに巻き込まれても、何とも思わないのかよ!」
殴られた痛みで顔を歪めていたが、滝川はまたすぐに不気味な笑みを浮かべた。
「ふっ......そ、そんなものはもういないさ。 私が助かるためなら、なんだって犠牲にしてきた! 私にはそれができる! 貴様には私の生への執着心が分かるまい! 私も必死なんだ! 全く余計なことをしてくれおって! そのまま何も知らず、町に巡回するシャドウに殺されていればいいものを!」
「なんだとぉ!!」
「私をここでどうしようと、貴様の家族や友人は、もうこの街から生きて出られない! 数人のパージストが救出に来ているようだが、無意味だ! 計画はもう最終段階に入っている! 分かるか!? 何もかも無意味なんだよぉ! 今まで何も知らずに平和ボケしたその脳みそで、現状を理解したのならとっととその汚い手を離せ! 何も知らぬ家畜がぁぁ!」
「くっ!! こ、このやろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「うぐっっ! 」
胸ぐらをがっしりとつかみ、右の拳で思いっきり殴った。
「ふざけんな! ふざけんな! ふざけんな! ざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 」
何度も、何度も殴った。
怒りと悔しさが限界を超え、叫びながら――
「返せ! 返せよ! お前のもとでのうのうと暮らしてしまった無駄な時間を!」
痛みで悶える滝川を気にせず、非常に暴力的に――
「吐け! 全部吐けぇ! 俺に今まで植え付けた嘘を! 何が本当で何が嘘なのかを!」
――こんなやつ、こんなやつ、死んでしまえばいい。
自分のことしか頭にないクズなんて、このまま殴り殺して――
「気持ちは分かるが、その辺にしとけ」
ふっ、と我に返る。
霧生の手が自分の腕をつかんでいた。
赤く腫れている滝川の顔は細かく震え、口からは血が出ていた。
自分自身にこんな一面があったなんて......。
そう思うと、少し自分の暴力的な面が恐くなった。でも、こいつのしてきたことは到底許せるものではない。数発殴っても、滝川に対する怒りが、自分の中で全く消えていないのが分かる。
「......でも、まだこいつ話してくれてないんですよ。 今まで俺に、どれほどの嘘の情報、知識、時間を与えたのか」
「もうそいつに用はない――」
「俺にはあるんだよ!」
霧生の顔を見て、そう叫んだ。
依然として、滝川を殴っていた俺の右腕を、霧生はしっかりとつかんでいた。
怒りの矛先を失った感情。どうしようもない悔しさと虚しさ。それらが一気に心を埋め尽くす。
さっきまで怒りで燃えていた目から、涙があふれてきそうだった。
「も......もう、終わり......か?」
滝川がか細い声を発した。
「訓練している他の都市の学生なら......二発ほどで気絶してしまうところだったが、しょしぇ......所詮はただのか弱いガキの力。 訓練制度を無くしたおかげで助かったよ」
「て、てめぇぇ――」
再び滝川を殴ろうとしたが、霧生に腕を強く引っ張られる。
胸ぐらをつかんでいた手も離れてしまい、そのまま霧生は俺を立たせて強制的に滝川から離した。
「離してくれよ! あいつにはまだ話してもらわなきゃいけない事が山ほどあるんだ!」
「今はそんな時間はない」
霧生の手を振りほどこうとするが、がっちりと俺の腕をつかんでいるその手は、離れる気配がない。
が、それでも、消化しきれない様々な感情が、霧生に対しての抵抗を続けさせた。
「もうほっといてくれよ! 父さんと母さんの知人だかなんだか知らないけど、俺とあんたは今日出会ったばっかの、赤の他人だろ! あんたの目的は俺を助けることなんだろうけど、知識も力もない俺なんか助けったって、何の意味もないんだよ!! だからもう――」
「お前には何かやるべきことがあったんじゃないのか!?」
途端に耳の中へと入ってきた大きな声。
その言葉は俺の体を膠着させ、抵抗の意志を取り除いた。
「急に残酷な真実を明かされ、感情がぐちゃぐちゃになり、さぞ辛いことだろう。 苦しいだろう。 憎い相手、怒りをぶつける対象が目の前にいれば、復讐したいと思う気持ちになるのも当然だ。 だが、シャドウの襲撃を聞いて、現地に訪れ、何かできないかと俺の後をつけた。 危険かもしれないと分かっていながら、だ。 そんな行動が取れるお前には強い意志があったはずだ」
「っ......!」
霧生の言葉は、俺に冷静さを少しずつ取り戻させていった。
「それを駆り立てるものはなんだ? お前のやるべきことはなんだ?」
「お......俺は――」
思い出す――俺がここに来た目的を――
残酷な真実と絶望で心が押しつぶされ、消えそうになっていた目的を――
そうだ。
それは俺にとってとても大切なことで、忘れちゃいけないことだったんだ。
鋭くとがっていた感情、黒く塗りつぶされそうになっていた心が、ゆっくりと溶けて消えていく感覚。それと同時に正常な自分が戻ってくるのを感じた。
俺がやらなきゃいけなかったこと、それは――
読んでいただき、ありがとうございました!
次回もよろしくお願いします!




