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魔術師とおバカなスパイス  作者: 土車 甫
第一章 運命の出会い
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出会い

 数分歩いて、川沿いにやってきた。周りには誰もいない。自分がこの場を独占状態だ。なんだかいい気分になる。


 ベンチに腰掛けようと近づく。すると、そこにはローブのフードを頭に被った少年が寝ていた。独占状態だと思っていたのに、自分がここに座ろうと思っていたのにと、不満がこみ上げてくる。


 しかし、それをこの少年にぶつけるのはお門違いだと思い、開きそうになった口を閉じて別のベンチに向かおうとする。


「待って」

「ひゃいっ!?」


 突然、寝ていると思っていた少年に声をかけられ、驚いて変な声が出てしまった。顔が熱くなるのを感じる。


「な、なに?」

 寝ている状態から起き上がろうとしている少年の様子を窺いながら、テルスは訊ねる。少年は掠れた声で応答する。


「その匂い、君、食べ物持ってる?」

「う、うん。パンだけど、持ってるわよ?」

「く、くれ! いや、ください! お願いします!」


 必死な顔で懇願してくる少年に、テルスは少し怖気づく。しかし、その必死さが気になる。


「別にいいわよ? あなた、そんなにお腹減ってるの?」

「あぁ。かれこれ一週間くらい何も食ってねぇ」

「えっ!?」


 少年の発言に驚愕の声を上げるテルス。色々と事情があるテルスだが、ロアート夫妻のおかげで毎日の食事には困っていない。一日何も食べないと考えるだけでも、頭が真っ白になってくる。


「それを早く言いなさいよ! はいっ、これ全部あげるから、食べなさい!」

「い、いいのか?」

「いいのよ! ほら、早く!」

「……ありがとう」


 テルスの差し出した、香ばしい匂いのするパンを受け取り、少年は大きな口で一かぶり。ありがたみを感じるようにゆっくりと噛む。しかし二口目からは、がっつくように食べ始めた。一度食べたことにより、体が喜び、早くもっと食べたい衝動が止められないのだろう。


