表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

幕府の刺客

 兵世四十五年七月、夏が終わり猛暑が訪れていた。太陽が照りつける中、駿河国のとある小道を黙々と歩き続ける若き侍が一人。黒い野袴に笠を身につけ、左手には一本の刀。刀を腰には差さず、己の手で握りしめ持ち歩くこの男は名を長谷川攻之介といった。攻之助はある理由によって幕府に追われる身となり、追手から逃れるようにして江戸を去っていた。攻之助が向かう先を知る者は一人としていない。

 人目の多い東海道を避けて小道を歩き続けていると攻之介は道の先に一軒の茶屋を見つけた。攻之介はそこで休息をとることにした。笠を取り縁台に腰掛けると奥から一人の娘が出てきた。歳は十代後半といったところか。


「いらっしゃいませ。暑い中お疲れ様です」


「茶を一杯・・それと団子を十本・・」


 攻之介の注文に茶屋娘は驚いたがそれ以上に娘が驚いたのは侍の首筋を見た時だった。攻之介は身に応える暑さの中であるにもかかわらず、汗を一滴もかいていなかったのだ。


「暑さにお強いようですね」


「側から見れば汗をかかない人間などさぞかし気味が悪うございましょう・・」


「そんなことありません。暑くても召物が湿らなくて快いではありませんか」


「・・・」


 娘は自分の言った戯言で侍が少し微笑んだような気がした。

 しばらくして攻之介のもとに一杯の茶と大量の団子を娘が持ってきた。


「ごゆっくりどうぞ」


 攻之介は茶を少し啜ると皿の上に大量に乗った団子を食べ出した。団子を取る手は止まらず、攻之介は凄まじい勢いで十本の団子をあっという間に食べ尽くした。その後茶を飲み干すと攻之介は娘にもう一杯茶を注文した。

 娘が茶を持って表に出てくるのと、縁台に腰掛ける攻之介の前に大勢の男が現れたのは同時であった。


「其の方、長谷川攻之介であるな?」


 質問に攻之介は答えなかった。攻之介の前に現れた男達の正体は奉行人である。この男達は幕府の命によって治安維持を目的として全国に置かれた奉行所の人間だった。十人の奉行人達は家紋の描かれた鉄帽を頭に被り、真っ黒な詰襟の制服を着用したその姿は威圧感抜群である。

 奉行人達は攻之介の沈黙を質問への肯定とみなした。


「長谷川攻之介、幕命によりお縄を頂戴いたす。まずはその刀をこちらに預けさせてもらおうか」


 奉行人の一人が攻之介に近づき刀を手にしようとした瞬間、座ったまま攻之介は奉行人の手首をがっしりと掴んだ。


「貴様っ!」


 奉行人は手を振りほどき、後ろへ下がった。

 攻之介は刀を持って立ち上がった。


「奥へ退のけられよ」


 奉行人の言葉によって茶屋の娘は建物の中へ入っていった。


「抗うのであればこちらも力をもって貴様を捕えなければならない」


 奉行人達は懐中から十手を取り出し構えた。エレキテル十手と呼ばれるその十手は奉行所の人間のみに携行を許された強力な道具である。棒身の部分に高圧の電流が流れており、一度それに触れれば大男でも半刻ほどの時間正気を失うほどのものだった。

 奉行人達が十手を取り出したことによって攻之介も身構えたが刀は鞘の中に納まったままである。


「ヤァァァッ!!」


 奉行人が十手の先を攻之介に向けて襲いかかった。十手を持って真っ直ぐに伸びてきた腕を攻之介はひらりとかわし、その腕に手刀を繰り出した。手刀が直撃した奉行人の右腕の骨は ばきっ という音とともに破壊された。腕は折れた先が垂れ下がり、十手を握っていた手は力無く十手を地面に落とし、奉行人は悲鳴をあげながら倒れ込んだ。今度は五人同時に奉行人が攻之助に攻撃を仕掛けた。しかし彼らの十手による攻撃はことごとくかわされて擦りさえせず、ある者は腕を折られ、ある者は刀の柄で身体を突かれるなどして行動不能となってしまった。

 地面に倒れた六人の奉行人を目の前にして残りの者達は最後の手段に出た。奉行人の持つ武器は十手だけに限るものではなかった。奉行人が次に取り出したのはリボルバー拳銃だ。〝捕縛が困難な状況であると判断した場合に限り尋者の生死を問わず〟という幕府の命に従って奉行人達は攻之助の射殺を決断した。


