First wish
―――どうして…どうして、わたしばっかり……!!
□■□ First wish □■□
貿易商ベルナール商会嫡子エマ・バロン・ベルナール男爵令嬢。
綺麗なドレスを身に纏い、侍女達に傅かれ、豪華な食事に、宝石に、珍しい異国の物産に囲まれ優雅に暮らす令嬢。
身体が弱くも賢く優しかった母様と、たまにしか帰ってきてくれなかったけれど逞しく頼りがいのある父様の愛娘。
―――それが、かつてのわたしだった。
「サンドリヨン!暖炉の煤が残ったままじゃない!!さっさと掃除しなさい!」
「は、はい!お母様。」
「サンドリヨン!私のドレスの繕いはまだなの?」
「は、はい、お姉様…もうすぐできますわ。」
「クスクス…本当に愚図ね、サンドリヨンは。」
「本当ね、姉様。本当、何でこんな煤汚れた子が私達の妹なのかしら?」
『煤汚れた子』…そう言われて姿見を見れば、そこには麻の洋服を身に纏い色褪せたホワイトブリムを被った少女が写っている。
そう…これが、今のわたしだ。
数年前、父様が再婚し出来たお母様とお姉様達は我が物顔で父様が不在になりがちのこの屋敷に君臨し、わたしを下女のような立場まで引き摺り落とした。
それまで雇っていた侍女や下女、使用人は皆解雇して新しく雇いなおしたから、今、この屋敷でわたしの味方と呼べる人は一人もいない。
皆、わたしがこの家の嫡子だなんて思ってもいない…場合によっては非嫡子だと思っている奴らばかりだ。
惨めだった、悔しかった、何度お母様達からの仕打ちに隠れて涙してきたことか…。
そんなわたしの唯一の心の拠り所は、幼い頃母様と過ごした貴族らしい生活の思い出と、父様から贈られたこのピンクダイヤモンドのブローチだけ。
それだけを慰みに辛い現実に耐えてきた、なのに…。
―――神様は、残酷だ。
「返して下さい!!」
「返して?どの口が言っているのかしら…これは元々私の持ち物よ。それを貴女が盗った…違う?」
「違います!それは父様がわたしに…母様を亡くして泣いてばかりだったわたしに買い与えてくれた、大事なブローチなんです!!返して下さい!!!」
「はあ…全く、反省の色も見せないなんて…。マチス、マチスはいる?」
程なくして男使用人の一人、マチスがノックと共に部屋に入ってきた。
「はい、お呼びでしょうか奥様。」
「その子を裏小屋に放りこんでおいて。絶対に一晩は家に入れないで頂戴。全く、誰のお蔭でここにいられるのかわかっているのかしら?」
わざとらしいまでの憂い顔のお母様に、マチスは心配顔になり、わたしは我慢の限界を超えてお母様に食ってかかった。
「誰のお蔭…?わたしはこのベルナール家嫡子エマ・バロン・ベルナール!この屋敷で暮らしていくのに、誰の恩恵も必要無いわ!!」
「おい、サンドリヨン!奥様に向かってなんて言う事を言うんだ!!」
「いいのよ、マチス。その子の狂言にはもう愛想が尽きたわ。さっさと連れて行って頂戴。」
「…畏まりました、奥様。」
そう答えるとマチスはわたしを小麦袋のように肩に担いで部屋から出て行った。
「嫌!離してマチス!!」
「いいから来い!奥様の命令だ!」
程なくして連れて行かれたのは裏小屋ではなく、調理場と外を繋ぐ裏口だった。
マチスはそこで一旦わたしを下すと近場にあった踏み台に座らせて、料理長に何か言って暖かい白湯を出してくれた。
「なあ、サンドリヨン。お前さんの気持ちも、俺はわかるつもりだ。
奥様もお嬢様達も、お前には他の使用人や侍女や下女に比べたら必要以上にお前さんに辛くあたってる。
だけどな、嘘や盗みは絶対にいけねえ。それは人としての理念に反する。いつか自分に返ってくるぞ?」
「嘘なんかじゃ…それに、盗んでなんか……。」
「サンドリヨン…お前さんの世界ではそうなのかもしんねえ。でもな、ここは現実だ。
いつまでもそんなだと、この先本当に生きていくのが辛くなるぞ。」
マチスは本当に親切で、わたしを心配して言ってくれてるのは、痛いほどわかった。
マチスやここの料理長は、数少ない、わたしの味方寄りの人間だ。
雇い入れた当初は他の使用人達同様、わたしを「どうしようもない奴」と見ていたけれど、長く過ごしていく内にお母様達の態度に疑問を抱き、少しずつ味方らしきものになってくれてきた人達だ。
でも、それは「下女サンドリヨン」として、「妾腹の娘」としてであって「ベルナール家嫡子エマ・バロン・ベルナール」としてでは無かった。
だからこうやってマチスはいつも見当違いな説教をわたしにしてくるのだ。
いつもなら受け流すことができるけれど、傷心しきったわたしは耐えられる筈も無く、調理場から、屋敷から飛び出していた。
