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魔術師とおバカなスパイス  作者: 土車 甫
第一章 運命の出会い
9/35

真実と願い

 あれから数分が経った。


 ライクによると、痛みはみるみるうちに引いていったらしく、もうすでに完治しているとか。


 テルスの部屋の前に、お菓子と紅茶が入ったカップが二つあった。ネイルが置いていったのだろう。

 今はそのお菓子と紅茶を口にしながら、テルスが、フードを脱いで寛いでいるライクにいくつか質問していた。


「本当に、あなたはマナスイレイヴなのね? それも、かなり上級の」

「あぁ。魔術発動したろ? あれが証拠だ」

「まぁそうよね。……でも、私は今までに何度もマナを使っての魔術発動を試みたけど、一度も発動しなかったわ。なのに、何故さっきは発動したのかしら」

「それは多分、テルスの力が強すぎて、そいつらのマナじゃ足りなかったんだろ」

「え、そうなの!?」


 驚くテルスに、ライク自身の腹をさすりながら「あぁ」と返す。


「実際、今までに十人ほどの魔術師に使われてきた俺だが、ここまでの傷を負ったのは初めてだ」

「ご、ごめんなさい」

「いや、謝らなくていいって」


 悪びれるテルスに、ライクは手をひらひらと振りながら言う。テルスは少し報われた気分になる。


「それにしても、どうして傷を負うわけ?」

 その質問に、ライクは顔をしかめた。怒気を感じる。

「何で知らねぇんだよ。いや、どうせ知られないように隠されてんだろうな」

 ぶつぶつと独り言を言うライクに、テルスは少し困惑した顔で「どうしたの?」と訊く。


「……はぁ。マナってのはな、俺たちの命と同じなんだ。つまり、マナを使用するということは、命を削るってわけだ」

「えっ……」


 吐き捨てられるように出された衝撃の事実に、テルスは顔を青くさせ、固まる。その様子を見て、ライクは紅茶を一口飲んで言う。


「謝らなくていいからな。色々と。俺はテルスの質問に答えた、ただそれだけだ。謝罪は要求してないからな」

「……ありがとう」

「礼も要求してねえっての」

 そう言って笑うライクに、テルスはまた報われる。


「ねえ、どうしてそんなに痛みが引くのが早いわけ?」

 その質問に、ライクは腕を組んで首を横に傾け、少しの間を置いて答える。

「説明しにくいんだが、なんかこう、自分の中の力……マナって呼ばれてるんだっけ? それが作用して、スーッと傷を癒やすわけだ」

「全然わからないわ」


 そう言い返すと、ライクは両足を投げて「俺にもよくわかんねーよ」と口を尖らす。


「ていうか、こういうのを学校で学んでるんじゃねぇのかよ」

「確かにそうだけど、この事は一切知らなかったわ」

「あぁそうかい。魔術師にとって、俺たちはやっぱりどうでもいい扱いなんだな」


 そんなライクの言葉に、テルスは何も言い返せなかった。たしかに、今の時代、マナスレイヴを丁重に、いや一般人や魔術師と同列に扱おうとする者はほとんどいない。そんな世界なのだ。


「ごめんなさい」

 気づけば、そんな言葉が出ていた。


 俯いたままのテルスに、ライクは頬を指で掻きながら「まぁ、例外もいると思うけど」と前の台詞に付け足すように言う。しかし、それだけで、テルスの中にあるもやが、少しだけだが晴れていく。テルスは顔を上げ、次の質問に移る。


「あなたたちのマナを魔術師(私たち)が使うには、儀式を行って契りを交わさないといけないのに、私は、契を交わしていないあなたのマナを使うことができた。それはどうしてなの?」


