驀進!戦車小隊
兵世四十五年七月下旬の江戸超科学研究処。都の中心部に位置する江戸城の敷地内にこの研究施設は置かれていた。
その処長室では実験材料であった攻之助脱走の騒動の責任者が攻之助の捕縛失敗の報告を処長である死野遣人に対して行っていた。
「今回の騒動に際しぃ!私は!奉行所と震殲組を動員し!攻之助の捕縛を試みましたがァ!惜しくも!彼奴を!逃してしまいましたァ!」
責任者は畳の上で這いつくばるように平伏しながらそう報告した。その報告を死野は胡座をかきながら耳に入れる。
「愚か者、貴様のせいで我が研究処は既に多大なる損害を被っておるのだぞ。捕縛にあたった者はどうなったのだ」
「奉行所の者は!死傷者多数ぅ!震殲組の者は!全員が死亡いたしましたァ!」
責任者の顔は青ざめ大量の汗が滲み出ている。
「次の手はうっておるのであろうな?」
死野の問いに対する責任者の答えは素早かった。
「ハハァ!!既に奉行所から!戦車三両を!攻之助討伐に出しておりまするゥ!」
「果たして戦車程度で彼奴を止めることが出来るのか?震殲組を壊滅させたあの人外を」
死野の鋭い視線が責任者に突き刺さった。
「必ずや!必ずや彼奴を仕留めてご覧に入れまする!」
「貴様が再びこの俺に同じ様な報らせを持って来た時、それが貴様の最期となるであろう。俺が貴様の失態を許しても“あの方”はそこまで寛大ではあらぬぞ」
その言葉を聞いた瞬間、責任者はいよいよ恐怖に怯え息遣いも荒くなっていた。
「十二分に!承知しております!」
「しくじるでないぞ。もう良い退がれ」
「ハハァ!!」
斯くして責任者の命運は奉行所の働きに委ねられた。
時を同じくして旅を続けていた攻之助は駿河遠江国境を越えようとしていた。
普段は山中を主として歩く攻之助であったが、国境近辺の山の木々は恐るべきことに奉行所によって散布されたダイオキシン剤によって朽ち果て山は禿山と化していた。全ては逃亡を続ける一人の侍の為の所業である。
陽が沈まんとしている中で身を隠す場所の無くなった攻之助は一刻も早く国境を越えるべく山を降り、最短経路で国境へ向かっていた。
山を降り、かつて田園地帯だったと思われる平野に出た攻之助はそこで廃村を発見した。田園に囲まれたその廃村は約百年前の幕府の動乱に巻き込まれ村人は全て他の地へ移り住んでいた。
少しでも身を隠しながら進もうと攻之助が廃村へ向かう最中、彼は突如として刀を抜いた。次の瞬間刀に何かが激突した。刀は無傷であったが衝撃の充分に伝わった攻之助の身体は吹き飛ばされた。
攻之助の脊髄には小型の人工脳が納められており、五感から得た情報を元に本来ある脳とは別の信号を身体に素早く伝えることが可能となっている。これにより攻之助の脊髄反射は常人離れすることに成功し、この様な不測の事態にも素早く対応することが出来るのだ。
攻之助の身体は水切りの石の如く地面に何度も衝突した後、小規模のクレーターを発生させて止まった。勿論攻之助の身体は無傷であり幸いにも刀は右手で握られたままだった。攻之助はクレーターの中に身を伏せ、周囲を警戒した。
この時攻之助は廃村から南東の位置にいた。攻之助が周囲を見渡していると彼から見てほぼ真北の方向半里の位置、つまり廃村の北東の方で三つの発砲炎が上がるのを確認した。その直後に攻之助の周辺に三発の砲弾が着弾し土埃が舞い上がった。
先程攻之助の刀に衝突した物体の正体は徹甲弾である。強靭な身体と武鉄鋼の刀でなければ無事では済まなかった。そしてその砲弾を発射した者こそ奉行所より派遣された戦車小隊である。
「初弾命中しました!しかし彼奴はまだ生きている様です!」
「やはり徹甲弾を以ってしても正面からあの刀は破れぬか・・・」
戦車小隊一號車の車内で砲手の報告を受けそう呟くのは三両の戦車を束ねる戦車小隊長である。この男は二十年戦車に乗り続けている古参だった。