夜のペルルは炎系の魔石を宿した街灯によって明るく照らされ真っ暗という訳では無いけれど、どこか不気味さを残していて…いつもなら足が竦んでしまう夜道だけれど、わたしの足は竦むことなく夜のペルルを駆けていた。
溢れては零れ、溢れては零れている涙のお蔭で周りが見えにくかったというのもあるだろうけれど。
悔しかった、悲しかった、憎らしかった。
大事な思い出の欠片だったのに、唯一の拠り所だったのに、それが簡単に奪われてしまう現実が、兎に角憎らしかった。
どれ位走り続けていたのだろうか…不意に足を取られたわたしは体勢を保つことが出来ず、無残にもその場に転げ倒れてしまった。
「いたたた…一体何よ、何なのよ、もう!」
振り返り足元を見れば、街灯の明かりに反射して鈍く光る小さな硝子瓶が転がっている。
「I grant 3 of your wish…?」
八つ当たろうと拾い上げてみれば、中にはそんな夢物語染みたことが書かれたヨレヨレの羊皮紙が丸まって入っていた。
わたしは今までの苛立ちと相まって無性に腹が立って腹が立って……。
「だったら…だったら、取り上げられたブローチを取り返してよ!!今すぐに!!」
広げたままの羊皮紙と握りしめた小瓶に向かって叫ぶが現実は何も変わらず、街灯は相変わらず煌々と光り、夜風は泣いて濡れた頬を冷やし続けていた。
「…アハハ……何やってんだろ、わたし………。」
自棄糞のように叫んだお蔭か妙に頭が冷めてきて、何だかさっきまで腹を立っていたのが馬鹿らしく思えてきたわたしは、トボトボと夜のペルルを背に屋敷へと帰っていったのだった。
お母様の言い付け通り裏小屋で夜を明かしたのは正直身が竦むほど辛かったけれど…マチスがお母様に屋敷を飛び出したことを報告しないでいてくれたからこその辛さだと思えば耐えられた。
「これは返すわ。よくよく考えたらこんなダッサいモノ私には必要無いもの。」
翌朝お母様が突然使用人達が使用する食堂に現れたかと思えば、昨日『盗んだ』と言ってまで取り上げたブローチを放り投げ、そしてそのまま食堂を後にしたのだった。
当然他の使用人達には質問攻めにあったけれど、すぐさまお姉様に呼ばれてまた今日も一日扱き使われたお蔭で、わたしが自由になったのは他の使用人達も寝静まった真夜中と言っても過言では無い時間帯で、更に次の日には皆お母様の乱心とも言える行動の事など忘れてすっかりいつも通り仕事に打ち込んでいた。
当のわたしはと言うと、数日経った今でもお母様の行動に納得が出来ず僅かな休憩時間を削ってまでも悩んでいた。
だってお母様に取り上げられたブローチを形作るピンクダイヤモンドはとても高価な物で、どう見たって『ダサいモノ』とは言えない。
それに、今までだってお母様には全く必要の無いような物を取り上げられた時だって、そのままゴミに出されて手元になど戻ってこなかった。
今回だって本当に必要の無いものだったならそのまま捨ててしまえばよかったのに、敢えてこれだけはお母様の手から(放り投げられたとは言え)直接返されたのだ。
他の使用人達…特にマチス達といった味方寄りの人達との関係にヒビを入れてやろうという魂胆なら、もっと綿密に意地悪く策を練ってくる筈。
「それにしても、今日は暑いわね…。」
もう夜は肌寒いというのに昼間は未だ暑さの衰えないこの季節には嫌気がさすが、季節に文句など言ってもどうしようも無い。
わたしは少しでもこの不快感から逃れる為、ポケットからハンカチを取りだし不快の元である滴り落ちつつある汗を拭ってしまおうとした。
コツンッ
「あ…この小瓶、まだ持ってたのね…。」
あの夜拾った小瓶はハンカチと共にポケットから外に出たのか、鈍い音を立てて地面に転がり落ちていた。
昼間な性かあの夜見た時よりは幾分か綺麗に見える小瓶。
中の羊皮紙も心なしかシャキッとしているように見えたわたしは、何かに導かれるように再びコルクを外し、羊皮紙を広げ―――絶句した。
「文章が…変わってる……!!」
あの夜は『I grant 3 of your wish』と書かれていた筈なのに、今は『I grant 2 more of your wish』と書かれている。
『「だったら、取り上げられたブローチを取り返してよ!!」』
あの夜叫んだ願い事が頭の中を木霊する。
「…叶ったんだ……。」
―――わたしの願い事が叶ったんだ…!
その日わたしは母様を亡くしてから初めて神様に感謝した。
今までの理不尽な境遇も、きっとこの幸運を手に入れる為の布石だったんだ。
そう思わずにはいられない程、この時のわたしは舞い上がっていた。
――――――世界のどこかで「アナタ ノ 願イ事 1ツ 叶エマシタァ」と言う不気味な声が聞こえていたにも関わらず。