 そしてものの数十秒で食べ終え、少年は腹をさすりながらベンチに腰掛ける。


「生き返ったぁ。いやぁ、助かったよ」

「それはよかったわ」

「あんたは命の恩人だ。なんでも言ってくれ」


 少年は、テルスを正面にして言う。フードを深めに被っているため、目元が見えないが、テルスの答えを待ちわびるように見つめているようだ。


「い、いいわよ。何もいらないわ」

「おぉ! こんなに優しい人がこの世界にまだいたとは……!」

「もうっ。なんなのよ、あんた」


 両手でガッツポーズを作って感激する少年に、テルスは若干照れながらあしらうように言う。


「ねぇ、私もそこ座っていい?」

「あぁいいぜ! どうぞどうぞ!」


 ベンチの真ん中に座っていた少年は横に移動し、テルスが立っている側を空けて、そこを手でぱぱっと払う。テルスは少年の行動に苦笑いを浮かべながら座る。


「なあ、そのスカート短くないか?」

「はぁ!? な、なにあんた、初対面の女性にそんなこと聞いてんの!?」

「いやぁ、短すぎるだろそれ。これは恩人のために言ってるんだぞ?」

「余計なお世話よ! それに、これは学校指定の制服なんだから、私の趣味じゃないの!」

「へぇ、学校の……」


 少年のトーンが少し落ちる。少年はテルスから目を離し、川の方を見ながら訊いてくる。


「学校って、なんの?」

「なんのって、魔術科に決まってるじゃない。普通科選ぶ人なんてそういないわよ」

「……そう」


 明らかに、さっきよりテンションが下がっている。返しもどこか冷たい。

 冷たくなっていく空気を感じ、テルスは話題を振る。


「そ、そういえば、自己紹介がまだだったわね。私、テルスント。テルスでいいわ。あなたは?」

 しかし、少年に反応はない。ピクリとも動かず、川の方を眺めている。


「ね、ねぇ。あなたの名前は?」

「恩人のあんたには悪いが、それは言えねぇ。パンありがとよ」


 テルスの質問に答えないと言って、ベンチから立ち上がる少年。テルスはショックを受ける。


「ど、どうしてよ! 私、何か悪いこと言った?」

「悪いのはあんたじゃない。こうなってしまった世界が悪いんだ」

「そ、それ、どういう意味よ」

「とにかく、俺がライクレだと言う事を知られてはいけないんだよ! ……あっ」


 咄嗟に自分の口を手で抑え、その場にしゃがみ込む少年。「やっちまった……」と嘆きの声をあげる。


「もしかして、それがあんたの名前?」

「あぁそうだよ! くそっ、バレてしまったらのなら仕方がない、悪いが口を抑え――」

「へぇ、なかなかいい名前じゃない」

「……あれ?」


 テルスはニコニコと笑い、少年の名前を褒める。テルスの反応に、呆気を取られるライク。


「も、もしかしてあんた、俺の事知らないの?」

「知らないのかって、さっき初めて出会ったばかりじゃない。知るわけがないでしょう」

「……はぁ~。なんだよ、それを先に言えよ~」


 大きいため息を吐き出しながら、ライクレは立ち上がり、ベンチに戻る。そしてテルスの方に顔を向ける。やはり目元は隠れている。


「改めて、ライクレだ。ライクと呼んでくれ」

「うん、わかったわ。よろしくね、ライク」


 テルスはそう言って、握手を求めて手を前に差し出す。ライクは、へへっと照れながらその手を取り、握手を交わす。


「どうして照れるのよ」

「いやぁ、こうして友達ができるのは初めてなんだよ」

「友達……そうね。私たち、もう友達ね。でも、それは私も同じかも」

 そう言って、空に浮かぶ雲をボーッと眺める。


「はぁ!? 友達いねえって事? ありえねー」

「あんたがそれ言えないでしょ。私と同じなんでしょ?」

「あー……同じといえばそうだが、あれだ。テルスは学校行ってるんだし、出会いとか多いんじゃねぇの? 学校ってそういう所だって聞いたけど」

「私、ちょっと敬遠されてる節があるから……」

「……ごめん」


 落ち込んだ様子で謝るライクに「いいのよ」と言い、「仕方のないことだから」と続ける。しかし、テルスの顔は曇っている。


「そ、そうだ。テルスはさ、学校で何を勉強してるの? 学校ってさ、勉強するところなんだろ?」

 先程とは逆に、今度はライクが気を遣い、話を振る。


「えっと、私は研究学科だから、魔術とマナについて学んでるわ」

「へぇー……マナの勉強してるんだ」

「えぇ。まあ知識を蓄えるのが主な学科よ。魔術を使えない私としては、好都合なんだけどね」

「えっ、使えないの!?」


 驚愕の声を上げるライクに、テルスは落ち着いた様子で頷いて肯定する。


「よく分かんないんだけど、今までに何度も試してみたけど、魔術が発動したことがないのよ」

「へぇ、そうなんだ。えっと、なんだっけ、魔術式がちゃんとなってないとかは?」

「それはないわ。我が家に代々伝わってきた魔術式で、発動も実証されているし。それに、なにより私は研究学科よ? 学に関しては舐めないで欲しいわ」


 控えめのドヤ顔をかますテルス。ライクはその顔を見て失笑する。


「何笑ってんのよ!」

「いやぁ、だってさぁ! くくっ」

「もうっ!」


 テルスは頬を赤くさせて、軽くライクを叩く。すると、フードが少しずれて、ライクの目元が見える。綺麗な碧眼の上に、白い髪が見える。テルスが「えっ」と声を上げると、ライクも気づいてフードを再び深く被る。


「……見たか?」


 空気が冷たい。ギョロッとした目でテルスは睨まれ、硬直する。ライクは既にベンチを立っており、構えの態勢をとっている。


「……うん」

 テルスは俯いた状態で答える。ライクは「そうか」と言い、テルスに背を向け逃げるように走り始めた。


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