この男が乗る戦車は奉行所の主力戦車で車長、砲手、操縦手、操縦手の四人の手によって操られ一〇五粍施条砲一門、七・七粍同軸機関銃一挺、十三粍重機関銃一挺を備える強力な戦車だった。使用砲弾は徹甲弾、対戦車榴弾、対人対装甲榴弾で対人戦闘としては万全の装備であるが攻之助相手の戦闘となればどこまで通用するのであろうか。
「彼奴を追い詰めるぞ。小隊は引き続き前進する、小隊前進用意!」
小隊長が車載無線で全車にそう伝える。
「前へ!」
三両の戦車が横一列に並び攻之助に向かって前進を開始した。
その間に攻之助は身を隠すべく廃村へ向かって走り始めた。その様子を砲塔に取り付けられた潜望鏡で確認した小隊長は射撃命令を下す。
「目標、前方の逆徒!弾種榴弾!行進射撃撃て!」
走行中の三両の戦車から一発ずつ榴弾が発射され攻之助の足元周辺に着弾した。炸裂した榴弾の破片と爆風が侍に襲い掛かる。破片は攻之助が着用するアラミド繊維の野袴をも切り裂き、攻之助は全身に裂傷を負ったがこの程度で攻之助の足は止まりはしなかった。小隊が次弾を装填して狙いをつける前に攻之助は廃村へ入った。
「小隊停止!」
小隊長が戦車の前進を止めた。人が隠れる場所の多い廃村に戦車で進入すれば有利になるのは明らかに攻之助だからである。
『小隊長!如何いたすのでありますか!』
『彼奴は手負いにあります!決着をつけましょうぞ!』
血気盛んな二號車と三號車の車長が無線機越しに小隊長に訴える。冷静に小隊長はその二人をなだめ、次の指示を出した。
「あの村を奴の墓場にしてくれよう!目標前方の廃村!弾種榴弾!各個に撃て」
この命令によって三両の戦車はありったけの砲弾を廃村へ向けて叩き込んだ。たちまち廃村は黒煙に覆われ家屋という家屋ほぼ全てが破壊し尽くされたが小隊は引き続き射撃を続けた。 人間相手であれば弾薬の無駄遣いであるがこの侍に対する小隊長の判断は適切なものであると言えた。
「撃ち方止め!」
小隊が射撃を終えた。廃村は煙に包まれ瓦礫の山と化している。小隊長は車内でから様子を伺うが何かが動くような気配は一切無かった。
「フン、やったか。たとえ死んでいなくとも奴は既に虫の息であろう。確認に向かう!小隊前進用意!前へっ!」
小隊は廃村の方向を警戒しつつゆっくりと前進を開始、攻之助の身柄確保に乗り出した。
破壊された廃村は未だ濃い煙に覆われており、詳しい様子を確認することができない。劣悪な視界の中に二號車長が煙の中に突然出現した人影を見つけた。二號車長がその人影に目を凝らした瞬間、それは煙の中から飛び出して来た。
「小隊長!こちら二號車!彼奴です!彼奴が生きておりました!」
その人影は驚くべきことに攻之助であった。この時の彼は榴弾によってズタズタになっていた野袴を脱ぎ捨て、ふんどし一丁となっていた。身軽になった攻之助は刀を持って、二號車に向けて全力で走り出していた。
「後退!小隊後退!」
煙の中から飛び出してた攻之助をその目で確認した小隊長はすかさず号令を出し、攻之助との距離を離そうと試みた。しかし攻之助の足は速く、二號車との距離は一気に縮まってしまった。二號車は後退しながら疾走する侍に向けて一発の砲弾を発射したが命中することは無かった。
「装填急げ!装填!彼奴が来るぞ!」
二號車長が装填手に装填を急がせるが、攻之助はすぐそこまで迫っている。
「クソォ!」
焦る二號車長は砲塔の搭乗ハッチを開き砲塔上部に設置されている重機関銃を構えた。
「馬鹿者!外に体を晒すな!」
それを見た小隊長が二號車長を止めようとしたが、彼の声は二號車長の耳には届かなかった。二號車長は攻之助に向けて重機関銃による射撃を開始した。しかし射線を見切った彼には重機関銃の弾を避けるのは容易であった。
