プロローグ
少し残酷な描写があります。ご注意ください。
荒れた広大な大地を、一人の中年男性と鎖で繋がれたモノが歩いていた。
炎天下の中、前に歩く男はフード付きのローブを着ていた。数十キロに及び歩き続けた今も、汗一つかいていない。むしろ、潤った顔に、余裕を見せるような自信ありげな笑み。どうみても健康体だ。それに比べ、後ろをゆっくりと、繋がれた鎖で前の男に引っ張られるように歩くモノは、ボロボロになった薄汚いシャツ一枚とズボンで、疲れきった顔をしていた。足取りも軽やかでなく、ふらふらと歩いている。
もうしばらく歩くと、目の前に大きな山が現れた。――いや、それは山ではなかった。山はのそりと動き始め、男達を見下ろす。山の正体は、龍だった。
「へっ、やっと会えたぜ。こんな所に居住みやがってよぉ、こっちの都合も考えろっての。……さて、悪いがテメェを狩らせてもらうぜ。テメェには、多額の賞金がかかってんだからなァ!」
吠える男に応えるように、龍も吠える。その咆哮は男の者とは比べ物にはならない、とてつもなく大きい声だった。その咆哮による威圧で、周りにいた生物はたちまち逃げ去っていく。
「かーっ、流石古龍様だなァ! ……それじゃあ、行きますかァ!」
男が龍に向かって走り始める。それと同時に、後ろのモノを繋いでいる鎖が伸びる。その鎖を断ち切るかのように、龍は長い尻尾を振り下ろして攻撃する。――しかし、その鎖は切れるどころか、傷一つ付かず、龍の攻撃を貫通させた。
それを見て驚きを見せる龍。しかし、すぐに次の攻撃に移る。龍は振り下ろした尻尾を、横に激しく動かし、繋がれたモノ自体に攻撃する。――だが、その攻撃は、攻撃が入る直前に見えない壁によって止められた。
「そいつはなァ、俺の賞金首狩り歴三十年で稼いだ巨額の大金を叩いて雇ってんだ。そんなやつを、安全性見落としてバリア張らない馬鹿がいるかよ!」
走りを止め、不敵な笑みを浮かべながら、開いた右手を龍にかざすように前に出す。
「次は俺の攻撃のターンだァ! 味わえよ、超高級マナによるウィークマジック! ――《氷結》!」
男が呪文名を唱えると、男の右手が白く輝き、次の瞬間、ここに存在することがない大きな氷が、龍の足を凍らせていた。
龍が悲痛な声を上げる。突然凍った自分の足を嘆き、じたばたする。
「かーっ、こりゃヤベェ! 精々馬一頭分凍らす程度のウィークマジックを、四十メートルもある古龍の足を丸々凍らせやがったぞ!」
男は頬を上気させて興奮する。続いて、右手を上に掲げる。
「次はこれだ――《雷焼》!」
黒雲もない、ギラギラと大地を焼く太陽が見える晴れきった空から、突如雷が落ちてきて、龍の左翼に直撃する。
またも龍は悲痛な声を上げる。それも、先程より大きく悲しい声だった。自分の焼けてしまった左翼を見て、咆哮を上げる。
「ヤベェ! ヤベェよこれ!! 俺ってこんなに強かったのか!? 殺れる! 今なら、あの伝説の古龍を、この手で! 俺の最強呪文で、次こそ確実に!」
怒りに身を任せ、口には次の攻撃に備えた火炎を溜めて突進してくる龍に向かって、男は両手を突き出す。
「奇遇だな、古龍。俺も炎系の魔法だぜ……テメェより遥かにハイレベルのなァ! ――《炎激爆破》ッ!!」
男の両手から、特大な、この星ごと燃やし尽くすかのような炎の球が生成される。それを生成した張本人である男ですら、目の前に現れた規格外に驚く。が、それが勝利を確信に近づける。
龍はそれを見ても動じなかった。腹を括っての最後の攻撃なのだろう。今でも動きに迷いを感じない。
「その威気、流石だぜ古龍様よォ! だが、テメェはもう終ぇなんだよォォォオオオオオ!!」
男の咆哮と共に、放たれる巨大な炎の球。突撃する龍に直撃した瞬間、それは大爆発を起こした。男は咄嗟に自分の周りにバリアを張り、身を守る。
――数分後。
爆風によって上がった砂煙がおさまり、視界がはっきりとしてくる。そこには、数百メートルもの巨体をボロボロに傷つかせた龍が、倒れていた。
「けっ、最後まで流石だぜ、古龍。あれほどの攻撃で吹き飛ばねぇなんてよ」
勝利した相手に、賛美の声を送る。そして、
「やった……! やったぞ……ッ!」
体の底から溢れ出てくる喜びを噛み締める。大きくガッツポーズを取り、何度も「やった」と言う。
「……くぅ~っ、しかし、お前も流石だぜ。まさかあれほどとはな……おい、待てよ」
翼も折れ、皮膚が所々落ちている龍がピクリと動き、ギロッとした目を開ける。男はそれに気づき、身構えるが遅かった。龍は最後の力を振り絞り、特大の炎を吐き出した後に、力尽きて息を絶えた。
特大な炎に包まれた男の体がよろめく。男の体からは煙がこみ上げ、全身真っ黒だ。
龍との戦闘前から一歩も動いていないモノは、冷酷とした目で、男を見下ろしていた。
しばらくして、繋がれていた鎖が消える。それを見て、そのモノは呟いた。
「分かっていた事だ」
腹を抑え、片足を引きずりながら倒れた男のそばに歩み寄り、ロープを剥ぎ、自分の体にまとわせる。そしてそれ以上の事はせず、男に背を向けて歩き始める。
「――っ」
突風が吹き上がり、顔に小石が飛んできて当たった。どうやら、あの男によって張られていたバリアは解かれたらしい。頬から血が滲み出る。それを指でなぞると、血は指にもつかずに消える。
そして何も気にすることなく、歩を進み続ける。