魔術学校
かつて、この世界には魔術師が蔓延っていた。開発した魔術を、自身の内にある魔力を消費させて発動させる者たちを、そう言う。
しかし、現在では魔術師が減退していた。その原因は、魔術発動に必要な魔力にあった。実はこの魔力は、生まれる際に生成されるものではなく、遺伝的に引き継がれるものだった。質も、量もだ。故に、消費されていく魔力も遂には空になり、魔術を発動できる者が減っていった。
この魔力は、偶然、奇跡的に、生まれたものだった。故に、長年の研究から、人工的に作る事は不可能とみなされた。
そして魔術師減退に拍車がかかる中、ある日、今後の世界を動かした事件が起きた。
とある町に、若い夫婦がいた。その妻は、どれだけ過去を遡っても魔術師がいないとされる民族の者だった。しかし、夫の方は、先祖が魔術師として名を上げた一族の者だった。だがその夫は、魔術を使えない。魔力が枯れているからだ。
そんな夫婦の家に、ある日、強盗が一人現れた。昔の話だが、今もなお名が高い一家の者が住む家。もちろん大金があり、その子孫である夫が魔術を使えない事はかなり有名だった。そのような家、多少でも魔術が使える強盗にとっては格好の的だった。
夫婦がリビングで寛いでいる時に、強盗犯は実行した。玄関のドアを魔術で打ち破って入ってきた際に聞こえた音から危険を察した夫は、直様、妻を自分の傍に置かせた。
魔術によって家の中を破壊し、威嚇しながら、強盗犯はリビングに辿り着き、金や宝、それと人質に妻を渡せと要求した。夫は悩んだ。今この状況を切り抜けるために、妻を渡すべきなのか。
否、そんなはずがない。しかし、この状況を打破する術が見当たらない。
更に、リビング内にある花瓶や絵画などの物を攻撃し、催促させる強盗犯。それでも答えが煮え切らない夫の様子を見て、遂にしびれを切らし、二人に攻撃の矛先を向ける。
夫はパニックになる頭の中、昔、実家にあった本で見た『魔術式』を思い出す。一か八かだった。夫は咄嗟に右手を強盗犯に向け、魔術式を頭の中に並べ、魔術名を吠えた。
――すると、目の前の強盗犯の全身が大きな氷によって凍らされていた。
こうして、夫婦は助かり、強盗犯は氷漬けにされた状態で捕まった。
しかし、この事件は終わりではなかった。何故、夫は魔術を発動できたのか。そこに世間は注目した。
後日から、二人は調査され、実験も行った。結果、夫の方には何も原因といえるものは出てこなかった。
しかし、妻の方からは検出された。
その検出されたものとは――大量の魔力だった。それも、一般人が持つ魔力とは違い、魔術の威力の増強や、他人が使用することのできるものだった。その魔力を、研究者は『マナ』と名付けた。
魔術師が減退し、社会に発展を失くしたこの世界が、それにひどく注目した。
研究者は、妻が属する民族に目を付け、その者らを調べた。すると、一人欠かさず全員がマナを持っていた。
この発見により、世界は大いに盛り上がった。魔術師が復活する。そう謳われ始めた。
しかし、問題点もいくつか出てきた。
マナはこの民族特有の力であり、採取して保存する事も、他のものにおさめる事もできないのだ。
それに加え、マナは遺伝子の汚れを知らないと言われ、他の民族との繁殖によって生まれた者には生成されていなかった。
次に、マナには使用条件があること。マナ所持者と何か契りを交わしている必要があるのだ。例の夫婦は、結婚が条件を満たす契りとなっていた。
そして、これが一番重要視された問題。この民族の者の人権についてだった。
人々は、その民族の民たちを『人』としてではなく『物』として見始めた。魔術を発動させるのに必要な『マナ』としてしか、見れなくなった。そんな事があってはならないと、当時、デモ活動は盛んだった。だが、それは意味を成さなかった。それほど、人間は魔術に頼ってきたのだ。
そして数年後。抵抗する民を抑え、制圧し、人でない奴隷とした。それ以来、この民の者は『マナスレイヴ』と呼ばれるようになった。