攻之助は更に二號車へ接近、車体を一気に駆け上った。最初の犠牲者は二號車長となった。重機関銃射撃実施の為に砲塔から上半身を晒していた車長に攻之助は切り掛かった。攻之助の剣は車長の左肩から斜めに入り左肩、胴体、右腕の順に切断。切断された車長の身体の上部はずり落ちて車体から地面へ転がり落ちた。
そこへ装填手が反撃を試みるべく砲塔のもう一方の搭乗ハッチを開き、拳銃を撃とうとした。攻之助はすぐにそれに気付き装填手の顔面へ向けて渾身の力で蹴りを叩き込んだ。蹴りをもろに受けた装填手の頭部は千切れ回転しながら地面に対してほぼ水平に飛翔、小隊長の乗る一號車に激突して爆ぜた。攻之助必殺の獄門蹴りである。しかし小隊長はこの機会を見逃さなかった
「今のうちだ!目標二號車!弾種徹甲!撃て!」
驚くべきことに小隊長は残った二両の戦車で味方である二號車に向けて徹甲弾を撃ち込み、砲塔上部に立つ侍諸共戦車を爆破しようとしたのだ。
二発の砲弾は見事に命中し、爆発炎上した。これによって車内にいた砲手と操縦手は死亡したが攻之助の姿は既にそこには無かった。
小隊長は既に二號車を離れた攻之助の姿を見失ってしまったが彼の乗る一號車へ向かっていることは明らかである。ここまで来て彼は未だ冷静さを失ってはいなかった。
「落ち着けい!外へ身を晒さなければ大丈夫である!奴の刀といえどもこの戦車の装甲を破ることなど・・・」
車長がそう言いかけた時、一號車の車長側の搭乗ハッチが攻之助の手によって無理矢理こじ開けられた。侍は既に砲塔にとりついていたのだ。攻之助が砲塔内の小隊長を睨みつける。
「停車!停車!」
後進中の一號車は小隊長の号令で急停止、砲塔の上に立っていた攻之助の身体は一號車後方の地面へと落下した。
「全速後進!」
小隊長は再び戦車を後方へ走らせる。一號車が排気口から黒い煙を吐き出し、攻之助を轢き潰さんと彼へ迫る。攻之助は立ち上がり後向きで突進してくる戦車を避けるどころか自らそこへ向かっていった。
「何ィ!奴の気は確かか!?」
破損したハッチから外へ身を乗り出しながらその様を見ていた小隊長もこればかりは驚嘆せざるをえなかった。攻之助はそのまま一號車に突進、車体後部と衝突した。車体後部は大きく凹み機関にも異常が発生、一號車は走行不可となった。
後進を止めた攻之助は車体に素早くよじ登り、小隊長に斬りかかった。
「この化け物めがぁっ!」
小隊長はすかさずエレキテル十手を抜き、自身に向かって降り下ろさた攻之助の刀を受け止めた。怪力の侍が振り下ろした重量十貫の刀を受け止めた小隊長の右腕は肘肩脱臼開放骨折。
十手が小隊長の手から離れ車内に落下するのを攻之助は確認に直ちにその場から退避した。その後電流が流れたままの十手は車体と接触し一號車全体に強力な電流が走る。
常人なら失神する威力の電流が乗員全員の意識を奪い、身体を激しく痙攣させる。更に電流は車内に残っていた砲弾の雷管にも流れ、全ての砲弾が車内で炸裂し一號車は小隊長も含めた乗員全員を道連れにして大爆発。黒煙と激しい炎に包まれながら一號車は沈黙した。
残る敵は一両の戦車のみとなった攻之助は三號車に向かって突撃。三號車は走行しながら砲塔を攻之助の方に向けていたが突如停止した。それを見るや攻之助も足を止めた。そして三號車の搭乗ハッチが開き、中から四人の乗員が丸腰で出てきた。
乗員は全員地面に平伏し、三號車の車長と思われる男が面を攻之助に向け命乞いを始めた。
「こ、降参だ!降参いたす!貴殿の戦いぶり、誠!誠に天晴れなものであった!どうか命だけは!命だけ助けてくれ!」
その後四人の乗員は攻之助の刀によって斬殺され、派遣された戦車小隊はとうとう全滅した。残ったのは無人の戦車一両と燃え上がる戦車二両、そして十二人の屍である。
攻之助は乗員が着ていた服を一着奪い、国境越えの為に旅路に戻ったのであった。
後日、戦車小隊全滅の報せを受けた死野処長は責任者に対して美濃で採掘作業が行われているウラニウム鉱床での強制労働の処罰を下した。




