いつもの放課後
「なんなのよ、あいつら。先週、悪党をやっつけて讃えられたからって、調子に乗ってんじゃないわよ」
例の二人に対する鬱憤をぶつぶつと呟きながら、テルスは町通りを歩く。
テルスの家系は、先祖代々大魔術師として名が知れている。自身の魔力を失い、マナを発見するまでは暗黒時代とし活躍する事なかったが、マナが発見されてからはまた時の人となった。
だが、テルスの曽祖父の代がとある事件を起こし、アントレア家は衰退してしまった。その事件の詳細については隠蔽されており、親族であるテルスでさえ知れていない。
償いとして、アントレア家にあった財産は全て国に贈与。国一の資産家であったアントレア家は、たちまち最底辺までなり落ちた。そのため、マナスレイヴを雇う金もないために、魔術が使えない、大魔術家の暗黒時代が再来とされた。
テルスは、国が全額負担する制度をとった無償の魔術師育成学校に通っている。そこでは、様々な分野に分かれて、将来の魔術界を担う魔術師を育成している。テルスは魔術とマナの研究が主な研究学科を選択している。
だが、どの学科でも、成績を出す主な評価は実技的な魔術とされている。実技試験の際に、魔力を持っていない、もしくはマナスレイヴを雇っていない者には、学校側からマナスレイヴが支給される。
その試験で、テルスは常に成績最下層だ。かつて大魔術と謳われた一家の娘が最下層、テルスは生徒の笑いの的となり、世間によく知られている。
「おっ、テルスちゃーん! 良いもん入ってるよー。食べるかい?」
「あら、テルスちゃんじゃない。今日も学校? お疲れ様。これあげるわ」
「おぉ、テルスちゃーん」
しかし、この町の人々はテルスに優しかった。過去、テルスの先祖、まだ大魔術師と言われていた者たちに恩があるらしい。本人たちにとっては直接関係のない、恩を買った者たちが先祖なのに、テルスを良くしてくれる。その事に、テルスはありがたく思い、同時にいたたまれない気持ちにもなる。
「ただいま」
「おかえり。テルスちゃん」
テルスが建物の中に入ると、カウンターの上で肘を突いて店番をしている中年の女性が、テルスに微笑みかける。
国の暗殺により両親を失い、国に見捨てられた家系のテルスを、ここ、町通りにある『ロコ』というパン屋の夫婦が引き取ってくれている。ここの夫婦の先祖も、過去にテルスの先祖にお世話になったらしい。
「おぉ、テルス。帰ってきていたのか。そうか、今日は昼までか」
「うん。ただいま。シャロウおじさん」
店の裏から顔を出してニカッと笑う男性こそ、ここの店主であるシャウロ・ロアートである。カウンターで店番をしているのがその妻、ネイロだ。
テルスは五歳の頃から、この二人のもとで育てられている。本当の親より長い間。そのため、周りの人から見てテルスにとっての親とは、この二人であるといえる。
しかしテルスは、二人の事を「おじさん」「おばさん」と呼び、線引きをしている。これは決して、二人の家族になる事を拒絶しているわけではない。ただ、自分の本当の親は他にいるんだという事を忘れないためなのだ。
「うわぁ、すごくいい匂いがするけど」
「ははっ。テルスは食いしん坊だなぁ! なぁに、今丁度パンが焼けたところなんだ!」
「へぇ。って、私は食いしん坊じゃないわよ!」
冗談だとテルスのふくれっ面を見て笑うシャウロ。ネイロもふふっと笑う。続いてテルスも、膨らませた頬を緩ませ、笑う。そして、店内に三人の笑い声が響き渡る。
「おっ、そうだ。悪いがテルス、この焼きたてのパンを届けてくれないか?」
「うん、わかった」
「ありがとう。それじゃあ、これに描いてあるから、よろしくな」
そう言って、シャウロは一つの紙切れをテルスに手渡した。それには、ここら周辺の簡単な地図に「ここ」と矢印で差された場所が記載されていた。
「シャウロおじさん。もしかして、最初から私に届けさせる気だったでしょ?」
「ありゃ、バレた?」
「もうっ! まあ、いいけどさ。それじゃあ、行ってきます」
外に出ようとドアに手をかけたところで、後ろからネイロの「ふふっ」という笑い声が聞こえる。
「テルスちゃん。肝心のパンを忘れてるわよ」
「あっ」
テルスは頬を赤らめて振り返り、その間に持ってきたシャウロから、パンが入った籠を受け取る。
「一本多めに入れといたから、食べていいからな」
「本当!? ありがとう、シャウロおじさん! 行ってきます!」
先程の失敗を忘れて、目を輝かせ、鼻歌交じりにスキップで店の外に出ていく。
そんなテルスの姿を見て、二人は優しく微笑む。
届け先はそこまで遠くはない近所だったため、地図を見ながら数十分で、目的の場所までたどり着いた。そこには、ツルに壁が覆われている家があった。
本当に人が住んでいるのだろうかと半信半疑にドアをノックする。すると、案の定反応がない。ドアが開かないどころか、中から音すらしない。
シャウロが地図を描き間違えたのかと思い、その家を後にしようとしたその時、どこからともなく声が聞こえた。
『ドア、あいてるよ。勝手にはいっていいから、パン置いてって』
気怠さが伝わってくる口調の女の子の声だった。ドアノブに手をかけて捻り、引っ張る。すると、素直にドアは開いてくれる。あの声の言う通りだ。
「じ、じゃあ、ここに置いておきますねー」
本当に人がいるのか分からない家の奥に向かってそう言って、自分のパンを抜き取り、注文の分のパンだけを置いて家を出る。
家から出て少し歩いたところで、本当に置いてきてよかったのだろうかと思い、立ち止まり、戻る。そして先程と同じようにドアを開けようとする。しかし、ドアは固く閉じられ開こうとしない。出る際にどこか壊したのだろうか。変な汗が出てくる。
『あっ、もう鍵閉めちゃったんだけど。どうしたの? 忘れ物した?』
さっき聞こえてきたのと同じ、気怠そうな女性の声。
「い、いえ! 何でもないです! こ、今後もうちのパンをご贔屓に!」
何故か焦ったような口調で、届くのかも分からないのにその場で声を上げ、一目散とその場を去っていく。
少し走って角を曲がったところで足を止める。肩で息をするほど上がってはないが、少しその場で息を整える。右手に持っているパンの匂いが鼻腔をくすぐる。もう少し歩いたところにある川沿いにベンチがある。そこへ行ってベンチに座り、パンを食べてしまおうと歩を進める。