 その質問を聞いて、ライクは「あー、それか」と訝しげに言う。

「その契りってのはな、本当の条件を形にした仮の条件なんだよ」

「どういうこと?」


「本当の条件とは、『双方の同意』だ。俺たちは魔術師にマナをやってもいい。魔術師はそれを使って魔術を発動させたい。それが『双方の同意』だ」


「じゃあ、どうして契りなんてものを……」

「決まってんだろ」

 ライクは双の拳に力を入れて、固く震わせる。


「同意を契りとかいう形にして、同意を強制させてんだよ。俺たちの意思関係なく、マナを使うためにな」

「そ、そんな……」


 口を抑えたくなる衝撃の事実。いや、本当は薄々わかっていた。俗に言う契りが何のためにあるのか、実際のところ、ほとんどの魔術師が知っていなかったのだから。


「まあ、そんなもんだろ。今の魔術師ってのは」

「っ……」

「で? 他にも質問あるか?」

「え、えぇ。次で最後よ」


 テルスはもう、精神的に疲れていた。質問なんて置いて、そこにあるベッドに飛び込んで、夕食前まで寝たい気分だ。そういえば、結局、まだ昼食を食べてないな、そう思いながらお菓子をひとかじりする。噛み砕き、飲み込むと同時に意を決し、最後の質問をする。


「あなたの言う、計画って何? それは、あなたが逃走している事と関係あるの?」

 ライクは菓子を摘む手を止め、「その前に、俺から一つ質問いいか?」と訊いてくる。テルスは頷き承諾する。


「テルスはさぁ、今、俺の計画の共犯者になっているわけだが、今ならまだ引き返せれるぞ? 俺をこの家から出すのもいいし、奴らに通報してもいい。そうすれば、共犯者じゃなくなる。あいつらの味方で、俺らの敵だ。……その質問の答えを聞かれたとなると、俺はテルスであろうと、そいつを野放しにはできない。さぁ、どうする?」


「そんなこと? いいわよ、答えてちょうだい」


 テルスのあまりに予想外な反応に、ライクは目を丸くし、次の瞬間には失笑する。テルスは顔を少し赤くさせて「どうして笑うのよ!」と抗議する。


「いや、テルス早いって! 答えんの早すぎ! しかも俺の真面目な問いに『そんなこと?』って!  ははっ、俺がバカみてぇじゃねーか!」

「なによ……。私はねぇ、あんたを救護術師に差し出すかどうかを決めた、あの時にすでに決心してんのよ。そんな質問、愚問よ愚問」

「ははっ、それはすいませんしたね」

「分かればいいのよ」


 テルスがニカッと笑い、それにつられてライクも笑う。

 飲みきって空になったカップを床に置き、ライクは真剣な表情で話し始める。


「俺たちが暮らしている施設――収容所か。あそこでの暮らしは、まぁ結構快適なわけよ」

「快適なの?」

「基本はな。一日三回飯は出るし、個人の部屋もある。何かを学べ、何か技術を習得しろとも言われない。基本的には自由だ。だが、マナを欲する者が現れた時、その自由は失われる。有無を言う間もなく、手続きを管理者が勝手にして、無理やり契りを交わせられ、雇い主の従僕となる。まるで家畜だ」


 苦い顔を浮かべ、白髪を掻きむしりながら話すライク。さっきまでパクパクと食べていた菓子に一切手を出さずに、話を続ける。


「俺たちとは違ってマナを持たない者たちは、マナとは違うが魔術発動に使える魔力を持っていたと、知り合いのじいさんに聞いたことがある。そして、その魔力を完全に失った場合でも生き続けれることを。なあ、テルス。テルスはさあ、マナが俺たちの命だと知らなかった間、マナを失った俺たちはどうなると思っていた?」


「それは……魔力を失った人たちみたいに、ただ魔力を持たない普通の人間になるって思ってたわ」


「まぁ、そうなるわな。でも、俺たちは違う。マナを完全に失った瞬間、その人生は幕を閉じるんだ。……魔術発動のために飼われ、利用目的を失った瞬間自然に死亡。俺たちは燃料か何かか? ただの使い捨てアイテムか? 俺たちはいつ、本当の自由を手にすることができるんだ?」


 ここにはいない、誰かに訴えるような口調。迫力もあり、テルスは少し、そのライクの様子に怖気づく。


「この世界は狂っているんだ。魔術を使えるかどうかで、人間同士の間に格差が生まれている。同じ人間なのに、糧になる俺たちを、それと同じ扱いをしない。……全部、魔術とマナが……いや、それを牛耳っているこの世界のトップが悪いんだ」