「覚悟!!」


 奉行人が一発の弾丸を攻之介へ向けて発射した。弾頭が銃口から飛び出した瞬間、攻之介は瞬時に刀を抜き、右手で柄を握り左の手の平で刀背をおさえるようにして刀を斜めに構えた。ギンという鋭い音とともに攻之介の目の前で火花が散った。発射された弾頭は攻之介の身体には届かず、刀で止まっていた。刃は弾頭の中程まで食い込んでいた。攻之介は己の刀にて奉行人の撃った拳銃の弾を受け止めたのである


「ば、化物だこいつは人間にあらざるぞ!」


 奉行人のいう通り彼は人間では無かった。

 侍長谷川攻之介は江戸の世が生んだ天才科学者平岡凶座衛門の超科学によって人体強化改造の手術を施されたサイボーグである。攻之介の筋肉と骨格は九割九分が人工の者に置き換えられており、人間離れした怪力を生み出すことが可能である。しかしその怪力故に消費するエネルギーも尋常では無く常人のおよそ三倍の食事量が必要とされる。

 幕命によって凶座衛門は攻之介の身体を実験台として、天下最強の武士を生み出す研究を行っていた。研究の最中に攻之介は凶座衛門の研究施設を破壊して逃走、こうして攻之介は幕府に追われる身となったのだ。


 拳銃弾を刀で受け止めた攻之介は刀身から弾頭をふるい落とし、奉行人に襲いかかった。

 攻之介の強力な脚力が生み出す瞬発的な動きによって奉行人達は瞬時にして間合いを詰められ反撃する隙も与えられずに斬りかかれられた。攻之介は奉行人の一人に上段より刀を振り下ろした。奉行人は被っていた鉄帽ごと頭部を叩き斬られ、刃はそのまま奉行人の身体を縦に真二つに斬り裂いた。大量の鮮血を流しながら二つに分かれた奉行人の身体は地面に倒れた。

 それを見たほかの者は恐怖に苛まれながらも拳銃を化物じみた侍へ向けて乱射。攻之介は超人的な反射神経と瞬発力によって全弾を回避し、残り三人の奉行人に斬りかかった。

 三人の男が屍と化すまでに時間はかからなかった。一人は首無しにされ、一人は右肩から袈裟懸けに身体を真っ二つに斬られ、もう一人は胴に深々と斬り込まれ臓物を撒き散らして死んだ。

 一部始終を目撃していた茶屋の娘もその光景に堪えられず、気を失い倒れていた。攻之介は奉行人の服を用いて刃にべっとりとこびり付いた血脂を拭き取り、刀を鞘へ納めると奉行人の屍をまさぐり出した。しばらくして攻之助が屍の懐中から取り出したのは銭袋である。攻之介は袋の中の銭を全て取り出し、茶屋の縁台の上に置いた。


「お騒がせいたし申した」


 攻之介はそう言った後笠を被り茶屋を後にして再び歩みだした。屍には既に蝿が集り始めていた。


 燦々と照りつけていた日も山に沈み始め、ひぐらしの鳴き声が聞こえる頃、歩みを続けていた攻之介の前に新たな刺客が現れた。

 道中にて遭遇した具足に身を包む五人の男は既に刀を抜き、仁王立にて浪士を待ちわびていた。攻之介は歩みを止めた。


「長谷川攻之介とお見受けいたす。その命、我ら震殲組が頂戴する」


 震殲組と名乗る男達は奉行所と同じく治安維持を主たる目的とする幕府直属の武装集団の一員であった。奉行所の手には負えないと判断した幕府が攻之介のもとへ震殲組を送り込んだのである。

 震殲組が身に纏う具足はかつて戦国の世で用いられた具足とはかけ離れたものである。新世具足(しんせぐそく)と呼ばれるその具足は平岡凶座衛門の超科学によって生み出された強化服である。強靭な筋組織と小銃用徹甲弾をも弾く装甲によって造られた具足を身につけた者は一人で百人力を発揮するとまで言われていた。

 震殲組には治安維持の為、将軍から強力な権限が与えられていた。幕府に対する謀叛の気の疑いがある者がいれば震殲組は即座にその者達を斬り捨てた。行き過ぎた権限を与えられた震殲組によって疑いをかけられた者は容赦なくその場にて処刑され、多くの罪無き者の命まで奪われた。疑わしき者は全て獄門とする震殲組のその様はまさに歩く土壇場である。