マナを絶やさないために、マナスレイヴは人工の離島に作られた施設に集められ、そこに住むことを命じ、若い者は繁殖活動を強いられた。
一般人の遺伝子の仕組みとは違い、似た遺伝子同士の子供にこそ強いマナは生成された。そのため、近親同士での繁殖活動をもっぱらとさせていた。
マナの使用条件、契りを交わす事に関しては、主従関係を結ぶ事によって解決した。つまり、マナスレイヴを従僕とするのだ。
マナスレイヴには価格が設定されており、国に金を支払うことによって、マナスレイヴを従僕とできる。また、雇い主が何らかの原因により死亡し、マナスレイヴがフリーとなった場合、マナスレイヴに事前に仕掛けている自動強制転移魔術が発動し、マナスレイヴは施設に強制転移される。
マナスレイヴを育成管理する者たちを『マナマネージャー』と呼び、国の直下の者たちが主だ。
こうして、人類が抱え込んでいた最大の悩みは解決された。だが同時に、人類は大きな闇を抱え込む事になってしまった。未来永劫償えきれないであろう、ドス黒く深い闇を。
そこまで話したところで、椅子にふんぞり返り、片手には教材の本を持った男は、立ち上がり、呟く。
「はんっ、何が闇だ」
吐き捨てるように言い、長く赤い髪を掻き揚げ、自分に注目している総勢百名の少年少女の方を向く。
実はこの男、魔術を教える学校の先生であり、現在その授業の真っ只中である。
「いいかテメェら。次の定期考査、オレは闇なんてもん一つも出さねェからな! 覚えてろ!」
吐き捨てるように叫び、そのまま何も言わず授業室を出ていく。
その瞬間、授業室に漂っていた緊張感が解け、空気が緩くなるのを感じる。
「あぁ~んっ、レガナ様かっこいいわぁ~」
「言われなくても絶対覚えるわ……レガナ様の発する言葉を一字一句完璧にぃ!」
あの先生、女子生徒の間ではかなりの人気を博していた。本人もそれに気づいており、それを意識しているのであろう行動をたまに取る。そのため、逆に男子生徒には人気がなく、むしろ嫌われている。
「なぁ、聞いたか? あの伝説の賞金狩りの死体が、エルデント地帯で古龍の死体と一緒に発見されたらしいぜ」
「マジかよ。相打ちだったのかな? しかし、流石あの男だ。古龍を倒すなんてな」
「噂によると、超上級のマナスレイヴを連れて行っていたとか」
「くぅーっ! 俺も雇ってみてぇぜ! で、そのマナスレイヴは?」
「どうやら消息不明らしいぞ。何らかの原因で、自動強制転移魔術が発動しなかったんだとさ。今、マナマネージャーが総力を出して探しているらしい」
「じゃあ、僕が見つけて使っちゃおうかな~」
「バーカ。捕まんぞ」
他の生徒が談笑を始める中、一人、黙々とテキストを開いたまま勉強を続ける女子の姿があった。名をテルスント・アントレアと言い、深い赤色の髪が似合う、少し幼さが残った顔立ちの女性だ。
そんな彼女のもとに、二人の女性が近寄ってくる。顔をニヤつかせ、「わぁ見てあれ」とテルスを指差しながら嘲笑する。
「流石アントレアお嬢様。お勉強にご執心だこと」
「学内総合成績最下層だからって、やけになってはいけません事よ」
授業室全体の空気が変わった。口調こそ丁寧なものの、その言葉の意味合い的にはとても綺麗とは言えなかった。
表情を変えず、黙ってテキストをしまい始めるテルス。それが、二人の嘲罵を加速させる。
「あら、私たちの事はお気になさらなくていいのですよ?」
「そうですわ。私たちの戯れ言など虫の羽音だと思って、どうぞ勉学に励んでくださいまし」
そんな二人の言葉を無視して、テルスは席を立ち、授業室のドアに向かう。二人は顔を見合わせてニヤリと笑い、テルスの背中に向かって言う。
「さようなら、シンブーさん」
「私たち、シンブーさんの成長を心からお待ちしておりますわね~」
ピクッと少し反応を見せるが、そのままドアを開けて授業室から出ていく。
テルスが出て行ったあと、ガラッと授業室内の空気は元に戻り、例の二人も他の友人と楽しく談笑を始める。まるで、さっきのやりとりなどなかったかのように。