「ま、まさか、あんた……っ!」


「俺は奴らを降伏させる。別に無闇に殺しもしないし、奴隷みたいな扱いもしない。復讐なんかじゃない。ただ、同じ人間同士、同じ世界に住む者同士、平等に生きていきたい、ただそれだけなんだ」


 そう言うライクの表情は、どこか優しげがあり、恨みは少々感じるが、殺気ほどの強い思いは感じられなかった。


「俺がこの世界を変えてやる。誰かを糧にするわけでもなく、皆が手を取り合って生きていく、世界に」

「……そう」


 テルスは考える。ライクの言い分はたしかに真っ当だ。だが、この世界でそんな動きをするということは、世界を敵にするも同然。その踏み出したる一歩を、ライクは踏み出しているのだ。いや、ライクにとって、既に世界は敵なのだ。自分の命を手玉にとって弄ぶ、悪い敵。


「どうした、テルス」

「えっ!?」

 ライクがテルスの顔を覗き込んでいた。綺麗な碧眼が、テルスの顔を心配そうに覗いている。

「な、なんでもないわ!」

「そうか」


 安堵の息をつき、優しい目をして笑うライク。

 ライクの話を聞いてから、ライクがとても大きい存在に感じるようになってきた。


「それでだ。俺はテルスに手伝って欲しいんだ。俺にはマナがあるわけだが、それを俺自身が使えるわけではない。むしろ使えないから、現代まで伝わってきたんだろうけどな」

「手伝う……? 私に何をしろと言うの?」


「俺のマナを使って、魔術を発動させて戦ってくれ」


「は、はぁ!? あ、あんた、さっきマナは自分の命だって――っ!?」

「あぁ、そうだ。文字通り、命をかけた戦いになるだろう。でもな、それで今後、俺の仲間が幸せになれるなら、それでいいと思うんだ」

「ば、バカじゃないの!?」


 声を荒げてしまう。自然と、目からは涙が出ていた。

 突然、大声を出すテルスに、ライクは驚き目を丸くしている。


「なんなのよ、あんたは! さっきも、自分がマナスレイヴだと隠していたくせに、自白して、自分の命を削らせて、見ず知らずの男の子を助けるし! 今も……こんなこと言うし……もう、わけわかんないのよ……」


 その時、ぐぅ~と情けない音が、テルスの腹から鳴る。緊迫していた空間が一気に崩れ、ライクは吹き出した。


「くくっ、このタイミングで腹鳴らすとか、テルスは天才だなぁ! あははっ!」

「な、なによ! 別に、私の意思じゃ……ふふっ」

 テルスも頬を赤らめかせて笑う。この部屋に、二人の笑い声が響き渡る。


「くくっ……まぁ、あれだ。テルスはさ、俺にパンをくれただろう? あれはどうしてだ?」

「えっ? そりゃ、一週間も食べてないなんて言うからに決まってるでしょ」

「つまり、俺の事を心配してくれたんだよな? このままじゃ倒れてしまうかもとか思ってさ」

「そ、そうよ? 別に当たり前のことでしょ!」

「それと同じだよ」


 テルスは瞬時に意味が理解できず、ポカンとする。


「困っている人がいるから助ける。困る人が出てくるからそれを未然に防ぐ。それだけさ」

「で、でも、あんたと私じゃ……」

「重みが違うってか? まぁたしかに、自分で言うのもなんだが、俺は結構凄いこと言ってんだろうな。でもな、根本は同じだ。……あと、自分の食べ物を譲るなんてなかなかできねぇと思うぞ? 俺、もうあんなに腹減るのはこりごりだ」

 そう言って笑うライクに、テルスは「やっぱりあんたはバカね」と微笑む。


「決心したって言ったけど、やっぱり協力するかどうかについては、もう少し考えさせて。大丈夫。あなたの居場所や計画を言い振り回したりしないから。私の身も危険になるしね」

「……そうだな。今後の人生を大きく変える選択だ。それに、テルスは俺の命の恩人だ。脅すようなことを言ったが、俺はテルスを信じてる。いいぜ、考えろ考えろ。待ってるから」


 待ってるから。その言葉が、ただ単純な意味なのか、それとも協力するという答えを、という期待なのかを考えるのはやめた。自分だけの考えで決めよう。そう思った。

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