 その震殲組に攻之介は命を狙われたのである。五対一の勝負、しかし震殲組は新世具足を身に纏っているので実際の差は五百対一と言ったところか。刀を構え、じりじりとにじり寄る震殲組に対して攻之介は居合いの姿勢をとった。


「愚か者め!我らの繰り出す剣の速さには貴様の居合いでもってしても遠く及ばざるぞ!」


 先ず攻之介に一番近かった隊士が上段より斬りかかった。攻之介は鞘に納めし刀の柄を右手で掴み、居合いの構えのまま隊士の刀の動きを見ていた。隊士の言った通りその剣は並の剣客の斬撃を圧倒的に上回る高速で攻之介に襲いかかった。

 隊士の刃が攻之介の額部に到達しようとした時、攻之介は抜刀術にて刀を横一線に繰り出した。音よりも速く隊士の刀に到達した攻之介の神速の剣より衝撃波が発生し、ドンという轟音と共に隊士の刀を粉々にし隊士の身体をも無惨に破壊した。隊士は肉片と化し、辺り一面に飛び散った。

 攻之介の刀は新世具足の装甲をも超える硬度を備える武鉄鋼(ぶてっこう)と呼ばれる合金で鍛え上げられていた。重さはおよそ十貫にもなり、常人には構えることすら不可能な業物である。

 肉片をまともに浴びた隊士達は臆しながらも果敢に攻之介に剣をしかけた。しかし隊士達の剣は哀しい程までに通用しなかった。攻之介は隊士と剣を交えることなく剣を全てかわし、具足ごと隊士を斬り裂いた。わずかな時間で攻之助の剣によって四人の隊士達が斬殺された。残る隊士は一人となった。その者は具足の頬当てを外して素顔を露わにした。その行動に応えるようにして攻之介は動きを止め、刀を下ろした。


「見事なり!長谷川攻之介!貴様の剣、真に感服いたし申した!しかしこの山本平蔵、四肢五臓六腑を捨ててでも幕命を果たす為必ずや貴様を倒さんとする覚悟である!」


 平蔵が叫び終わると攻之介は再び刀を構え斬りかかった。平蔵は攻之介の剣を己の刃で受け止めた。抜刀の剣には及ばずとも平蔵が受け止めた攻之介の剣は極めて重い一撃だった。鍔迫り合いになり攻之介の怪力によって圧される平蔵の剣と新世具足の筋組織がぎりぎりと悲鳴をあげる。


「っちぃぃぃっ!」


 平蔵は攻之介の刀を振り払って後ろへ下がった。攻之介が間髪入れずに平蔵に斬りかかろうとした時、平蔵は左手で握り拳をつくり左腕を真っ直ぐに伸ばして拳を攻之介へ向けた。次の瞬間平蔵の具足の左腕部から爆発音と煙が発生し、腕部に仕込まれた炸裂弾が攻之介に向けて発射された。攻之介はとっさに刀を盾にして炸裂弾を受けた。弾は刀に命中し炸裂、爆発によって攻之介の手より刀を弾き飛ばした。十貫の業物は宙を回転しながら落下し、地面に深々と突き刺った。


「武士にあるまじき姑息な手なれども幕命成就の為!許されよ!」


 いくら強化改造人間といえども素手ならば新世具足と刀を持つ自分に勝機があると確信した平蔵はすかさず攻之介に斬りかかった。しかしまたもや剣は攻之介に届くことは無かった。攻之介は自身の刀と同じ素材で造られた手甲で平蔵の剣を防ぎ、剣先の逸れた瞬間を見逃さず頬当てを外していた平蔵の顔面へ向けて殴撃を喰らわせた。攻之介の右鉄拳は平蔵の鼻をへし折り眼球を破裂させ頭蓋骨を破壊し脳髄にまで到達した。顔を潰された平蔵は絶命し、その身体は地面へ崩れ落ちた。幕府の送り込んだ五人の刺客を以ってしても攻之介を止めることは叶わなかったのだ。

 攻之介は地面に落ちた刀と鞘を拾い上げた。刀を納めると攻之介は屍を避けながら歩き出した。日は完全に沈み、辺りは暗くなっていた。蛙やこおろぎの声が鳴り響く中、攻之介の姿は闇夜へと消えていく。幕府の追手から逃れた攻之介の向かう先を知る者は誰一人としていない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